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第1話


それは暗く冷たい夜のことだった。

明日には四月に入るというのに、この日の夜は未だに寒さを感じさせることを吐く息が教えてくれる。


「はっ、はっ、はあっ!」


しかし、道路を走る女性にはそんな季節感に浸らせて貰える余裕はない。

履いていたヒールは途中で脱げたまま何処かに放り出し、彼女はしきりに背後を確認しながら少しでも速くと走っていた。

その顔は蒼白。

決して寒さだけではない震えが襲いかかり、そんな彼女を呼び止め、声をかけられる人影は偶然なのか時間的にいない。


「な、なに。何なのよぉ。あんなの、化け物じゃないっ……!」


弱気な声をあげる女性は幾度目かの確認のために背後へ振り返る。

何度確認しても安心できないのだろう。

だが、それがいけなかった。


「ひぃっ!」


電灯に照らされる暗い夜道に、それを……見つけた。

獰猛な笑み、鼻にツンとくる腐乱臭、人間にどこか似て非なる姿。

その姿は女性の脳裏に焼き付くのに十分な異姿であった。が、女性が誰かに伝えることは一生出来なかった。








第1話「かくて神話は幕開き」


「ユウ! おっはようさんっ!」


校門を通った瞬間、朝の寒さに負けないほどの、昔から変わらない元気の良さで挨拶してきたのは幼馴染みの声だった。

無駄な脂肪がついていない身体と平均よりも高めの身長、さらに清潔感がにじみ出る整った顔立ち。

一言で表現するなら好青年(イケメン)というべき男子は、俺の悪友というべきか、親友というべきか判らないがそれなりに仲がいい男、小原崇之(こはら たかゆき)だった。


「朝から元気だな」

「いやぁ。やっぱ寒い時ほど元気出さないとな」

「年中元気じゃないか」

「ハッハッハ! まぁ細かいことはいいじゃんか。それに、今日はそれ以外にも元気になる理由があるのさ」


含みのある言い方をワザとしてチラチラと俺の様子を窺っていた。

その表情は訊いてほしいと一目瞭然なワケだが、あえて訊かずに靴箱で靴を履き替える。

こういった無駄で無意味な駆け引きが非常に面倒臭い、と何度言ってもしつこく崇之は行ってくる。

気にしていないのか、それとも彼なりに思うところがあってワザとしているのか。

どちらとも判別できないが、いつも最終的にこちらが折れてしまうのが常だった。


「……それで? 今日は何か―――」


そのとき近くでザワザワと声がし、そっちを向けば巨大な提示版に貼られたクラス表を見る生徒たちで溢れていた。


「―――あぁ……そうか。クラス替えか?」

「えっ? ああっ、それもあったんだ。けど実はもっとビックイベントが」

「早く確認に行くぞ。こんな場所で遅刻とか誰得だ」


提示板に貼られたクラス表を見なくては新しいクラスが分からない。

なにせこの高校。C県の中では1学年に五クラスも存在するほど人数が多い。

つまり人気も勿論高いということは入試の倍率を見れば一目瞭然だ。

理由をあげるなら女子は制服が可愛いだの、男子は可愛い女子がいるだのと、大多数がそういった理由で毎年入試にやってきているらしい。

かくいう俺も入試の面接時の理由は置いておくとして、本音は家から近いという似たようなものだから他人のことを悪いだの不健全だのとは大っぴらには言わない。

家から近い。つまり無理無く通える。

朝はギリギリまで眠ることも可能で、例えば朝からモーニングコーヒーを飲みながら優雅な一日を始めることも可能だ。


「あぁそうだ。明日はコーヒーを飲みながらニュースを見るというのもいい……」

「コーヒー? 何だって? 何て言ったんだよユウ?」

「……そういう突然耳が悪くなるハーレム系主人公みたいなのは要らん。独り言だから気にするな」


提示板の周りに集まって悲しんだり喜んだりする生徒たちの姿を見ながら俺は崇之に提案する。


「俺は一組のほうから見る。タカは五組のほうから見てくれないか?」

「応さ」


崇之と別れ、人混みをかき分けながら一組から順に自分の名前を探していく。

上から下へ、さらにもう一度確認しては次の列へ。

それを繰り返して何回目か、【小原崇之】という名前と【夢岸遊(ゆめぎし ゆう)】という自分の名前をついに四組で捜し当てた。


「四組か……またアイツとの腐れ縁も継続だな。ん? タカは何処に行ったんだ?」


先に行ったのかと人混みが随分と減った周囲を確認してみると、崇之は複数の女子たちに連行されていく姿が遠目で見えた。

どうやら同じ組になったのであろう女子たちによって。


「今年も初日からか。流石モテ男。爆ぜろ」


自分のクラスが分かって崇之も向かったいま、ここに留まる意味もないため歩き出そうとした瞬間だった。




「もしかして、ユウ兄ぃですかっ!?」




何処かで聞き覚えのある声に、身体が自然に反応し背後を振り向く。

そこで見たのは……とある夏の図書館で出会ったひとつ年下の女の子の姿を思い出した。

茶色の長い髪をポニーテールにし、穢れを知らないかのようなキラキラと輝く純粋無垢な瞳。

自己主張の乏しい身体と、自己主張の激しい竹刀袋。

謎のキャラクターのストラップが付けられ、彼女が好きな剣豪たちの名を刺繍された竹刀袋。

そんな特徴的人物など自分の知り合いで、たったひとりしか居ない。


「お前、夜刀宮か?」

「はい、そうです。お久しぶりです。ユウ兄ぃ……いえ、ユウ先輩」


ニッコリとあの頃から変わらない笑みを彼女は、最後に会った時と少し変わった姿で、夜刀宮時雨(やとみや しぐれ)は浮かべたのだ。

どうして彼女がここに居るのか頭が追いつかない所為か、どんな言葉をかければいいのかさえ浮かばない。

正直、俺と彼女には夏休み中の、しかも一時期の接点しかなく、強い関り合いをもった覚えのある間柄ではないと個人的には思っている。

例えば家が近所だとか、小中学校が同じだとか、偶然パンを銜えたこの子と曲がり角でぶつかったとか、結婚を前提に付き合ったなどでは断じてない。

夏休みの図書館で偶然知り合った変な女子。そんな程度の認識でしかなかった。


「(この子が、夜刀宮? 本当に?)」


記憶にかすかに残る、図書館で出会った女の子の面影。

あれから身長も伸び、女性らしさの曲線を少しだけ身につかせた女の子。

当時は知らなかったが、関東では有名な剣道の有段者でありその実力は五本の指に入るほどの有名人。

そんな人物が俺の名前を未だに憶えていたことに驚かないはずがない。

ほんの十秒にも満たない、どこか心地良い空白の時間を予鈴のチャイムが取り払う。


「ああっ!? いっけない、遅れちゃう。それじゃあまたっ、放課後にでも!」

「えっ? あっ、あぁ」


手を高くあげて走り去る夜刀宮の後姿を、挨拶のために上げた手が虚空を彷徨い、その慌て様が昔と変わらないためか、少しだけ感慨深くなって自然と息を吐いていた。


「あのお転婆がお淑やかな高校生、になろうとしてたなぁ。俺も、歳を取ったな……」


一歳違いの後輩を見ながらしみじみと思い、自分もクラスへと向かうのであった。






   ~~~~~~~~~~  チャイム音   ~~~~~~~~~~~






新しくなったクラス内では、元々同じクラスだった者たちが集まったり近くの席の者と自己紹介をしていたりと各々が自由に時間を潰していた。

現在の時刻は八時五十分と壁時計の指針は示している。

本来ならとっくに担任がやってきて朝のホームルームの時間なのだが、その担任は未だにやって来なかった。


「どうしたんだろうな」


先ほどまで女子や男子と代わる代わる挨拶していた人気のある崇之が、わざわざ俺の近くにきて心配そうに訊いてくる。


「担任のことか?」

「そう。それに噂話聞いたか? あのカリスマ教師の話」

「カリスマって竹内先生のことか」


崇之が声量をおとして言うカリスマ教師とは、生活指導という役職につき、メガネが良く似合う女性教師であり、このクラスの担任になった者のことだ。

キツイ人当たりのためか、美人ではあるのだが学校内では人気は少なく一部からはもったいないと、またある一部でそこがいいと思われているらしい。

きっと違う職種なら大評判間違いなしだったのではなかろうか。何とまでは言わないが。


「そうそう。あの竹内先生な、実は行方不明らしいんだよ」

「行方不明?」

「あぁ。何でも一昨日の晩から行方が分からないらしい。噂じゃ何かの事件に巻き込まれたのか、はたまたイイ男と駆け落ちかなんて話も出てる」

事件(バット)青春(グット)か。どっちにしろ我が校にとっての大ニュースってことか」

「その通り。どっちにしろ話題性にこと欠かない学校だってネットには書かれるだろうなぁ、はあぁ~」

「ネットの評判で一々溜息を吐くこともないだろう。俺らは別に関係ない。不憫だと思うのは今年の新入生と上級生だ」


頭の中には先ほど出会った夜刀宮の顔が浮かぶ。

入学早々に教師の不祥事があっては大抵の親は心配する。

しかも事が事なら、あの夜刀宮の親は学校近くを竹刀を持って自主的な警邏を始める可能性すらある。ぜひ止めて欲しい。


「何だ、変な顔して?」

「別に。面倒事は勝手にやってくるもんだなぁと」

「ほほおっ!? その様子じゃ夜刀宮ちゃんと会ったんだな!」

「そう言って気づくお前も酷いよな。まぁ、そういうことだ」


自然と溜息が出るのは彼女とは良い思い出が無さすぎる所為だ。

親の教育の賜物なのか。

剣道一筋のお転婆っ娘は事件をつくることになってでも俺や崇之と遊びに行こうとしたことがある。

彼女にとって剣道のみの人生のなかで、気休め程度にはなっていたのかもしれないがこっちにとっては災難でしかない。


「あぁ……平穏はどこで買えるのか」

「ははっ。つまんないよりイイんじゃないの? 退屈って結構嫌なもんだぞ」

「そうか。ありがたいことに、この高校に入ってから退屈とは無縁だ」

「先輩か。今日も放課後にあるのか? 部活動」

「アレは同好会だ。人数的にも内容的にも。それより問題は夜刀宮も来たことだ。タカは知ってたんだな?」

「うむ、まぁな」


ニヤニヤと腹立たしくなる笑みで即答する崇之を睨む。

何を堂々と、平然と、当然だという風な口振りで答えやがるのか。

ニヤついてる顔を殴り飛ばしてやりたいところだが、自分も分別がつく大人の一歩か二歩手前の高校生。

そんな奴が校内の暴力行為で停学、というのはいかがなものか。

義務教育の時代はとっくに過ぎているのである。

よし。今回は机をコイツの頭に叩きつけるぐらいで済まそうじゃないか。


「おぉい。どうしたんだ、机の両端を持って」

「……別に。ただ先行き不安だと思っただけだ」

「まあまあ。同じ学校でも会う機会なんてそんなに無いさ。あっちは剣道。こっちはオカルト研究会なんだからさ」

「正式名称で言わないと先輩キレるぞ」

「いやぁ、長くてさ。やってることは同じっしょ?」


頬を掻きながらぼやく崇之の言いたいことは同調できる。

野球、サッカー、陸上、テニス、卓球、バスケットなどのメジャーな部活動と比べるのもおこがましいが、名前が長いうえに内容がさっぱり伝わってこない。


「確か、神話的事件調査団だっけ?」

「違う。【宇宙的恐怖によってもたらされる怪奇事件を調査する団】。別称として言い易いように【コズミック調査団】というのもある」


よく憶えてるなぁ、などと感心している崇之を殴りたくなる衝動を抑えるのに必死になるのは教室に慌てた副担任が入ってきたことで流されてしまった。




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