怪異其之三・猿神 一
お久しぶりです皆さん。
『創世オンライン』読んでいいただいている人は知っていると思いますが、復活いたしました。
本当にお待たせして申し訳ございませんでしたっ!
とはいえこちらは不定期になると思いますので、次の更新は気長にお待ちください……。
俺――賢者の石は、泊まっていた宿の外から聞こえる悲鳴や泣き声を聞いて目を覚ました。
「なんだ、なんだ?」
その騒がしさには稲荷も気づいていたらしい。
閉じていた眼をパチリと開き、大あくびをしながら俺が取り付けられた錫杖を手に取る。
「何があったの?」
「あぁ、稲荷ちゃんおはよう。どうやら厄介事みたいだよ?」
そして稲荷は、錫杖を手に持ちながら、先に起きていたらしい時廻童が顔を出していた窓へと歩み寄った。
そこから見えた光景は、村長の家の屋根に突き立った、見事な白羽の矢。
「ヤマタノオロチかよ……」
「なにそれ?」
――そういえば、この世界では八岐大蛇(もどき)はマイナー扱いでしたね。
一応神話では大和にしばきまわされたと記載してあるのだが、のちの龍毘売との戦いのほうがド派手で有名なので、すっかり埋もれてしまった、不遇の大妖怪さまだ。
――そのうち神話復興とかで表に出てこないかね。まぁ、それはさておき。
「それよりも問題なのはあの白羽の矢だな」
「あれってやっぱりあれだよね?」
「まぁ、考えるまでもなく、そうだろう」
いくら寝ていたとはいえ、俺たちがあんな霊力の塊みたいな矢の飛来に気づかないわけがない。
つまりあの矢は、あそこに突き立つのが自然な現象として、突如として出現したものだということだ。
結論。
「怪異だな」
「怪異だねぇ」
「怪異でしかないね!」
「たぶん噂の猿神かな? まったく、追っかけていたとはいえ早々に犯行現場にぶち当たるとはね」
――運がいいのか、悪いのか。
という俺のため息交じりの言葉を聞き、稲荷は肩をすくめ、時廻童はなぜか嬉しそうに声を弾ませた。
これが、厄介すぎる怪異――《猿神》と、俺たちの戦いの始まりだった。
…†…†…………†…†…
《猿神》。
最近被害が拡大し始めた怪異現象で、二十歳以前の娘がいる家屋の矢に、白羽の矢が突き立つことから始まる。
その矢には矢文が結ばれており、その文面は寸分たがわず以下の通りとなっている。
『今夜その家の娘を差し出すべし。
深夜二時に、山頂に建てた我らの社にその娘を届けよ。
従わぬ場合そちらの家に、我等《猿神》の祟りが降りかかるであろう』
当然のごとく、はじめこの文は無視された。タチの悪い悪戯だと思われたのだ。
そして、その翌日――その家の畑が一夜にして荒れ地になり、育てていた作物はすべて腐り果て、村の共有水源が汚泥にまみれ、とても使い物にならなくなった。
これはまずいと慌てた慌てた村は、その日の深夜。泣き叫ぶ家族から娘を引き離し、山頂にいつの間にかできていた社に、その娘を縛り上げ放り込んだ。
翌日、娘を捨てた山頂に村人が行くと、社は消えており、哀れな惨殺死体となって放置された娘の遺骸が横たわっていた。
近くの大木の幹には、凶悪な爪で刻まれたと思われる書置きが残されていた。
『一夜遅れたが、許してやろう。
次は、猿神の恐怖を忘れるな』
娘の血が混ざった、おどろおどろしい文字で……。
…†…†…………†…†…
「《猿神》……やっぱりそうか。噂通り自己顕示欲の強い奴だ」
それからしばらくして。朝食を食べ終えた俺たちは、この村の村長宅を訪れた。
俺たちが怪師だと知ると、村長は涙を流しながら家に上げてくれた。
それを鑑みるに、どうも猿神の被害は結構広がって、有名になってきているらしい。
そして、村長が差し出した矢文には、ここに来るまでに集めた話通りの文面が記載されており、近隣の山の山頂を確認しに行った時廻童からは「やっぱり社ができていたよ」と報告が入る。
「確定だな。村長、とりあえず娘さんは社に連れて行かないように。間違いなく殺されます――たぶんとかではなく絶対です」
「そ、それは理解しているのですが……その場合は村が」
「ご安心を。最近の猿神被害を受けて、幕府の方で緊急支援金が組まれています。少なくとも今年一年は税金が免除されますし、農作物の損失も、補填金は支払われるようになっています。それよりも、問題になるのは村の同調圧力に負けて、娘を差し出してしまうことです。殺人教唆か殺人罪に問われますので、村の人たちにもそれは周知してください」
俺の言葉に合わせながら、稲荷が大型の神祇版を懐から取り出し、幕府の怪異対策板へと接続。
昨日オープンした猿神被害に対する対処板を開く。
それを見て、村長はほっとした様子で息を吐き、泣いていた娘を抱きしめながら「もう大丈夫だ」と何度も言い聞かせた。
「ですが、今年一年ということは……」
「そうですね。幕府も財政が立て直されたとはいえ、猿神被害は生贄を差し出すまで続くらしいですし、その間ずっと補填というのは難しいです。だからこそ、我々怪師何とか猿神の祟りを解く方法を調べる必要があります」
「そこでなのですが村長。猿神の白羽の矢が立つ前に、何らかの予兆などがなかったか伺いたいのですが」
「いいえ……それがまったく」
本当に身の覚えがないのか、稲荷の問いかけに返ってきた返事は予想通り、情報が皆無。
――事前予兆がないということは、発生後対応で弱点を突ける怪異のようだ。
とはいえ、あの猿どもは、本当にランダムで人を選んでいるらしい。
二十歳以下の娘ならだれでもいいのだろう。
一度猿神被害にあった少女の遺影を見たことがあるが、「本当にこれ娘? おっさんじゃなく?」と思う女の子だった場合もあるし……。いや、失礼なのはわかっているんだけどもさ。
わざわざ生贄指定するなら、もうちょっとこだわってほしい。被害が増える一方だから。
「あ、ですが……」
「ん?」
「実は鎌倉初期のころ、うちの地方一帯に、似たような生贄被害が出ていたという伝承が残っておりまして……」
「っ!」
だが、ここにきて俺たちはアタリを引き当てた!
「その話、詳しくお聞かせください!」
かつて残っていた伝承。それこそが怪異退治に最も有効な手段なのだから。
…†…†…………†…†…
「なるほど……早太郎はそういう意味だったか」
宿に帰った俺たちは、さっそく村の残っていた伝承を記した巻物を紐解き、猿神の調査を行っていた。
そして、猿神伝承のおおよそが把握できたころには、あたりはとっくりと日が暮れて、最近になって幕府が普及させ始めた霊力籃付の明かりが家々から漏れ始める。
「ほんと、最近は夜が明るくなったわね。昔は油か蝋燭で明かりをとっていたなんて思えないくらい」
「まぁ、それがよいことかといわれると微妙だと思うがな……」
人間の活動時間が夜まで伸びることが、本当にいいことかといわれると、異世界日本の現代を知る俺としては本当に微妙なところだ。
――こっちでも過酷労働とか深夜残業とか増えるのかね? と思う。
とはいえ、今はそれを気にしている場合ではない。むしろ怪異相手には、明るくなってくれたほうがいろいろ立ち回りやすい。
「そのおかげであの猿どもの全容も知れたわけだしな。まぁ、被害者にはかわいそうなことをしたと思うが……」
そういうと、俺は稲荷に神祇版を操作しある映像資料を開くよう指示する。
『はい、みなさのおはようございます! 本日は、最近話題の猿神――その正体を探りに来た! というわけで、怪異被害の現場の生中継をお送りいたします!』
「ほんと、無謀なことしたよね。この実況配信者」
「そういう割には楽しそうだな……」
「まぁね。こういう馬鹿は、後悔してももう戻れないところにいると気づく瞬間が楽しいんだよ」
一応この実況者はこの40分後死ぬわけだが、相変わらず性格がゆがんでいる時廻童にとって、これから始まるスプラッタは娯楽でしかないらしい。
…†…†…………†…†…
『ここで猿神の弱点を調べて、俺が英雄になるからねっ! みんな見ていてくれよっ!』
「やめとけ!」「今すぐ逃げろ!」「人死に出ているってわかってんのか、馬鹿ッ!」と、コメントによる無数の警告が流れる中、実況者は隠れていたと思われる葛籠から神祇版を出し、そのカメラで現場の様子を映し出す。
そして、カメラはしっかりととらえた。
村人が置いていった霊力籃付に照らされた、三匹の化け物を。
『あ、え?』
俺たち怪師たちの活躍を聞き、何より実体を持たないという話から、怪異など大した敵ではないと思っていたのだろうか?
化け物たちの姿を見た瞬間、実況者の声が恐怖で引きつる。
その体躯、優に三メートルを超え、白銀の体毛に、日本刀のような鋭い爪が五本手から生えている。
ツラはニホンザルを百倍凶悪にしてもまだ足りないほどおぞましく、めくりあげられた唇からは、肉を食いちぎるのに最適な乱杭歯が漏れ出ていた。
その瞬間、生贄にされた縛られた少女が目を覚ましたらしい。
目を開いた少女は、化け物たちの姿を見て悲鳴を上げる。化け物たちはその悲鳴を聞き心底楽しそうに笑い、まずは少女の柔肌を服ごとその爪で切り裂いた。
助けて! 助けてくれるって言ったじゃない! 助けてぇ! そんな悲鳴を聞きながら、実況者は何もできないまま葛籠の中で固まっている。
コメント連中からは無数の「通報した」「じっとしてろっ!」「女の子はあきらめろっ!」と、通報報告やアドバイスなどが届けられる中、ことはさらに進む。
『宴だ、宴だ! 楽しい宴だっ! 久方ぶりの生贄だ! 手折る様に殺せ! もてあそぶように殺せっ! 早太郎に見つかる前に!』
げらげら笑いながら、化け物三匹は少女をもてあそび続けた。
その時間は優に30分を超えた。
いかに化け物たちが少女を殺さない程度にいたぶり、その遊びを楽しんでいたかがわかる。
途中で通報を受けた警吏たちもやってきたが……。
『誰だ? 誰だ? 宴を邪魔する愚か者めっ!』
「「ひいっ⁉」」
「うろたえるなっ! 敵は妖怪――がっ⁉」
たった三人で怪異に――いや、人数の問題ではない。
正しい知識を持たない人間がいくら集まったところで、怪異には勝てない。
無残な惨殺死体が三つ、出来上がっただけで終わった。
「あ、あぁ! あぁっ!」
最後の希望が潰えたことに、実況者は耐えきれなかったのだろう。
警吏が来た段階で、無残に爪で刺殺された少女の遺骸を最後に映し、神祇版が実況者の手から零れ落ちる。
『誰だ?』
その音を、化け物たちは聞き逃さなかった。
『おのれ法師!』
『また我らの邪魔をするかっ!』
『早太郎を呼ぶ気だな?』
『『『殺せっ! 殺せっ‼ 殺せっ‼‼』
『い、嫌だ。死にたくない! 死にたくないっ⁉』
実況者がそう叫ぶと同時に葛籠の蓋が空き、凶悪な猿どもの顔が葛籠をのぞき込む。
『法師だ!』
『殺せっ!』
『殺せぇぇっ‼』
『や、やめろぉっ! お、俺は早太郎だぞっ‼』
そこで、実況者が生き残りをかけて最初で最後の抵抗をした。
猿どもが言っていた『早太郎に見つかる前に』という言葉から、こいつらの弱点が早太郎という名前の何かだと考察したらしい。
着眼点はよかったと俺は思う。
だが、あと一手足りなかった。
『ありえぬ』
『あるはずがない』
『愚かな男だ! 法師』
『え?』
『『『お前が、早太郎であるものかっ!』』』
その言葉と同時に、葛籠を突き破った爪が映り、画面が真っ赤に染まる。
そこで映像は止まった。
動画投稿運営が、現場を割り出すために幕府警吏庁に止められていた配信差し止めを実行し、不適切な配信として、この生放送をようやく止めたのだという。
…†…†…………†…†…
「いやぁ、いつ見ても面白いね。自分が何をしたのか、理解できていなかった人間が、それを理解する瞬間は」
「ねぇ父さん。時廻の奴このあたりでいっぺん封印しておいたほうがよくない?」
「冗談だよ、稲荷ちゃん! いやぁ、凄惨な事件だったねっ! 二度とこんな事件を起こしちゃいけない! すぐに猿神討伐の準備を進めよう!」
割とガチ目に封印術式を用意し始める稲荷に、時廻童が全力で意見を翻す。
そんな騒ぎを横目に見ながら、俺はこの映像資料をみてため息をつく。
結局この配信は配信サイトから閲覧禁止にされ、公共に配信されたのは、生放送時の40分のみ。
だが、それでもこの凄惨すぎる映像は神祇版界隈で『紅の四十分』と呼ばれ、伝説と化した。
「怪異被害の凄惨さを教えるための教育資料として配布すべきでは」などと、ネット弁景の有識者どもはぬかしているが、当然のごとくそんなことは許されない。
だが、俺たち怪師連中には最優先で対処法発見を求められる怪異として、この映像資料が配布された。
もう二度と、こんな事件を起こさないために……。
「さて、資料は読み込んで、おおよそ対処法もわかった。あの猿どもも『法師』『早太郎』といっていたし、おそらく対処法はこの伝承であっているはずだ」
ならあとは試すだけ。
「稲荷。また無理をさせるぞ?」
「当然。こんな映像見せられて、黙っていられるほど人間捨ててないわ。どんな無茶でもどんと来いよ」
そう言ってくれる娘に頼もしさを感じながら、俺は今夜決行する作戦について稲荷たちに話した。