03-2 宿主、細マッチョな飛脚
前後編の後編です。
(全力で逃げるか)
「ああ、逃げる」
(それなら、これでどうだ)
ギフトに中核である『疾走』を。この細マッチョ、そこまで若くはない。30台になり若さの体力のみでは乗り切れない将来が見える。人間のスタミナは2種類、体力と魔力だ。魔力も使う。
だからと言って体力を補わない理由にはならない。ギフトに追加で『称号「兵士」』を。勇者のように万能ではないが、勇者よりは早期な身体的伸びが期待できる。これで体力を補うスキルを狙う。
最後に『魔法「火・水・氷」』を。称号の重ねかけは適用されず無意味。魔法を行使することによって魔力も鍛える。普段から使っていない魔力は細マッチョなら歳で衰えていく肉体を補って余る成果が見込めるだろう。
「一気に強くなった気がするが、気がするだけだな。クリーチャーは恐怖の対象でしかない」
(逃げの一手を伸ばすのだが、僕は万能ではない。手札は柔軟には存在しない。それにスライムは寿命が短い。物にしろ)
「話からすりゃ、先ずは走ることだ。疾走!」
こうして細マッチョは仕事が修行となった。期限は3ヶ月だろうか。ずいぶんと気長に待ってしまったな。
○ ○ ○
「なあ、スライム」
(何だ?)
「大きな仕事が来た」
(あの商社は酷使するな)
「一町以上の距離を走ったことがない。行けるか?」
(スライムは宿主に力を貸すだけだ。やるのは細マッチョだ)
「王都か。きっついな」
細マッチョは街道を走れば比較的には安全だろう。だが、この中継都市から王都へは森を迂回する街道がメジャーだ。それを走ったなら休みなんぞとれないどころか間に合わない。森を抜ける危険な街道が存在する。そこを抜けないと仕事は完遂できないだろう。
この1ヶ月で細マッチョはスキル『瞬間全力疾走』を覚えている。
距離を置けば獣やクリーチャーは追うのを止める。だからクリーチャーのギフトであった疾走を更に短時間にして速力を上げることに集中した。四足獣のギフトは、細マッチョに最適化されて二足に適したスキルとなった。
「魔力ってのは便利だな」
(細マッチョには魔法にも優れた素質があったんだろう。拮抗していたが僅かに身体寄りだったから強化系のギフトだったのだろう)
「スライムなのに博識だよな」
(何度か生まれ変わっている。知識は増えるさ)
「そんなもんか? さて、長旅になるな。準備準備」
(夜遊びは程々にな)
「かー! いつ人生が終わるか知れないのに、ためらう必要がねえよ」
○ ○ ○
初日以外は順調だ。初日は二日酔いで死にかけたがな。何とも刹那に生きるひ弱だ。ここで命を繋いだのは練習していた成果が実った奇跡だろう。
細マッチョは『魔法「霧」』を覚えた。
火と水の混合魔法で殺傷力皆無。ただただ霧を発生させるだけだ。逃げるには適している。後方に霧が発生することで、視界、反響、臭い、全てを薄める。追手の足を鈍らせるには適しているな。
細マッチョは前方にクリーチャーが居ても、瞬間全力疾走で走り抜け、魔法「霧」で眩ませる。今の細マッチョは逃げることなら追随を許さぬだろう。魔力の使い方も自然と身に付き、危ないことはない。
ギフトの脚力強化で走り続け、危なければスキルを駆使して危険から瞬時に離脱する。飛脚もここまで来るとやり過ぎか?
「いいさ。これで食っていける」
(老後の備えも考えろよ)
「老後か。そこまで生きる気ねえな」
細マッチョは優しいが刹那に生きる。明日は故郷の友と会えるとでも思っているのだろう。恐怖からは逃げるのに、死からは逃げない。故郷を滅ぼされてから細マッチョはある意味で生きながらに死んでいる。
○ ○ ○
「ふっはー! 森とおさらばだ!」
森には街道がある。危険なのに存在するのは村があるからだ。普通であれば一夜は野宿の距離の村を日が昇っている間に駆け抜ける。コースも短く、人の数倍で駆け抜けた。仕事は完遂できるだろう。
後は比較的安全な街道を走るだけだ。まあ、都合よくいかないのが人生だろうな。ほれ、どうするよ?
「んなこと言ったって、どうすんだよ?」
(街道は安全じゃないのか?)
「時期が悪い。冬前だ。食料を求める獣はいるだろうが、あれはない」
前方に豪華な馬車が横転している。護衛も精鋭だろう。馬車馬は……死んでいるな。馬を喰らうために出てきたのだろうか? 人よりも馬が狙われたようだ。生きている馬はいない。
「赤毛はまずいって! しかも熊は小隊規模での討伐相手だ。赤毛で熊なら中隊規模にふくれるぞ!」
(今まで通りに逃げるか。この身1つだと援軍にしても意味ないだろうな。兵士も減ってきた。逃げるなら囮にするのが良いだろう)
「……分かって……言ってるのか。あれを見捨てろと」
(そうだな。細マッチョの亡き妹の歳に似てるな。それが囮だ)
「煽るな! もう間違わねえ! スライム!」
(一撃だ。その後に逃げろ。お前は飛脚だろ? 荷物があの娘になるだけだ)
細マッチョの震えが消えた。セット『称号「勇者」』。この一撃は細マッチョが無理矢理眠らせていた無念の一撃だ。身魔一体で自慢の脚を浴びせてやれ! 名は体を表す。大袈裟に叫べ!
「うぉおぉぉー! 喰らえぇ! 『雷神竜脚』!」
瞬間全力疾走で娘との間に割り込み、赤毛の熊を蹴り上げる。鍛え抜いた逃げ足が初めて牙を向く。その蹴りは地面から竜が昇るように雷を纏って天へと駆け上がる。
(死んではいない。深追いするな。お前の仕事をしろ)
「済まない! この娘だけは命に変えて王都へ送る! 済まない!」
「……誰か知らぬが……お嬢様を……」
「この命、散らすとも、必ず!」
「……ああ、よかっt」
兵士は赤毛の熊の餌になるな。身動きとれるものは皆無だ。お嬢様と呼ばれた娘が無傷なのが忠誠心の証だ。娘は唖然と散々たる光景を見つめ、呆然としている。
「失礼! 荷物のように扱うが勘弁だ!」
「………………はい。皆……ありがとう……ごめんなさい」
「行くぞ!」
仕事の荷物は邪魔。即座に捨て、娘を抱き抱えて王都へ。
いいエンディングだった。さらば、細マッチョ……ルーナス。
スキルの余波で死ぬスライム。最弱クリーチャーだな。
* * *
あいつ、突然消えやがった。何も礼も出来てねえよ。もう少し寿命があると思ったが、あの一撃に力を貸してくれたのか。命を失うほどに。くそっ! 恩人すら殺してしまった。
「竜脚の勇者さまー」
「お嬢様。俺は……私は勇者ではありませんと何度も……」
「いいの! 私の勇者さまなの!」
「奥様。私には過剰な名ですので控えるようにお願いできませんか?」
「娘の初恋よ。悪さをしたらあなたを怒るの」
「理不尽な。っと、失礼しました」
「いいわ。庭師の仕事に慣れたかしら?」
「農家の出です。先輩も丁寧な指導を下さるので仕事は充実しております」
何で俺が公爵家の本邸の庭師よ? 貴族の末っ子でも弾かれるぞ。針のむしろかと思えば、公爵様の一声で身分不問の抜擢だよ。そりゃ、護衛全滅の中で愛娘を救ったさ。でも、金渡して終わりだろ?
「勇者さまー。今日もおねがーい♪」
「何度も言いますが、未婚の淑女が下人の男性にせがむ事ではありません。お控え願えるようお願いします」
「ふぇ、勇者さまー、私を嫌いになったのー?」
「いや、いやいや、自身の純潔を大切にと……」
「じゃ、おねがーい♪ 勇者さまのお嫁さんになるからだいじょーぶ。いっぱい汚していいよー♪」
「奥様……(にこり♪)……はぁ、旦那様に殺される」
「そんなことするパパは私が怒るからだいじょーぶ。見回りにいこー」
「では、失礼します」
お嬢様はたいそうお姫様抱っこを気に入ってしまった。とても安心するそうだ。旦那様がしたが不服で俺が睨まれた。が、奥様がやんわりと嗜めて、何故か日課になっている。
「竜脚の勇者、しゅっぱーつ!」
拳を突き上げるお嬢様を教育係が見たら泣くな。
「しっかりと捕まってくださいよ!」
「うん♪ むぎゅー♪」
あ、窓から旦那様が。逃げよ。
「行きます! 『雷神竜脚走』!」
飾りのような放電を足に纏うだけの質素な技だ。あの時の威力はもう出ない。スライムの助力なしではもう無理だろう。情けない技には、お嬢様が勝手に名を付けた。完全に名前に負けてる。
「らいじんりゅーきゃくそー♪」
「本日は何処から見回りますか?」
「屋根よ! 今日は天気がいいから町を見守るの!」
「では、行きます!」
この放電は王都では密かに有名になった。通称の勇者がこの王都から生まれたからだ。旦那様は密かに俺を気に入っている。雷の魔法は勇者の証。王家でも所有していない。
飾りのような青い火花を撒き散らし公爵本邸の屋根へと舞い上がる。
「今日もにぎやかねー」
「はい、平和です」
スライム。俺は一人だけだが救ったよ。これからもクリーチャーには怯えるだろうが、お嬢様の前だけでは勇者になろうと思う。
いつか面と向かって礼を言わせろよ。
スライム歴 ~4年10月
エピローグ 6年1月
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