03-1 宿主、細マッチョな飛脚
前後編の前編です。
つ、つらい。
俺はなんでこんな仕事をしてるんだ。他の仕事? あったらとっくに転職してるさ。儲けはいいんだよ。ただただ辛い。
あー、休みたい。
まあ、休んだ地点で死ぬな。今もグレーウルフがよだれ垂らして迫っている。死から走って逃げる行為は日常茶飯事。ただただ走らなければ死ぬだけだ。最近は体力が落ちたか? 俺のギフトが仕事しねぇ。
飛脚、辞めてぇ!
* * *
娘っ子から早3回死んだ。
娘っ子の次の輪廻転生の先は、またもや汚物処理施設。
ここで心が死にかけたぜ。薄い糞食って、無駄に生まれる我が子。情はない。意思なきスライムだし、鑑定しても特に変化はないんだよ。時々要求される我が子へのギフト譲渡は、共食いで得るギフト複写だけだ。
次はうだつの上がらない冒険者(男)。
生まれ先は汚物処理施設だったが、直ぐに回収された。何処にいくのか判明。普通に売られた。1年の寿命であるスライムは定期的に売れるのだ。特に興味のない典型的な粗暴な冒険者で全く協力する気にならなかったよ。途中でクリーチャーの餌食。僕も一緒に死んだ。
次は手の汚れた兵士(男)。
汚物処理施設から販売経由は定番になってきたな。もう汚職にまみれた袖の下を要求しまくる関所の税関兵士だったよ。人との交流は参考になるが、裏取引を誘導してるのがバレて鉱山送りにされたよ。こいつ、途中で鉱山から逃げようとして死んだ。
今も販売の店舗で買ってくれるのを待ってる。
現状を整理しようか。娘っ子の途中から整理をしてなかったな。ギフト複写して終わり。糞食ってるか、人間観察。ちょっと心が死にかけてた。
・スライム輪廻転生
・ギフト複写+10
・鑑定
・称号「勇者」
・称号「薬剤師」
・魔法「火・水・氷」 New
・透視
・意志疎通 New
・疾走 New
・称号「兵士」 New
粗暴な冒険者が冒険者パーティーで重宝されていた理由に魔法「水」がある。飲み水便利。以上。いや、マジで便利だから実力が劣ってもパーティー組むのに誘われるんだよ。性格は屑だったがな。
称号「兵士」は意外にマイナーで有能。剣士や槍使いにブーメランマスターとかも見たが、器用貧乏だがどんな人員配置でも柔軟に対応できる称号は領主に雇われやすい。汚職に溺れたのも称号「兵士」でいいポジションを得られたからだ。
娘っ子時代の意思疎通は言葉を理解するのに役立つが、外からは対象が宿主じゃないと読み取りきれない欠点があった。盗み聞きは難しいが多少はできる。内緒話は対象じゃないと無理。意外に範囲の狭いスキルだったよ。
疾走は赤毛の狼のギフトだな。未使用だが効果は鑑定済み。短時間だがかなーり速く走れる。魔法ってのは魔力なるものを消費する。これは体力と似て限度がある。この世界のスタミナ切れは体力枯渇と魔力枯渇の2種類だ。このギフト、魔力で走るから2倍走れるんじゃないかな?
「まいどー」
僕は買われたようだ。また男か。娘っ子のお風呂タイムが恋しい。
今回の男、かなりゲッソリしてる。細身で筋肉質なのに疲弊している。精神的な疲労かな? まあ、とりあえず直腸へダイブ。ふぅ。外の解放感より内に籠るニート感がたまらなく安心する。
さて、いい奴だといいな。鉱山送りは勘弁。
○ ○ ○
この細マッチョ、仕事で疲弊していた。数日の休息があればいいのに、ブラック企業のブラック社員だった。
仕事内容は荷物の運搬。自力で疾走して手荷物程度を運ぶ。移動手段は馬やらの動物があるのだが、この世界はクリーチャーの驚異があり、家畜は人間よりも丁寧に扱われる場合も多い。
人は一人で考えて行動できる。だから手荷物程度なら走れ。
馬は高い。死なれると大損だから護衛付きで馬車を引く大型運搬用。
こんな差がある。で、細マッチョのブラック企業は商業関係の貴重品運搬代行業者。大手の商会はこの手の運搬で支店同士の金銭や書類を移動させている。ああ、そうだ、飛脚ってやつだ。
「辞めてぇなぁ」
細マッチョの口癖だ。辞められない理由は2つある。
この細マッチョ、屑じゃないが夜の遊びが大胆だ。儲けの大半が夜の蝶へと貢がれる。細マッチョはバカじゃない。これが楽しいのだ。
もう1つの理由がギフト。脚力強化。部分的な強化であって全身の強化には至っていない。冒険者も出来るんじゃね? とも思ったが、仕事っぷりは見事に逃げの一手。ビビりなのだ。
夜にだけ大胆になる内気な細マッチョだ。
○ ○ ○
「やべぇ! 何でスカイイーターがここに居るんだ!」
今日も今日とて疾走中。相手は飛行系のクリーチャーのスカイイーター。見た目は空飛ぶヒルだな。こいつは危険だ。なんたって細マッチョのかすり傷の血の匂いでロックオン。執拗に追ってくる。
久々の悪くない奴だ。3分の2で悪い奴に当たってるから今世は僕も頑張るぞ! 夜の蝶へと貢ぐ君だが、根本は優しいのだ。ん? 娘っ子に似たシチュエーションかな? まあ、今回は逃げる手伝いだ。
(生きたいか?)
「そりゃ、死にたくねぇよ! って、何だ?」
(なら、今は素直に聞け)
「くそっ! 何だよ!」
(疾走と唱えろ!)
「もう、自棄だ! 疾走! う、うわぁあぁぁー、足がー!」
ギフトに『疾走』、『称号「兵士」』、これでダッシュ力アップだ。ニトロブーストのように急加速。称号効果で勇者には劣るが万能な兵士で能力の底上げだ。
お、スカイイーターも諦めたな。流石に倍速で距離を離されれば諦めもつくか。細マッチョを1倍の速力とするなら、スカイイーターは1倍だが飛行分だけ優位。疾走は短時間だが2~3倍は出たな。いい実地測定になった。
「はぁ、はぁ、ん? 思ったほど疲れてない」
(魔力で走ったからな。肉体的負担は比べれば少ないだろう)
「うぉ!? まだ居た! 誰だ!」
(僕は意思を持つスライム。お前の腹の中さ)
「マジかよ。俺、食い殺されるのか?」
(スライムに肉を食う牙はない。嫌と言うなら寿命まで静かにしてよう)
「いや、命の恩人だ! 害がないならいいさ」
(正直、暇だ。僕が仕事を手伝おう)
ギフトを使えばスキルとして何かしらを覚えることを伝えた。上を目指せば勇者の類似の力を、僕に出来ることを細マッチョに伝えていく。細マッチョは真面目でもあるため飛脚の仕事、配達のため走りながらの会話だ。
「俺はクリーチャーが心底怖い。戦いは無理だ」
(ビビりに理由があるのか?)
「あはは。ビビりか。そうだな、一生怯えて暮らすだろうな」
細マッチョの生い立ちはクリーチャーの群れに故郷の村が潰されることから始まった。それまでは農家の長男で将来は故郷に骨を埋めるのだと思っていたとのことだ。
クリーチャーの群れから逃げられたのは、自身のギフトである脚力強化で夜通し走って逃げたことらしい。もう故郷は存在せず、身内も知り合いすら失った。クリーチャーは恐怖の対象となった。
身一つで就ける職なんぞこの世界には何でも屋な冒険者だが、クリーチャーの恐怖に勝てなかった。日雇い労働を経て、ブラック企業な飛脚になったのは、クリーチャーからは走って逃げれると言う僅かな自信からだった。
「もうそれも砕けた。生き残るための力が欲しい」
ここで言う生き残るための力は、戦う力ではない。何者からも絶対に逃げ切れる脚だ。僅かな自信を取り戻すための脚力。
(ああ、寿命までは楽しめそうだ)
「頼む」
今世は有意義な時間が過ごせそうだ。
スライム歴 2年4月~3年3月~3年6月~3年11月~
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