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《明石閑話》絶対に笑ってはいけない……

お久しぶりです。皆さん年末いかがお過ごしでしょうか?


というわけで、久々の明石閑話置いておきます!!


皆さんよいお年を!


そして来年も、よろしくお願いします!

 某年十二月。

 これから新しい年を迎えようという静かな年末。

 だが大多数の人間が穏やかな休日を過ごす中、日ノ本の治安を守る警察は、未曾有の緊張に包まれていた。


「とうとうこの年がやってきたか……」

「先輩、いったい何が起こるというんですか?」


 その最前線であるとある山のふもとには、無数の警察官と機動隊が配備され、無数の装甲車と共に山を隙間なく取り囲んでいる。

 そんな包囲網の一員である年配の蝙蝠獣人の刑事に、蜂蟲人の新米刑事が質問した。


「この山は確か……」

「あぁ、指定暴力団にして、古の頃よりこの山の実効支配を行っている天狗(ヤクザ)……もとい、侠客組織――《劍会》の総本山。劔岳だ」

「天狗が支配する、いまだ日ノ本の律法の手が届きづらい組織……」


 ゴクリ、と新米刑事の喉から音が鳴る。

 彼が見上げたその先にある山――劍岳には、峻厳に切り立った崖が無数に存在し、それ以外の場所にはうっそうと生い茂る原生林がまるで鎧のように纏われている。

 まさしく、山そのものが、人が立ち入ることを拒むかのような天然の要害。おまけのこの山には天狗の手によるいくつかの結界が施されており、現代技術の粋を結集した警察や自衛隊の力をもってしても、攻略には十数年単位の時間がかかるであろうとさえ言われている。

 それゆえに、


「普段なら手を出すことすら禁止される、日ノ本に残る治外法権の一つだったはず……。だというのになぜ突然こんな包囲網なんかを。まさか、上は本気で天狗連中とことを構える気なのですか?」

「あぁ、違う、違う。この包囲は天狗連中(あっち)の方も納得した上のものだ。よほどのことがない限り、このまま突入なんてことにはならんはずだから、安心しろ」

「え?」


 これから始まる確かな大騒動の気配。そのことに武者震いをしていた新米刑事に返されたのは、意外なことにもやる気がなさそうな年配刑事の言葉だった。


「え、えっと……天狗連中が、包囲を許している? いったいなぜ?」

「それはだな」


 いよいよ訳がわからなくなってきたのだろう。目を白黒させながら、新米刑事が問いを放った瞬間だった。

 二人の頭上に、巨大な影が差す。


「え?」

「お出ましか」


 突然頭上を巨大な何かに抑えられた二人は、素早くその視線を上に上げ、それを確かに視認した。

 巨大な紋所が刻まれた、今どき珍しい巨大木造船の船底を。


「あ、あれは!? 天狗道具の宝船――いや、それよりもあの家紋は!?」

「京都阿多古山(あたごさん)の実効支配を行っている、ヤクザ者――阿多古太郎坊率いる阿多古組の宝船だな」

「な、なんで京都の裏界隈を牛耳る重鎮が!?」

「それだけじゃないぞ?」

「えぇ!?」


 そして、その宝船が悠々と過ぎ去ったのを皮切りに、劔岳めがけ無数の飛行物体が、次々をやってきた。


「あの旋翼型戦闘輸送機――刻まれている家紋は、陽螺(ひらぐみ)組の物か!? 現代かぶれのあの大天狗め! あんな最新鋭輸送機をどこから!?」

「浮遊する城郭を確認! 家紋は、管狐――射綱三太郎(いづなさんたろう)のものです!!」

「劔岳中腹から五重楼閣の出現を確認。掲げられている旗は、佐上大仙鳳鬼坊さがみだいせんほうきぼうのものです!!」

「だ、大天狗が率いる、日ノ本十二侠客組織が、どうしてこんな一斉に――」


 周囲から次々と上がる、日ノ本裏社会の重鎮たちの名前に、新米刑事の体は、今度は別の意味で震えはじめた。

 それは、圧倒的恐怖。絶対的な力を持ち、警察すら対抗するのは難しい無法者たちが、次々と一か所に集まりつつあるのだ。彼が怖気づくのも仕方ないことと言えた。

 だが、年配刑事はそう言った反応も慣れたものなのか、ただ静かに懐から取り出した煙草をくわえ、冬の乾ききった風から煙草を守るように手で隠し、そっと取り出したライターでその煙草に火をつけた。

 そして、深く煙を吸い込んだ後ゆっくりとその煙を吐きだし、


「お前さんはまだはじめてだったな。なに、そんなに恐れる必要はないさ。これほどのビックネームがそろうから放置はできんだろうと、天狗連中が包囲を許可してくれているが……実際何も起こったことはないしな」

「何を悠長な!? だって、これほどの大戦力が集まるなんて。ひょっとして奴らは日ノ本転覆のクーデターを!?」





「いや、だってあいつら……十年おきにやっている大天狗忘年会しに来ているだけだし」





「たくらんで……いる、かも」


 そして、その体の震えは、年輩刑事が告げたその一言によってピタリと止まった。


「……え?」


 そして、間の抜けた声が劔岳のふもとのあちこちで響き渡る。

 そう。なんてことはない、今年は十年に一度開かれる、日ノ本裏社会の一大慶事――年忘れ大天狗忘年会の開催日であった。



…†…†…………†…†…



 俺の名前は黒宇(くろう)謳歌(おうか)。どこにでもいる普通のチンピラだ。

 いろいろあって親に反抗して、学校も行かず不良三昧。結局不足した学力のせいでまっとうな仕事に就くこともできず、野垂れ死にしかけていたところを佐上の親父に拾われた、烏獣人の鉄砲玉の一人である。


 まっとうとは言い難いながらも、仕事をくれ、飯を食わせてくれた佐上の親父には感謝している。親父のためなら命だって投げ出すつもりだ。

 だからこそ、俺はこの前親父に、


『おめぇさんにやってもらいたい仕事がある。詳しくはいえねぇが、お前さんにしか頼めない、重要な仕事なんだ。頼む、何も聞かずに、俺達の組ために――体はっちゃぁくれねぇか?』


 と言われたときは、二つ返事で引き受けた。

 親父のためにこの命使えるなら、たとえ捨て駒だったとしても悔いはねぇと……そう思って。

 だが、だが親父――これは違うだろ。

 こんな、こんなことのために――俺は、体を張る覚悟をしてきたわけじゃねぇええええええええええ!!


『はい、という訳でお久しぶりです天狗の皆さん! 記念すべき第十回、日ノ本侠客総長連合忘年会恒例行事!! 絶対に笑ってはいけないシリーズ24時!! 今回は絶対に笑ってはいけない修学旅行二十四時の開幕だぁああああああ!!』

『『『『『おぉおおおおおおおおおおおお!!』』』』』

「親父ぃいいいいいいいい!? だましたなぁああああああ!?」


 投影された画面越しに見える、酒宴で出来上がった日ノ本黒社会の魑魅魍魎達。赤らかな顔をしたそいつらが、ゲラゲラ笑いながらこちらを指差して笑っている。

 そんな中、俺の絶叫を聞いた親父が目元に涙を浮かべながら手を掲げ、


『いや、スマンスマン。舐められたら終りのこの業界、こういった悪ふざけに付き合ってくれる連中は少なくてな……。もう、お前しか頼れる男がおらんかった……。力のない儂を、どうか許しておくれ!』

「謝るならそのニヤケ面をどうにかしてから抜かしやがれぇええええ!?」


 一切隠すことのないニヤケ面を浮かべた親父に俺が怒号を上げる中、俺と同じように学ランやら白ランを着た面々は、ため息と共に首を振り次々と俺の肩に手を置いて、


「ま、仕方ないって。年中行事みたいなもんだし……頭たちには逆らえん。あ、俺は阿多古組鉄砲玉の刃股(はまた)だ」

「頑張ろうね。いろいろと……。陽螺組鉄砲玉の、松上(まつがみ)だよ!」

「大丈夫ですよ。向こう五年ほど弄られるだろうけど、死ぬわけじゃないから……。あ、申し遅れました。射綱商会(いづなしょうかい)倉庫番の山裂(やまざきです)

「こ、こいつら!? 既に達観していやがる!?」


 ちなみにあとで聞くと、この三人は十年おきに開かれるこのふざけた企画の常連だそうだ。なんでも、リアクションが面白いからという理由で毎年この時期になると拉致されてこのイベントに放り込まれるらしい。

 そして最後の一人は俺たちむさくるしいおっさん連中の中に放り込まれた紅一点。


「親父ぃいいいいいいい!? なにこれ!? 話聞いてないんだけどっ!?」

『何言ってんだ。可愛い娘にまっとうな修学旅行させてやろうっていう、俺の親心がわからんのかお前は?』

「何が親心だ!? こちとらもう30手前のアラサーだぞ!?」

『そんなこたぁ関係ねぇ! 俺の娘だってだけで、お前が中学高校とどれだけ、つらい目にあったことか! 結局堅気の班には入れず、旅行先でも喧嘩三昧! あげく初恋の相手が同級生に告白する現場を目撃しちまうなんて……俺はぁ、俺はぁ……本当に申し訳ないと』

「やめろぉ!? 涙ぐみながら私の黒歴史穿り返してんじゃねぇ!? テメェ気づかってるフリをして私を辱めたいだけだろうがァッ!!」


「「「「お、おう……」」」」」


 こっちの世界でもかなり有名な、劍次郎坊百九女。劍会令嬢――劍濡羽(つるぎぬれば)嬢だ。

 その名前の通り、烏の濡れ羽のような美しい黒髪を持つ烏天狗の女性で、見た目はまさしく理想的な美魔女と言った女性。切れ長の瞳に、厚めの唇。グラマラスな体型と、それを隠すこともしないぴっちりとしたスーツを普段は着込んでおり、この業界では見た目だけ(・・)は極上な美女として知られている。

 だが、鉄砲玉の俺でも知りうるいくつかの武勇譚と、その粗暴な言動のせいで、いまだに嫁の貰い手が見つからない、劍会の狂犬と知られる女でもあった……。


「あ、あれが噂の《いきおくれの濡羽》……。あの歳でセーラー服とは、いろいろとご愁傷様だな」

「調子こいて反乱かましかけた下部組織を焼き討ちしたあげく、そこのヘッドの金●蹴りぬいて、いろんな意味で再起不能にしたというあの……うわ、キッツ」

「お見合いした男は数知れず、あの体型に騙され辛抱たまらなくなったそいつらが襲ってくるや否や、そのこと如くの●を踏みつぶし、男としての尊厳を奪い去ったというあの《ボールブレイカー》……。イメクラかな?」

「聞こえてんぞ、お前ら?」

「「「ひいっ!?」」」


 いろいろ命がイランらしい、この企画の常連連中の言葉に、劍濡羽はギラリと眼光を光らせ振り向いてくる。

 その眼光、まさしく悪鬼羅刹が如し。正直俺のような下っ端なんぞ、その眼光だけで心臓を握りつぶされるかと思ったほどだ。


――さ、流石は日ノ本裏社会を仕切る大天狗の直系。一番若い娘だとしても、日ノ本大妖怪の血筋は健在ってことか……。


 できるだけ逆らわんようにしよう。と、俺が心に固く誓う中、劍濡羽が刃股の襟首を掴みあげ、宙づりにしそれをほかの二人が慌てて助けようと駆け寄る。

 だが、いろいろ問題がありすぎるメンツ惨状など気にかけた様子もなく、この大天狗たちを楽しませる忘年会は、


『それはみなさん、今回の企画についての説明をしますね』


 粛々と(というにはいささか騒がしすぎるが……)進行されていった。



…†…†…………†…†…



『絶対に笑ってはいけない、修学旅行24時』


・この企画はその名前の通り、参加する芸人――もとい、生贄――もとい、構成員たちが、修学旅行を模した旅をし、その間にどれだけ笑いをこらえることができるかを競う競技(?)だ。

 本日の舞台は、年末の用意で騒がしい東都(とうと)

 構成員たちは、その東都の各観光名所三か所を回り、そこで待ち受ける刺客たちのお笑い攻撃を見事耐え抜き、できるだけ笑わないように修学旅行を乗り切るのだ。

 一番笑った回数が少ない人が所属する組には、他の組から色々な権益がもらえる場合があるぞっ!! 具体的にいうと、チャカの購入密売ルートとか、しのぎを得られる縄張りとかだ!

 組のために、いろいろと頑張って行こう!!



…†…†…………†…†…



「というのがこの企画の趣旨だねえ~」

「「割と重要な権益こんな下らんことでやり取りしてんのかあのバカどもっ!?」」


 もう尊敬の念とかいろいろ置き去りにしてしまった俺――黒宇(くろう)と劍濡羽は、松上が説明してくれたこのトチ狂った企画がもたらす意外過ぎる報酬にあんぐり口を開けた後、同時に叫び声をあげる。

 そんな俺達は現在移動用のバスの中。どこぞのテレビクルー張りに気合が張ったスタッフたちに台本やら何やらを渡されつつ、規格の先輩である松上達からいろいろと話を聞いているところだった。


「まぁ確かに色々と言いたいことはある企画なんだが、百年前から続く天狗の年中行事とあっちゃ、いまさらやめようって話も出なくてな……」

「報酬自体もおいしいし、何より酒のさかなとしては上出来ってことで、今日まで続いているわけです」


 そんな唖然とする俺達二人を除き、毎年この企画の犠牲になっているらしい三人は、どこかすすけた笑みを浮かべながらも、互いに煙草に火をつけながら、煙を吐きつつ深いため息をついた。

 その背中はさながら歴戦の猛者。過酷な親分衆たちの無茶ブリをこなしてきた、男の矜持がそこにはあった。


「あ、あの……さっきは取り乱してスイマセン」

「あ、いいよ、いいよ。俺達もちょっと言い過ぎたし」

「ゴメンね。初参加の人は弄っておかないとネタ的にあれだし……」

「新人はツカミが大事ですから」


 そして俺値は違う生粋の極道生まれの劍濡羽嬢は、忘年会がある旅娘の三人を見ていたらしく、今はしおらしく座りながら三人に頭を下げていた。


「あ、あの……実はファンでした。あとでサインください」

「おぉ。これはこれはご丁寧に」

「こんな美人さんにそう言われるだけでも、俺たちのやってきたことは無駄じゃなかったんだな……」

「サインぐらいならいくらでも書いてあげるよ!」


 そして以外にもミーハーな一面を見せる劍濡羽嬢に、三人がどこか誇らしげな笑みを浮かべた瞬間だった。


「は~い、皆さん着きましたよ。初めの目的地――朝草(あさくさ)朝草寺(ちょうそうじ)です」


 俺達は初めの戦場に到着する。

 雷門とかかれた巨大提灯が掲げられる門の前に、待ち構えている観光ガイドは!!


「私です」

「お前だったか?」


「「「「「ぶふっ!?」」」」」


 裏社会では割と有名な、某世界規模宗教の宗主二名!?


「暇を持て余した」

「救世主の」

「遊び!!」


 そう言って随分と古い芸人のポーズをとる二人組に、俺達の口元から即座に息が噴出された。


『刃股、松上、山裂、黒宇、劍――OUTぉ!!』


「はぁ……」

「やりましたね、イリス! 受けましたよ!!」

「はやく……帰りたい」


 同時に突っ伏す俺たち五人を前に、観光ガイドのコスプレをした二人は正反対な反応をしながら俺たちを前にハイタッチを交わした。


「こ、こんなビッグネームが初回から俺達を襲うだと!?」

「一体今年は誰が企画したんだ……」

「ち、血の雨が降るかも……」


 何やらいろんな意味で打ち震えている先輩三人をしり目に、何とか復帰できた俺は後を振り返り、


「え?」


 俺達のあとにバスから降りてきた、ガスマスクを着け、なにやら空気が入った棒状のものを構える不審者たちの姿に戦慄する。


「なにあれ?」

「い、言い忘れていたけど……この番組。もとい、この企画」

「待ってください劔嬢。今番組って言いませんでしたっ!?」

「――笑った人に対しては罰ゲームがあるのよ」

「スルー!? 総スルーですね!? いろんなものをスルーするんですねッ!?」


 なんて企画だ!? と、俺が戦慄を覚える中、不審者たちは妙な武器を構え着々と俺達に近づいてくる。

 そして、


「ちなみにその罰ゲームて」

「ケツバットよ?」

「何平然とした顔してんですかっ!?」


 俺がそう悲鳴を上げた瞬間だった。


「おっしゃこいおらぁあ!?」

「もう慣れたよねっ!?」

「むしろこれがなくちゃ新しい十年が始まりませんよ!?」

「ぶふっ!?」


 先輩方が、即座にケツを高々と付きだし何やら覚悟決まった絶叫を上げた瞬間、俺の口が再び決壊した。


『黒宇――OUTぉ!!』

「ウソだろおい!?」


 まさかの二重アウトに、俺愕然。

 そんな中、俺は気づいた。

 アウトを取られ、なにやらさらに気合が入った素振りをするガスマスクが俺に近づくのを見て、先輩連中の顔が明らかな喜悦に歪むのを、


「ま、まさか……あんたら」

「言ったはずだ。これは組の権益が絡む行事だと」

「親分連中は遊び半分だけど、僕たちは違う。僕たちの頑張りが、そのまま組の収入へとつながる!!」

「ならばこそ、ここで全力を出さねばなるまい……。そう、たとえ哀れな新人を、けり落としてでもだっ!!」


 もう色々と覚悟が決まっちゃった顔で、眼球をぐるぐると回し渦のように回転させ、明らかに正気じゃない顔になりながら、三人は俺の醜態をあざ笑った。


――というかあんたら本気で正気じゃないだろ? 言動が色々と不味いんだが?


「そう。番組側が企画したネタのほかに、俺達はお前たちを率先して笑わしに行く」

「あ、もう完全に番組って認めるんだな……」

「それがどれほど無様な姿だったとしてもだよっ!!」

「それが原因で長い間弄られることになるんじゃ……」

「そう、すべては組のため!! べ、べつに組長のために無様晒すわけじゃないんだからねッ!!」

「隙あらばネタ突っ込んでくるのやめろゥッ!?」


 ある意味一番の強敵はこの山裂きかァッ!? と、俺はドン引きしつつも、


「ところで劍嬢……どうしてあんた今ので吹かなかったの?」

「え? いやだって毎年見てるし。また馬鹿やっているなとしか思わないから……」

「「「ここにきてまさかの刺客だとぉっ!?」」」


 まさかの慣れという分厚い鎧に包まれた最大の強敵を前に、三人が再び打ち震える。

 そんなあまりにも馬鹿馬鹿しく、それでも割とガチな面々がいるこの企画を前に、俺は深々とため息をつきながら、


「あの……もう案内はじめていい?」

「あ、よろしくお願いします」


 私、なんでこんなバカげた行事に付き合っているんだろう? と、虚ろな目をしているイリス教宗主にいろいろな気持ちを込めて、そっと頭を下げておいた。

 その隙を突かれ、ついでとばかりにケツバットが二回たたき込まれたのは、完全な余談だろう。



…†…†…………†…†…



 こうして俺の過酷にして孤独な闘いは続いていった。


「一体、私の僕が神階迷宮に何人いると思っているの? ――三十五億」

「……何してんすか、鬼眼の姉御?」


 浅草寺の境内に、なにやら頭たちにトラウマを植え付けたことがあるらしい、鬼女がドヤ顔でポーズ決めていたり、


「……しゃれこうべ」

「…………」

「……さ~がみ~。野球しようぜ~」

「……」

「ふふっ」

「いや自滅すんのかよ!?」


 宿泊した宿の深夜、なぜか自分のネタで自爆する刃股にツッコミを入れたり、


「待ちましょう!? いくらなんでも理不尽!? 理不尽ですよ!?」

「いや、でも年中行事だし?」

「私が痛い目に合うのがですかっ!? や、やめろっ!? はなせぇえ!?」

「ぶふぁっ!?」


 何やら恒例らしい、理不尽ビンタの相手として、鬼眼の姉御と出張してきた板子童子の大将から指名された山裂が、悲痛な悲鳴を上げて引きずられていくのを見て思わず吹き出してしまったり……。(ビンタにしては割とシャレにならない音が聞こえた気がしたのは無視しておく……)。


 そんないくつもの苛烈な戦いを潜り抜けてきた俺の戦績はというと、



…†…†…………†…†…



『現在までのケツバット回数

 刃股 111回。

 松上 119回。

 山裂 120回。

 黒宇 106回。

 劍  105回』


「そろいもそろって口ほどにもなさすぎないっすか先輩方?」

「歳取ると笑の沸点下がるんだよっ!?」

「俺達は悪くない、悪くないぞっ!?」

「すべてはこんな面白おかしい企画を作り上げてしまう、悪魔的スタッフがいけないんです!!」

「ふふっ……」

『劍――OUTぉ!!』

「しまったぁあああああああああああああ!?」


 もはや隠す気すらない醜態を晒す三人に、劍嬢が引きずられて笑みを浮かべる。

 これで劔嬢と俺は同率一位。あとは、最後の難関でどれだけ笑わずにいられるかが、この戦いの要となる。

――だが、


「うぅ、あと少しで勝てたっていうのに……」

「劍嬢。マァイイじゃないですか」

「……黒宇」

「なんやかんやで楽しめましたし、あそこにいる三人も……本気で俺達を陥れようとしていたわけではなさそうですし」


 そう。一泊二日で、俺もおおよそ察していた。

 おそらく、あの人たちは生粋の芸人なのだと。初参加の俺たちを笑わせ、俺達をリラックスさせ、そしてこのイベントを楽しんでもらおうとした、優しい嘘だったのだと……。

 その証拠に、結局あの三人は誰よりも笑い、だれよりも悲鳴を上げ、そして誰よりもこの企画を楽しんでいた。

 自分たちが醜態をさらすことを期待されるピエロだと分かっていながら、それでも彼らは全身全霊で、このイベントを楽しむことを選んだ。

 きっとそれが、俺たちの新しい年を素晴らしいものにしてくれると信じて……彼らはプライドを持って、このイベントを楽しんだんだ。


「だから劍嬢。そう落ち込むことはありませんって。だって、あんただってこの旅行――それなりに楽しんでいたんじゃないですか?」

「……それ、は」

「勝ち負けなんて、どうだっていいじゃないですか。これはそんなことは重要視されていない、ただいろんな人たちを楽しませるための旅なんですから」


 正直――親父に騙されたと悟った時は死ぬほど嫌だったが。


「俺は、この旅に参加できて満足してますよ」

「……あぁ、そうだな。あんたの言うとおりだ、黒宇。私もこの旅行――楽しかったよ」


 そう言って、最後に劍嬢は微笑み、俺も一緒に微笑んだ。そして、


『劍、黒宇――OUTぉ』

「「ですよねぇえええええ!?」」


 仲良くケツをひっ叩かれることとなった。



…†…†…………†…†…



 そうして迎えた最終目的地。

 白い電波塔がそびえたつ、東都中央にて、


「やぁ、待っていたわよ、不良共」

「げぇっ!?」


 最後の試練が幕を開けた。

 その相手は、


「今は十二神将勤めなんだけど……あの劍のバカたれに一泡吹かせられるって聞いてね。今は五山頂としての参戦よ」


 槍を背負った一人の鬼女が、俺達の前に立ちふさがる。


「除目鬼女。あんたらに笑いを届けに来てやったわ」


 かつて歴史の流れの中で姿を消した五山の長――除目鬼女その人が、俺達の前に立ちふさがる。


「え? あんたが……俺達に笑いを? いったい何の?」


 そして、そのことはこの場にいる誰にも知らされていなかったようだ。

 初めて聞く刃股の困惑声に、俺はすぐさまそれを悟る。

 だが、それを聞き俺たちが臨戦態勢に入るよりも早く、


「それはつまり、こういうことよ?」


 除目鬼女の体が刃股の前に出現した。


 そのことにぎょっと目を剥く俺たちが振り返るよりも早く、除目鬼女の拳打が振りぬかれ、刃股のみぞおちを強打する!!


「がはっ!?」


 一撃で白目をむき、気を失う刃股。当然だ。天狗であっても鬼の全力打撃に耐えうる存在は少ない。ましてや相手は五山頂。鬼の最高峰をうたわれた怪物だ。その攻撃に耐えられる存在なんて、今代日ノ本最強くらいしか俺は思い浮かばない。


 そんな存在が唐突に振るう、シャレや冗談ではない純粋な暴力に、現場の空気は凍りつく。

 そして、固まり動けなくなった俺達を満足げに見まわした除目鬼女は、最後に大きく頷いて、


「さてと、そこのあなた?」

「え? わ、私か?」


 迷うことなく、俺の隣にいた劍嬢を指差し告げる。


「そう、あなたよ。あなた。ちょっと笑ってくれないかしら?」

「え? ど、どうして」

「どうしてもよ。それとも何、私の言うことが聞けないの?」

「え……え?」


 困惑する劍嬢に対し、除目鬼女は抱えていた刃股をそのまま地面にたたきつけ、


「笑えと言っているのよ。こうなりたくないのならね?」


 刃股の頭を踏みつけ、地面に赤い模様を塗り付けた。

 それはネタでもなんでもない。


「さぁ、笑いなさい」


 純粋なまでの、恐怖による脅迫だった。



…†…†…………†…†…



 そのころ。忘年会会場である劍岳では、


「貴様佐上ぃ!!」


 激怒した劍岳次郎坊が佐上大仙鳳鬼坊の襟首を摘み上げ、宙づりにしているところだった。


「この卑怯もんが! 年末のもめ事が禁じられたこの時を狙ってだまし討ちたぁ、覚悟できてんだろうな、貴様ぁッ!!」


 大天狗らしい巨体を持つ劍岳次郎坊に対し、佐上大仙鳳鬼坊は人間と変わらぬ体躯をした細身の、枯れ木のような老人だ。見た目だけではその実力差には天と地ほどの開きがあり、これから行われる虐殺に人々が目をつぶってしまうほど痛ましい光景だと言えた。

 だが、佐上大仙鳳鬼坊はだてに大天狗の一人に数えられているわけではない。


「だまし討ち? 人聞きが悪い。儂があの女を呼んだという根拠があるのかね?」

「てんめっ!!」

「まぁ、あくまでお主が娘可愛さに権益をいくつか渡したいというのなら、受け取るのはやぶさかではないが……。あれとは儂は古い付き合いだ。過去の因縁があるお主への鉾を収めるように言うこともできよう。つまり、こういうことじゃよ。儂らの年中行事に勝手に割り込んできたあげく、勝手に暴れまわっているアイツを、抑えられるのは儂だけだということじゃ? 理解ができておるかな?」


 首を絞められているにもかかわらず、絶望的な暴力にさらされようとしているにもかかわらず、佐上大仙鳳鬼坊の表情は飄々としたものだ。

 顔に刻まれた(ねんりん)を、あくまで穏やかな笑顔に変えながら、老人は告げる。


「そもそものぉ、劍坊主。おぬし何か勘違いしとらんか?」

「なん、だと!?」

「儂らは天狗。儂らは妖怪じゃ。人にあだなし、道徳に唾を吐き、弱いものを食い物にする悪党じゃろうが。仁義だの、侠客だの、漢気だの……下らん人が押しつけた悪党の理想像に踊らされてやる理由など、もはやないとは思わんのか」

「ぐぅ」


 そして、笑顔を形作っていた目が開く。

 黄金に輝くその眼光には、爛々と輝く野心が見て取れた。


「ハズレモンの受け皿として活動するだけで満足か? 悪党どもの偉大な親父として崇め奉られるだけで幸せか? だとすりゃお主にゃもう大天狗を名乗る資格はない。誰よりも傲慢に、誰よりも居丈高に、だれよりもふんぞり返ってこその天狗じゃろうが。たかが国一つの悪たれ程度で満足するような出来損ないが――儂の目の前でデカい顔をしとるんじゃないぞ」


 輝く眼光が、刃物のような言葉が、劍次郎坊を貫く。

 臆病者のそしりを受けながらも、天狗を今まで生き延びさせた偉大なる大天狗を後退させる。


「あんた、本当に国盗りでも始めるつもりか?」

「さてなぁ。それもこの結果次第ではあるが……」


 そして、手を離され床へと着地した佐上大仙鳳鬼坊は、再び目を隠すようににこやかな笑みを作り出し。


「少なくとも、天狗の燻りはもう限界にきておる。ここらで一つ、派手に暴れるのも悪くはなかろう」


 いつのまにか自分の背後へと並んだ、銃に天狗の統領たち十名を従え、好戦的な言葉をその口から放ったのだった。



…†…†…………†…†…



 膝が屈しそうになる。心が折れそうになる。

 目の前にいる存在は、それだけ絶望的な実力差を私――劍濡羽に感じさせた。


 目の前に立ちふさがるのは、元五山頂にして鬼女――鬼の頭目除目鬼女だ。


――たかが天狗の半妖でしかない私では、逆立ちしたって勝てるわけがない相手。言うことを聞くのが、正しい処世術だ。でも、


「で、できない」

「……へぇ?」

「こ、ここでアンタに屈しちまったら、私は極道じゃなくなる。あんたの力に屈しちまったら、私の親父に迷惑がかかる」

「それで? それがあんたの命を散らす理由になると?」

「そ、そうだ!」


 これだけは譲れない。譲るわけにはいかない。

 私は確かに、家のせいで不遇な子供時代を過ごした。

 ヤクザの娘だと、暴力を生業にする粗野な女だと。

 実際私はそう思っていたし、そういう風に育った。昔はその心無い言葉に傷ついたけど、今はそれもしょうがないと思っている。

 実際私は粗野だったし、頭を使うよりも問題は暴力で解決したい派だった。

 でも、だからこそ……人として間違っていると自覚しているからこそ、そんな私を温かく迎え入れてくれた実家(つるぎかい)だけは潰すわけにはいかないんだ!!


「意地も、矜持も、私らにとっちゃ命よりも大切なもんだ……。それを亡くしちまったら、私らはもう立って歩けない。だから、譲らない、譲れない。ただ負けるのはいい。だが、膝を屈する事だけはできない。だから!!」


 覚悟を決める。命を散らす、その覚悟を。

 私は懐にいつも入れている匕首をとりだし、鞘から刀身を抜き出す。

 そのまま邪魔な鞘を投げ捨て、


「仁義、通させてもらいます」

「見事――ならその仁義を抱いたまま死ね」


 除目鬼女めがけて、背中の羽を広げて加速に入ろうとした!

 その時だった。


「ははははははははは!!」

「「え?」」


 一つの笑い声が、私達の耳朶を打った。

 私たちが慌てて振り返ると、そこには、


「ははははは! ははははは! なんだこれ、ははははは! あーおかしい! はははは!!」


 わざとらしく、大声を上げて、腹を抱えて笑う、黒宇の姿がそこにあった。



…†…†…………†…†…



『え? え?』

「おら、カウントしろ。今ので五回は笑ったぞ!」

『え、い、いや……ですが!!』

「そうだよ。カントが進めば俺の負けだ。これはそういうゲームだろ? そういう企画なんだろう? 一緒に笑って馬鹿やって、そしてその無様を笑ってもらえりゃ万々歳なんだろう? だったらほら、俺が笑った数をきちんと数えろ!」


 そうだ。今をいつだと思っていやがる。

 年末だぞ。めでたい新年の目前だぞ?

 誰もが笑って日々を過ごす、それが許される慶事だぞ!!


「それを潰そうなんざ、ふざけんじゃねぇ。間違っている。あぁ、親父は今間違えているんだ!! なら、そのガキとして、その部下として、間違いは正してやらなきゃなるめぇよ!!」

『で、ですが……』

「俺はなっ!!」


 だから、俺はあくまでカウントしようとしないナレーターに叫ぶ。


「俺は親父に憧れているんだ! 親父には、カッコイイ極道でいてほしいんだ!! だから、こんなダサい真似はさせねぇ! 女の涙を食いもんにして、誰かの信頼を裏切って、歯牙にもかけんような雑魚を踏みにじって越に浸るような、そんな小物臭い悪党の汚名を、親父にかぶせるわけにはいかねぇんだ!!」


 必ずこれを見ているであろう親父に、きっと戻れば俺を殺すであろう親父に、俺は精一杯の言葉を届ける。


「だからよぉ親父、あんたが何考えているのかは知らねぇが……俺は、このアンタの目論見を潰すぞ」


 指を突き立て、行ってやる。


「笑ってみてろ!!」


 言い終わった時、あたりはまるで音などなかったかのように静まり返った。

 劍嬢も、除目鬼女も、唖然とした表情でおれを見ている。

 鬼女が放置した刃股を回収している二人も、俺をじっと見ていた。

 だから俺は腹を抱え、大きく息を吸い込んで、


「わはははははは!! バカバカしい! 馬鹿馬鹿しい!! 今は年末。歳末慶事!! 善行(みんな)悪行(みんな)祝いに(みんな)悪巧み(みんな)! 馬鹿馬鹿しくって笑えてくらぁな! わははははははははは!!」


 冬の寒空の下、騒がしい東都の建物の間を、俺の爆笑が通り過ぎる。それを聞いた除目鬼女は、まるで毒気でも抜かれたかのように、


「まったく、バカにはかなわないわね」

「え?」

「大山のクソガキに、あれだけの啖呵を切れたあの坊やが、気に入ったってことよ。あの坊やに免じて、坊やが守ろうとしたものは奪わないでおいてあげる。私これでも、今は神様だからね?」


 最後にウィンクを一つのこし、霞のように消えた除目鬼女に、匕首をとり落としへたり込んだ劍嬢は呟いた。


「た、助かったの?」

「……みたいですね」


 ビルの間を反響し、俺の笑い声はいつまでたっても消えなかった。

 そんな俺の笑い声に反応してか、あちこちから笑い声や、にぎやかな歓声が聞こえてきた。

 いいやちがう。俺の笑い声に反応したわけじゃない。

 これが年末。日ノ本の正月。


「誰もが祝い騒ぐ年の瀬ですし。死ぬ覚悟決めるよりも、笑って過ごす覚悟を決める方が、なんぼか上等な時期なんですよ」

「えぇ、そうね。そう……よね」


 古今東西、笑い声とは邪気を払うよう軒を呼ぶものである。鬼が退散するのもまた当然。鬼が神になって祝うのも、おかしい話ではない。


 ゆえに、


「笑う門には福来るってやつかしら。助かったわ、黒宇」

「そう思うなら、笑ってくださいよ、劍嬢」

「え?」

「泣かれたんじゃ、せっかく助けた意味がない」


 そう言って俺が劍嬢の頬に触れると、そこには温かい雫が流れ落ちていた。


「あ……」


 そのことに今気づいたと言わんばかりに目を見開いた劍嬢は、


「そうね……うん。ありがとう」


 俺が今まで見たことがないくらい、綺麗な女の笑みを浮かべた。



…†…†…………†…†…



 後日談。という、年末があけた正月早々。


「指詰める覚悟はできています親父!! 何なら腹も掻っ捌きます!!」

「いや、いい」

「そうっすか! やはり生コン太平洋系の――え?」


 いろいろ覚悟を決めていた俺に親父が返したのは、意外なことに無罪放免の言葉だった。


「お前さんのやらかしたことは確かに儂の意にそぐわないもんだ。組織の長として認めるわけにはいかん」

「は、はぁ……」

「だが、テメェの漢気に一定以上の支持が働いたのもまた確かだ。結局お前の啖呵のおかげで、目を覚ました儂は反省したってことで、クーデターもどきも無罪放免。次郎坊の坊主とも和解することはできた。表面上はな? まぁつまり、世はこともなくつつがなく回り続けるってこった」

「は、はぁ……」


 古風な煙管をふかしながら、本邸の回廊を歩く親父の後ろにつき従う俺。


――いまどき袴に黒の紋付なんぞ着せられるから、てっきり指詰め可腹切りでも命じられるかと思っていたんだが?


 内心俺が首をかしげる中、親父はさらに言葉を続ける。


「という訳で、儂はおまえさんを罰するわけにはいかない。何せ儂の暴走を止めてくれた大恩人だからな。幹部の席を用意してやることはあっても、指詰め獄門なんざは命じんさ」

「な、ならどうして?」

「決まってんだろう? 幹部の席は今埋まっている。用意してやる訳にゃいかねぇ。とはいえ、なんの褒美もなしじゃ仁義にもとる。なら、やることは簡単だ。次郎坊のクソガキとも色々折り合いをつけなきゃならんし」


 その言葉と共に、親父の足が止まった。

 その場を見ると、そこには重要な来客を迎えるための和室の襖が……。


「えっと、親父?」

「というわけで、喜べ我がクソガキ。御父ちゃんが、お前の嫁さんの面倒を見てやるぞ?」

「え?」


 いきなり何を!? と俺が固まる中、親父は勢いよく襖をあけ、


「やぁやぁ、遅くなってすまねぇな次郎坊。何せコイツに正装させたことなんざ、数えるほどしかなくてよ。着付けにちと手間取っちまった」

「そうかよ、狸め。圏獄に堕ちろ」

「親父! 失礼だろうがっ!!」


 中の来客を俺に見せた。

 中にいたのは、劍岳頭領――劍次郎坊と、


「え? な、なんで!?」

「そ、その……なんだ! お前には命を救われたからな! 私の人生すべてをかけて、お前を助けていかないと礼としては釣り合わないと思ってだな!!」

「えぇえええええええええええええええ!?」


 どういう訳か、やたら気合が入った白無垢を着た劍濡羽嬢がいた!!


「どういうことだ、親父!」

「よし、顔合わせは良好だな。さっさと式場行くぞ!」

「お見合いですらないの、これっ!?」

「おいおい、女まもるためにあそこまで啖呵きったあげく、その女泣かせたんだぞ、お前? これで責任とらないとか冗談きついよな、次郎坊?」

「殺す」

「おいおい、表面上は仲良くしとこうって決めたばかりだろうがよぅ? 娘とられんのがそんなにいやなの? 百人越えの恥かきっ子なんだから、いまさら嫁にとられるくらいでガタガタ抜かすなよ?」

「ち、違うし!? そういうので気に入らないわけではなくて貴様と仲良くするのが嫌なだけだし?」

「おいおい、冗談で言ったつもりだったけど不機嫌の理由マジでそれかよ。オタクの親父大丈夫? 子離れできてないんじゃない?」

「親父、お願いだから黙って!!」


 顔を真っ赤にして俯く劍嬢はマジ可愛かったが、それとこれとは話が別だ!


「いや、親父。お願いだから説明を頼む……ほんと一体何が何だか分かって」

「いいか。お前のせいで儂の日ノ本転覆計画はとん挫した。だが、儂はいまだにほかの大天狗たちを抱き込んだ状態だ。わかるか?」

「え? お、おう……まぁ」

「つまり、儂は実行力を持った状態で無罪放免にされたという訳だ。次郎坊としちゃ、そんな戦力を放置することはできない。でだ、見張りとして、身内を儂らの中に放り込もうと奴は考えているわけだ」

「……嫌そうだったけど?」

「んんっ! 訂正しておこう。そうした方がいいんじゃねェのと儂が言っておいた」

「……………あんた」

「やっこさんと本格的に事を構えることになっても、あちらの身内がこっちにいるっていうのは悪い状況じゃねぇ。それでなくとも、暫くおとなしくすると決めた以上、次郎坊のところと揉めんのは得策じゃねぇ。そんな大規模抗争が起これば、日ノ本警察が即介入してくるからな。だが、今回の件で劍会との仲も劣悪になっている。ここいらで政略結婚でも挟んでおいて、ある程度前の件は水に流しておいてほしいわけよ? おわかり?」

「ということは……これは」

「そういうこと。ご褒美とか言っちゃいるが、どちらかというと身中の虫をぜひとも飼いならしてくれという、組長としての命令だな。ついでに人生の墓場に入れって気持ちも無きにしも非ずだが……」

「ちょっとは隠せよ」

「だが……不満があるか? うだつ上がらねェ鉄砲玉が、よその組のとはいえ組長と家族の杯交わすんだぞ? 大出世じゃねぇか! それになにより」


 そう言ってニヤニヤ笑いながら、親父は俺の肩に手を置き、


「あの嬢ちゃんはなかなかの器量よしだ。それは儂が保証するぜ?」


 その言葉を最後に、親父は俺に背を向け部屋を出て行き、それを追いかけるように劍次郎坊さんも部屋を出て行った。


 去り際に、俺にとんでもない眼光を向けつつ……。


 そして、最後に残った濡羽嬢は、


「あぁ、えっと……」


 いつもは吊り上っている目じりを情けなく下げながら、今にも泣きそうな顔でおれを見上げて、


「ひょ、ひょっとして……いや、ひょっとしなくても、迷惑。だったか?」

「あ、いや……それは」

「わ、私! 頑張るからっ!」


 それでも彼女は、おれみたいな下っ端相手に食い下がる。食い下がってくれた。

 こんな将もないチンピラ相手に、必死に言葉を、


「お前のお嫁さん頑張るから! きっと後悔させないからっ!!」

「――っ!!」


 紡いでくれた。

 まったく……。


――正直、白無垢でその殊勝な言葉はずるい。肺と答えるしかないじゃないか。


 そうつぶやきながら、俺はそっとため息をつきつつ、


「行こう。お嬢」

「え?」

「ここまで来たんだ。俺も腹くくるよ」


 言う。


「俺も頑張る。あんたの旦那さん……頑張るよ」

「っ! うん!!」



…†…†…………†…†…



「狸め。何をたくらんでいる」

「別に?」


 天狗道具でそんな初々しい言葉を余すことなく聞き届けながら、儂――佐上大仙鳳鬼坊は笑みを浮かべる。

 同時に、構成員を呼びつけ先ほど録音した二人の告白を結婚式のシメで流すように指示しつつ、儂はただ笑い続けた。


 後ろで胡散臭そうに儂を見つめる劍次郎坊に、笑いかけながら。


「カカカカカッ!! ただもう少しだけ、人間と畏友奴を見ておいてやってもいいと――そう思っただけじゃよ」


 慌てて儂らを追ってくる、多分次の極道の道しるべになるであろう、二人の足音を聞きながら。


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