謎の看板と
ようやく手にする事が許された君の温もり。
ずっと恋しくて愛しくて。
本当は…ずっとずっと前からこうして、君と手を繋ぎたかったんだ。
「ねえ、ウサギ。随分歩いた気がするけどまだ着かないの?」
森での会話がもう数時間前の話なのかと思うくらいの長時間、あたしとウサギは暗闇の中をただただ闇雲に前へと進んでいた。
景色は一向に変わらない木々と少し明るさが出始めたけれど依然とした暗闇の中。途中に湖というより水の匂いがしただけなのだがあったりと、ここはどこかの国の郊外の私有地の森ではないのだろうかと推理してみる。
「うーんと…まずは、女王さまへの献上物を取りに行かなきゃだから最初に街へ行くんだけど、街はまだまだ先かな」
相変わらず手は繋がったまま(二足歩行で人間のように服を身に纏っていても、所詮はウサギ。手と言っても普通の兎と何ら変わらない動物のもふもふした、あの手)、ゆっくりとでも確実に前へ進んでいく。
「街…なんてあるんだ」
独り言のように呟くのだけれどもウサギはそれを聞き逃さず、心外したような顔つきであたしを見る。そして、至極当然だと云わんばかりに口を開く。
「当たり前じゃないか。アリスたちにとってはパラレルワールドだとしても僕らはここが現実世界なんだから」
何当たり前なことを言っているの?
と言いたげな瞳が憎たらしい。引き攣る口角を無理やりあげながらこの小憎たらしいウサギに一言物申す。
「ほんと、あんたウサギのくせに可愛いくない」
「それこそ心外だね。アリスの可愛さには劣るけれど、そこそこ愛らしいとは思うけどな」
思いもよらなかった、嫌みのつもりで吐いた言葉がこんな形に返ってくるとは。逆にしてやられた気分だ。
ばくん ばくんと心臓の動きがやけに激しい、動悸は早まっていく一方だ。
何故だかわからない、けれど、これは絶対そうだ。“可愛い”なんて言葉、あの人以外に言う奴なんて誰一人もいなかったから。
「(いくら否定しても、朱鳥くんはずっとあたしのこと…可愛いって言ってくれてたもんな…)」
そう言ったあとの穏やかな笑顔が大好きだった。だから不覚にも、あの人の面影をこのウサギに感じてしまっただけだ。
そうでなければ、ウサギごときの言葉でなんか顔が紅潮したりなんかしない。絶対に。
「…ウサギのくせして生意気ー!」
「あ、アリス、見てごらん?目前に看板があるよ?」
会話をシャットダウンするかのように、目の前に提示されているものを指を指して位置を示唆する。暗くてよく見えづらいが、確かに横に長い板の看板がそこにはあった。
木で出来ているようで、所々老朽化が見られる。長い時間、ずっとこの場所で存在し続けて、人たちの道標の任も果たしてきたのか。たくさんの雨や雪といった自然がもたらす水分を吸ったりしてきたのだろう。どうやら腐り落ちるのも時間の問題のようだ。
「アリス、読んでみてくれるかい?僕らにはなんて書いてあるのかが、わからないから」
手招き、ウサギは看板に書かれている文字に今度も指を指す。
「あ、うん。わかった。」
暗いながらも、なんとか字は見える明るさが現れはじめてきたおかげで難なく…というわけでもないが目をこらさなくとも視界に入ることが出来る。看板に近付き見上げそれをまじまじと目に映す。
「…えーっと…」
『-Un point est un état de l'obscurité d'ici.
Je constate la verite etce sera il est supposé que je ne peux pastrouver
lumière,et être réduit lui avec un enfant égaré de l'obscurité.
N'est pas confondu decoeur par fausse lumière;
lumière de celui et seulement la main.-』
「…って読めるか!!これ何語よ!?」
提示された文は、ばっと見フランス語やらの文節。英語さえボディランゲージ上等で読めない話せないあたし。こればかりはお手上げだ。
「あれ?これは君たちの母国語じゃないの?
女王さまは人間たちが使う言葉だっておしゃってたんだけれど…」
「い、一応読める人は捜せばいると思うけど、あたしは日本語しかわからないの!」
不思議そうにあたしを見つめてくるウサギにたじろぎながら、到底解読が出来るとは思えない看板から遠ざかることにする。
「ねえ、アリス?日本語ってなぁに?」
「あんたがいま口にしてるまさにそれの事よ!」
読めずにいた看板が示すその先を、あたしは知らず知らずに進む。まるで、身体は全身に張り巡らされた糸に支配されるように、操り人形のごとく自由を奪われていた。
それはウサギ自身の狙いなのか、別のなにかの意志なのか。
-ここから先は闇の国。
真実を見極め、光を見出だせなければ 闇の迷い子と成り果てることだろう。
偽りの光に心惑わせず唯一無二の 光 を その手に。-