小さなお茶会
ただ、その温もりが
冷めきった身体と心に、酷く浸透するような暖かさで。
手離さないとしがみついて縋り付いていた。
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「…で。ここはどこよ。早く言わなきゃ、あんたあたしの夕飯になるよ?」
「さっきまで汐らしく泣いていたアリスはどこに行った!」
暫し、時間が過ぎようやく落ち着きを取り戻したあたしは詰め寄るかのように、ウサギに説明を求めていた。
周りは暗雲立ち込める森の中。光さえ吸い込まれてしまうような黒と緑に支配されてしまう、そんな場所。
ウサギが持っていた、懐中時計に内蔵されているらしい、ライトでどうにか灯りを保っている。
黒が強すぎて、時間の概念が一向に定まらない。そんな不可思議で仕方ないこの状況、当惑気味なあたしに気付いているのかいないのかウサギは小さく口を開く。
「うーん…なんて言えばいいのかな…。あ、アリス、お茶飲む?」
「話を逸らすな!…飲むけど。」
どこから出したのやら。小さな水筒を取り出して、コポコポとコップに注ぐ。
「てかコップ、ちっさ!」
「当たり前じゃないか。僕専用だもの。
もうアリスは文句ばっかりなんだから!」
小さなコップに淹れたてのお茶を差し出される。それを受け取って、一口で飲み干す。それこそままごとサイズのコップだからだ。
「…少ないけど、温まるなぁ。」
「…あのね、味の感想くらい言っても良くないかな?」
あたしの言動に呆れつつもウサギはもう一杯注いでくれて、自分用にもコポコポと注ぐ。
馨しい薔薇の香り、これはローズティーだろうか。
そして、ウサギとあたし。真っ暗な森に生える、大きな木の下で並んで座ってお茶を飲む。
あれ?これなんていうファンタジー?
そんな状況下でウサギは言葉をぽつりと落とす。
「あー、美味しい。やっぱり彼の淹れるお茶は最高だっ」
「彼?あんたが淹れたんじゃないの?」
「それはまた今度、教えてあげる。」
それ以上問いかけるなと云わんばかりのオーラを放つウサギ。 思わず言い澱む。
「さてアリス。君はどうやってここにやってきたの?」
至極真面目な眼差しで見つめる。先程の和やかな雰囲気は最初からなかったかのように、辺りは静寂と緊張感で包まれてしまった。
ごくんー…
そんな空気に耐えきれなくて生唾を飲んで、ウサギの次なる言葉を待つ。
「人間がここに迷いこむなんて、百年に一度あるかないかの出来事なんだ。どうやって僕に付いてこれたの?」
「…だからさっきも言ったけど、あの裏路地にあった変なゴミ箱を覗き込んでたらそのまま落ちたの!」
背後からの強い力に逆らえなかった、そう一言付け加えて。
「…俄、信じがたかったのだけれど…本当にあのルートなのかぁ…。女王さまにバレたらいよいよ、確実に処刑が下されるぞ…」
ウサギは苦悩するように、頭を抱える。若干身体の震えも見られる。
繰り返し口にする“女王さま”の正体も気になるが、それ以上にウサギが口にした、謎の言葉の真偽を問いたくなる。
「ねえウサギ。あのルートってなぁに?」
「アリスはさ、落ちてる時に鮮やかだけど、嫌なヴィジョン見なかった?思い出したくない過去の出来事とか想像したくない未来の映像とか」
ウサギの問いかけに暫し考える。そしてそれを口にする。
「…見た。なんか吐き気を感じてそのまま失神した気がするもん」
口に出すことさえ嫌悪する、あの日の情景と笑顔。でもおかしい話、暈されていてよく見えなかったのが本音。何か、何かあたしは思い出せていない事柄があるのだろうか…。
「あれはね、パラドックスていうの」
「パラドックス?」
「矛盾だって事。…まぁ、ここにいればその意味も痛感してくると思うよ。だってここは矛盾だらけな世界だからね。」
ウサギはこれでお話は終わりと云わんかのように水筒を片付け始める。そして立ち上がり身なりを整え始めている。
「ちょっ、待ってウサギ!あたしの質問にも答えてよ!一体ここ何なのよ!」
あたしの怒声にびくんと身体を響かせ、逃げようとする。刹那、ウサギが着込んでいるジャケットの襟を掴み逃がさないように掴みかかる。
「はーなーせー!」
持ち上げれば、逃げるために空を蹴るようにパタパタ足を叩くウサギ。
「離してほしかったらちゃんと話してよ!って何またどっか行こうとしてんの!」
耳元でそう怒鳴ると身を竦ませているウサギ。そうすると観念したかのように渋々語り出す。