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第2話


第2話「理不尽な先輩」


汗をかいた副担任が教室に転がり込んでくるのを見て、各々が自分の席へと戻っていく。

副担任はピチピチのスーツを着た、縦に小さく横に大きいという典型的な肥満体型の男性のため年柄年中汗をかいているが、今日の顔色の悪さを見ると汗の理由はさっきの件なのだろう。


「え、えぇー……んんっ。今日は担任である竹内先生が急遽来られなくなってしまい」

「先生ぇー。カリ……竹内先生が行方不明ってホントっすかー?」

「そ、それは今連絡待ちだ。状況が分かり次第連絡する。そのため次の時間は自習とする」

「えぇ~?」


男子生徒の不満そうな声とクラスのひそひそと話す声がクラス内に充満する。

しかしそれは心配する声ではなく、面白味のない日常を彩るちょっとしたアクシデントを面白がるような声だった。

やれ男にフラれて深酒して寝坊だの、やれ何かの事件に巻き込まれただの、学校の評判を落とすなだのという内容だ。


「し、静かにっ。お前たちが竹内先生を気にするのは分かるが待つしかないんだッ。お前たちは授業に集中するように。以上っ!」


遅くなった朝礼を終えて逃げるように出て行く副担任を全員が見送ったあと、一瞬にしてクラス内がさっきの倍以上に騒がしくなる。

やっぱり噂通りなんじゃないか、いやいや担任にも春が来たんだと、最終的には賭け事にすら発展する者たちもいるのを見ながら、実際は誰も特に気にしていないのが見て取れる。


「はぁ。噂好きな」


気にしていない風を装いながら次の授業の準備をしていても、内心は気になって聞き耳をたてているのだから自分も大して変わらない。

だが幾ら気になっても答えが出ない以上は無駄なことだろうと早々に思考を放り投げる。

クラスを見渡せばふざけながらも怖がる者。面白がりながら担任の春を喜ぶ者。興味がないのかスマホを弄る者。

思い思いに行動し発言する様子をどこか他人事のように感じ、小さくため息を吐くと、隣の席の女子が音もなく立ち上がっては教室から出ていく。


「……?」

「お~いユウ」


教室から出て行った後ろ姿を見ていると、前側の席から崇之が寄ってきては席を立った女子生徒の椅子に座る。

他人の席に座る抵抗感とか申し訳なさとかこの男には無いのだろうか。


「どうした? 三島さんに気があるの?」

「三島さん? あぁそんな名前だったか」

「ユウ…………いくら何でも酷いぞ。同じクラスのしかも隣の席だぞ?」

「昔から会話をしない相手は全く憶えられない。それよりも何の用だ。自習の時間ですが?」

「ユウだって自習なんかしてないじゃないか。ゲームでもしようぜ」

「……そうだな。そうするか」


制服の内ポケットに入れたスマホを取り出すと、一件のメールが届いていることに気づく。

どっかの店のお知らせメールかと思ったが、差出人を見た時に、それが死刑宣告に変わった気がした。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




この学校で俺の平穏なんていうものはいとも容易く崩されることをすっかり忘れていたかった。

二時間目も継続した自習の授業が終わり、業間休みが来ると――


「夢岸ぃいー! 夢岸はいるかぁー!」


―――あの人が現れてしまった。

すでにナマハゲのような呼び出しだが居留守を決め込むのは当然後が怖い。

何せ校内放送での呼び出しを以前に経験したためにやむなくアドレスを教えたほどだ。

といっても本人がケータイ嫌いという若者らしさの欠如が著しいため滅多にメールがくることは無いのだが。


「ユウ。呼ばれてるぞ?」

「……どうして俺は日本に生まれたんだ。留学生なら言葉が解らないフリとか出来るのに」

「首根っこ捕まれて連行されるのがオチだと思うけどな。先は見えてるし……先輩には通じないと思うぞ? 帰国子女なんだろ?」


まったくもって崇之の言う通りだ。

あの人の堪能な語学力は本場で鍛え上げているらしく、英語教師を半泣きにさせたこともある猛者だ。

諦めを存分に込めた溜息を吐いて立ち上がると、目の前には吸い込まれそうなほど綺麗な黒い宝石めいた瞳がキラキラと輝いている。


「遅い、遅いぞ。物事は時間と共に勝手に進むのだ。行動は迅速に、かつ正確にしろと以前に教えただろう?」


何が起きているのだろうか?

なぜ聞き慣れてしまった恐ろしき暴君の声が間近で聞こえるのか?

なぜ顔を固定するために頬を掴んだ柔らかく細い指を肌で感じるのか?

なぜこの鬼はゆっくりと、自分の頭を、後ろに、反らすの……かっ!?

もはや反射の領域ではあるが顔を前に少しだけ出すことで顔のロックを外し、そのまま脚の力を抜く。

周囲から見れば崩れ落ちるかのように見える一連の動作。

そのすぐ後にやってくる、さながら煩悩を打ち払うために突く丸太のように無慈悲に鐘を鳴らそうとしていた。

頭突き。

そう呼称する以外に適切な言葉などない。

目が覚めるような一撃、とは見ている者の言葉に他ならない。

受けた者からしてみれば逆に眠りに落とされる衝撃と、それを許さぬ頭痛に苛まれる。


「ふふん、避けたか。相変わらず避けるのは上手い」

「なっ、何してくれてんですか!」

「先輩命令だ、放課後時間を作れ。重要な案件ができた。確か今日はバイトの日じゃなかったな? 逃げるなよ?」


勝手に言いたいことだけ言ってさっさと教室から出ていく先輩は、背丈が平均以下だというのにどこか大きく見える。

堂々としているだけで相手に与える印象は大きく違うらしい……などと感慨ふけられるほど今の状況はよろしくない。

周囲の突き刺さるような鋭い槍のような視線の数々と、ひそひそと話す声が胸に突き刺す痛みを倍増させる。

しかし、次第に嫉妬という槍は哀れみという慈悲で抜けていく。

それは相手が見た目は美人、性格が残念というキャッチコピーを付けられている傍若無人で【現存する関東の大変人】と恐れられる有名な先輩だからだろう。

まぁその異名を流したのは近くで見ていた崇之なのだが。


「先輩、今日は一段と容赦なかったな」

「目を見りゃ解る。あれは」


――――好奇心に目を輝かせていた。

そう言って今日一番の重い溜息を吐いて、崇之の助け起こす手を取った。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




壁時計の針が十六時頃を指し、外は太陽が傾き少しだけオレンジ色に染まっている。

ついに来てしまった文句なしの放課後。

帰宅する者、バイトへと向かう者、友達と遊びに行く者、そして部活へと向かう者に分かれる放課後だ。

一年の頃はどこか余所余所しいというか、浮き足だっていると言うべき雰囲気が流れていた教室も一年も経てば変化は乏しい。

精々他のクラスとなった友達と遊びにいく者もいれば、初対面の女子に積極的に声をかけて玉砕している男子の姿を発見するくらいだ。


「さて、行くか?」

「崇之くん、本気かね?」


なかなか椅子から立ち上がらないのを見かねた崇之が声をかけてくるが、俺には信じられないような話だ。

あの先輩が待ち構える部室に向かうというのは、ファンタジーで例えるなら魔王城へと向かう勇者の仮装をした生け贄と同じだ。

抵抗など出来るわけがない。だが無抵抗ではいたくない。

くっころ系の女騎士のような心境、とでも表現するべきか。


「くそぉ。魔法でも使えたらなぁ」

「ユウらしくないな。つくづく思うんだが、ユウからそんな言葉出せるのは先輩だけじゃないか?」

「俺は別にガチガチの現実主義者ってワケじゃない。それにあの人は普通じゃない。いや、あの人は普通ってのが心底嫌いなんだよ」

「なにそれ、どこのハ○ヒ?」

「似たようなもんだ。巻き込まれる側にとっては」


違うのはあっちはフィクションでこっちはリアルなだけ。

だからこそ無難な対処というものは難しく、のっぴきならない所までいかないと手に負えないのが現実だ。

それが”彼女らしさ”からくる情熱だと理解していても。


「迷惑なら迷惑だって言ったほうがいいんじゃないか?」

「……察しろ。そう思ってないから困ってる」

「えぇ!? もしかしてユウって……ドM?」

「今のお前マジめんどい。そんな訳ないだろ。尊重だよ、尊重。あの人らしさって奴を俺は尊重してんの。俺には無いものだから」


溜息を吐き、壁時計を見るとすでに時刻はさっきより二十分は経っている。

同好会の始まりの時間を過ぎているのは解っているが足は動きたくないと言っているような気がする。

軍人並みの規律の厳しさがあれば、または崇之の言うような変態たちならば飛ぶように同好会へ向かうかもしれない。

しかし、俺は断じて違う。

今日は嫌な予感しかせず、正直どうしても行きたくないと思ってしまう。

けれど、いや、だからこそ彼女は現れてしまう。


「おっそいっ!」


ガラッ! という音では済まず、勢いよく壁に当たった引き戸が音をたてる。

傍若無人な先輩が、いたいけな後輩の首を鷲掴みにして現れた。

心底哀れみたい後輩は…………って夜刀宮かっ!?


「遅い、遅いぞお前たち。お前たちがナメクジのようにモタモタしてる間に勧誘は終わってしまった。さぁ次は事件の調査を始めるぞ」

「勧誘!?」

「ふふん、そうだ! 有望なるメンバーを集めるのは長たる私の勤めだからな」

「いやいや、どうして夜刀宮をっ!?」

「ゆ、ユウ兄ぃっ!? ユウ兄ぃ助けてっ! この人変なのっ!」


混沌とした奇妙な状況に突如として教室は変貌した。

たった一人でこの状況を作り上げた先輩は、赤ん坊のように両手を必死に俺へと伸ばす夜刀宮と俺を交互に見てから落胆した。


「なんだ知り合いか、つまらん。県を越えて他校にまでその名を轟かす剣豪で”鬼小町の再来”、リアルガチ剣士”などと呼ばれる有名人。戦闘力はスカ○ターを使うまでもない……八百万だ」


何を言ってるんだ、この先輩は。

子供のような体型をしているくせに、中身まで子供なのかと思うほどに目を輝かせて彼女は自分の言ったことに満足気に頷いている。

あれなら少し放って置いても大丈夫だろうし、今は状況を飲み込めない夜刀宮のほうが心配だ。


「夜刀宮、大丈夫か?」

「ゆ、ユウ兄ぃ……もう私、何がなんだか」

「それは俺たちもだ。だからもう心配するな。というか諦めてくれ」

「ゆ、ユウ。普通こういう時って助けるパターンじゃないか?」

「不可能だ。戦闘力八百万の夜刀宮をこうして捕まえてきた猛者だぞ? たとえ珍しい昆虫を捕まえてきた”子供”みたいな喜び方をしてても」

「あっ、おい」


崇之の何かに気づいた声よりも先に、見えない一撃が俺の意識を刈り取る。

音もなく、気配もなく、ただ凡人には察知できぬ殺気をたぎらせた獣の牙が容赦なく襲いかかってきたのだ。

暗くなる視界、奪われる意識、混濁する思考回路は闇の中へと簡単に落ちていった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




夢の中にいた。

不思議な物言いになるかもしれないが、そうとしか言えない現状もある。

いつだったか、確か小学校に通っている頃に夏休みの宿題のために市立図書館へと行った時のこと傍観者の視点で見ていた。

目の前には小さい時の自分が格好付けと好奇心で難しい科学の本を解ったフリをして読んでいる姿がある。

懐かしい。

けれどドヤ顔で読んでいる幼い自分が恥ずかしい。すごく殴り飛ばしたい。


「見っけ」


声を聞いてビクッと震える幼い自分と今の俺。

その声の主を見なくても分かる。

小学校時代ではよく遊んだりして知っており、中学で留学に行くとは露とも思わなかった人のものだからだろう。

当時の俺にとって彼女は恐怖の対象であり、憧れであり、少し気になる異性であり、自分とは真反対の人物だっと思っていた。

消極的で失敗を恐れる俺。積極的で大胆不敵な彼女。


「こんな意味わかんない本を読んで調べ学習で出すの? そんなの時間の無駄じゃん。そうだ、代わりに工作にしたら? 粘土なら一秒もかからず終わるから」


そう言って手を引っ張る彼女に連行される幼い自分は嫌そうな顔で、けれど本当は少しだけ嬉しいのを隠して図書館から消えていった。

それは現在も変わらない関係で。

今でもこうして思い出す程度には大切な……ってこともないけども。

後日勝手に作ってきたのは粘土でできた【豆腐】と名付けられた長方形の粘土だったのだから。

手を抜くのは仕方がないが、あれではあまりにも酷すぎて作り直す羽目になったのは仕方ないで済ましたくない。

いわゆる一つの消したい過去というか、思い出すのも躊躇われるような残念な記憶というべきか。

溜息がつけるなら確実に吐いていたであろうそのとき、黒いモヤ状の何かが目前に現れる。

知っているような気がするが記憶にはない。

意識の外側から現れたかのように、記憶と記憶の間から滲み出るようにその黒くガスにも似た生物染みた何かは、粘土で出来た豆腐へと細い管のようなものを伸ばした。


モチュリ、ニチュリ、ズチュリ、ミチュリ


異様な咀嚼音をさせながらあっという間に平らげる。

あれ? 何を、だったか。

さっきまで見ていたはずの何かを思い出せず悩んでいると黒いモヤはウネウネと動いてボロっと落とす。

それは一見するといかにも高級そうな本だった。

理解不能の文字や意味不明の印が描かれた表紙。

高級な本にありがちな歴史を感じさせるほど重厚で、ページをめくればそのまま取れてしまうのではないかと思わせる程の古めかしさ。

書かれた文字は何語かさっぱり解らず、本を開ける気さえ起こさせない。

現代の若者にちっとも優しくなさそうで、これで中身が絵本だったら詐欺だと訴えたいレベルである。

なにこれ、と手に取った本を黒いモヤに問いつめようとそちらを見るとモヤはすでに影も形もなかった。

いったい何が起きているのか理解できないまま、意識がぼやけ始め……途絶えた。




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