『偶然』じゃなくて『必然』?
「おはよう」
私は教室のドアを開けた。
男子生徒からは挨拶が返ってくるが女子生徒からは一人も返ってこない。
別に私がいじめられてるわけでもない。
「藍、おはよう」
「あ、葵。おはよう」
今挨拶をしたのは私の小学校からの友人の葵。
そして、葵が言った名前、藍が私の名前だ。
「今日もすごいねぇ~」
「うん。飽きないのかな」
「藍もいけばいいのに」
「え~?いっつも見てるし」
「気分転換に行こう!」
「あ、ちょっと」
葵は私を置いて窓のほうに近づいた。
何故窓のほうに近づいたのかというと野球部の朝練が終わり部員が下の校庭を通るのを見るためだ。
ちなみに葵だけじゃなく教室にいるクラスの女子生徒は全て窓側に集まっている。
仕方なく私も葵の隣から校庭に向けて顔を出す。
少しして野球部の部員が歩いてくるのが見えた。
「瀬川く~ん!!」
クラス中の女子生徒が名前を言った生徒は野球部のエースである瀬川。
校内で一番モテル生徒で同じクラス。
一年から三年までで何度も告白されている。が、誰とも付き合わないらしい
私にとっては何故こんなにモテルのかが不思議でしょうがない。
ボーっと瀬川を見てると瀬川と目が合ってしまった。
私と目が合った瀬川は少し驚いた顔をして私のほうに向けて手を振ってきた。
とりあえず振り返そうかとも思ったが周りの生徒が一生懸命手を振り返してるので勘違いだと思い自分の机に戻った。
そして、夜。
私はもうすぐ中間試験なので勉強をしていた。
勉強をしていると部屋の窓にコンコンと何かあたる音が聞こえた。
気にせずに勉強をしていると窓を開けて人が入ってきた。
「あらよっと。お邪魔しま~す」
そういうと私のベッドに寝転んだ。
私は勉強する手を止めて侵入者に話しかけた。
「いい加減窓から入ってくるのやめれば?」
「玄関から入って来いって?今更今更。窓から入るのが楽だし。っていうかお前俺が手振ったのに無視しやがって」
「あ、あれ私に振ったの?」
「そ。珍しく藍がいたから手振ったのにお前無視しただろ?」
「だって周りの子が振ってたからてっきりそっちに振ったんだと思ってた」
「ったく。あ、これ最新刊じゃん!」
そういうなり侵入者はマンガを読み始めた。
この侵入者は瀬川祐樹。
先ほど紹介したが野球部のエースで私の幼馴染。小さい頃から一緒で現在に至る。
私はベッドで横になる幼馴染を観察した。
その視線に気がついたのかマンガから視線を上げた。
「何?」
「ん~、なんで祐樹モテルのかなぁとおもって。やっぱりエース補正かなぁ」
「何?その変な名称」
「運動部のエース格の人ってモテルじゃない?」
「そうかぁ?まぁ、いいや。で、お前さっきからなにしてんの?」
「何って試験勉強だけど」
「あ~、もうすぐ試験だっけ?いつもどおり頼むな」
「なんで私が教えないといけないのよ」
「気にするなって」
祐樹と話してると階段から誰かが上がってくる音が聞こえた。
その主は私の部屋のドアを開けた。
「あら、祐樹君。いらっしゃい」
「お邪魔してま~す」
「何かおやつ持ってくるわね」
そういうなり母親は去っていった。
「何で娘の勉強の邪魔をしている奴におやつ出すのよ…」
「幼馴染、幼馴染」
「それですべてが許してもらえるとおもってるんじゃないわよね」
「なぁ、新しいゲームねぇの?」
「あ、パワプロ買ったよ」
「マジ?対戦しようぜ」
「え~?」
「ほらほら」
祐樹は私の都合も考えずにコントローラを手渡してきた。
仕方なくコントローラを握って祐樹の横に座った。
「お前もうチーム作った?」
「うん」
「せっけぇ…。試験終わったら貸してくれよ」
「いいよ。そっちも何か貸して」
「うぃっす」
結局祐樹とゲームを数時間してしまった。
数試合して祐樹がまた私のベッドに寝転んだ。
「あ~も~、やっぱり作った選手は卑怯だ~」
「あんたが下手なだけでしょ」
私の言葉に祐樹はベッドに突っ伏して泣き真似を始めた。
これもいつものことなので私は気にせずに祐樹が手放したコントローラを元の場所に戻して机の椅子に座った。
ちなみにゲームの結果は私が勝ち越した。
とりあえずやることがないのでさっきの勉強の続きをすることにした。
始めたと思ったらすぐに祐樹に声をかけられた。
「なぁ…」
「ん?何?」
勉強の手を止めて祐樹のほうを向くとベッドに座っていた。
「どうしたの?」
「何で学校で話しかけてこないんだ?」
「え?」
「最近学校では話さないよな」
「だってほとんど毎日家で会って話してるし」
「そりゃそうだけど」
「それにあんたの周りファンクラブの子がたくさんいるし」
「ファンクラブって俺普通の中学生なんだけど」
「ま、学校で話すことはないね」
私がそういって机に向かうと祐樹はまたベッドに寝転がってマンガを読み始めた。
次の日。
私は昼休み本を借りに図書室に向かった。
本を探してると話し声が聞こえた。
「好きです!」
どうやら告白をしているようだ。
興味があったのでそちらを見ると女子は上靴を見て一年というのが分かった。
そして、告白されているのは見慣れた後姿だった。
「悪いけど付き合えない」
「…そうですか」
そういって女子は肩を落として図書室から出て行った。
私はとりあえずその現場から離れた。
足を止めてさっきの光景を思い出した。
すると、なぜか胸が痛くなった。
一度深呼吸して目的の本がある棚を探した。
数分して目的の本を探し終えたが私の背では届かないところにあった。
どうしようか迷ってるとスッと私の後ろから手が伸びた。
後ろを振りかえると祐樹が立っていた。
「これ?」
「あ、うん」
私が答えると祐樹は本棚から本を取り出して私に渡してきた。
「ありがと」
「いんや。っていうかそれ前にも見ただろ?」
「うん。もう一度読み直そうかと思って」
「それ面白い?」
「私は好きだけど祐樹はどうだろうなぁ」
「今日家に行ったときに読まして」
「また来るの?」
「ちゃんとジュースとか用意しとけよ」
「あんたがたまには持ってきなさいよ」
「へいへい」
「じゃあ、私戻るね」
「おぉ~。俺拓斗がここに来るの待ってるから」
私は祐樹に手を振って図書室を出た。
祐樹が先ほど言っていた拓斗というのは祐樹とバッテリーを組む野球部員だ。
祐樹と拓斗は小学校の野球チームから一緒なのでやりやすいと祐樹が言っていた。
目的の本を持って教室に向かっていると前から拓斗が歩いてきているのが見えた。
「拓斗君。祐樹が図書室で待ってるよ」
「藍ちゃんもさっきまで図書室にいたんでしょ?」
拓斗は私が持っている本を指差した。
「うん。じゃあ、私戻るね」
私は拓斗に声をかけて教室に戻った。
昼休みが終わる直前に祐樹は教室に戻ってきた。
放課後、祐樹はエナメルバッグを持って席を立った。
ボーっとその姿を見ていた私は教室を出る際に振り返った祐樹と目があった。
祐樹はニヤッと笑みを浮かべて教室を出て行った。
それを見ていた葵が私に近づいてきた。
「何々?仲直りしたの?」
「仲直りって私と祐樹元々喧嘩してないよ?」
「え?そうなの?だって小学校のときいつも一緒だったじゃない」
「そんなことないよ。私も部活行こうっと」
「あ、私も行かないと」
そういって私達は教室を出た。
私は美術部、葵はバスケ部に所属している。
途中で葵と別れ私は美術室に向かっていた。
すると、前から女子グループがこちらに近づいてきた。
特に気にせずに歩いてると歩いている一人の女子生徒がぶつかってきた。
そして、その場に座りこんだ。
「いった~い」
「え?」
私が何が起こったのかわからずにいると座った女子生徒が声を上げた。
座った女子生徒の周りを囲むように他の生徒が立ち私を睨んできた。
「あの?」
「ちょっとあんた何?」
「何って言われても…」
「ぶつかっても謝りもしないし。どうして瀬川君はあんたなんかと話すんだろうね?」
「え?」
どうしてそこで祐樹の名前が出てくるのだろう。
それを考えながら立っている女子グループを見ていて一つ答えが浮かんだ。
そこに一つの足音が聞こえた。
そちらを見るとまだ制服姿でエナメルバックを持っている祐樹が立っていた。
「何してんの?」
「ちょっと聞いてよ。瀬川君。この子、ぶつかってきたのに謝りもしないのよ」
「ホント最低」
女子グループは祐樹の周りを囲んだ。
そして、今起こったことを祐樹に報告している。
言っていることに嘘はないのだが完璧私が悪者になるような説明だ。
全てを聞き終えた祐樹はこちらに近づいてきた。
周りには聞こえないように祐樹は私に話しかけた。
「で、本当のことは?」
「え?」
「いや、お前の口からも聞きたい」
「う~ん、だいたいさっきのまんまだけど」
「じゃ、どっちも悪いってことで」
祐樹は向こうで固まっている女子グループにも聞こえるように声に出した。
女子グループのリーダー格が祐樹に詰め寄ってきた。
「ちょっと待ってよ。どうして瀬川君はその子を庇うの?」
「いや、庇うって言われてもぶつかったのはどちらも不注意だろ」
「でもその子からぶつかってきたのよ?」
「藍はそんなことしねぇよ。いい加減にしないと俺怒るよ」
「ちょ、ちょっと」
祐樹の久しぶりの低い声に私は服を引っ張った。
それに気づいた祐樹は私のほうを向いた。
「何?」
「多分この人達あんたのファンクラブの子達だよ」
「だから?」
「え?」
「俺がファンクラブを作ってくれって頼んだわけじゃねぇし」
「ちょっと!」
ヒソヒソ話してるのが気に食わないのか女子グループが話しかけてきた。
私と祐樹がそちらを向くと少し怒ってるのがわかった。
「その子一体何なの?」
「何って?」
「その子瀬川君の何なの?昼休みも仲よさそうに話してたし」
「…聞いてたのか」
どうやら昼休みに図書室で話してたのを聞いていたようだ。
祐樹が何も言わないので私が変わりに答えた。
「幼馴染だよ」
「あんたには聞いてないわよ!偶然小さい頃から一緒だっていうだけで瀬川君に付きまとわないでよ!一回忠告したのに!」
「…忠告?」
祐樹がリーダ格の生徒が言った言葉に反応した。
「そうよ!その子が瀬川君に付きまとってたから忠告してあげたのよ!それなのにまだ付きまとってるなんて!」
「…そうなのか?」
祐樹が私に聞いてきた。
私は軽くため息をついて祐樹にだけ聞こえる大きさで答えた。
「うん。二年の頃だったかな」
「なんで言わなかったんだよ」
「だってめんどうくさかったんだもん」
「めんどうくさいって…。だから、学校で話さなかったのか」
「別に家でも話せるし」
「そりゃそうだけど」
「ちょっと!」
二人が話してるのが気に入らないのかまたリーダ格の生徒が割り込んできた。
私と祐樹がそっちを向くと少しイラついているのが分かった。
「いい加減にしてよ!どうして瀬川君はそんな子にかまうのよ!」
「…うっせぇ」
リーダー格が話した内容を聞いて祐樹はボソッと呟いた。
「え?」
「おまえらにそんなこといわれる筋合いねぇよ。藍、行くぞ」
「ちょ、ちょっと、祐樹!」
「こいつらと話してても時間の無駄」
「そりゃそうだけど」
祐樹は私の手を引いてスタスタと歩き出した。
早足で歩くので私はついていくのがやっとだった。
中庭まで私を連れてきた祐樹はベンチに座った。
とりあえず私も祐樹の隣に座った。
「祐樹、部活は?」
「今日は中止になった。っていうかさ、何でお前からまれてんの?」
「私に言われても…。やっぱり幼馴染だから仲がいいのっておかしいのかなぁ」
「は?」
「さっき言ってたじゃない。『偶然小さい頃から一緒』だって。やっぱり幼馴染だからっていって一緒にいるのはおかしいのかなぁと思って」
「…俺は幼馴染だから一緒にいるわけじゃねぇよ」
「どういうこと?」
「逆に聞くけどお前は幼馴染だから俺と話してるわけ?幼馴染じゃなかったら俺とは話さないわけ?」
「そんなのわかんないよ」
私は祐樹の言葉に答えようがなかった。
幼馴染じゃなかったらって言われても分からない。
「それに俺はお前と会えたのは偶然とは思いたくねぇ」
「え?」
「偶然っていうのはさ、あまり起こらないことを言うだろ?」
「うん」
「お前と小さい頃から『偶然』一緒だって言うならこれも言えるだろ?偶然親同士が近所に住んでた、偶然同い年に生まれた。さらに言えば偶然おじさんとおばさん、父さんと母さんが出会って結婚した。ほら、こんなに偶然が重なってる。こんなに偶然が重なるなら俺は『必然』だったと思いたい」
「『偶然』じゃなくて『必然』?」
「そ。まぁ、分かりやすく言えば運命?…いい加減俺が言いたいこと分かるだろ?」
「だから、偶然じゃないってことでしょ?」
「いや、そりゃそうだけど…。どこまで鈍いんだよ、お前」
祐樹の鈍いという言葉の意味が私には分からなかった。
首を傾げてると祐樹が私を抱きしめた。
「俺はお前が好きなんだよ!」
私は一瞬祐樹が何を言ってるのか分からなかった。
祐樹の腕の中で顔を見上げた。
「…好き?祐樹が私を?」
「っていうか気づけよ。野球部の連中はみんな知ってるぞ。俺がお前のこと好きだってこと」
「え?」
「みんなが言うには分かりやすいって。それは俺も自覚してるし。俺がお前のこと見てたのきづいてねぇだろ?…で、お前はどうなの?」
「どうって?」
「いや、だからさ俺のことどう思ってんの?」
「嫌いではないよ」
「何その微妙な答え…。じゃあさ、お前なんでいっつも窓の鍵開けてんの?」
「祐樹が入ってくるからじゃない」
「その鍵を開けてるって事は俺が入ることは嫌じゃないってことだろ?」
「うん」
「それにさ、ぶっちゃけ俺今お前を抱きしめてるんだけどどうなの?」
祐樹に言われて現在私が祐樹の腕の中にいることを思い出した。
だが、嫌悪感はなく逆に何か心地よい感じがする。
「嫌じゃないよ。それに…」
「それに?」
「安心する」
「じゃあ、お前俺のこと好きなんだよ」
「…なのかなぁ」
「そうだって。なぁ、俺と付き合って?」
「…うん」
私は祐樹の腕の中で頷いた。
祐樹はなおいっそう私を抱きしめている腕の力を強くした。
その中で私は祐樹に聞いた。
「ねぇ」
「ん~?」
「私達が出会ったのは必然だよね?」
「そうそう」
「じゃあさ、この学校に入学したのは?」
「は?…偶然って言わせたい?」
「えっと、拓斗君と会ったのは?」
「ん~、半分偶然で半分必然かなぁ」
「その違いは?」
「俺様判断」
「なによそれ」
私は祐樹の腕の中で笑った。
祐樹も私に釣られて笑い出した。
笑いが止まった祐樹は私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「じゃあ、これからは学校でも話そうぜ」
「え~」
「なんだよそれ…」
「冗談よ。今日みたいに絡まれても守ってくれるんでしょ?」
「おぉ。守ってやるよ。お前も何かあったらちゃんと言えよ。めんどうくさがらずに」
「気が向いたらね」
私と祐樹は顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「じゃ、帰ろうぜ」
「私部活行くけど?」
「はぁ~?美術部って今自由活動なんだろ?」
「何で知ってるのよ」
「お前の情報は何でも知ってるよ」
「先生、ストーカーがいます」
「おい…」
「じゃあ、仕方無いから帰ろうかな」
「そうそう。また、お前の部屋に行くから」
「来ないでストーカー」
「彼氏にそれはひどいぞ」
私は祐樹と帰りながら思った。
いつから祐樹のことが好きだったのかはもうどうでもいい。
私も祐樹と出会えたことは『必然』だったと信じたい、と。