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第3話



第3話「事件よりも日常を」



「はっ!?」

「おっ。気がついたか」


目を開けて最初に聞こえてきたのは崇之の声だった。

身体を起こして周囲を確認すると、どうやら同好会で使っている部屋の中のようだ。

古くなったコンクリの床。昔は暖かさを感じさせていたであろう木壁。

備え付けられた二つしかないロッカーには先輩の私物が入った物と最低限の掃除用具が入っている物しかない。

棚の上には花瓶など可愛らしい小物などなく、形容し難く如何わしい冒涜的で不気味な人形や本、電気ポットらしきものが並べられ、その中で部活で使用するノートパソコンも安置されていた。

本棚には【C県の黒い秘話】【C県の恐ろしき噂&迷信集】【不可思議な怪奇現象スポット】【現代の都市伝説集(関東編)】などのC県についての本であったり、その倍以上ある怪奇小説関連の本が陳列されている。

体の節々が痛みつつ、その中でも背中と首が痛いが何とか体を起こせた。

どうやら長机に身体を預け、椅子に座っていたらしい。


「ユウ兄ぃ。大丈夫?」

「夜刀宮? どうしてここに……あぁ、そうか」

「思い出したか。まったく、何で禁句を言っちゃうかね。こうなるって解ってただろ?」

「俺も気が動転してた。普段なら絶対に言わないようにしてるんだが……それより先輩は?」


室内を見渡しても居るのは俺と崇之と夜刀宮の三人だけで先輩の姿はない。

部室に連れてきたのは二人かもしれないが、行くように命令したのは先輩だろう。

でなければ保健室に連れて行くのが自然だろうから。


「先輩さんは課題を提出してくるって言って職員室に行きましたよ」

「課題っていうか反省文なんじゃないか? たぶん」

「まぁ、先輩だしな。何を仕出かしてもおかしくない」

「そんなに凄い人なの?」

「凄いっていうか」

「常識的に考えるっていうものを完全に切り捨てている人。そんなイメージが当てはまるだろうな。あの人を語るうえで幾つもの伝説がある」


数ある伝説の中で、あえて今挙げるとするならば、この同好会立ち上げの話だろうか。

こんな奇妙な同好会が出来上がったのも当時先輩が二年生であったときのことだ。

問題行動と不登校が目立つ先輩が教員に指導という説教を受けていたとき、交換条件で作り上げたのが始まりだった。

問題行動や不登校をやめるために部活を新しく創らせて欲しいと。

当然学校側は渋る。そもそも問題児の言うことなど聴く必要などないし、たった一人の生徒のためにわざわざ部活を創るのかと。

使っていない部屋はあるにはあるが、部活動には予算や顧問の教員だって必要だ。

誰がやるのか? 人数はいるのか? 予算はどうするのか?

そんな至極当然な表向きの話と表情から面倒くさいと解る教員の本音の話を先輩は一言返したという。


曰く、「認めないならそれでも構わないが、学校の評判が地に落ちるだけだ」と。


それは教員たちにとって間接的に、または直接的な死活問題となりうる言葉。

なにせ生徒の数が減れば学校の収入も減る。

客がいなければ店は潰れてしまうことを先輩は突きつけたのだ。

その言葉を皮切りにして学校側は事態を収束させるために動き、展開は誰もが想像したよりも早く、当時入学して右往左往していた俺たちを見つけて人数の確保もした。

恐らくだが、きっと俺たちがこの学校に入学したがために起きた暴挙だと思う。

なにせ噂を聞く限り一年の時は成績が極めて優秀で、現在の品行方正な美人生徒会長とも成績トップの座を競い合う仲だったという。

きっと今でも教師陣は思っているのだろう。どうしてこうなった、と。

そんな先輩の反省文の一枚や二枚など今更気になる内容ではなかった。


「鬼の居ぬ間のってところかな」

「あぁ。だがすぐ戻ってくるだろうな」


崇之の言葉に頷きつつ何となく話題となりそうな正面に座る夜刀宮を見る。

最後にあったのは下駄箱の廊下で偶然出会ったのを除けばいつぶりだろうか。

記憶の底に沈んだ思い出を掬いとれず、無言で見ていたからか夜刀宮がキョトンとした顔で訊ねてくる。


「どうしたの、ユウ兄ぃ? 私の顔に何か付いてる?」

「いや。変わったなって思ってただけだ」

「あっ、それ俺も思ったんだ。何か一段と女の子らしくなったっていうのかな? もちろん前に会った時も可愛らしかったけど今は綺麗になったっていうか。そう女の子から女性になったって感じ?」

「そ、そうですか? ユウ兄ぃもそう思う?」

「ああ。新聞部が放っておかないだろうさ」

「そんなのもあったねぇ。今年の女子人気ランキングとか上位にいきそうだよね、夜刀宮ちゃんは」


ニコニコと笑いかけながら褒め殺す崇之の軽快なイケメントーク術。

それこそが沢山の女性陣にモテる秘訣なのかもしれないが、歯の浮くような台詞なんて頭にも浮かんでこないだから、ここは適当な相槌を打つに限る。


「どのくらい振りだっけ? もう何年も会ってない気がするよ」

「何を言ってるんですか。小原先輩とは一週間前にも会いましたよ」

「そうだったそうだったっ! ははっ。あの時はビックリしちゃったよ。駅前でこんな綺麗な女の子に話しかけられちゃったらさ」

「相変わらずお元気そうで良かったです。日奈さんとも仲が良さそうで」

「ラブラブさぁ! 一週間後には付き合って二年目記念もやるし」

「二年目記念っ!」

「そう、二年目記念さっ!」


何の話か解らないが突然窓の外を見て遠い目をする二人。

しかし知らない名前が出てきたあたりで完全に蚊帳の外となったため、座っていた椅子に立て掛けられていた鞄を開ける。

学生鞄について悪目立ちするような物じゃなければ自由な学校のため使い古したエナメル性のショルダーバックだ。

雨天時や物の収容を考えると自然とこれに落ち着き、中学時代から今でも使っている所為か少し傷などが目立っていた。

そんなバックの中身を確認しつつ読み進めていた本を探す。

せっかく空いた時間を無為に過ごすこともないし、読みかけの本というのは内容が気になって仕方がないものだ。


「本、本……おっ。あった」

「ユウってホント本が好きだな」

「ユウ兄ぃは……ごほん。ユウ先輩は相変わらずですね。以前お会いしたときから本当に変わりません」


少しむすっとした膨れっ面で睨む夜刀宮だが、何を言ってるんだかさっぱり解らなかった。


「変わらないって言われてもな。自分で解るところといえば……身長はあんまり変わってないな。細かい数字は憶えてないが」

「いや、そういうことではなくて。昔から読書家なんだなって」

「そこまでじゃない。単なる暇潰しの一つってだけだ。本を読む。ゲームをする。勉強をする。俺からすればどれも大差ない。好きか嫌いかっていう好みの問題だ」

「ん~~~~~。ということは俺たちとは話したくないと?」

「そういうことじゃ……いや、そういう見方もされるのか。すまない」


謝りながら本をバックに戻して脇に置く。

誰かと一緒に何かをすることに慣れていない所為か、他人を蔑ろにしていたようだった。


「悪かった。盛り上がっている所を水を差すような気がしてな」

「そりゃ盛り上がるでしょ? だって久々に夜刀宮ちゃんと話せるんだし」

「そういうものか? 生きてれば会って話すことぐらい簡単だろう。連絡だって今の世の中スマホだってあるんだ」


ズボンのポケットからスマホを取り出す。

それは現代の若者の必須アイテムといっても過言ではない。

小型の携帯端末でありながら、ゲームやネットなど出来ることは幾らでも、それこそ山ほどある。

ファンタジーでいうところの魔法のアイテムに比類するスマホを、前から剣道によって鍛えられたとは思えないほど繊細な指がスッと摘むように取り上げる。


「何する」

「私の連絡先を入れて置こうと思いまして。いえ別に、先輩の手を煩わせるほどのことではありませんとも。少し待ってて下さいね」


手早く片手で入力していく指使いに、もう止める気さえ失っていた。

それに見知らぬ誰かの連絡先が入るワケではないのだから止める理由なんてない。


「ええっと……よし完了っ、です!」

「わざわざ打たんでも赤外線通信とか、メールとかあるだろう?」

「少々確認とか。まぁ色々と」

「確認って。何だ、崇之。その顔は」

「いやぁ、別にぃ」


ニヤニヤと不愉快な笑顔を浮かべる崇之は自分のスマホを取り出して同じように夜刀宮と和気藹々と無料アプリの連絡先を交換をしていた。

最初から入っているSNSで、【SIGNSサイン】と呼ばれている。

普段使っていないが、何でも無料でメールや電話などの機能があって大変便利のため大人も子供もこれで連絡を取り合うのが普通だとか。

だが近年、それで事件が起きたりしているとニュース等で取り上げられていたが便利であるが故の弊害かもしれない。

とある国民的アニメのどこにでも行けてしまうドアでお色気シーンへと繋がるようなもの、と思えば納得できるだろうか。

どんな便利な物も使い方を誤れば結果は悲劇になる、なんて話は世の中に幾らでも存在していることだ。


「まったく。連絡が来てもすぐに返信とかは出来ないからな」

「はいっ。気長ぁ~に待ってますから大丈夫です」

「一応言っておくとユウが今までで返信が一番遅かったのは……一日過ぎたくらいだよな」

「えぇ!? それは少しじゃないと思いますけど……遅いというか気付いてなかったんですか?」

「いや。気付いてはいたんだが返事を返せる状況じゃなかったからな。先輩の所為で」

「えっ? それって」


夜刀宮が言葉を紡ごうしたとき、唐突に同好会の扉が開けられた。

乱暴に開かれた引き戸は壁に当たり物凄い音を室内に響かせる。

そんな暴挙を起こした人物の表情を見なくても、その感情は伺い知れるのだが反射的に全員が扉の方を見てしまう。

不機嫌そうに口をへの字に曲げた先輩の姿がそこには在った。

実に言葉をかけ辛い雰囲気を放っており、相手が先輩でなければ見なかったことにしているところだ。


「ど、どうしたんですか?」


勇気を持って声をかけた崇之を心の中で拍手喝采する。

夜道で出会った不審者に道を尋ねるぐらいの度胸を持ち合わせていないと出来ない振舞いではないだろうか。

まぁ思わず口から出てしまった、という後の態度を見ればさっさと拍手は止めてしまったが。

しかし訊かれた先輩はというと無言でジロッと崇之を一睨みしてから室内に入ってくる。

そのまま上座のパイプイスにドサッと座って長い溜息を吐く。


「何かあったんですか?」


夜刀宮と崇之たちと視線が合わさり、二人の無言の圧力に負けて改めて訊ねる。

もう訊かずにはいられない状況となったから訊いたが、何となく自分たちにも関係があるような気がしてならないためだ。

夜刀宮が気をきかせて出した緑茶を一気に飲み干すと先輩は少しだけ楽になtったのか口を開く。


「さっき廊下で杏に出会った」

「杏って……生徒会長の斎藤杏さんのことですか? 先ほど生徒会長の挨拶で拝見しましたが……」

「あぁ。夜刀宮は知らないか。先輩と生徒会長は友達らしい」

「それは去年までの話だ。今は喧しいくらい口出ししてくる小姑に近い」


夜刀宮にお茶のおかわりを要求している先輩を横目に生徒会長のことを思い出す。

確かフランスからの帰国子女で、その圧倒的美貌は他校どころかネットでも有名なのだという。

加えて詳しくは知らないが数カ国の言語も堪能で、いわゆるマルチリンガルと呼ばれるほど頭が良い。

頭脳明晰。容姿端麗。気さくで優しい完璧ロリ超人。

今は日本語を勉強中だと以前先輩から聞いたことがあるが、将来は世界を股にかけるジャーナリストか翻訳家か、はたまた大泥棒にでもなるつもりなのかと最初は思ったものだ。

天は二物を与えずという言葉が、とっくの昔に地に落ちていたことを代表する生き証人だ。


「それで、生徒会長と何か?」

「……レポートだと」

「は?」

「レポートだ。謎の同好会が何をやっているのか解らないから実情や実績等を知るためにレポートを提出しろと言われた」


頬杖をついて答える先輩には悪いが俺たち三人は正直納得してしまう。

世の中フィクションとは違い意味不明の部活動や同好会は申請したところで却下されるのが普通の話だ。

けれど先輩の交渉により発足されてしまった謎の同好会に、教師陣や生徒会が何もしないワケがない。


「あぁ面倒臭い。私たちは日々の研究に忙しいのに」

「たちって言いましたよ、この人」

「そういう人だよ、先輩は」


コソコソと内緒話をする友人と後輩の二人を放置してさらに訊ねる。


「随分とまぁ今更な気もしますけど。そういうのは顧問の先生とかから言われるものじゃないんですか?」

「顧問から? あの忌々しい教授から? その冗談は笑えないな」

「教授って、もしかして森亜教授ですか? あの人がここの顧問?」


頭に浮かぶのは背が高く、しかしいつも猫背のお爺さん先生の姿。

やせ細った身体をしている所為で生徒の間では骨と皮しか無いのでは、などと噂話になっている先生で数学を担当している。

しかし外見とは裏腹に着ている服は目立たない程度にお洒落で、通り過ぎたときに香水の匂いもしていた。

そんな一見幽鬼染みた外見と生徒たちとの年齢差の所為で、あまり関わり合いたくない人物というのが誰もが心に思っている本音だろう。

だからこそ、通称教授が何かの部活動の顧問をするとは思わなかった。


「私も思わなかったさ。まぁ教頭あたりが押し付けたんだろう。面倒臭いが仕方ない。幸い教授は基本的に放任する腹積もりのようだ」

「それって問題を起こさない限りってことですよね?」

「察しがいいな、流石は夜刀宮部員」

「ぶ、部員? えっ部員!?」

「……ついに、夜刀宮ちゃんまで」

「先輩の毒牙にかかってしまったか」


夕日が射し込む窓を見ながら慌てふためく夜刀宮に、俺と崇之は心の中で合掌を送るのであった。




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