袁術の将
横江陥落の報せは、すぐに袁術のしるところとなった。
「孫策め、やりおるわ。さすが孫堅の息子よ。」そう言った袁術は我がことのように喜んでいた。袁術は孫策のことを未だ己が臣と思っているのだ。
そして、袁術は家臣たちの危惧も知らずに、有る事をなそうとしていた。孫策が兵を借りるときに、質として渡した玉璽を使って帝になろうというのだ。名門袁家の血を引く自分こそが新皇帝にふさわしいと、そう思っているのだ。強欲な袁術の考えそうなことである。
数日前、側近の袁胤に諮ったところ時期尚早と諌められた。だが、揚州を支配下におけばそれも可能だと思っている。
家臣たちは恐れていた。袁術が帝を名乗ったとき、逆賊討伐の名分をえた孫策が、名実共に袁術から独立することを。
そこで彼らは、袁術の目をよそにむけようとしたのだ。
即ち、徐州攻略である。
その部屋には、二人の男がいる。がっしりとした体のいかにも武人といった男と、痩せた官吏風の男。
「どうするのだ。これでは孫策にやられるのをまっているようなものではないか?」豪快に酒を飲みほした武人風の男が言う。口髭に酒の滴がついているがそれを気にもとめない。そして、いかにも荒々しい太い声の彼の心中が、主を思う心で満たされているということをしる者は少ない。袁術の臣で真に袁家を思うものはどれほどいるだろうか。恐らくここにいる二人だけではないか?
「分かっております。だからこそ徐州攻略なのです。」官吏風の男が空になった器に酒を満たしてやる。
「だが、徐州には呂布がいるではないか?」呂布は兗州の戦いの後、徐州の劉備を頼りいまは、徐州の小沛という町で劉備の世話になっている。
「将軍は呂布のことを気に入っていたのでは?」
「あの虎牢関の戦いをみて呂布に憧れぬ武人はいないわ。」と言って、また酒を飲み干す。よほどの酒豪のようだ。
「さようでございますか。此度はその呂布と共に戦うのです。」
「呂布と?」武人風の男が聞き返す。
「うまくいくのか?」
「呂布にとっても悪い話ではないはずです。それに、あの呂布がいつまでも小沛でくすぶっているとも思えません。」
「それで、領地はどうする?」
「半分ずつにすればよろしいでしょう。」なんとも大雑把だが呂布相手ならその方がいいと思える。
「将軍?」
「ああ、袁胤殿すぐに殿に裁可を。これは、孫策が劉繇を破る前にせねばならぬぞ。」はい、と頷いた後、官吏風の男・袁胤は部屋を去った。
「殿のためならばこの命惜しくはない。」そう言って、酒を飲んだ男の目には確固たる意志が宿っていた。男はかつて、袁術に助けられその恩に報いようと袁家に仕えている。男の名は紀霊。自他共に認める袁術軍最強の将である。