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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

(短編版)異世界チワワ無双 ~うっかりテイムしてしまった最凶のチワワを誰かに押し付けてしまいたい~



「見知らぬ、森……」


 周りの景色を見て思わずそう呟く。左右前後、どこを見渡しても自然の豊かさを感じてしまう。あたり一面が葉の緑と木の幹の茶色に包まれているのである。足元には、葉っぱの集まりにより形成されている一本の道ができている。絶好のお散歩コースだなと思いつつも、とりあえず進んでみることにする。


 私は今、開放感に包まれている。前世にいい思いが無いからだ。あの世界からお別れすることにより、自由を手に入れたのだ。もう、怖いものなしなのである。日本での最後の記憶は、もう覚えていない。ただ、自分が今異なる世界にいることだけを、なんとなく理解している。


 普通なら前世に残してしまった大切な人のことを考えなければならないのだろうが、自分は特にそんなことしたいとは思わない。とんだサイコパス野郎である。もし凄い力を手に入れたら、それを利用して好き勝手してしまうに違いない。だが、今の自分の能力を知るためにいろいろと試してみたところ、自分には強力な力がないことが分かった。


 確かに魔法を使うことはできた。それも10属性。だが、出力が低いのだ。敵にダメージを与えられないであろう貧弱な攻撃魔法や、絶対に敵の攻撃を防げないであろう脆すぎる防御魔法、恩恵をほとんど感じることのできない補助魔法。これらは一体何の役に立つのだろうか。


 まあそんなことはどうでもいい。私は自由を手に入れたのだ。その事実が変わることはないだろう。


「キャゥン、チャアァア」

 鳴き声が聞こえる。いつの間にか私の前に生き物が現れたのだ。



 丸々とした大きな瞳。二つ合わせれば顔の大部分は占めるであろうその瞳は、その生き物の性格を印象づける。


 鮮やかな黒の毛並み。顔、手足、お腹以外は艶やかな黒い毛に包まれているが、カッコイイわけではない。その生き物の顔は、可愛さを主張している。


 ピンと立った耳。三角にとがった耳が、とても印象的。


 チワワだ。まさかこの世界にもチワワがいるなんて。



 まあ、自分には関係ないや。


 今の私は自由なのだ。チワワを可愛がってもいいし、無視して進んでもいい。もちろん私は後者を選ぶ。触らぬ神に祟りなし。触らぬチワワに祟りなし。


「クゥ~ン」


 チワワが、鳴き声を発しながらこちらを見つめてくる。けれど無視。スルー。


 はや足でチワワから離れたのだが……



 クシャクシャ……



 地面の葉っぱを踏む音が聞こえる。チワワが、追いかけてきている。好奇心に満ちた表情で再び私の前に現れ、お座りのポーズを披露するチワワ。そんな表情しても、可愛くなんてないのに。



「キュイ~ン」


 あ、逆さになった! 舌を出して、幸せそうな表情で寝転がるチワワ。白! あんなにも黒を主張した色だったのに、寝転がった瞬間に白を主張した色に変わっちゃった。それに肉球! 普段は見ることのできない白い手のひらに、ピンク色の不思議なぷにぷにがついているのだ。両手両足、四つの肉球。そのどれもが、ぷにぷにとしている。


「ウーフ!」

チワワが再び元の態勢に戻る。今度は伏せの態勢だ。何とも言えない表情で、じっと何かを待っているようだ。

 

 



 ……ちょっとだけ。ちょっと触ったらすぐ行くから。





 さっ

 !?


 これは……ふわふわだ! 凄く艶やかだが、それでいて柔らかい感触。私の右の手のひらが、毛並みのやさしさに包まれる。



 抱っこしても、良いのかな?


 ちょっとだけ。ちょっと抱えるだけだから。




 ぎゅっ




 わあ、お日様の香りだ! ポカポカとした香りが、鼻の穴を通っていく。これぞ、天の恵み。お日様が我々にくださった素晴らしきもの。お日様の光こそが……ってええ!!!!!


 


「チワワが、光ってるぅううう!」





 思わず叫んでしまったものの、光っているのはチワワだけではない。私自身も光りだしたのだ。一人の人間と一匹の犬が同時に光っていることになる。



 このことから考えられることは一つ。恐らく、私とチワワは合体して一つになってしまうのだろう。チワワと人間のまじりあったバケモノとして、この森で生活することになるに違いない。


 そんなのありえないよ、と考える人もいるかもしれない。しかし現に私は、10の属性を扱う魔法使いになっている。チワワと融合しても何一つ不思議ではない。合理的な考えなのだ。


 これから私は、人間たちから変なものを見るような目で見られてしまうだろう。バケモノとしての宿命なのだ。涙が止まらない。私の両目から、溢れるほどの涙が流れ、チワワに当たってしまう。


「キュイン」








 やがて、光が消えてゆく。果たして自分の姿はどうなってしまったのだろう。考えると同時に、腕の重みに気づく。


「! チワワが、まだいる」  

 

 私はまだ、チワワを抱いているのだ。ということは、チワワとの合体は免れた? いや、まだ安心できない。チワワの呪いを受け、チワワ人間になってしまった可能性がまだ否定できない。確かめてみなければ。



 チワワを地面に置き、自分の顔を触ってみる。……モチモチだ。ヒゲも犬の毛も生えていない。眉毛とまつげがあるだけだ。


 自分の髪の毛を触ってみる。……うん! 異常無し。犬耳が生えているようなことは無く、普通のサラサラ髪だ。ちょっと長くなっているような気がするけれど、特に大きな変化はない。



 よし! 多分大丈夫。再び歩き始めよう。



 クシャクシャクシャ……



 地面の葉っぱを踏む音が。再びチワワが追いかけてくる。私の後ろをこっそりと進むチワワ。足音がちょっと気になる。まあそのうちいなくなるだろう。気にしない、気にしない。私はようやく自由を手に入れたのだ。もう、だれにも私の邪魔はさせない。










「♬~♬~♬」

 

「ゴブリンは~緑の小鬼♪ あんまし強くない~」

「ホーンラビットは~かわいいウサギ♬ けど角がある~」


「♬~♬~♬」




 突然、歌が聞こえ始める。モンスターについて歌った歌のようだ。可憐で美しい声なのでとても聴き心地がいい。







「コボルトは~モフモフでかわいいワンちゃん♬」


「♬~♬~♬」




「……けれど気を付けて♪ チワワ―ンは♬ あなたの人生を~メチャクチャにするよ♪」





 チワワ―ンが、人生をメチャクチャにするだって? チワワ―ン、チワワ―、チワワ。……まさかね。







「もしも~♪ チワワーンを見かけたときは~ 見ない聞かない触らない♪ 抱っこなんてもってのほか~」




「だって~ チワワーンは~♬ ってうぎにゃああああああああああああああああ まさかこんなところにチワワーンがいるなんて! もうおしまいだ、殺されるぅ! 


 歌の主である一人の少女が、向こう側からやって来る。その子はチワワを見た途端、様子がおかしくなる。彼女の見た目も相まって、とても印象に残る場面。



 ……すごくきれいな銀髪。彼女の美しい銀の髪が、眉毛の上のところで切りそろえられている。美しくも活発な彼女の髪形は、見る人を圧倒するだろう。もし彼女が今、目と口を大きく開き絶望の表情を浮かべていなければ、おそらく私は彼女に心奪われていただろう。それほどまでに顔が整っている。


 って今はそれどころじゃない。チワワが人生を滅茶苦茶にするだって? どういうことなの?


「あの、すみま......」

「うにゃあああああ! あの子、チワワーンに絡まれてる! 助けなきゃ!」



 銀髪少女がこちらに向かって進み、チワワと私の間に入る。そして、私を守るためにチワワに声をかける。


「チワワ―ン、今すぐその子から離れて!」



 ……彼女は、チワワではなく私の方を見て声をかけている。



「あの、どうしてこちらをみてるの?」

「チワワ―ンは、危険なんだよ、脅威なんだよ! 見てはいけないの。ある部族の間では……」



 彼女はチワワ―ンに関する様々な説話を話してくれる。恐れるような、それでいてどこか楽しそうに話してくれる彼女は、とても生き生きとしていた。


 でも、このチワワがそんな危険な生き物だとは思えないけれど。





「キュイン」


 チワワが突然走り出した。視線で追いかけると、その先にいたものは……




 緑色の、巨大なトカゲだ! モンスターが、この世界にいるの? 


 少女のモンスター歌を聞いた時から薄々気づいていたものの、なるべく考えないようにしていた。恐れていたことが、現実に起こってしまった。私にはおそらくモンスターを倒す力はない。やられてしまうだろう。


 いや、もしかしたら。


 私は銀髪少女のほうを振り向く。それに対して少女も首を縦に振る。この世界の住人ならモンスターとも戦えるのかもしれない。これで万事解決……


 いや、この状況はまずいかもしれない。安心してはいけない。モンスターを倒した後、少女に救助代をせがまれるかもしれない。もちろん私はそんなものを持ってなどいない。体で支払う羽目になるだろう。とても恐ろしい、モンスター実験の材料として。


 この絶望的な状況の前に、ただ涙を流すことしかできない私。異世界を甘く見すぎていた。もうちょっと警戒するべきだったのだ。こんな浅はかな考えで、自由など、つかみ取れるはずもなかったのだ。



 トカゲは巨大な斧を右手に構え、息を荒くして私たちのほうを見ている。襲う気満々だ。気持ち悪いほど荒れ狂ったトカゲの呼吸音を聞いているだけで、体がぶるぶると震えだす。足も動かない。もうダメ、おしまいだ。




「キャンキャン」


 無謀にもチワワはトカゲに近づいてしまう。小さなチワワの命も、きっとここで終わってしまう。私には救う力がないのだ。己の無力さを実感する。



「キャン♬」



 !? トカゲの動きが、止まった? 呼吸も通常通りの物になっている。同じモンスター同士だからだろうか。私は、助かった?


 トカゲはおとなしくチワワを見つめている。



「クゥ~ン♪」


 チワワも高くてかわいい鳴き声でトカゲを静めているようだ。だが……









「! ヤバい、ヤバい、ヤバい! いけない、リザーさん! チワワから離れて!」



 驚いて振り向くと、冷静じゃない銀髪少女が。私たちは助かったんじゃ、ってかなんでトカゲの心配をしてるの?



 少女の制止にもかかわらず、チワワを見つめ続けるリザーさん。



 ……そう、愚かにも長時間チワワと視線を合わせてしまったのだ。







「ブゥゥゥゥゥゥううぅぅぅぅぅぅぅがっ! がっ! ブゥゥゥゥゥゥううぅぅぅぅぅぅぅがぁぁぁ!」


「グォアァ、グヮ!」





 今まででは考えられないほどの低い音が、チワワーンから響き渡る。後ろを向いているから表情は読み取れない。しかしきっと、恐ろしい表情なのだろう。リザーさんの息なんかとは比べ物にならないような恐怖を感じる。とんでもないものを抱っこしてしまったのだな、私は。



「あれは、最凶のチワワ技、犬の怒り(ドッグ・アンガー)! リザーさんはもう……」



 少女が解説してくれる。私は視界を閉ざす。きっと恐ろしい光景が繰り広げられているに違いない。そんなもの、見たくないのだ。リザーさんの悲鳴が耳から離れない。


 彼の死は無駄にしない。チワワ―ンから一刻も早く逃げ出さなければ。速足でこの場から遠ざかろうと小走りを始めるが……















 クシャクシャクシャ……















 絶望。






 







 バサ、バサ、バサ、バサ


 

 銀髪少女も追いかけてきた。私に問いかけてくる。


「あなた、もしかしてチワワ―ンを抱っこしちゃった?」


 私は首を縦に振る。すると、苦い表情になる少女。



「あ~あ。テイムしちゃったのかぁ」


 テイム? なんだか不穏な単語を聞いてしまったな。きっと気のせいだ。聞き間違いに違いない。













「……チワワ―ンは、あなたの仲間になったんだよ」


 決して聞き間違いなどではなかった。




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