智樹side 前編
「田口~、帰ろうぜ」
「おぉ」
教室の入り口から同じ水泳部で仲のいい三輪が俺を呼んだ。
俺は三輪に返事をしてカバンを手に取った。
二人で廊下を歩いているといろんな生徒から声をかけられる。
二年の秋から県大会に出るようになった俺は自分で言うのも変だが校内で知らない奴はいないと思う。
「相変わらずお前人気者だな」
「別に人気が欲しいわけでもないから」
二人で話してると前から図書室に行っていたのだろう、本を持ってこちらに近づいてくる女子生徒がいた。
すれ違うときに俺はその女子生徒に笑みを向けるが何も反応せずにそのまま俺の横を通り過ぎる。
俺がため息をつくと三輪が話しかけてきた。
「どうした、ため息なんてついて」
「べっつに~。ほら、帰るんだろ」
まだ三輪にも言ってないことがある。
俺はさっきすれ違った女子生徒、白川望のことが好きだ。
一・二年のときは特に接点はなく三年で同じクラスにはなったがそれでも話すことはなかった。
俺が好きになったきっかけは一ヶ月前。
水泳部の顧問と話し込んでいた俺は下校時間を少し過ぎてしまった。
もう教師以外誰もいないだろうと思っていたが下駄箱のほうに向かうと一人の生徒が立っていた。
校内は暗く最初は誰か分からなかった。けれど、近づくとそれが自分のクラスメイトというのが分かった。
「あれ…、白川?」
俺が聞いても白川は返事をしなかった。
もしかして間違えたかと思って近づくとやっぱり白川だった。
「…白川だよな?」
「あ、うん。覚えててくれたの?」
「そりゃ、同じクラスだし。でも、違ってるかと思って焦ったよ」
自分のクラスメイトぐらい顔は覚えてる。
とはいっても正直に言うと白川はクラスでも目立たない。
俺も…多分このとき初めて白川と話したと思う。
俺が下駄箱で履き替えていると先に履き替えた白川で歩き出した。
「じゃあね」
白川で歩き出したのを見て俺は帰りのHRで担任が『不審者が出た』ということを言ってた気がする。
俺は慌てて白川を引き止めた。
「いや、ちょっと待てって。白川って家どっち?」
「え?」
白川は最初俺の質問に戸惑った顔をしたが、すぐに家がある方向を教えてくれた。
その方向は俺の家と同じ方向だった。回り道をせずに済んだようだ。
「同じ方向だから途中まで一緒に帰ろうぜ」
「え?」
「帰りの会の時に先生が言ってただろ?不審者が出るって。だから、送ってく」
「え?でも…」
「どうせ帰りの方向は一緒なんだし一緒に帰ろうぜ」
俺はそれだけ言って歩き出した。
でも、白川は後ろをついてこなかった。
ちょっと強引過ぎたかなとも思ったが、俺が手招きすると白川が早足で近づいてきた。
帰り道は俺が話を振って白川が一言で返事をするだけだった。
まぁ、ほとんど初対面といっても過言ではないから仕方無いだろうけど普段白川と話さないからちょっと楽しかった。
二人で歩いていると途中にある公園の前で白川が立ち止まった。
「あの…」
「何?どうかした?」
「ここ…」
白川は公園を指差した。
「ここ…?」
俺は確認の意味をこめて白川に尋ねると頷いたので俺は公園のほうに視線を向けた。
すでに日が暮れかけているので公園の中は暗く、外灯がポツンと光っている。
俺が驚いていると白川は俺に手を振った。
「ここでいいよ。ありがとう」
白川はそれだけ言って公園に向けて歩き出した。
俺はそれを聞くと急いで白川を追いかけた。
白川は俺が追ってくるとは思ってなかったのだろう、驚いた顔をしていた。
「むしろこっちのほうが危ないだろ。俺も行っていい?」
「う、うん」
白川が了承してくれたので俺は白川に向け笑みを浮かべた。
でも、こんなところに何が用があるんだろう…
白川はさっきから周りを見ながら歩いているし、何か探し物をしてるのだろうか…
「…白川何探してるの?」
「えっと…」
俺の質問に白川が答えるようとしたら近くにある茂みから物音が聞こえ、俺は情けないがビクッと反応してしまった。
帰りのHRの教師の言葉を思い出した。もしかしたら教師が言っていた不審者かもしれない。
俺はともかく白川は女の子だ。『何とか守らないと』と思っていると白川は何事もなかったかのように茂みに近づく。
「お、おい!白川!」
俺が急いで白川に駆け寄るがそれよりも先に茂みから何かが飛び出してきた。
が、その飛び出たものは俺が思ったものとは違った。
白川はその飛び出してきたものを抱きかかえ俺に見せてくれた。
「…犬?」
「うん。この前見つけたの」
「へぇ~、野良犬か?」
「分かんない」
それだけ言うと白川はその場に犬を降ろしてしゃがみこみカバンからビニール袋を取り出した。
その中には恐らく給食の残り物のパンが入っており、それを犬に与えはじめた。
俺も近くにしゃがみこんで犬の頭を撫でた。
「こいつの名前は?」
「まだ決めてないの。でも、今は『ノラ』って呼んでる」
「野良犬だから?」
「う、うん」
「ノラかぁ~。いいんじゃないか。なぁ、ノラ?」
俺は犬に話しかけると犬は俺の顔を見て『アン』と吼えた。
どうやらこの犬自身もこの『ノラ』という名を受け入れているようだ。
俺が頭を一撫でするとまたノラはパンを食べ始めた。
パンを全部あげ終わると白川はノラの頭を撫でて立ち上がった。
「じゃあ、また明日来るからね」
「家で飼わないのか?」
「…うちペット禁止なの」
「そっか」
確かに親の意向でペット禁止っていう家庭もあるよなぁ。
俺はチラッとノラのほうに視線を向けると尻尾を嬉しそうに横に振っていた。
俺は少し考えて白川に話しかけた。
「…なぁ、俺の家で飼っていいか?」
「え?」
「駄目?」
「駄目じゃないよ」
「やっりぃ!ノラ~、今日からお前は俺の家族だぞ~」
白川の許可が出たので俺はノラを抱きかかえ頭を撫でた。
ふと、白川のほうを向くと笑みを浮かべていた。
その笑みは他の女の子とは違って、とてもかわいかった…
俺がじっと見てるのに気づいた白川が顔をこすり始めたので俺は慌てて訂正した。
「あ、何もついてないよ。ごめん、なんでもない。帰ろうか」
俺はそれだけ言ってノラを抱えたまま歩き出した。
白川が隣に並んだ後も俺はさっきの白川の顔が頭から離れなかった。
俺はそれを振り払うかのように白川にいろんな話を振った。
話の流れで高校の話になった。
「白川はどこの高校に行くんだ?」
「えっと…南」
「南!?へぇ~、うちから南高に行く奴って珍しいんじゃないか」
南高は田舎のほうにある学校にで、ここから南高までかかる時間かけて逆方向に行くと都会に近づくのでうちの中学の生徒は皆そっちのほうに通う。
南高でやりたいことがある生徒だけそこに通うようだ。
そういえば、南高は自宅から通える範囲で唯一水泳部がある高校だから水泳部の数人はそこに通うとか言ってたのを思い出した。
「そうか。南かぁ」
「う、うん」
「あ!だから、受験が心配で元気がないのか?」
「え?」
「そういう白川さんにはこれを貸してあげよう。ちょっとノラ持ってて」
俺は白川にノラを渡して肩にかけているスポーツバッグからあるものを探した。
カバンの中にある小さなポケットに探してるものを見つけ、俺はそれを取り出し白川に差し出した。
「あったあった。はい、これ」
白川は両手でノラを持ってるのでこれだと受け取れないだろう。
そう思った俺は片手で白川からノラを受け取った。
これで白川が受け取れるだろうと思ったが白川は俺の手の上にあるものをじっと見ていた。
「…御守り?」
「そ。とりあえず受け取ってくれる。ノラを片手で持つのはきつい」
すでにノラを持ってる手が限界に近づいていた。
それに気づいたのだろう、白川は急いで御守りを手に取った。
手と手が触れたときに少し『ドキっ』としてしまった。
それを隠すように俺は空いた手でノラを支えた。
「あ~、ノラって片手で持つと結構重いんだなぁ」
「あの…田口君。これ…」
「それ俺が県大会で入賞したときにカバンに入れてた御守り。ご利益はあると思う」
「そんな大事なもの受け取れないよ」
「いいから。ノラを引き取らせてもらったお礼。これで受験頑張って」
俺が言うと白川は少し戸惑ったようだが頷いてくれた。
「ありがとう」
そのとき白川はまた笑顔を俺に向けてくれた。
その笑顔がまたとてもかわいくて俺は顔が赤くなっているのが分かった。
だから、俺は白川に悟られないように顔を逸らした。
「あ、私すぐそこだから。ありがとう。田口君も気をつけて帰ってね。後、あまり無茶しないでね」
それだけ言うと白川は駆け出していった。
何か言おうと思ったがすでに遅かった。
俺はその場で立ち止まっていると俺の腕の中でノラが『アン』と小さく吼えた。
「あ、ごめん。家に帰ろうか」
俺がノラを抱えて家に帰ると母さんが近寄ってきた。
「遅かったわね。…あら?その子は何?」
「ちょっとね。飼っていい?」
「もちろんよ。けど、先に風呂入ってもらわないと。その子汚れてるでしょ」
母さんはそれだけ言うと風呂場に向かった。
俺はノラの体を見回した。言われて見れば所々汚れている。公園にいたので当たり前といえば当たり前だろう。
母さんが風呂場から俺を呼ぶのでスポーツバッグを玄関においてノラを抱えたまま風呂場に向かった。
「あんたも一緒に入りなさい」
「うん。玄関にバッグ置いてるから」
俺は先に風呂場にノラを放して脱衣所で制服を脱いだ。
先にノラを洗ったほうがいいだろうと思って洗うと、ノラは初めてだったのだろうとても怯えた。
それでもなんとか洗い終えると風呂場から母さんを呼んでノラを預けた。
今度は自分の体を洗ってから風呂場を出るとノラはご飯の残り物を食べていた。
俺に気づいたのか母さんが俺に話しかけてきた。
「この子お腹すいてたみたいね」
「さっきパンを食べたんだけどなぁ。ノラ、おいしいか?」
「この子ノラって名前なの?」
「うん。父さんと琴美は?」
「お父さんならまだ仕事よ。琴美は部屋にいると思うけど」
琴美は俺の二つ下の妹だ。
「父さんにも許可もらわないとなぁ」
「帰ったら話してみなさい。母さんは賛成よ。この子かわいいもの」
母さんは本当に嬉しそうにノラの頭の撫でた。
ご飯のときに琴美もノラの姿を見ると『かわいい~』と言っていた。
仕事が終わった父さんが家に帰ってくると最初は犬がいることに驚いていた。
「うわ!?なんで、犬が…」
「ちょっとね。なぁ、父さん。飼っていい?」
「ん~…」
「いいじゃない。この子かわいいわよ」
「本当よね~。ねぇ、お父さん。いいでしょ?」
「…分かったよ。ただし、ちゃんと世話するんだぞ?」
「ありがとう!」
家族全員から許可をもらえた俺は一安心した。
その日俺は寝るときになってふと白川の笑顔を思い出した。
「やべぇ…。俺白川のこと好きかも…」
白川の行動一つ一つが今でも思い出せる。
行動がちょっと小動物みたいで今思い出すととてもかわいかった。
次の日、白川にノラのことについて話そうと思ったけど俺の周りは人がいて白川に話しかけるタイミングがなかった。
放課後になって俺は宿題の資料を探すため図書室に行くと白川が一人で本を読んでいた。
俺が目の前に座るが白川は気づいてくれない。
俺が机を叩くとやっと気づいた白川が目を前に向けた。
「あ…」
「ノラの報告をね」
「え?」
「無事家族として迎え入れることができました」
「良かった」
俺の報告を聞いて白川はふわっとしたいつもの笑顔を見せてくれた。
やばい…、やっぱり俺白川のこと好きだ。
だが、白川はすでに本の世界に戻ってしまっている。
あまり邪魔をしないほうがいいと思ってその日はそのまま図書室を後にした。