○○○の友達の片割れ 後編
アップを終えた俺はブルペンで肩を作っていた。
拓斗が今顧問の所に行っているので控えのキャッチャーに受けてもらっている。
額の汗を拭うとこっちのほうに拓斗と顧問が近づいてきた。
「拓斗おせぇ」
「ちょっとこい」
「は?」
拓斗は俺の腕を掴んで引っ張った。
そして、ベンチに強制的に座らせた。
「ちょ、一体どうしたんだよ」
「黙れ」
拓斗はそういって俺の額に手をつけた。
そして、マネージャーに指示を出した。
「マネージャー、大至急体温計持ってきて」
マネージャーは頷いて保健室のほうに向かった。
そして、今日二番手で投げるはずだった奴にブルペンに向かって肩を作るように指示をした。
俺はもう誤魔化せないと観念した。
マネージャーが持ってきた体温計で熱を測っている間そばで顧問が拓斗に事情を聞いている。
「どういうことだ?」
「こいつ恐らく熱があるんですよ」
「何?しかし、さっきまでそんな身振りは」
「役者でしょ?」
俺が横から口を挟むと拓斗に睨まれた。
そっぽを向いた俺の脇から電子音が鳴った。
俺はそれを取り出して液晶部分を見ると『38.1℃』を表示していた。
拓斗も横から覗き込んで俺の頭を叩いた。
「こんの馬鹿が。練習試合で無理する意味がどこにあるんだよ。先生、悪いですけどこいつ保健室に連れて行ってもらえますか?」
「あ、あぁ。祐樹立てるか?」
「余裕で~す」
俺は明るく答えて立ち上がった。
そして、顧問に付き添われて保健室に向かった。
俺がどこかに向かっているのが分かったのだろう、女子が俺のほうにやってきた。
「瀬川君どうしたの?」
「こいつ熱があるんだよ」
俺が何か言う前に顧問が答えた。
余計なことを…
「え?大丈夫なの!?」
「大丈夫、大丈夫。悪いけど応援よろしくね」
「私達も保健室に行く!看病させて」
「悪いけどゆっくりしたいんだ」
「でも…」
「っていうかあんたらがいると休めない」
その言葉に女子と顧問が固まった。
俺はそれ以上何も言わずに歩き出した。
足を止めていた顧問も俺についてきた。
「お前言いすぎだろ」
「余計な体力使いたくないんですよ。どうせ保健室に来ても話しかけたりするだろうから休めないし。それに近くで見てて気づかないような奴らに看病なんかできないっすよ」
「…耳が痛いんだが」
「あ、すんません」
顧問が申し訳ないように言ったので俺もとりあえず謝った。
保健室の鍵はマネージャーが開けっ放しにしていたのでドアを開けて俺はベッドに横になった。
顧問が何か書類を書いてる音を聞きながら俺は口を開いた。
「先生」
「何だ?」
「誰から俺の状態を聞きました?」
「あ、えっと名前なんだったかなぁ」
「まぁ、大体分かりますけど。あれでしょ?アンパンマンの友達の片割れでしょ?」
「は?」
俺の言葉に顧問は書類を書いてる手を止めて俺のほうを向いた。
「なんだって?」
「先生、アンパンマンの歌って知ってます?」
「そりゃあな」
「その中でアンパンマンの友達が出てくるでしょ?」
「…」
顧問はアンパンマンの歌詞を思い出しているのかボソボソ何かを呟いている。
そして、プッと噴出した。どうやら答えが分かったらしい。
「クックック。なるほど、そういうことね」
「あ、分かりました?」
「そういえば拓斗が『アイちゃん』って言ってたな」
「字が二人とも違うんですけどね」
俺と顧問が話してると保健室のドアがノックされた。
顧問が立ち上がって保健室のドアを開けた。
「何だ?」
「先生!瀬川君の様子はどうなんですか!?」
『あ~、あの連中来たのか。休めねぇ~』と俺が思ってると保健室のドアが閉まって顧問が一人で戻ってきた。
「あれ?連中は?」
「戻らせた。じゃないとお前が休めないだろ」
「ありがとうございます」
「ところでさっきの話なんだが」
「はい?」
「どうして『アイ』って子はお前に熱があることが分かったんだ?」
「昔からそうなんですよ。俺が風邪を引いてるときや怪我をしてるときって絶対にあいつが一番に気づくんですよ。逆に、あいつがおかしいときは俺が気づくんですけどね。幼馴染で物心ついたときから一緒ですから違和感を感じるです。恐らくあいつもそうだと思いますけど」
顧問は感心したように俺の言葉に頷いている。
感心されてもなぁと思っているとまた保健室のドアがノックされた。
顧問がまた保健室のドアに向かっていく。
『しつこいなぁ。まぁ、先生が追い出してくれるだろ』と思っていると今度は顧問以外にも足音が聞こえた。
てっきり拓斗だろうと思っていると藍が顔を覗かせた。
心配して来てくれたのだろうと思っているといきなり俺の額を叩いた。
「あんた、本当に馬鹿だね。何熱あるのに無理して試合でようとしてるのよ。まったく…。私が言わないと試合に出てたんでしょ?もう一回言うけど本当にあんたは馬鹿だね」
どう考えても病人に向けて言うセリフではない。
が、俺はいつものことなので気にしない。
藍はベッドの近くに置かれている椅子に腰掛けて顧問のほうに顔を向けた。
「先生、後は私が看ますからグランドに戻ってください。もうすぐ試合が始まるんじゃないですか?」
「あ、あぁ。祐樹、試合が終わったらまた顔出すから」
顧問はそういってドアのほうに向かった。
が、足を止めて藍を呼んだ。
「悪いけど保健室の鍵を閉めててくれ。野球部の奴が来たとき以外は絶対に鍵を開けないように」
「はぁ、分かりました」
「じゃあ、後頼んだ。アンパンマンの友達の片割れさん」
そういって今度こそ顧問はドアから廊下に出た。
鍵を閉める音が聞こえ藍が戻ってきた。
そして、また俺の額を叩いた。
「あんた先生に何言ってるのよ」
「気にしない気にしない」
「まったく。…風邪薬飲んだ?」
「あ、まだ飲んでねぇ」
俺が答えると藍はため息をついて薬が置いてある棚のほうに向かった。
そして、薬と水が入ったコップを持ってきて俺のほうに差し出した。
「はい」
「飲ませて?」
「殴るよ?」
「俺は病人なんだけど?」
「だったら素直に飲んで」
結局俺は自分で薬を飲んだ。いや、まぁ当然といっちゃ当然なんだけど。
藍は水が入ったコップを洗ってまた椅子に座った。
「ほら、薬飲んだんだし早く寝る」
「へ~い。お前はどうすんの?」
「え?ここにいるけど?」
「そっか」
俺は藍の言葉に安心して目を瞑って寝ようとした。
とは言ってもそう簡単に眠れるわけもなかった。
俺は目を開けて呟いた。
「あ~あ、キスが遠のいた~」
「…あんたそんなにキスがしたかったの?」
「…すいません。したかったです」
「ま、賭けは私の不戦勝ってことで」
「ヒデェ…」
「風邪引くあんたがいけないんでしょ。ほら、さっさと寝なさい」
「へいへい」
俺はまた目を瞑った。
藍は俺の胸に手を置いてポンポンと軽く叩く。
俺は『子供じゃないんだけど』とは思ったが気がついたらそのまま夢の中に落ちていった。
次に俺が目を覚ますと家のベッドの中だった。
窓から射す光が顔に当たって目が覚めた。
ふと横を見ると藍がヘッドホンをしてゲームをしていた。
俺が足で藍の頭をつつくと藍はヘッドホンを外して俺のほうを振り返った。
「あ、目覚めた?」
「…今何時?」
「朝の9時。あんた保健室で眠ってからずっと寝っ放し。仕方無いから先生が送ってくれたのよ」
「うっわぁ~…。っていうかお前学校は?」
「今日は祝日で休みじゃない。まだ風邪のウイルスが頭に残ってる…わけじゃなくてただ馬鹿なだけか」
「うっさい!」
「で、体の様子は?」
「う~ん、万全とまではいかないけど大分いい。母さんは?」
「おばさんはパート。おかゆ持ってこようか?」
「…食えんの?」
「私が料理できるの知ってるでしょ」
藍はそういってゲームのコントローラを置いて下に下りていった。
俺はベッドから起き上がってとりあえず汗で重くなったパジャマを脱いだ。
部屋着に着替えてベッドに横になってると藍がおかゆをもって戻ってきた。
「お待たせ」
「あ~、サンキュウ」
「いえいえ。食べれる?」
「食べれるって言うか食べる」
俺は体を起こして藍が作ってくれたおかゆを口に入れた。
藍の料理は何度も口にしている。
最初は本当に不味くて食えたもんじゃなかったが今では普通に上手い。
おかゆをペロッと食べて俺は横ならずにそのままベッドに座った。
そこに藍が話しかけた。
「じゃあ、賭けの権利使わしてもらおうかな」
「は?病人の俺に対して?」
「いいからいいから。目を瞑ってて」
「…襲うなよ?」
「馬鹿なこと言ってないで早く瞑って」
俺は藍の言うとおり目を瞑った。
恐らく俺が目を瞑ったのを確認しているのだろう、藍が俺の顔の前で手を振っているのが音で分かった。
音が止んで数秒後、俺の唇に何か柔らかいものが当たった。
それはすぐに離れた。俺が急いで目を開けると藍の顔が俺の目の前にあった。
「い、今…」
「無理されたら困るのは私だし…」
「もう一回!もう一回しようぜ」
俺がそういうと藍はゆっくりと俺頷いた。
藍が目を瞑って俺も目を瞑った。
そして、唇と唇をあわせた。
「たまにはこういうのもいいよな?」
「…たまにね」
俺と藍は唇を話して笑いあった。
翌日、藍が風邪を引いた原因がこれだったのかは分からない。




