第4話
第4話「日常よりも事件を」
「さて、今日召集をかけたのは他でもない。例の事件調査だ」
先輩が頬杖をついていた両手を口元で組み、まるでどこぞの組織の人みたいな格好で切り出した。
しかし無理やり集められた身であるため、せめてもの反抗として今回は一切ツッコミはしない。
そのため先輩の言葉に答えたのは祟之だった。
「事件て、やっぱりカリスマのことっスか?」
「そう。唐突に消息不明となった竹林女史のことだ。突然に行方を眩まし、話を聞いたところ依然と連絡が取れていないようだ」
「うつ病ってやつなんじゃないですか? 教師は大変らしいっスよ?」
時期的な話なのか、この話題は最近になってよく持ち上がるようになった。
部活動の顧問はボランティアで行われ、まして専門的な知識を持っている人が担当することは稀であると。
さらにいうならば少子高齢化のためか教員の数も不足しているらしい。ホントかどうかは知る由もないが。
「それにほら。他にも現代モンスターたちの苦情処理とか大変らしいじゃん。もう人狩り行こうぜ的な話」
「……タカ。マンハントをやるほど錯乱してたら今頃警察のお世話になってる。そうしたら学校にも警察が事情聴取に来てないとおかしいだろう?」
「冗談だって。冗談」
笑って流そうとする崇之の言動についつい溜息を吐いてしまう。
冗談と分かっていても場合によっては冗談では済まされない世の中だ。
しかし、どうして休んだのか? というのは実際のところ一介の高校生には知る由もない。
結局のところ机上の空論で終わる話でしかない。
だが、先輩はスカートのポケットから四つ折りにした紙を取り出して言う。
「ところが、小原の冗談ではすまなくなった。コレを見ろ」
「これは新聞の紙片、ですか?」
「そう。今日のC日報のだ。重要な部分だけ切り取った」
先輩の近くにいたため渡された小さな紙片。
地方新聞から切り抜かれた紙片はひとつの事件について書かれている。
「これって……今日の、なんですか?」
「何が書いてあるの?」
「俺にも見ぃして」
俺の態度から興味を示したのか、隣に座る崇之に紙片を渡す。
ハッキリ言って信じたくないような話がそこには書かれていたが、崇之は夜刀宮にも聞こえるように音読する。
「えぇっとなになに。本日未明―――」
新聞によれば、本日未明にC県南部某所の公園にて二十代後半の女性の惨殺死体が発見された。
第一発見者によると身体には酷く欠損が見られ、顔は想像を絶する恐怖の色が見られたと話している。
しかし第一発見者も非常に狼狽しており、具体的なことは未だ不明であるため警察は遺体の確認と事件の捜査を急ぎ行っている。
「―――だって」
「それってもしかして……ユウ兄ぃのクラス担任の」
「いや、明言は出来ない。遺体の確認を急いでるって書いてある。つまり誰の遺体かは分かっていない」
「さて、それはどうだろうな」
先輩がスマホを取り出し、今度はネットニュースを見せてきたことで内容は読まなくてもすぐに察するが年のため先輩からスマホを受け取る。
朝の新聞から、今は時間が経って夕方だ。
事件に進展があってもおかしくなく、ニュースの内容も考えていた通り……あの竹林の名前と顔写真が掲載されていた。
「まさか、こんなことが……」
「明日には全校集会か校内放送で全員に知れ渡る話だ。まぁ全員ネットニュースですでに知っているだろうが。さっきも職員室に向かったが中に入る前に追い返された。その所為で杏と話をせざるを得ない状況にもなって……あぁ思い出すだけで腹が立つ」
「何て言われたんッスか?」
「この件に首を突っ込まないように、だ」
「それはまぁ、当然ちゃあ当然っスよね……」
言葉が出せない状態なのは俺一人のようだったが、絶句するのも仕方がないのではないか。
週の始まりから暗いニュースだから、というワケではない。
唐突に亡くなった担任が気になっていたから、ということでもない。
ただ。
本当に単純な話として、先輩の表情を盗み見た瞬間に、嫌な予感があたるだろうなと感づいた所為だ。
「さぁ。この事件を追ってみようか」
「「「嫌です」」」
先輩以外の俺を含めた三人の声がシンクロした。
何という素晴らしき結束感。
民主主義の日本においてこれほど素晴らしい回答はない。
多数決で決めたことだから仕方がない。
そう言ってこの話は終わらせるべきだ。普通なら。
「事件現場はここからそう遠くない。ふむ、私が原付で様子見をしてくればいいな。いや、安全性を考えれば二人一組の行動が基本か? ならさくっと選んでしまおう」
「いやいや! あの、話が勝手に進んじゃってますけどもっ!」
「そうですよっ! 私たち断りましたよねっ!?」
「何だお前たち。拒否権ではなく意見を出せ。そもそも何が不服なのか私にはさっぱり理解できないが?」
「いや、俺にも用事ってもんがありまして!」
「私はそもそも入部したつもりは無いんですけど!」
やれやれ、と首を横に振って呆れる先輩の姿を、こちらも呆れてしまうほど見慣れている。
理不尽という概念が人という形に成ったような人なのだ、先輩は。
「小原。すでにお前の用事の相手には私から説明している」
「はいっ!?」
「夜刀宮。お前の入部届はしっかりと責任を持って私が提出した」
「えぇっ!?」
「何も問題ない。心置きなくこの事件を追っていこうじゃないか」
何という恐ろしき先読みの凄さか。
絶対王政の暴君の如き所業を、呼吸をするのと同じ位平然と行っている。
フリーズした二人を置いてこの話は勝手に進みそうになるのを待ったをかける。
「なんだ。夢岸」
「先輩。人が、死んでいるんですよ?」
先輩の声以外に音のなかった室内に、静かに声が響く。
崇之と夜刀宮に見られるのを肌で感じながら先輩の目をしっかりと見つめる。
やや茶色がかった色をしている瞳は一切揺れることはなくこちらを見返してきた。
「そうだな」
「そうだな、じゃなくてっ! 人が死んでるんですよ、惨たらしく! しかも自分たちの知り合いどころか担任だったんですよ。ドラマやアニメの話じゃなくて実際に起きたことなんです。そんな事件の犯人がマトモな訳が無いでしょう?」
「危険だと?」
「当然です。危険なんです。ただの学生が興味本位で関わらない方が絶対にいい」
「正論だ。だが、私は調べるぞ。たとえ私だけであっても」
先輩は強い決意を持って宣言する。
たとえ自分だけであってもこの事件に首を突っ込むのだと。
理解できない。昔のようにただの噂話なら調べることも協力できたが、今回のことは完全に殺人事件として取り扱われている。
すぐにでも刑事が取り調べに来たり、マスコミが校門前でインタビューをしたりするのだろう。
今頃ネットにはあることないこと書かれているのだろうが、それよりも今は身の危険のほうが大事だ。
「先輩。事件があったのは電車で一駅が二駅ぐらいの場所なんですよ? 犯人が近くにいるかもしれないんです。こんな惨い事件を起こした犯人が」
「解り切ったことを言うな。深夜では電車は止まり、タクシーだってそういないんだ。この近辺に犯人が潜んでいるかも、なんてこと誰でも想像できる」
「だったら余計に分かりません。いったいなんで」
「それでも私は探す」
先輩は席から立ち上がり、部屋から出て話を強制的に打ち切ってしまった。
いったいなんで先輩はそこまで探したがるのか。
犯人が知り合いだとしたら、事件を捜査しようとはせず、一人でも犯人の自宅に飛び込むだろう。
だがそんな暴挙はなく、まるで事件に固執しているかのような態度は何だったのか。
「………何なんだ。どうしてなんだ?」
「考えたってしょうがねぇさ。先輩はああいう人だ」
「崇之……でも今回は夜刀宮にだって関わるんだ。幾ら腕が立つといっても先輩も夜刀宮も女の子なんだぞ」
「でも俺らよりも強い。な?」
「も、もちろんですっ! 私がユウ兄ぃを守ります!」
「お、俺は!?」
「まぁ、その。ついで、で良ければ?」
「オナシャス!」
綺麗に腰を90度曲げて頭を下げる崇之の姿に笑いがもれ、室内に暖かな雰囲気が流れる。
ことの重大性は変わっていないのに、それでも何とかなるところまでなら大丈夫かもしれないと思ってしまった。