智樹side 後編
それから、廊下で会うたびに白川に俺は笑みを浮かべるが白川は戸惑うかさっきのように何も反応をしない。
俺が思い出していると隣で歩いている三輪が話しかけてきた。
「お前高校県外だろ」
「…そのつもり」
「にしては煮え切らない顔をしてるな。何かあったのか?」
「ちょっとな…」
「好きな奴でも出来たのか?」
俺は飲んでいたジュースを噴出してしまった。
三輪は咽ている俺の隣で驚いた顔をしている。
「マジで!?誰だよ、教えろよ!」
「ち、違うって。ちょっと咽ただけ」
「嘘つけ!ほら、教えたほうが楽だぞ!」
三輪は興味津々という顔で俺に詰め寄ってきた。
こうなると三輪はしつこい…
一つため息をついて俺は三輪に答えた。
「名前は教えねぇ。同じクラスの女子だけ教えてやるよ」
「広すぎ!もうちょいヒント」
「そうだなぁ…。静かな子」
「お前のクラスで静かな子ねぇ…」
「じゃあな」
「あ!田口、逃げるな!」
後ろで三輪が叫んでいるが俺は構わず家に向かって駆け出した。
走りながら明日の三輪の事を考えるとちょっと怖い…
とりあえず家まで全力疾走で帰ると母さんが驚いた顔をして俺を出迎えてくれた。
「お帰り。どうしたの、そんな息切らして」
「ちょ、ちょっとね。ふぅ…」
俺は息を整えて自分の部屋に向かった。
カバンを下ろしてベッドに横になる。
もうすぐ受験する高校を決めないといけない…
机のほうに目をむけると資料が上に置かれている。
一つは、『うちに来ないか』とスポーツ推薦をもらっている県外の高校。そしてもう一つは自宅から通える高校のだ。
俺は一つため息をついて昼寝を始めた。
次の日、三輪が朝礼前に早速俺のところにやってきた。
「さて、早速はいてもらおうか」
「ノーコメント」
「ほら、カツどんおごってやるから」
「どこの警察ドラマだよ」
俺と三輪が話してると教室のドアから白川が入ってくるのが見えた。
つい、歩いている白川を目で追ってしまった。
俺が別の方向を見ているのに気づいたのだろう、三輪も同じ方向を見た。
「…あんな子いたっけ?」
「…いたよ。三年間な」
「え~と…駄目だ、思い出せねぇ」
「ほら、さっさと自分のクラスに戻れよ」
「まだ時間あるって。名前は?」
「…白川望」
「へぇ~、どこが好きなわけ?」
「…ノーコメント」
俺はそれだけ言うと机にへばりついた。
三輪は数分そこにいたが諦めて自分の教室に戻っていった。
俺は視線を白川に向けた。
白川の周りには人はおらず、一人で本を読んでいた。
俺がじーっと見ているのに気づいたのか白川がこちらを向いた。
俺は慌てて視線を逸らした。そして、もう一度白川に目をむけると本を読んでいた。
ため息を一つついて俺はまた机にへばりついた。
その日の放課後。俺は水泳部の顧問に呼び出された。
「先生、なんですか?」
「高校は例の所でいいんだな?」
「…もうちょっと待ってもらえますか?」
「何だ、迷ってるのか?」
「ええ。今週中には答えだすんで」
「分かった。決まったら教えてくれ」
「はい。失礼します」
俺は顧問に頭を下げて職員室を出た。
昇降口に向かっていると後ろから誰かが駆け寄ってきた。
「田口!」
「三輪?どうした?」
「さっき職員室の話聞いたけどお前どこと迷ってるんだ?」
「聞いてたのか…」
「何があった?数ヶ月前には県外の高校に行くって言ってたじゃないか」
「…中庭行こう」
俺は三輪を連れて中庭に向かった。
三輪も中庭への途中で何も言わずについてきた。
幸いなことに中庭は誰もいなかったので俺は三輪に高校を迷っている理由について話した。
「朝、俺白川のこと好きだって言っただろ」
「あぁ。じゃあ、白川さんは南なのか?」
「そう言ってた」
「それで迷ってるのか?」
「…白川の顔をもっと見てたいなって思って。でもなぁ、水泳ももっとやりたいし」
「どっちにしろ後悔するんじゃないか?」
「え?」
「県外の高校に行っても南高に行ってもいつかは、な。南高はそれほど水泳部に力入れてないだろうし、逆に南高に行かないと白川さんの顔を見ることはできない」
「…もしお前ならどうする?」
「う~ん、俺ならすぐに後悔しないほうを選ぶけど?」
「…俺職員室行ってくる!」
俺はそういうと三輪を置いて職員室に向け駆け出した。
職員室に着くと顧問のところにすぐに向かった。
「先生」
「おぉ、田口。どうした?」
「高校ですけど俺南に決めます」
「南!?推薦もらっただろ?」
「あそこは止めます。俺は南高を受けます」
「…分かった。俺から断りの電話を入れておこう」
「ありがとうございます!失礼します!」
俺は顧問に一礼して職員室を後にした。
その日。俺は家で両親に進路の話をした。
「父さん、母さん。高校だけど」
「どこ受けるか決めたのか?」
「うん。南高を受けるよ。あそこは水泳部あるし」
「そうか。頑張れよ」
父さんと母さんは何も言わずに俺の進路を認めてくれた。
部屋から庭に通じる窓をあけるとノラが近づいてきた。
「ノラ、俺頑張るからな」
俺がノラに話しかけるとノラは『アン』と嬉しそうにほえた。
それから俺は受験勉強を始めた。
俺の成績からすると南高は安全ラインだがやはり少しは勉強をしておきたい。
三輪も同じように水泳部がある南高を受けるので二人で一緒に勉強をした。
白川に報告しようとも思ったが落ちる可能性もあるし、何より何といえばいいのか分からなかった。
時々ノラの話をして白川の笑顔を見て『よし、頑張ろう!』という気持ちになれた。
季節は過ぎてバレンタイン。
もうすぐ受験というのに今日は勉強よりも恋なのか、女子は俺にチョコを渡してくる。
別に嫌な気はしないから笑顔で受け取りながら俺は白川のほうをちらっと見るけど白川は『私は関係ない』という顔をしてまた本を読んでいる。
俺と違って白川は推薦ですでに南高への進学が決まってるらしい。
それもまた俺の『頑張ろう』というモチベーションをあげてくれる。
けど、今日はさすがにモチベーションが上がらない…
白川が俺以外の男子にチョコをあげるのは見てないけどそれでも意中の女子からチョコをもらえないのは悔しい。
放課後になっても白川から一向にチョコをもらえる気配はなく俺が落ち込んでいると三輪が近づいてきた。
「ま~た、たくさんもらったなぁ」
「…欲しい子からもらえないと意味ない」
「あ~、興味なさそうだからなぁ」
「…帰る」
俺はそういってカバンを手に取った。
後ろを三輪もついてくるけど何も話しかけてこない。
俺が相手する気力がないということを察知してくれてるのだろう。
靴を履き替えるために下駄箱を開けると靴以外に何か入っていた。
取り出してみるとチョコだった。
それを見て誰からか考えていると待ちくたびれたのか三輪が近づいてきた。
「おせぇ。…ってそれ何?」
「下駄箱に入ってた」
「いまどき?誰からだ?」
「さぁ…。とりあえず帰るか」
家に帰ってそれを開けてみると一口サイズのチョコが複数入っていた。
誰からか分からないので少し怖い気もしたが、口にしてみると程よい甘さでおいしかった。
他のチョコも食べてみたけどこのチョコが一番おいしかった。
このチョコ以外は父さんと母さんに上げた。琴美にもあげようかとおもったが逆にもらったのであげにくかった。
俺と三輪は無事南高へ進学が決まった。
これでまた白川の笑顔を見ることができる。
そして、卒業式。
俺は白川に一緒の高校だと報告したかった。
けど、俺は同級生や教師、後輩に捕まって白川とゆっくり話す機会さえ作れなかった。
水泳部の連中と帰ることになったが下駄箱まで行く俺の足取りは重い。
それに気づいた三輪が話しかけてきた。
「どうした?」
「最後なのに白川と話せなかった…」
「最後じゃないだろ?」
「そりゃそうだけど…」
「女々しい!」
そういって三輪は俺のケツにキックを繰り出した。
キックは結構威力があって俺はケツをさすりながら下駄箱を開けた。
すると、あるものが落ちてきた。
三輪は目ざとくそれを見つけ俺より先に拾った。
「これ御守り?」
「…嘘だろ」
「田口?」
俺はその御守りに見覚えがあった。
下駄箱に手紙は入っているのに気づき俺はそれを読んだ。
『田口君へ
今まで御守りを借りててごめんね。
本当はちゃんと会って返したかったけど
下駄箱に入れておきます。
今まで借りてた私がいうのもおかしいけどやっぱりこれは
田口君の大切な人がもっているべきです。
ノラの話をしてくれてとても嬉しかったです。
ノラのことこれからもよろしくお願いします。
最後に、私は田口君のことが好きでした。
これからも無理しないで頑張ってください。
さよなら 白川望 』
俺はそれを読んで駆け出した。
後ろで水泳部の連中が何か言っているがそんなのに構っている暇はない。
まだ間に合うかもしれない。
あの、白川のことが好きになった日に分かれたところまでしか白川への家の道は知らない。
そこまでに追いつけないと高校入学まで白川と話せない。
もしかしたら体育の授業でもこんなに頑張ったことがないって言うほど俺は足を動かした。
もう少しでノラがいた公園というところで前を一人歩く女子生徒の姿が見えた。
俺の足音に気づいたのか白川が振り返り、俺を見て驚いた顔をした。
俺は白川の前で足を止めた。
「田口君…?」
「白川、これどういうこと?」
「え?」
俺は白川が俺に宛てた手紙を見せた。
白川は首を傾げた。
「どういうことって?」
「御守りを返せって俺言った?」
「ううん。けど、今日返さないと…。田口君県外の高校に行くんでしょ?」
「は?」
俺は白川の言った言葉に驚いた。
俺そんなこと言ったっけ…
思い出そうとしても俺は白川にそんな話をした覚えはない。
それに白川と話す内容はほとんどノラについてだ。
「白川、それ誰から聞いた?」
「えっと…前に田口君と誰かが話してるの聞いたの」
「あぁ、それ止めたよ」
どうやらずっと前に水泳部の連中と話してたのを聞いたのだろう。
それなら納得できる。確かに前までは俺はそこに行きたいと言っていたのだから。
俺はポケットからあるものを取り出して白川に差し出した。
「え?」
「『え?』って白川が手紙に書いてたんだよ?『大切な人にあげるべきです』ってさ」
「う、うん」
そう白川は『大切な人』と書いてあった。
今の俺にとって『大切な人』は目の前にいる女の子以外にいない。
だけど、白川は俺の行動の意味が分かってないのだろう首をかしげている。
「だから…私は受け取れないよ」
「はぁ…、今の俺の大切な人は白川だから受け取って欲しいんだ」
「…え?」
駄目だ…
白川にはどうやら伝わってない。
俺は白川に一歩近づいて自分の気持ちを伝えた。
「これを白川に持ってて欲しいんだ。…白川が好きだから」
言った…、ついに俺は言ったぞ。
だが白川の反応はない…
俺が白川のほうを見ると予想外だったのか、どうやら驚いているようだ。
白川の目の前に手を持っていって振る。
「お~い、白川さん。起きてますか~?」
「…嘘だよね?」
「人の告白に嘘とか言わないで欲しいんだけど」
白川の今の一言はちょっと心外だった。
嘘の告白をすると俺は思われているのか…
俺の声が低くなったのを気づいた白川が戸惑いながら口を開いた。
「だって…私は田口君と違って勉強も得意じゃないし、運動も出来ない。特に長所もない私を田口君が好きだなんて思えない」
「俺さ、一目惚れしたんだよ」
「え?」
「いや、一目惚れとは違うなぁ。ノラをもらった日のこと覚えてる?」
「う、うん」
「あの日、俺初めて白川の笑顔を見たんだよ。その顔がさ、すっげぇかわいかったんだって!こうなんていうのかふわ~んとした、癒し系?みたいな笑顔でさ。それから白川を見るようになった。白川の笑顔が見たいからノラの話をしたんだ。ノラの話をすると白川は笑ってくれるから」
俺の告白に白川は驚いている。
だが、まだ俺は大事なことを白川に伝えてない。
「これからはもっと近くで白川の笑顔がみたいんだ。だから、俺と付き合ってくれる?」
「…田口君が私でいいなら」
「白川がいいの!」
白川が了承してくれた…
俺は本当に嬉しかった。
もしかしたら県大会で入賞したときよりも喜んでいたかもしれない…
「あ~、よかった。付き合ってもらえて。本当はまだ待とうと思ったんだよ」
「え?」
「なのに白川が御守りを俺の下駄箱に入れてるし、手紙にはなんか『さよなら』って書いてるし。それに『好きでした』って過去形だし」
「だって…もう高校が違うし。会えないだろうなと思ったから」
「あ、そういえば言ってなかったっけ。俺高校南だから」
「え!?」
「いや~、白川が南で良かったよ~。他の高校だったら諦めてたから」
「え、あの…」
俺が早口で喋りだしたので白川は戸惑っている。
近くにノラがいた公園があるので白川を誘ってその公園に向かった。
公園の中を歩いているとベンチがあったのでそこに腰掛けて俺はさっきの続きを喋りだした。
「最初は白川が言ってたように俺県外の高校に行こうと思ってたんだ。けど、あの日白川と話して笑顔を見て好きになって。このまま白川と離れるの嫌だな~って思ってたら高校一緒にすればいいんだって思った。南は通える範囲で唯一水泳部があるからね。だから、親を説得して南高に変えたんだ。もし、白川が南じゃなかったら卒業式に告白するつもりだったんだ。まぁ、結局告白しちゃったけどね」
俺は笑みを浮かべて白川に顔を向けて話している。
白川も俺の話を聞いて一生懸命笑みを浮かべようとしている。
けど、俺が見たいのはそんな作り物の笑顔じゃなくて自然な笑顔なんだ。
「無理に笑おうとしなくていいって。そんな笑顔じゃなくて白川が普通に出す笑顔が俺は見たいから」
とりあえず帰ろうかと思って俺は立ち上がった。
が、自分の手元に何もないことに今更になって気づいた。
「あ、ヤベ。カバン学校だ…」
「ほら。持ってきてやったぞ」
俺が呟くと三輪の声が聞こえた。
聞こえたほうを向くと呆れたような顔をしてカバンを二つ持って立っていた。
「三輪!持ってきれくれたのか?」
三輪は呆れた顔をしたまま近づいて俺にカバンを差し出した。
「ほら。お前が急に走り出すからな。他の連中も驚いてたぞ。で、そっちが?」
「そ。俺の好きだった人。で今俺の彼女」
「ふぅ~ん」
三輪はそういうと白川のほうに顔を近づけた。
白川が怯えて後ろに下がったのを見て三輪が顔を遠ざけて笑みを浮かべた。
「あ、俺三輪章弘。田口と同じ水泳部。知らないでしょ?」
白川は驚きながら正直に頷いている。
その仕草も今の俺にとってはかわいい…
白川も口を開こうとしたが三輪は白川を制した。
「あ、いいから。白川さんのことは田口から耳にタコができるほど聞いてるから。俺も二人と同じ南だからこれからよろしくね」
三輪はそういって白川に差し出した。
白川も立ち上がって三輪と握手した。
俺もまだ白川と手を握ってないのに…
俺の妬みに三輪は恐らく気づいてるだろうが白川は気づいてないのか三輪に話しかける。
「よ、よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、田口。俺行くから」
「おぉ。カバン、サンキューな」
俺は表面上は礼を言っているが内心は嫉妬の情が浮かんでいる。
それに気づいているだろうが三輪は笑みを浮かべ手を振りながら公園を後にした。
俺は白川に手を差し出した。
「帰ろうか」
「う、うん」
白川はゆっくりと俺と手を合わせた。
そして、白川から手を握ってきた。
想像していたよりも白川の手は小さくて柔らかかった。
もっと白川と話していたいと思った俺はノラをダシに白川を家に誘った。
「あ、ノラに会いに来る?」
「え?」
「結構でっかくなったよ。今会ったらノラ分かるかな?」
「どうだろ」
「よし、じゃあいこっか」
俺と白川は手を握ったまま俺の家に向け歩き出した。