不死身な生徒会長と不死身な委員長が世界を救う!?
――500年……先の話。
不死身とは、永遠に世界にとどまる事。
あらゆる困難にもめげず、不浄の魂を解き放つ。物理的&精神的に無敵の状態。
信仰、崇拝、文明、文化、生死、神秘、道理、時――魔力。
世界にたった1つしかない生命――神の玩具をパンドラの箱から開け放つ。
ゼウスから受け取りし災いの箱を未来のパンドラは本当に好奇心に負けて開けたのか?
「チッ! あのアマ! 大した事も無いくせに良い度胸してやがる! 今度会ったが最後。文字通り最期の時を冥土の土産としてプレゼントしてやる!」
場所は果てしなく続く荒野。ポツンと取り残された一件のお店があります。
長い間放置され――壁、床、柱、天井、看板に至るまで塗装は剥げ落ち、玄関の扉はスイングドアになっており、西部劇のバーを思わせる佇まい。
申し訳程度にオープンカフェも設置されていますが、荒野の真っ只中にある為、お客様は疎らです。数人いるのが奇跡。一体どんな経営をして成り立っているのか?
店内には悪態を吐いた大柄な男が酒を注いで、カウンターを占拠しており他の誰も男に近付こうとしません。
厄介事に巻き込まれたく無いのでしょう。こわもてな男は剛腕な左腕に竜の刺青が刻まれ随分と酔っている。
「オイ! マスター! 酒が足んねーぞ!」
赤ら顔で完全な酔客。迷惑な男は大声を出し、のたまう始末です。周囲の誰も止めようとはしません。
店の主。マスターが奥から姿を現す。
マスターは少女。かなり若く、10代前半と言っても何等差し支えありません。トテトテと小走りでやって来て例の大男に応える。
「はい。何でしょう?」
「何でしょうじゃねーんだ。酒が足んねーんだよ。嬢ちゃんよ」
大男はかなり酔っている。
目の前にいる幼女。可愛らしいマスターに怒鳴り付けます。
おっかなびっくり名も無き少女は茶色いツインテールの三つ編みを揺らしながら小走りで狭い店内を駆け巡ります。
店内には所々に機械仕掛けのロボットが配置されており、天井のちょうど角に当たるスペースに平たいパネル。液晶モニターが吊るされていて女性アナウンサーが何事かを呟いています。
内容はライブ配信のニュース番組。
24インチの液晶モニターの中。淡々とした口調。何かを早口で喋っています。
――現在調査中のおよそ500年前に見つかりました『学校』。この星独自の遺跡には『生徒会』や『委員長』と呼ばれる肩書きを持つ権力者達が存在しており、当時、象徴的な『学校』の生徒としての立場から新たなる掟を提案し、『学校』……遺跡を牛耳っていた事が考古学の専門家グループによって判明しました――
どうした事でしょう? 未来の出来事とはいえ『学校』を遺跡と扱うには理由があるはずです。
『生徒会』や『委員長』等と言った単語もまるでかつての歴史上の人物。大名や武士、学者や発明家の様にさもありなんとした名称で呼ばれています。
謎はもう1つある。
星独自――と呼称するからには今、地球に住んでいる人達は別の惑星から来た宇宙人なのでしょうか? だとすれば辻褄が合わない事もありません。
「ケッ! クソつまんねーや。なーにが遺跡だ。んなもん誰も興味ねーよなあ?」
男は酒を飲み干し、大仰な身振り手振りで周りの人達の事を自分に招き入れる為にがなる。
自分に反対派はいない。否定する者は迷わずぶっ殺す。怒りが目に表れています。
異論を唱える者はいない。
静寂が戻り、酒蔵庫からマスターの少女が茶色いツーテールのおさげを揺らし、やって来る。
――ゴロゴロゴロゴロ。
同時に床を這う何か重い響きがカウンター越しから聞こえてきます。
思わず大男は呆気にとられた。
「うんしょ。こらしょ」
せっせと少女は大きな酒樽を転がして来たのです。
ご機嫌斜めだった男もさすがにやり場に困ったのか、諭す様な口振りで言います。
「嬢ちゃん。気持ちはありがてーけど、俺でもこんなに飲めねーよ。一体御代はいくらになるんだ?」
後半はジョークです――が、マスターの少女はキョトンとした顔で平然と言う。
「大丈夫です。御代は一切頂きません。その代わりと言っては何ですが……あなたのお話を聞かせて下さい」
茶色いツインテールのおさげを上品に揺らしながら、少女ははにかみました。
「話? 俺の?」
「はい。単刀直入に聞きます。何をさっきから怒ってらっしゃったのですか?」
少女は言います。大男は困惑。
こりゃ参ったな。変な店に入っちまった――と、男は赤い顔に渋面を作りブツクサ呟きます。
こんな小さくて愛らしいマスターからの頼み事。大男の心境も段々と変化していく。
断りづらく、敢えて少女に話をする事にしました。
お金を取られる事もなくお酒が飲み放題になる。こんな機会は二度と来ないでしょう。
大男は静かにゆっくりと語り始めました。
「俺の名はジムってんだ。よく覚えとけよ。職業は――例の遺跡。『学校』を調べる者の1人」
男は声を潜める。
他のお客さんは地獄耳で聞き入っている。
「何でそんな立派な人がお店にやって来て酒浸りになってたの? お仕事辛かったの?」
いいや、そんなんじゃねーんだ。と、少し酔いが治まったのか大男は頭を振りました。
「『学校』――遺跡はな、文化や文明が500年前のまま。俺はその事を『時』が止まっていると表現している。この星の祖先様は己の仕来たりを重んじて守り、子々孫々代々に纏わるまで伝統を継承したのさ。生き残っている『学校』のトップ。『生徒会』に所属する『委員長』軍団は今も外敵を駆除する為、周囲360度結界を張っている。見えない電磁バリアみたいなモノをさ。『学校』に住んでいる生徒は『生徒会』を中心にして異世界ファンタジードラマを今も展開している」
「――? どういう事ですか?」
まるで男の話が分からない。少女は首を傾げました。
ツーテールのおさげがゆっくりと左右に揺れて傾きます。
店内にいた客たちも皆、首を傾げる。
奇異な視線を大男に集中させます。
「まあ、落ち着け。話はまだ始まったばかりじゃねーか。これは政府――一部のお偉いさんにしか伝わっていない事実。モニターに流れているニュースも単なる建前でしかない。俺が怒った理由の1つはあの化け物がうじゃうじゃいる『学校』を既に無きものにして、遺跡調査とか言う名目で別の星から来た俺達国民を騙し、戦争を仕掛けてる事さ。軍需産業だか何だか知らないが、命よりも大事なものは無い。例のニュースで唯一感心してるのは500年前って所だけ」
少女はナプキンで拭き、乾いたグラスにトクトクとお酒を注ぎます。グラスが透き通った茶色い液体で満たされていく。店内の光の加減でピカピカとグラスは輝きを放つ。
「サービスです」
「ありがとよ」
大男はひと口お酒を煽る。話の続きへと急ぎます。上機嫌になり弁舌も波に乗る。
「子供の頃から俺は未知なるものに憧れていたんだ。好奇心ってヤツだ。問題なのは『学校』に潜んでいる連中の頭の中。奴等は外の世界を知らない――いや、知らないふりをしているだけなのか?」
店内は静寂を保つ。大男は淡々と話を続けます。
「知ってる訳ないよな? 政府が『学校』にあらゆる軍事力や武力を行使して戦っても、中から『学校』の仕来たりを500年もの間守り通して来た奴等『生徒会』の結束力は半端じゃない。この星をほとんど制圧した俺達新たな住人を前にしても――最早『学校』だけが残された形となっても全然ビクともしねえ。連中は魔法が使えるんだ。伊達や酔狂じゃない戦闘知識。俺達は『マナ』と呼んでいる」
「魔法――『マナ』ですか」
驚きです。遺跡『学校』には魔法使いが住んでいる。
「俺達は魔法使いと戦争をしている。全宇宙を統一するラストバトルが皮肉にも相応しい最強の敵。宇宙最強の軍事力を誇る俺達が手こずっている理由。あれからどれ位の月日が流れたのか? 幾年もの間、建前だけのニュースがてんこ盛りになっている理由――答え。我々は最強。負けるはずがない――政府の主張。まあ、遺跡――『学校』に住んでいる人々以外は制圧したのだから、国民が騙されるのも無理はない」
「最初に言っていた――あのアマとは誰の事ですか?」
「あ、ああ。何だそんな事か。なーに単なるくだらない負け惜しみよ。俺の仕事は『学校』の調査」
こくんと少女は頷きます。茶色いツーテールのおさげが少しだけ傾く。店内にいる他の人達も思わず頷いた。
「『学校』はおっそろしい所だったぜ。『生徒会』の根城。本部は砂の広場の奥に隠されていて、容易に近付けねえ。地下に地雷が埋まってるはず。周囲は大木と金網で中に入った邪魔者を封じ込める役目。予想として金網には電気が通っていて指一本触れたらまる焦げさ。奴等との戦に発展出来たのは裏から直で侵入出来る経路が偶然にも見つかったから。門があり俺は果敢にも挑んだ。『委員長』の女が待ち伏せしている事にも気付かずな」
少女はジッと大男の目を見つめています。大男は神経が鈍く、数秒後やっと彼女の意図を汲み取りました。
「あ、ああ。忘れてたが最初に言っていた――あのアマ――とは『学校』の奴さ。女だからってなめちゃいけねえ。俺が相手したのは『委員長』の1人。コテンパンにして縄で縛ってやろうと思ったが、例の『マナ』。魔法のクロスカウンターを俺に集中砲火するどころか、レイピア片手に突撃。レベルの差を肌で感じ、ジム様は泣き寝入りでスタコラサッサと逃亡。危なかったぜ~? 剣の腕前も超一流。どこぞの騎士団に所属してるかと錯覚したもんだ。信じがたい話、女は見た目が15、6歳にしか見えない上、戦いの最中一瞬、走馬燈が駆け巡る。『マナ』を使う相手として俺は判断されなかったのか? 屈辱ですよ。歴史と伝統。500年の差」
酒場のマスター。ツーテール少女はまだジッと大男の目を見ている。
大男は終わりだと言い、カウンターの席を外す。酔いは治まり、空虚さだけが残る。
店内の他のお客さん達も固唾をのんで大男に視線を注いでいる。
「俺が最初に暴言を吐いていた理由。分かるだろ? 誰か知らないが、『学校』なる遺跡の『委員長』――魔法使いの女。俺の屈辱は一体誰が晴らしてくれるんだろうな?」
巨大な流木で出来ているカウンターの上に無雑作に硬貨を押し付けてジムと名乗る男は去りました。実際の額よりも硬貨は大量。大男は話を聞いてくれたお礼。
相手が未成年の少女に感情移入したのでしょう。
少女は彼の背中に視線を注視したまま、消えるまで微動だにしません。
数少ないお客さんも同様。微動だにしない。
大男が完全にいなくなってから数秒。
茶色のツーテールおさげ少女はカウンターの隙間。ちょうど大男から見えない死角に入っている通信機を手に取り頭に被せる。耳元から口先へとマイクが仕込んであるヘッドホンの様な代物です。
まるで感情の籠っていない事務的な口調で、
「コチラ『B1‐37地区 カフェバー・荒野の西部通り』――ニンゲンノオトコハッケン。ドウゾ」
どうやらどこかへと情報を伝達している様です。無機質でクリアな少女特有の声音ですが、さっきとは別人。
情緒の欠片も人間らしさも感じられません。
「こちら政府。速やかに男の確保、及び駆除対象に任命する」
情報を伝達された側も冷酷さはあるものの、至って平板な口調。
「リョウカイシマシタ。オトコノマッサツオヨビジコクノシテイヲヨウキュウシマス」
「今すぐだ」
同じ情報を共有していた常連客(?)の連中が数人立ち上がる。手にはハンドガンやアーミーナイフ。物騒な代物を懐に隠し持っていました。
「ああ、どうして我々の星はこうなったのだろう?」
場所は聖域。『学校』事、『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』です。
18歳にも満たない少年は頭を両手で抱えている。
ホワイトボードを背後に据えて、木と鉄のローテーブルを前にパイプ椅子に背を預けずに俯いている。
「『生徒会長』どうかお気になさらずに。我々はこの星。人類最後の生き残りなのです。死守しなければ、500年の記録、歴史は未来永劫伝えられない。今、アイデンティティーを失っては他国から攻め入ってきた敵軍に身を投じて死んだ仲間達に顔向け出来ません」
「うう……。確かにな」
「我々の希望は潰えていません。500年の間、『学校』が陥落した事が一度でもありましたか?」
『生徒会長』の相手をしているのは『委員長』の女性でした。
先程、酒場で飲んだくれていたジムと名乗る男が『学校』に侵入した際、レイピア片手に攻撃。見事に打ち負かした少女。
齢は15、6歳ほど。背丈はスラリと細長く髪の毛はツインテールに結っている。珍しい赤髪の女の子。意志の強い眼は鋭くとがり、戦闘狂である彼女の性格を如実に物語る。
『委員長』――少女の名は八戸かるら。
かるらは500年もの間人類に何が起きたのか? 変遷を辿り始める。
「歴史に登場する2人の人物――悟りを得た仏、『如来』。『ソーマ』と呼ぶ神の酒を飲んだ邪悪なるデーモン、『ベリアル』。ベリアルは不死の酒を飲んだが為に今も生きている。彼は天才科学技術者でもあります。500年前、彼は人類を彷彿させる大発明をします」
「アンドロイド――か」『生徒会長』は苦笑。
「話はここで終わりません。ベリアルはインドの宗教学者で最も深いインド神話に傾倒した人物。彼は遂に神の禁忌に触れる。私が仰ってる意味が分かりますか?」
「当たり前だ。忘れる事等出来るか! 『ホムンクルス』の登場だろう?」
「『ホムンクルス』は古代ギリシャの錬金術師達の手によって創られました。中世ヨーロッパで知識は衰退。一度、忘れ去られる事に。再び錬金術が発展を遂げたのはイスラムでの出来事。最終的にヨーロッパへと逆輸入されました。中世12世紀頃十字軍によりイスラムの文化や物がヨーロッパに渡ったのと同じ時期。ルネサンス期を経由して18世紀頃まで続きます。錬金術なる魔法。イスラム圏にも未だ無数の信者がいます。ベリアルもです」
「何が言いたい?」『生徒会長』はムスッとなる。
「インド神話に登場する神の酒『ソーマ』。錬金術と結びつけたのが他でもないベリアルです。不死の酒とも呼ばれる『ソーマ』を飲んだベリアルは世界中の文化に最先端の己の科学技術を駆使して普及させようと思っていたのです。『ホムンクルス』――現代のアンドロイド。500年前に突如現れたロボットに異を唱える者が現れた。仏。『如来』です」
「我々の守護者。神――人類の最終進化形態。彼もまた1人の人間」
『生徒会長』の男は静かな口調で、確信を持ち呟く。
『委員長』の少女かるらはコホンと1つ咳払いをする。
「『如来』――普通、釈迦如来や阿弥陀如来を思い浮かべます。彼は『都立緑ヶ丘高等学校』の第一期生。初代『生徒会長』を務める。一介の高校生。自分なりの教義を持ち解脱しました」
「我々の魔法の源泉――『真名』。陰陽五行術式の復活。新たな文化の誕生」
『生徒会長』の男は面白くなさそうにブツクサと話の流れをくむ。
「人類の進化。過程を辿る究極の方程式。自らの手で初めて身体に体現したのが如来」
『生徒会長』の眉間に皺が寄る。
「ベリアルと対立した如来は陰陽五行の源――『真名』を後世に伝えた。現在、私達の『学校』の教科書として。事実、私達は『真名』を駆使した戦いに身を投じています。ベリアルは神の禁忌を犯し人工生命体『ホムンクルス』――アンドロイドを世界中に普及する事に成功。結果、500年後の今がある。『ソーマ』により不老不死のベリアルは文字通り私達人類。星の悪魔になり果せた。アンドロイドは人工知能から究極の方程式『真名』を世界平和から遠ざける脅威として認知し、人類に反逆を起こし始めます。IQを持つアンドロイドも我々の先輩――初代『生徒会長』如来を筆頭にした『真名』の使い手。仇敵に苦戦を強いられました。500年間に渡る戦争のスタート。忘れてはならない事があります」
「何だ?」『生徒会長』は怪訝に部下『委員長』の表情を探る。
少女かるらは全く動じずに話を進める。
「神の酒『ソーマ』をコアに組み込まれたアンドロイドは無敵。いくら人類が新たなる究極の方程式『真名』。陰陽五行術式を復活し、文化を生み育んでも、大きな落とし穴がある」
「――見えない壁。生命。決して越えられない唯一変化しない代物。束縛。寿命。時間は有限……か、クソ!」
ローテーブルを打ち破らん勢いで『生徒会長』はパイプ椅子に腰かけつつ、下段から蹴り上げる。
――ドゴ! 鈍く軋む音が辺りに響く。
『委員長』かるらの話は終わらない。まるで詩人の語り部の様に。
「正解。元来ホムンクルス、人工生命体のアンドロイドには寿命が無い。不死の酒『ソーマ』をコアに組み込まれたなら、尚更です。私達人間には必ずいつか訪れる死がある。世界中のアンドロイドは昔も今も変わらず、私達人類に警告を発して、牙を剥く。私達は500年間戦ってきた結果――幾つか学習しました。IQの発達したアンドロイドと停戦条約を調印。運命共同体となる事。同時に私達の先輩。初代『生徒会長』如来を生贄に捧げ、魔法の源泉『真名』――陰陽五行術式を永久に封印。アンドロイドに服従する――二択。選んだのは前者。早い段階から実行されました。戦争に終止符を。我々は今もなお戦っている。なぜか?」
「『都立緑ヶ丘高等学校』の生徒達。俺達の祖先、先輩。特に『生徒会』の役員だけが反対派」
「大正解。我々は世界中を敵に回し、縮図が出来た。如来の本拠地『学校』に権力者達が押し寄せ、初代『生徒会』に交渉。当時の部員達、如来は動じません。不死――神の禁忌を犯したベリアルを捕まえるか倒すまで、『真名』は封印しない。陰陽五行術式も『学校』の伝統として後世へ伝える。証拠の1つ。我々の住む『学校』の周辺。360度囲む結界は『真名』によるもの。風水でも知られる『火』『水』『木』『金』『土』の五要素は方角を示す。『南』『北』『東』『西』『中央』です。五要素と方角。上手く組み合わせて結界は出来る。陰陽五行の基本。相剋。『学校』のあらゆる所に結界の源。御札が貼られてる。『生徒会』が育成し、『学校』内に住む生徒達が優秀なお蔭で今も結界は外敵から身を守るのに役立っている」
『生徒会長』の男は重い溜息を吐く。
「外部――星の各国。首脳や著名人達は怒りを覚えた。彼等は最後の切り札。トランプのジョーカーがあります。自らアンドロイド側に付き、『学校』に宣戦布告。根絶やしにする。如来。1人の神を信じずに、ベリアル。悪魔に身を捧げた。近代の軍事力と魔法。人間の潜在能力を紐解く陰陽五行『真名』。500年間に及ぶ戦争。まるで鎖国。我々は――生き続けている」
「『生徒会』は生徒の純粋な期待を裏切った」『生徒会長』の男は吐き捨てる。
「電気、水道、ガス。衣・食・住が一体どこから『学校』に配給されるのか? 偉大な如来も1人の人間。寿命には勝てません。残された『都立緑ヶ丘高等学校』――新たな『生徒会』役員が選んだ道。やはり悪魔ベリアルに生命を捧げる事。罪ある者として法で罰せられるのは確実。アンドロイドは優秀なIQです。騙すには最後の手段を取る。対等な戦争では無い。最低限度の生活保障を我々に提供するべき――と。お互い醜い人間。考える事は皆一緒。論外だと一蹴される悪足掻き。アンドロイドは違っていた。『学校』に最低限度の衣・食・住が提供。電気、水道、ガスも未だに滞る事無く通っています。配給業者が結界に邪魔されずに正門では無く裏門は開放。月に一度輸送トラックが我々のライフライン。衣・食・住を提供してくれる訳です」
「全くもってアンドロイドも良い頭脳をしてやがる。世界を統治した神気取りか」
「我々は『学校』から出る事は出来ませんが、如来が残した悟りの書を教科書に組み込み、教えによって文化が成り立っています。外の世界。どうなっているのか分かりませんが、現に星の幾つかの国でアンドロイドが大統領や国王に扮している噂も聞きます。本末転倒な話。予言した人物が1人だけいます」
「誰だ? 言ってみろ」と『生徒会長』はほとんどやけっぱち。
「『生徒会長』――分かってるでしょう? 他でもない如来。我々の想像上、外の世界はかつて生きていた住みよい町、諸地域、宗教に文化、伝統や生態系、貿易、教育と学問、観光から風習、政府に至るまで全てアンドロイドの手に陥落した。純血の人間は今、我々しかいない。500年間死守した。新世界を開拓する千載一遇のチャンスです」
「チャンスだと? ふざけるな!」
『生徒会長』はキレる。立ち上がり眼前にいる『委員長』かるらの胸ぐらを引っ掴みます。セーラー服の胸元。リボンが揺れ、皺だらけに歪む。
「私は如来が創設した初代『生徒会』。歴史と伝統を引き継がれし『委員長』。16年間。生きてきた証を刻む為『生徒会』に入部。外部の敵と戦っていました。『真名』――陰陽五行術式を用いて。『生徒会長』聞いて下さい。八戸かるらの意見を。部下の『委員長』を信用出来ませんか? 耳を傾けられない絶望に追い詰められました?」
「フ、フン! 分かった。聞いてやる。お前も如来が生み出した『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の一員。『委員長』である意見を御静聴しよう」
『生徒会長』の男に胸倉を掴まれながらも『委員長』八戸かるらは動じず。冷静に言葉を紡ぐ。『生徒会長』の男はやがて握り拳を弱め、突き放す。へなへなと着席。
「歴史は繰り返される。好機は今。世界の再建を我々が行う。如来の遺言。世界中の亜種――人間も含め――を一人残らず抹殺し、ベリアルが創り上げたアンドロイドと共に世界国家の再建をする」
「……なるほどな」
「500年間死守した秘伝の術。神の標す啓示。如来が実践に組み込んだ『真名』――陰陽五行術式と不死の酒『ソーマ』をコアに持つアンドロイドと和平交渉し、政府にクーデターを起こしましょう。確実に外部の生き残り。人間は気付いている。我々に500年間干渉してくる理由。悲痛なる声の正体。単純な悪足掻きでは無く――」
「ふざけるな! そ、そんな事――」
「そう。世界の終り。人類が最も無様な姿を晒す、最期の命乞い。今のあなたみたいな。さようなら。『生徒会長』はとても従順に働いてくれました。世界は『委員長』である私。私達『委員長』全員に――」
ズドドドドン! 大きく破裂する鈍い金属音が立て続けに鳴り響く。
「オ――マカセ……クダ……サイ」
「お前がベラベラ喋ってくれたお蔭でようやく事の真相に辿り着けたよ」
『委員長』八戸かるらが右腕に仕込む銃剣を抜き出す直前に『生徒会長』の男は『委員長』に向けて机に隠していたサブマシンガンをフルオート射撃で発砲した。銃撃は生徒会室の一画を粉微塵に、『委員長』八戸かるらをショートさせた。
「お前は本物の『委員長』八戸かるらでは無い。アンドロイド。人間――『学校』の『委員長』に扮したベリアルが創り上げし化け物」
『生徒会長』の男は深呼吸を1つ。粉々の生徒会室から出る。
「原因は例の配給業者だな。手始めに『生徒会長』の俺じゃなく、末端の生徒達や『委員長』に手を出しやがったんだ。俺が知っている八戸かるら――他の『委員長』はもしかしたら……いや、もうこの世にはいないだろうな。『真名』を恐れてじわじわと俺達を外側から攻め込んできた。外側から攻め込む建前があれば、所謂――対等な戦争も成り立つ訳か。愚策だ。スパイを送り込んできた事実は変わらない。所詮アンドロイドのIQもその程度。ようやく決心が付いた」
『生徒会長』の男は胸元から携帯電話を取り出します。古い旧式の物で単なるお飾りではありません。緊急連絡用の赤いボタンが裏側のカードを差し込む蓋の中、底辺に隠されていたのです。一瞬だけ躊躇し、心の中で天使と悪魔が選択肢を迫る。
自身に言い聞かせ、赤いボタンを押す事に決めました。
「まさか、押す日がこようとはな。戦争の一環か」
微かに震える指先で赤いボタンを押した。
場所は都市郊外。荒野。電波により遠距離でアンドロイドに指令が下される。
――規約を破りし人間を罰せよ。我々は『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』。条約に違反したアンドロイドを発見。IDは××××だ。今すぐ解析をして情報源の人間を抹殺しろ!――
相手は政府。赤いボタンは500年前の平和友好条約の証。
条約を破棄した際の緊急措置として、人とロボットを繋ぐ橋渡しをする為、例の赤いボタンを押せば、特殊な周波数が回路に送り込まれ、ルール違反したアンドロイドを強制停止させる。
アンドロイドと初代生徒会長如来の友誼を深める儀礼的な代物――祭器用の遺品。約束を破る事は無い様に絶対の平和を誓った大切な品物。アンドロイドの思考回路は別に如来の考え方は違いました。必ず使う日が来る。確信。500年も前に。
「醜い人間。やる事は同じか。『生徒会長』には――如来から伝わる――最後の手段がある。500年後の今、俺の手で起動させるとはな」
アンドロイドと秘密裏に手を組んでいたのは世界中の政府だけでは無い。『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の如来も所詮人の子。世界を救い平和裏に解決するにはアンドロイドを利用するしか手段はありません。アンドロイドは世界中に散らばっていたのです。ロボットを道具。アイテムとして使う。人間の生きる糧。
人とAIの友好の証は利用される。赤いボタンは戦争の下準備のツール。
味方アンドロイド共通の世界大戦開始のスイッチと化す。
緊急措置――アンドロイド強制停止の周波数を書き換え、反逆者への強制バトルに切り替える。日本がアメリカに戦争を仕掛けた真珠湾攻撃の奇襲。太平洋戦争の始まりへ発展。
如来側――『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』も外側から少しずつアンドロイドを味方に付けていきました。方法は実に合理的。
月に一度送り込まれてくる衣・食・住の配給業者。
如来は絶対に人間に扮したアンドロイドも同時に送り込むと予想していた。
先程のスパイ。
『初代生徒会長』如来、服従する『委員長』、生徒達は、配給業者。政府の恩恵に賜りながらもスパイのアンドロイドを全てチェック。『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』はスパイを拘束、改造。徐々に味方に付けていく。配給業者は月に一度必ず来る約束になっています。必然的にアンドロイドの味方も増える。『学校』に改良されし新たなアンドロイドは配給業者に回収。外部へ行き、スパイ活動報告で政府に偽情報を流し、世界中を徘徊。500年間続きました。
人類――『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』――が危機に直面した時。
『生徒会長』に代々伝わる赤いボタンが押される日が来るのを待っていた仕組みです。
星を代表する政府は混乱。
「一体、どういう事だ! 各地でアンドロイド達が押し寄せて来たぞ!?」
一国の主。大統領は叫ぶ。
「『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』は異変に気付いた。最後の手段に出たようです」
政府の1人。軍部を束ねる参謀は実に愉快。
「ククク。我々にも秘策はある。何の為に敵を生かしておいたんですか?」
政府の法相が下品な笑みを浮かべる。
視線の先――生身の人間。本物の『委員長』八戸かるら達が監禁された部屋の鉄格子があります。『委員長』達はわざと捕まっていました。如来から授かりし新たな能力。魔法の源泉『真名』。陰陽五行術式の復活――新文化の誕生と創造。誰も忘れません。政府はスパイのアンドロイド『委員長』軍団を送り込むのに成功。本物の『委員長』を誘拐したと思い込んでいる。当たっている的外れな見解。『委員長』八戸かるら達の演技によって騙されています。
『委員長』達は『生徒会長』ですら出し抜いた。
「我々の大事な国民を動揺させない為に、『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の連中に人質がいる旨を告げて、皆殺しにしよう」
大統領は苦笑。人質が自分の首を絞めている事にも気付かず。
『B1‐37地区 カフェバー・荒野の西部通り』のお店から出たジムはすぐ近くの岩山に身を隠した。数分もせずお店――政府に指令されたアンドロイド達がぞろぞろ出現。手に物騒な代物を持っている。マスターの少女。お店の常連。キョロキョロ首を360度回転させ、誰か探してる。
――野鼠を狩る梟。
標的はジムと名乗る男。彼は岩陰に息を殺して待機。人の皮を被るアンドロイド達が別行動をとり、いなくなる。ジムは確り視界に収束。場をやりぬく。
緊張で脂汗を垂らし、心臓の鼓動を落ち着かせる。
フーっと吐息を1つ織り交ぜジムは独り言を吐く。
「やはり。連中は皆、ロボット。相当優秀なIQだ。いつの間にすり替えられた?」
ジムの思考回路に新たな疑問が過ぎる。
「『学校』の連中は何者だ?」
「政府は? 国民は?」
「――ジム。俺は何者なんだ?」
その時。一体のアンドロイドが背後に迫る。ジムは瞬時に微かな気配を読み取りました。岩陰に潜んでいたのに気付かれた。
アンドロイド達は赤外線ゴーグルや暗視ゴーグルを目に装備してジムの動静を窺っていたのです。装備品は星にある国の政府が支給。
『学校』の生徒に紛れる作戦。全く用意周到です。
躊躇している暇はない。ジムは素早くハンドガンをホルスターから取り出し立て続けに2、3発弾丸を撃ちます。心臓、脳、ラストは股間の部分に当たりました。
全て急所に命中。持っていたハンドガンはリボルバーでは無く、ブローバック式。
銃口にサプレッサー(消音装置)を装着。周囲に発砲音は響きませんでした。
「危なかった。俺を襲う理由は何だ? さっきの会話が政府に情報漏洩したのか?」
ジムは素早くマガジンを取り換え、周囲にまだ危険なアンドロイドがいないか確かめる。
確認を終え、岩陰に身を隠しながらスッと膝を着く。人間の形をしたアンドロイドの残骸。
パーツの一部ずつを何気無く取り除いていく。所謂好奇心です。
「ロボットの……中身」
ガラクタ。アンドロイドを丁寧に各部位に分ける。1つの端末を見つける。
アンドロイドを形成するコア。
生みの親、ベリアルが錬金術と不死の酒『ソーマ』を複合したアンドロイドの源。
人工生命体ホムンクルスの魂が宿り、500年前から伝わる記憶媒体。
――異変が発生!
アンドロイドのコア。組織の中枢を軸に埋め込まれた記憶媒体に触れた瞬間、ジムの身体に戦慄が走る。指先の皮膚を貫き神経を伝い脊髄から脳へ直接電波信号が送信。
500年の歳月が成せる所業。精神を揺さぶる。ショックが走馬灯を見せる。
過去の記憶を甦らせる。
「うおおおおああああああああ―――――!!!!!」
「やはり――外の世界は混沌の渦中にある。まだ生きている人間が政府機関と『学校』の外にいるとは驚きだ。別の惑星から来た新たなる人種? 冗談は止せ。星は政府と『学校』の間で500年アンドロイドを利用した縄張り争いを続けてきたんだぞ? 奴等は一体何者だ? 1人しか情報は入ってこないが――まさか……いや、それは無いな」
政府の庭。ベースキャンプから軍服を纏う長官がやって来た。
「例の人物。IDナンバーは?」
「……大統領。大変申し上げにくいのですが――」
「結論だけにしろ」
「ありませんでした。記録に残っていません」
「確かなのか?」
星を代表する国の大統領は焦る。自分達の指揮下に置いたアンドロイドと人間。一人一人にIDナンバーを埋め込み統括。
云わば国の義務。政府の法と秩序維持の為の対策。500年前に世界の一大プロジェクトとして発進した管理システム。不具合でも生じたのか?
「ふざけるな! ミスは許されないんだぞ! だとすれば奴は何者だ!? もう一度良く調べろ!」
世界各地で政府のアンドロイドと『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』のアンドロイドが対立して戦争を開始。大きく膨張していく。政府の切り札。『委員長』達が鎮めるとは誰も思いつかない。
世界中に警報が流れる。緩やかな女性の声。アナウンスは『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』に向けられる。
――500年間に渡る戦いに終止符を打つ時。今すぐ統括してるアンドロイド達を解放し、政府に投降して下さい。代わりに大切な『委員長』は生きて返します――
「『委員長』達が生きている――?」
『生徒会長』の男は狼狽える。確信を裏切られた。もう取り返しは付かない。
500年前から伝わる赤いボタンは最終兵器。
『生徒会長』の男は苦虫を潰す歯軋り。放送室へ走り占拠。外部接続したスピーカーは最大の音量で国中に伝わる改造された物。
――無論、理解出来なくはないが『委員長』が生きている確証もない。『委員長』達を先に解放。身柄を我々の元へ送り届ける。要求は以上!――
「――どうします?」政府の法相はしたり顔。
「良いだろう。管理システムの方を最優先。『委員長』達の解放を今から――グギッ!」
大統領の男が喋り終える直前。
脛骨がねじれる嫌な音。声。同時に響く。
――大統領即死! 何者かに暗殺される――
号外で世界を震撼させる歴史的一大スクープが脳裏を過ぎる。政府の高官は驚く猶予も無く振り向く。牢獄の鉄格子がキィーと虚しい金属音を残し左右に揺れている。
『委員長』達が脱獄。
「な、何をしている!」
「見りゃ分かるでしょ」
赤髪のツーテールを揺らし、意志の強い瞳が若さを物語る。
『委員長』――八戸かるら。
「う――撃てええええい!」
高官の周囲に隊列を組んだ軍の兵隊が一斉に発砲。
参謀を務める男の指揮で連携攻撃。
「フ。俺様を舐める――」参謀の男は腕に自信があるのか前に出る。
宙から降ってきた『委員長』の1人にサマーソルトキックを喰らい敢え無く消沈。
「こ、この役立たずのクソッタレ!」
大混乱。逃げ惑う高官達。リーダーを失い一気に隊列を崩される兵隊。
稲妻の如き身のこなしで次々と敵を殲滅していく『委員長』軍団。
クッキングは3分で終わる。
「さて――私達の出番ね」『委員長』八戸かるらは嬉しそう。
「予定通りにいくかな?」と男の『委員長』。
「『生徒会長』は例の赤いボタンを使ったんでしょ?」他の『委員長』の女は再確認。
「大丈夫。私達には『真名』がある。今こそ真の国家建設をする時よ!」
政府、『学校』のアンドロイドが世界中で紛争を起こす。
果たして荒野で絶叫したジムは無事でした。
彼に隠されし過去とは――?
「俺の正体は――別の惑星から来た国の政府。調査員じゃない! 神が創りし不死の酒『ソーマ』を飲んだ悪魔。ベリアル――!」
ジムは星の重要人物ベリアル。凶悪な異端者。
ある日。世界中に普及させたアンドロイドに危険人物と認識され、拉致。
べリアルは不死の肉体。殺害は出来ない。
困ったアンドロイド達に新たな天啓が閃いた――訳でもない。
ある人物がアンドロイド達に告げる。
「ベリアルの記憶を改竄し、星の外から来た唯一の人間……と、情報をすり込め」
生態系。食物連鎖のピラミッド。衣・食・住を具現化し、戦で血塗られた歴史、文明と文化を創り上げた全知全能の神の失敗作。
――トップに立つ1人の人間。
身柄を拘束されてもベリアルは不敵に笑う。
「悪魔の私に刃向うとは。貴様、名は?」
「名前を聞いても意味ないぜ。べリアルは記憶を失くす。生死の狭間。偽の記憶で永遠に星を彷徨うんだな。クックック。俺の名はジム。よーく覚えておけ」
皮肉にジムも笑う。
「なるほど――良い名だ。よーく覚えておくよ」
ジム――ベリアルがアンドロイドに隠された記憶媒体に触れた瞬間、流れたメッセージ。
――我が名はベリアル。悪魔に身を捧げた者。この情報を目に焼き付ける事が出来るのは他でもない私自身。不死の酒『ソーマ』を飲み、やがて血肉となりDNAに刻まれる。私は天才科学技術者を名乗り、悪魔と呼ばれたが、1人の人間だ。私が創り上げたホムンクルスは未完成のままだ。ホムンクルスが世界中に流通した頃、ようやく気付いた。ホムンクルスが時に人間にも牙をむく最大の事実に。端末にメッセージを入力したのは万が一、ホムンクルスが私と世界を危険シグナルと認識した時、もう一度記憶媒体に耳を傾けて貰いたいからだ。未来の私が鎖で縛られている『都立緑ヶ丘高等学校』――唯一『時が止まっている世界』を調査するまたとない機会。正しいのは残念ながら奴等『学校』の『生徒会』と『委員長』、生徒達。私は間違っていた。人とは本来お互いに支え合う生き物。衣・食・住を共有し生活圏を広げていく。敵対していた如来の真の狙いだ。今も如来の後継者達がいて『都立緑ヶ丘高等学校』を死守しているなら、是非バックアップして欲しい。実験にはもう1人の私。新たなベリアル。お前の力が必要だ。気違い? 天才科学技術者の哀れな末路? お前には分かるはず。発明家の知的好奇心が疼き、武者震いしている。死ぬ事も出来ず血に飢えた純粋な野心だけが残っている真実。軌跡。希望。惨めな私のたった一つの生の喜び。『都立緑ヶ丘高等学校』を束縛している鎖を解放し、時代を元へ戻すのだ! 私の実験は終わらない――
ジム――いいえ。ベリアルに残された選択肢は3つ。
――世界を壊す――
――世界を創りかえる――
――あの男。ジムを探し出す――
「私の記憶が確かなら――ジムと名乗る奴はほざいていたな」
――俺は『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の『生徒会長』だ――
如来から伝えられし『真名』――陰陽五行術式。不可思議な力は人、アンドロイド、ベリアルを脅威にさせる魔法。
陰陽説の考えがあり、『陰』と『陽』の2つの使い手に分かれる。
相剋、相生と呼ぶ派生が成立。『火』『水』『木』『金』『土』――所謂五行が組織化。
陰陽五行説を具現化したのが『都立緑ヶ丘高等学校』の生徒。『生徒会』の中心人物『生徒会長』と、構成員『委員長』達です。
世界中に散らばる幾つかのジョブ。
『聖戦士』『野伏』『弓兵』『傭兵』と呼ばれるもの。
如来の伝統。ジョブは『侍』。戦国時代から江戸時代の日本。和の戦士。
500年間に渡り鎖国状態。『学校』の中で守り通されてきた文化。武士道精神。
『侍』は世界でも攻撃力に特化した分、防御力が低い傾向にあり『真名』――陰陽五行術式で補う。『真名』は魔法の源泉。エネルギー。
500年先。未来の戦い方は一筋縄ではいかない。
各地で紛争が勃発している最中。突然、政府側のアンドロイドが動きを止める。
情報が流れました。政府の敗北。
彼等も昔、アンドロイドと友誼の証。誓った物があります。青いボタン。
儀礼的な代物――祭器用の遺品。
世界中のアンドロイドが悪の手先に陥落、支配される日がもし訪れたら青いボタンを必ず押す。記念品。絶対の平和を誓う大切な品物。
――当時、星の責任者。大統領の考え方や政府の偉い人達の誰もが使う事は無いと思っていた。星の政府は世界中をアンドロイドで支配しようと目論んでいたのです。
500年前に――。
「本当に大丈夫かな?」『委員長』の男子は不安気。
「大丈夫。だってあいつ等、青いボタンが何か滅茶苦茶喋ってたじゃない」
「アホだよね。私達が牢屋にいるのに。『生徒会』に赤いボタンがあったし、間違いないでしょ」
『委員長』の女子達は楽観的。
「早く行くよ!」心なしか焦り叫ぶ『委員長』の八戸かるら。
「ちょっと待ってよ。かるら!」
「俺達はやるべき事をやった。政府のアンドロイド達も動く事は無い。作戦は順調。何を急ぐ?」
早足で歩き、『委員長』八戸かるらは尖った視線を険しくする。頭を左右に揺らし腰に両手を当て仲間達『委員長』全員に聞こえる大声で話す。ツインテールの赤髪が揺れる。
「皆、肝心な事忘れてんじゃない?」
「――?」
「もう! 鈍いわね! 国の長。大統領様の話をちゃんと聞いてたの!? 星の外部から来た生きている人間がいるって」
「宇宙人――? んな訳ないって。かるら」
「その通り!」皮肉を返す、かるらは至って真面目な顔。
「?」
「世界中にアンドロイドがうじゃうじゃいる中で、唯一生きている人間。宇宙人じゃなければ、一体誰?」
腰に手を当て前かがみになり『委員長』八戸かるらは他全員に詰問。答える者は皆無。
尖った瞳は呆れた具合に平行線を辿りグッと下がる。
「不死の酒『ソーマ』を飲んだ人間に決まってるじゃない! 要するにベリアル!」
衝撃の新事実が発覚。
「な、何だって――!?」
『委員長』八戸かるらは急な頭痛を堪え、額をコンコン叩いて、盛大な溜め息を吐く。
「何が――あった? 奴等のアンドロイドが……止まった?」
予期せぬ出来事。『生徒会長』の男は狼狽える。
場所は校舎の屋上。彼は軍隊で使われているスコープを片手に持ち、事態の動静を推し測っていました。一度、校舎に押し寄せていた敵アンドロイドの群れ。
――青いボタンによって緊急停止。
星に生きる人間は、数え切れない血を流した戦場の仲間達の魂をアンドロイドと一緒に世界に残し、『真名』――陰陽五行術式を使う『学校』の生徒達だけになってしまいました。
――たった1人を除いて。
500年間に渡る政府と『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の戦いに終止符が打たれた。
勝利の女神は『学校』側に微笑む。伝説の初代『生徒会長』の如来は天国で微笑みません。
『生徒会長』の男は呆然と突っ立っています。
唐突に通信機の電波が鳴る。相手は『委員長』の八戸かるら。彼は持っていた通信機を即、頭にセットし、一体今回の事件は何が起きているのか聞く為に静かに耳を傾ける。
「もしもーし! 『生徒会長』? 生きてる?」
『生徒会長』の男は緊急で事の真相に向かいます。
「どうなってるんだ一体? お前等『委員長』は今、どこにいる? 俺はてっきり政府に捕まって、既に抹殺されたのだとばかりに……」
「バカ! 如来が500年間継承してきた『真名』の使い手。『委員長』の私達が簡単に負ける訳ないでしょ! 政府の中枢に侵入した私達はクーデターを起こしたのよ。敵が強大な核兵器を持っていても、使う前に倒すなんて朝飯前。内部の奴等は全員根絶やしにしたわ」
「そ――そうか。俺は知っての通り、『生徒会』秘伝の最期の手段を使った。赤いボタンをな」
そんな折、通信機が別の呼び出し音を流す。
新情報が『生徒会長』の鼓膜を揺らす。
「コチラ『B1‐37地区 カフェバー・荒野の西部通り』――ニンゲンノオトコヲハッケン。ゲンザイ『学校』ヘトムカッテイルモヨウ」
「人間の男? 国の生き残りか? おかしいな。『学校』の外にいる民衆は全て政府の味方と見なし今まで排除してきたはず――何の用だ? 今更命乞いか? お前、ぶっ壊れたの?」
「『生徒会長』!」『委員長』八戸かるらは怒鳴る。
「うお! びっくりしたな。かるら、落ち着いて話せ。今の人物に心当たりはないか?」
頭に乗せた通信機は複数でも同時に会話出来る多機能型の代物。
「大あり。謎人物の正体は私の勘が正しければ――伝説の悪魔。ベリアルよ!」
「な――!?」『生徒会長』は絶句。
『委員長』八戸かるらの勘を疑う事は出来ません。『生徒会長』は全て知ってます。
確信。ベリアルは記憶を改竄した異邦人。別の星、架空政府。『学校』の調査員。
『生徒会長』の男――ジムの指令。偽のニュースを外の世界に配信。べリアルのマインドコントロール。べリアルが記憶を取り戻し、アンドロイドの知性は『生徒会長』への警告。
本物のジムに復讐しに『学校』へ向かっている。全ての辻褄が合致。
あくまで憶測――『生徒会長』ジムは心の中で自分に言い聞かせる。
不死の酒『ソーマ』を飲んだベリアルが生きているとしても記憶が戻った理由は何か。
べリアル(?)の目的は3つに分岐。
①ベリアルは生きている。記憶は戻っていない。別の星から来た架空設定の調査員としてたった1人で『学校』へ戦争を起こしに来る。
②過去の記憶を取り戻し、『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の『生徒会長』であるジムに復讐しに来る。
③ベリアルでは無い別の何者。可能性は低いが生き残りの命乞い。
「――一体、何者だ? 杞憂に終われば良いが」
通信を終え、『生徒会長』ジムは大きな疑問を抱く。同時に自分が取るべき手段に迫られる。神様の悪戯は始まったばかり。
世界中にいるアンドロイドの紛争は終わりを告げ、星は静かになりました。
束の間の休息も『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の最高権力者『生徒会長』ジムには訪れません。
――奴が来る? 果たして現実か――
疑心暗鬼が彼を苛んでいた時。
「『生徒会長』!」
屋上にいた彼の思考を呼び止める声がします。視点を変えると1人、『学校』の生徒の姿。
「何だ?」
同時に異変に気付く。
「な――一体、どういう事だ?」
周囲を守護するバリア。結界が解かれる。校舎の各所に貼り付けたお札。『真名』を封じ込める陰陽五行術式の効果が消滅。
「遠隔操作!?」
「誰が……!?」
「バカヤロー! すぐに奴等の裏切り行為を止めるんだ! このままだと俺達は袋の鼠だ!」
「――奴等!?」
「結界を張ったのは誰だ? 『委員長』しかいないだろ!?」
「つまり――」
「革命! 本命は『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』だ!」
更に差し迫る事態が起こります。味方の集団アンドロイドが攻め込んで来ました。
結界が解かれた事による暴徒と化したアンドロイド達の反逆。
『委員長』達の狙い――対立した政府と『学校』を利用した世界。星そのもの。
500年後の今がチャンス。
「『学校』の中は大騒ぎだろうね。正直、上手くいくとは思わなかったよ」
気弱な男子の『委員長』に豪胆女子も思わず頷く。
「正直ベリアルの存在は計算外ね。てっきり精神が解脱して宇宙の最果てに引きこもってると思っていたわ」
「いいえ。それも計算の内よ」とリーダーである『委員長』八戸かるら。
「どういう事?」その場にいた『委員長』達全員の視線が交錯。
それをどう捉えたのか? 『委員長』八戸かるらは声高らかに宣告。
「良い? これから先の未来はアンドロイドと共存する時代。優秀な整備士と知識が必要。高いEQや善悪のモラルを育成する為にね」
「まさか、かるら……」
「そのま・さ・か。『都立緑ヶ丘高等学校』の歴史と伝統は未来永劫!」
「何がどうなっているんだ?」
最も混乱しているのは、『生徒会長』のジムではない。
記憶を取り戻した不死の悪魔――ベリアルです。
荒野を彷徨い、長い道程を歩く。道中、アンドロイド達に襲われる事もなく自分が開発したロボットの行き先が目的地の『学校』だと覚ります。記憶を改竄されたブランクがあっても『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』と政府が対立している事実を忘れる訳も無い。
――政府と『学校』の戦いは如来と自分の確執を物語る。
「500年に渡る『学校』と政府の戦争は――『学校』側の敗北? なぜ私が創ったアンドロイド達は政府の後ろ盾。コミニュケーションも取らずに動いているんだ?」
理由はすぐに明らかになる。ベリアルは『学校』に辿り着いた。光景は異常事態。
「結界が無い? 丸腰ではないか。遂に『学校』も政府の手に陥落したのか? いや、違う。様子がおかしい。アンドロイド達の目的……もしや革命か!? まるで――」
――世界の終り――
単独行動――星の中でたった1人『学校』と政府の未知の地。
外部を『生徒会長』ジムの手で偽造された記憶により旅していたべリアル。
不死なる概念を持つ天才発明家べリアルも全知全能ではありません。
孤独。故に政府の中枢機関の事も『学校』の内部――『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』――の事情に関しても知識を持っていない。何も知らない一般市民と変わらない。
――この時までは。
「あなた――もしかしてベリアル?」
不意に少女の声が彼の鼓膜の中に滑り込む。振り向くと見覚えのある姿。齢は15、6歳ほどで背丈はスラリと細長く髪の毛はツーテールに結ってある。珍しい赤髪の女子。
意志の強い眼は鋭く尖っており、戦闘狂である彼女の気質を如実に表す。
『委員長』の八戸かるらです。
「お、お前は、あの時の少女!」
「――ん? 何の事かしら?」
八戸かるらの頭上にクエスチョンマーク。
悪魔ベリアル(ジム)が正しい記憶を取り戻す前に戦った相手は『学校』に潜んでいた八戸かるら(アンドロイド)の方。
政府に意図的に捕まっていた本物の八戸かるらでは無い。
本物の八戸かるらと記憶を取り戻したベリアルは戦っていない。お互いに初対面。
ベリアルの忌々しい心情に嘘偽りはない。
「とぼける気か!」
「あなた……ベリアルじゃないの?」
八戸かるらが何気なく聞いた時――べリアルの脳内。自身に送ったメッセージがフラッシュバック。
――『時が止まっている世界』の調査――
――『都立緑ヶ丘高等学校』のバックアップ――
――時代を元へ戻す――
知的好奇心が疼き、新たな選択肢が広がる。
①べリアルだと証明。星のトップに立つ。
②正体を隠し、八戸かるらに協力する。
彼が選んだのは――
八戸かるらとべリアルの目的は一致。
かるらは『学校』を乗っ取り、べリアルは『時が止まっている世界』の研究をする。
運命共同体。云わばクマノミとイソギンチャクの関係。
『委員長』八戸かるらの疑問を利用する悪魔が目の前にいる。
――真実は闇の中。
「俺がベリアル? バカな話があるか。奴が不死だからって、500年後の今。簡単に見つかる訳ないだろう」
「なーんだ。ちょっと残念。私はてっきりベリアルだと思ってたのに。一応聞くけどあなた何者? 名前は? 私といつどこで会ったの?」
悪魔は醜く微笑む。
「俺の名は――ジム。『学校』の本物の『生徒会長』だ。今、あそこにいる『生徒会長』は偽物。俺はある日。奴等に危険人物として拉致され、記憶を改竄させられた。ベリアルの汚名を着せられたんだ。唯一、アンドロイド達に襲われなかったのもその経緯があったからだ。故に君の事もよく覚えているよ。記憶が戻った理由は……時が動き始めたからか」
「時が――動き始めた?」『委員長』八戸かるらは何かを閃く。
「俺は奴に復讐する事を決めた。長い間、苦しめた罪は重い。『学校』にいる偽の『生徒会長』に……本物の『生徒会長』である俺の存在を脳髄にすり込ませるんだ――お前がベリアルだ! とね」
「な!? 今、『学校』のトップに立っているのが他でもないベリアル!?」
驚愕の色を隠せない『委員長』八戸かるら。彼女にとっても予想外だった様だ。
「その通り。本物の『生徒会長』である俺が不在。『学校』の頂点に君臨するのは果たして誰か?証拠は名前だ。偽者と一致しているだろ?」
「――好都合ね。ジムさん! いいえ。本物の『生徒会長』! 私達『委員長』の目的は『学校』にあるの! 結界を張り付けたのも解いたのも『委員長』。私達の仕業!」
「一体――何をしようとしているんだ?」
「『学校』を乗っ取るの! 第2の革命よ!」
「うおおおおおお――――!」
「やああああああ――――!」
『生徒会長』ジムはありったけの『真名』を使い渾身の拳を振り上げる。
対抗するのは『学校』に侵入した『委員長』。
「――ぐはあっ!」
「そんな――」他の『委員長』達は動揺の色を濃くします。
「……8戦全敗。やるわね『生徒会長』」強気な女子の『委員長』も慄く。
場所は体育館ホール。『生徒会長』ジムの権限で『学校』内部にいた生徒達は全員集合。2つの入り口に即席の結界を張り、次々と侵入して来る『委員長』達に宣告。
――貴様等『委員長』が反逆の徒と化したのは既に明らかになっている! 故に貴様等の意志を酌み、『生徒会長』である俺様が直々に成敗してくれる! 『委員長』の貴様等は俺の意志に反してはならない。500年間続き、築いてきた俺達の『学校』へのせめてもの敬意だ!――
『委員長』達は少し考えて、従う事にしました。唯一最後の結界は解かれ、体育館ホールに入る。
ホール内が生徒達で溢れる。反逆者と化した『委員長』に罵声を浴びせる者もいました。
『委員長』達はあくまで冷静。何せ『学校』も生徒達もいずれ手に入る。
確信は揺るぎ無いものになっていたのです。
「さて――次は誰が相手をしてくれるのかな? 『学校』の元『委員長』さん?」
「私よ!」
――リーダー格の少女。『委員長』八戸かるらが敵の眼前に現れる。
八戸かるらの決意に満ち溢れた瞳に『委員長』達の誰もがさすがに息を呑む。
皆の思惑は、リーダーのかるらが殺られたら、『委員長』グループは陥落する!――事で一致していたのです。もう後には退けません。
誰もが何かを言う前に、『委員長』八戸かるらは飛翔。
2階の位置。ホールの柵を蹴り、更に宙を舞う。空中の高い位置から『真名』による先制攻撃を仕掛ける。
「相生――『太白填星』! 術式――『打刀』!」
突如、かるらの周囲に無数の焔の刃が創り出され、下にいた『生徒会長』に襲い掛かる。
『生徒会長』はニヤリと口角を上げ、右手を上空に翳します。
「相生――『填星螢惑』! 術式――『盾』!」
瞬間、彼の右手に巨大な金属の盾が浮かび上がり全身を覆っていく。
灼熱の打刀は巨大な盾にぶつかり、轟音と熱風が火花になり全て弾かれました。かるらは怯まず、背中に仕込んだ本物の打刀で中空から連続攻撃。
「うりゃっ! せい! やああああ―――!」
キンッ! キンッ! ガキン! と、小気味の良い金属音が体育館内に響き渡る。『生徒会長』が『盾』を保ったまま空いていた左手を不意に上空に翳す。
「喰らえ――我が偉大なる『生徒会長』の僕。『委員長』八戸かるらよ。相剋――『木剋土』! 『芭蕉精』召喚!」
館内の床に無数の魔法陣が発生。巨大な曼荼羅の穴から植物のモンスターが出現!
「――な!?」
「フン。分かっていたよ。貴様が相生による『太白填星』を唱えた時にな。俺は相生『填星螢惑』を盾にし時間を稼いだ。『填星』には『土』の属性が宿っている。相剋――『木剋土』の術式によって体育館内に広がった『真名』を陣形として組み込んだ。木は地に根を張り土地の栄養を吸い出す。俺が召喚した『芭蕉精』の登場は筋書き通り。優秀な『委員長』八戸かるら。お互い大変だな。『生徒会長』である俺を失望させるなよ」
「フン! やるじゃない。『生徒会長』――ベリアル。知ってる? 仮に土地の栄養、『真名』を全部吸い出したとしてもね、植物は植物。『火』と『金』には敵わない!」
――輪廻転生!――
戦いに夢中でつい口に出してしまった事にも気付いていないかるら。
『生徒会長』はベリアル。
偽情報に周囲の人達はざわつく。
一番驚いたのは当本人の『生徒会長』です。意図的ではないとしても、思いもよらぬ心理的攻撃に一瞬、隙が出来ました。
「――どういう意味だ? 今更ハッタリでもかます気か? 『委員長』八戸かるら!」
隙を見逃さない程、かるらは愚かではない。
「陰陽五行――『甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸』! 世に蔓延る全ての『真名』、500年に及ぶ尊き生命達! 魂を我に預け、力を与えたまえ! 相生――『太白螢惑』! 永久に巡りし時を今、解き放たれん! ――『天叢雲剣』を捧げよ!」
かるらの周囲に陰と陽の陣形が同時発生。
――『火』『水』『木』『金』『土』――
5つの要素が1人の人間。『委員長』八戸かるらを母体に解き放たれて、『真名』のコアを成した彼女は相生――『太白螢惑』に創り変え、全ての要素を集中。人間の限界の突破。如来が唱えた人類の最終進化形態。彼女は500年経った今、遂に1人の弟子として『学校』の『委員長』として、解脱し如来の正統な後継者となったのです。
『天叢雲剣』で、敵――『生徒会長』と『芭蕉精』をぶった斬る。
世に蔓延る死んでいった人間。不浄の魂が混沌の闇を潜り抜けて姿を現し、『委員長』八戸かるらと一体化!
武器『天叢雲剣』となったのは『真名』でも不浄の魂でもない。
『委員長』八戸かるら自身!
手に取ったのはかつての同胞達。ベリアルがアンドロイドが政府が屠って来た『時が止まっている世界』から輪廻転生し、一時的に『真名』――八戸かるらを皮肉にも受け入れた瞬間でした。武器『天叢雲剣』に世の混沌とした魂が宿ったのです。輪廻転生したのはかるら自身ではなく、死者達の怨念でした。
かるらは利用したのです。
『真名』――陰陽五行術式と悪魔ベリアルが提唱する唯一無二の『時』。
不死の魂を復活させ合成。
世界の均衡を保つ為のたった一つの刃――手に取る怨霊達。
不死身となった八戸かるら。
――汝よ。私達を覚えているか?――
――汝は本来裁かれる人間では無い――
――私達は知ってしまった。ずっと見届けていた――
――世界を救うには争いを失くす事だと――
「な、何!? 『真名』陰陽五行術式の復活!? 輪廻転生!? き、貴様は一体何者だ! 『委員長』八戸かるら!」
「私はかるら。他の誰でもない八戸かるらよ。『都立緑ヶ丘高等学校生徒会本部』の『委員長』。輪廻転生はね、『時』の魔力。教えてくれたのが、本物の『生徒会長』――あなたが記憶を改竄し、長い間ベリアルの汚名を着せられて世界を彷徨っていたジムさんよ」
差し迫ってくる怨霊達。如来の姿もありました。
「ようやく『時』がやって来たか。500年間、世界を見守っていたが、昔も今も変わらないな。『委員長』いや、『不死身委員長』八戸かるら。お前の意志、確かに受け取ったぞ。生きる喜びを!」
如来は『時』が来るのを待っていたのです。新たな後継者の誕生を。
手にしていた『天叢雲剣』で容赦なく奴を斬る!
「な――んだと?」ゆっくりと倒れていく『生徒会長』ジム。
眼前には――スローモーションで近付いてくる影がありました。ベリアルです。
そっと耳元で彼は囁く。『生徒会長』ジムへの冥土の土産。
「俺が本物の『生徒会長』ジムだ。よーく覚えておけ。ベリアル」
「――」全てを覚った瞬間――ベリアルの汚名を着せられた本物の『生徒会長』ジムは絶命。他でもない『不死身委員長』八戸かるらの手によって。
『生徒会長』ジム事ベリアルはとても醜く笑いました。本物の悪魔の様に。
事態は急転。
「どうして――?」異変に気付いた『委員長』かるら。
意図は誰しもに伝播。
不死のベリアルが死んだ――
そんな中、アンドロイド達は『学校』の校舎内に侵入。
一気に体育館ホールに攻め込んでくる。敵味方の区別が付かないまま『学校』内はパニック。
最後の戦争。
人とアンドロイド。縮図は今も昔も変わりません。
『委員長』八戸かるらが顔を上げた時には――
生きている『生徒会長』ジムの姿は人ごみに紛れ、見失っていました。
『生徒会長』ジム――いいえ、ベリアルは校舎の屋上にいた。見える景色は、異様な光景。
世界中のアンドロイドが群れとなってひしめき合っています。
『学校』を占拠した『委員長』、生徒達が殺されるのも時間の問題。
ベリアルは野望を達成した。不意に彼は涙を流していました。
神様の悪戯は最後に彼を救います。
突然、屋上に続くドアが開かれる。
姿を現したのは瀕死の状態である『委員長』八戸かるら。足元に血だまりを作り、必死の形相で訴える。
「あなたの力が必要です! ジムさん! ……いいえ、『生徒会長』ベリアル!」
予期せぬ来訪者に涙を拭う余裕すら無い悪魔ベリアル。
嗚咽を交え、かるらに誓いを申し立てる。
「本当に覚悟はあるのか? 『委員長』八戸かるら」
「『生徒会長』ならば、権限はあなたにあります。従うのが『委員長』である私の役目です」
『生徒会長』は懐から何かを取り出しました。ボトルに入った緑色の液体――不死の酒『ソーマ』。
「私に――飲めと仰るのですか?」
「私は天才科学技師だ。アンドロイド達を創り変え、暴走を止めるのは朝飯前だよ」
「そ――うですか……」かるらの意識は既に途切れがちになっていました。
「1つだけ聞いてくれないか? 『委員長』八戸かるら。何、大した事はない。1人の科学技術者の他愛も無い疑問。愚痴と捉えて貰っても良い」
「な……んでしょう――?」かるらは朦朧とする意識の中、声にします。
「世界を元通りにする方法を教えてくれないか?」
――『委員長』八戸かるらは不死の酒『ソーマ』を飲んだ。
本当に悍ましく怖いものは何か? パンドラの箱では無い。人間です。
悠久の『時』は無慈悲にも流れてゆきます。――刻一刻と。 (了)