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怪異其之二・嫁盗り橋

今回は少し軽めに。本章における、Noシリアス担当の二人に出張ってきてもらいましょう。


 婚礼用の駕籠を先頭にした集団が、しずしずと、大きな池にかかった美しい橋を渡っていく。背後には駕籠に乗る人物の親族が、頭にはえた猫の耳をゆらしつき従い、駕籠の主の幸多い夫婦生活を祈っていた。

 嫁入り行列だ。

 日ノ本伝統の婚礼行事であるそれは、粛々と、何の問題もなく終わろうとしていた。

 だが……。


『あな、美しや……美しや』

「っ!?」

「な、なんだ!?」

「誰だ、あれは!?」


 新郎新婦が橋の半ばまでやってきたときだった。

 橋の上に、先ほどまではいなかったよぼよぼの老人が現れ、不気味な笑みを浮かべて花嫁が乗る駕籠に近づいてきたのだ。


『美しいなぁ。美しいなぁ……その嫁がほしい! その嫁俺によこせっ!』


 その不気味すぎる老人に親族たちが動揺する中、駕籠に乗る新婦の父親は気丈にも刀を抜き、その老人を威嚇した。


「ば、バカなことを言うでねぇ! この子は長い片想いを遂げてようやく夫婦になるんだ! え、得体のしれねぇ爺さんに、嫁になんぞやるもんかっ!」


『何だと!? 何だとぉっ!!』


 その言葉がよほど癇に障ったのか、老人は髪に隠れた瞳を爛々と輝かせ、怒号と共に走ってくる!

 その不気味な疾走に、父親は思わず悲鳴を上げ、


「う、うわぁああああああああ!?」


 思わず握っていた刀を突きだし、その老人の喉を貫いてしまった!

 それに驚き固まる父親に、老人はにやりと笑い、


『いひ、いひひひ! いひひひいいひひっ!!』

「ひっ!」

『確かにいただいた。あぁ、いただいたぞ?』


 その言葉を最後に、ふっとその姿は掻き消えた。

 それに驚き腰を抜かした父親の目の前には、えらく上等な金襴の帯が転がっている。


――い、いったいなんだったんだ?


 と、父親が首をかしげたときだった。


「い、いないわ! あなた! あの子がいないっ!」

「なっ!?」


 慌てて駕籠の中を確認した女房の悲鳴を聞き、父親は慌てて駕籠に駆け寄りその扉を開ける。

 その中には誰もいなかった。

 駕籠に乗っていた彼らの娘は、忽然と姿を消していたのだ。



■■■



「なるほど。それがあの橋という訳かい?」


 つい先日起こった、花嫁誘拐事件。その顛末を蕎麦屋の店主から聞いていた胡麻塩頭の僧侶は、目深に編み笠をかぶった弟子と共に出された蕎麦をすすりながら、店先から見える赤い欄干の橋を見つめた。

 池の中には無数の船が出ており、池の底をさらい続けているが……目当ての花嫁は見つかっていないらしい。


「へぇ……。まったく物騒な話でさぁ。最近は妖怪連中も大人しいっていうのに、こんなことになるなんて」

「妖怪の仕業だと?」

「他に誰がいるんでさぁ! あんなことできるのは、物の怪の類だけですよ、坊さんがた」


――それは少し考えづらいんじゃないですかね?


 という、編みがさの弟子の疑問に、頭に生えている虎猫の耳をぴくぴく動かしながら蕎麦屋の店主が答える。だが、胡麻塩頭の僧侶も弟子と同じ意見なのか、首をゆっくりと振った。


「いや、だとしたらおかしい。安条時代に妖怪との共存同盟が結ばれて以来、この国では妖怪たちはきちんと戸籍が登録されている。動向を把握されていない妖怪なんて、一匹たりともいやしないよ。誘拐なんて大事件を起こしたのなら、すぐ容疑者が浮上するさ」

「だったらいったい、あの不気味なジジイは何だっていうんです!」


 得体のしれないものがさらに得体が知れなくなるのが嫌だったのか、蕎麦屋の店主は尻から生える尻尾の毛を逆立て、僧侶にきつく詰問した。

 その詰問に、弟子は少し考える様子を見せたと、


――突如として現れた老人姿の怪しい物の怪に、消える花嫁。妖怪の容疑者も浮上していないとなると、


「師匠これって」

「怪異だろうねぇ……」


 弟子の言葉に、胡麻塩頭は僧侶であるにもかかわらず、懐から煙管を取出し、それに火をつけ煙をふかせる。


「か、怪異? なんですかい、それは?」

「最近巷で出始めたんですよ。人と共存することを良しとしなかった一部の妖怪たちが、最後に至ってしまった到達点。それが怪異です」


 弟子は一応蕎麦屋の店主に解説してくれるが、あいにくと蕎麦屋の店主はそれだけではわからず、盛大に首をかしげていた。


――これだから学のない輩は!


 そんな彼の姿に弟子の顔は盛大にひきつるが、胡麻塩頭はそれも仕方ないと思っているのか苦笑いを浮かべただけで済ませ、弟子の解説に補足をいれておく。


「怪異とは、『妖怪は人に恐怖されるべき』というハタ迷惑な昔ながらの考えを維持している、妖怪連中のなれの果てでね。今の、人と共存する妖怪の状況を良しとはしなかったんだ。だが、今どき妖怪なんてのは、術者が一人いればすぐに封印がかなう。彼らは人間との共存を選んだ時に、物理的に触れることができる、実体を得てしまったからね。人間からの干渉が比較的容易いんだ。そこで奴らは考えた。干渉が容易な実体が邪魔なのならば、それを捨てればいいではないかと」

「そんなこと、可能なんですかい?」

「むろん難しい。一度得たものを投げ捨てるには代償が必要だ。たとえば……自我とかね?」


 そういうと、胡麻塩頭が深々と煙を吐きだし、その煙がまるで人のような形へと変貌した。


――出たな。師匠の十八番。


 と、弟子が感心する中、蕎麦屋の店主は目を見開き、腰を抜かす。


「なっ!? なんですこの気味の悪い煙は!?」

「気味が悪いとは失礼な。これでも人にはかなり従順な奴だよ。式鬼としては使い勝手がいい煙々羅という妖怪だ。こいつも例にはもれず、ものに触れられるし、人を殴ることだってできる。だが、怪異にはそれができない」

「え、でも……実際花嫁は」

「むろん、『普段は』という但し書きが着きますよ」


 どうやら頭がこんがらがってきたらしい店主に、弟子からの補足が飛んだ。


「つまり、花嫁が攫われたのは『普段』以外だったということです」

「そういうこと。奴らは自身の妖力をすべて絞りだし、肉体を死に追いやる代わりに、自らの悪行を世界に現象として焼きつけた。夏になれば台風が来るように、長雨が続けば洪水が起きるように、人間が一定の手順を踏むと自らの存在を具現化させ、焼き付けた悪事を働く《現象》になったのさ」


――まったく、困った連中です。


 と、弟子が肩をすくめると、同じように煙々羅も真似をして、肩をすくめる。

 妖怪らしくない愛らしい姿を見せる煙々羅に、蕎麦屋の店主が驚く中、胡麻塩頭が立ち上がった。

 弟子はそれを見て。


「珍しく今回はやる気ですね。いつもはなんやかんや言って仕事しない言い訳をした後、観光これでもかというくらいして、最後に仕方なく手をつけるといったところなのに」

「そりゃ坊主として、若い二人の門出は祝ってあげないとね。それにケチが付けられたというのなら、何とかしてやるのも務めだろうさ」


 出されていた蕎麦は、いつのまにかなくなっている。


「相手が《現象》である以上根本的な解決は難しい。台風や洪水を止められない様に、怪異は条件さえ満たしてしまえば何度でも同じことを起こすからね。討伐不能、根治不能な厄介な連中だよ」

「そ、そんなっ」

「今回の件は話を聞く限り花嫁があの橋の上を通ったから起こったことだと思う。一番手っ取り早いのは、あそこを花嫁が通らないようにすることなんだけど……」

「できませんよっ! 龍神様の社はあの池の向こうにあるんですよっ!? この街の女の子はみんな、あの橋を渡って社にいき、龍神様に夫婦になることを認めてもらうのを楽しみに生きているのに」

「だろうね……」


――だから、オジサンが何とかしないとね。


 と、胡麻塩頭はそんな言葉を残し、店から出ようとする。


「な、なんとかって……できるんですかい?」

「そのために、オジサンは諸国行脚しているんだよ」

「ウソつかないでください。諸国行脚も、怪異退治も、暇つぶしだって言っていたじゃないですか」

「シーッ! 弟子、シーッ!」


 呆れたような弟子に必死に口止めをしつつ、胡麻塩頭は名乗りを上げる。


「ま、まぁ……とにかく。ちょっと頑張るから、吉報を待っていてくれ店主!」

「あ、お代の請求は後程この口座に出しておいてください。月末に引き落とされますので」


 手を振りながら店を出ていく僧侶と、弟子の姿を呆然と見送ったあと、店主は弟子に手渡された一枚の札を見て目を見開く。


「え? えぇ!? 永休僧正って……あの!?」


 そこには、のちに榁末むろまち時代最大の名物坊主にして、人魚の肉を食らって不老不死になったと噂される不死者の一人――永休宗純えいきゅうそうじゅんの名が記されていた。


 その名前を見て慌てて店主が外に飛び出すと、そこでは永休の姿を確認した捜索隊の役人が、「おぉ、永休殿! 御足労痛み入ります。何分我々では手に余る事件でしてな……」という歓迎の言葉を発していた。



…†…†…………†…†…



 胡麻塩頭――永休は、咥えたキセルをフラフラ揺らしながら、欄干から身を乗り出し、未だに役人たちの船が行き来する池を見下ろした。

 そんな彼の姿を弟子は、ため息とともに見守っている。


――あまりに無防備すぎるんじゃない? まだ何が原因で怪異現象が発生するのかわかっていないのに……。大丈夫かな、師匠。


「ふむ。中央まで来たけど……何も起きないね?」

「きっかけがそれではないんでしょう。やはり結婚式が原因かと……」


 そんな弟子の心配をよそに、あっけらかんとした様子で永休が発した言葉に返事が返る。警戒する弟子と共に、橋の入り口に立つ、捜査協力用に付けられた役人の言葉だ。


「それ確定情報ですか?」

「え、えぇ。事件後何人か捜査官が橋に立ち入りましたし、ほぼ間違いないかと。ただ、何分謎が多い怪異ですし……もしもということもあるで、今は立ち入りが制限されています」

「だそうですよ、師匠」

「むしろオジサンだからこそ無遠慮に入り込んでも問題ないんじゃないか。何されたって死にはしないんだし。むしろ不用意に現場に近づいた捜査官の方が怒られるべきじゃない?」


 言われてみれば確かにそうだが、いつも仕事をさぼり、酒も女も嗜む生臭坊主を地で行く永休に正論を言われると、何か腹立たしい。


――本当にやればできるのに、なんだってこの人はいつも高僧らしいふるまいをしないのか。


 と頭痛を覚える弟子をしり目に、カラカラ笑いながら、永休はひとまず欄干から身をはなし、橋の入り口にいる二人の元へと戻ってきた。


「とはいえ、次の被害を出さないために、さっさとこの怪異の弱点を探らないといけないわけだけど……」

「弱点ですか」


 放たれる役人の疑問。それも当然だと弟子は思う。

 実際怪異の基本情報を聞けば、そう思うのも仕方のないことなのだから。

 台風や洪水と同じような現象にまで成り上がった存在を、どうして人間が討伐できようと。

 だが、


「本当にそんなものがあると?」

「ありますよ……間違いなく」


 それを知るがゆえに、弟子は役人の疑問に断定口調で返答を返した。

 倒せない怪異はないと。


「ですが、相手は現象となった妖怪なのでしょう? 触れられないし、術も効かないとあっては、弱点など……」

「じつは奴らは完全無欠という訳ではありません」


 だから弟子はそのまま説法へと移行。いまだ多くの人に知られていない、怪異たちの弱点について解説していく。


「もとより怪異なんてものは、自然現象とは言えない不自然な物です。どこの世界に花嫁行列が通れば、襲い掛かるなんて自然現象がありますか」

「そ、それはそうですけど……」

「つまり、怪異現象はもとより不自然なもの。何らかの違和感をはらんだ現象なのです。その無理を押し通すために、奴らは必ず何かしらの穴を作っている」

「穴?」

「自分たちの悪事を成立させるための穴ですよ」


 元々通常ならば起こりえない異常事態。それをただで恒常化させるほど、自然というモノは甘くないと弟子は語る。


「ある動物を絶滅させれば、それに食われていた動物が異常繁殖するように、本来起こりえない現象が起これば、何かしらの不具合が生じてしまう。自然の化身である八百万の神々はそれを許さない。全身全霊を振り絞った秘術であろうが、怪異に都合がいいだけの現象であるならば、情け容赦なくそれを潰してくるでしょう。だからこそ、怪異は神々に見逃してもらうために、きちんと人間に自分たちを攻略する術を与えています」

「まぁ、今回の攻略法は分かりやすい部類だね」


 弟子の説法のシメに、かぶせるようにつぶやいた永休。その言葉に役人は瞠目した。


「わかりやすいのですかっ!?」

「ふむ。後学のために言っておくとね、怪異現象というモノには無駄というモノが一切ない。それによって起こった現象には、必ずと言っていいほど意味があるものだ。今回ははっきりと人をさらうのに不要なものが置いてあったから、それが怪異退治のカギになるだろうね」


 驚く役人にそんなことを言いながら、永休はニヤリと笑う。


「というわけで、君にはあるものを持ってきてもらいたい」

「あるもの?」

「なに、簡単な物さ。証拠品としてきちんと保管してあるだろう?」


 あれを返せばひとまず被害者は助けられるだろう。と、永休は煙管を口からはなし、天に向かって煙を吐くのだった。



…†…†…………†…†…



 深夜。大量の提灯に照らされた白い行列が橋の上を通る。

 一応提灯には花嫁行列を示す、紋が刻まれているのだが……その行列はあまりに白く、無気味であった。

 だが、怪異にとっては、不気味だろうがなんだろうが関係ない。

 橋の上を通る花嫁行列は、すべからく襲うべき対象だ。だから、


『あな、美しや……美しや』


 以前襲った時と同じように、老人の姿に自らを変じさせ、花嫁めがけて襲い掛かる。

 列の先頭にいた父親は、前と同じように刀を抜き、老人を切り殺すが……。


『いひ、いひひひ! いひひひいいひひっ! 確かにいただいた。あぁ、頂いたぞ?』


 いかなる手段をもってしても、防ぐこと叶わず。老人の体が消えると同時に、駕籠の中にいた花嫁は――。


『がぁあああああああああああああ!?』


 そこまで行きかけた時、怪異は苦痛の悲鳴を上げた。

 籠の中にいたのは……いや、あったのは花嫁ではない! あの時、父親にくれてやった金襴の帯だったのだから!

 同時に、なにもいなかったはずの池の中から天を突くような大蛇が現れ、苦悶の声を上げのた打ち回る。

 その胴体にはいつのまにか、駕籠にあった金襴の帯が巻き付いており、月の明かり浴びて燦然と輝きながら大蛇の胴体を締め上げていた。


『お、おのれぇええええ! おのれぇええええ!!』


 苦悶の声を上げるも、体を締め上げる帯があってはどうしようもない。

 大蛇はのた打ち回りながら、帯によって押さえつけられた胃の内容物をそのまま橋へと吐きだしたのち、ゆっくりと池の中へと倒れ込みその姿を消した。


 それを蕎麦屋の影から見ていた、役人が永休たちを伴い慌てて橋の上へ行く。

 行列を作り出していた煙々羅たちは、役目を終えてすぐさま煙となってちり、橋の上には静けさが戻っていた。

 そして、


「信じられない!」


 大蛇が吐き出したものは、攫われたはずの花嫁。彼女はずぶ濡れになり、意識を失った状態で、橋の上に転がっていた。



…†…†…………†…†…



「かつて妖怪であった《嫁取り橋》という伝承には、二つの種類がある。一つは今回起こった橋の上に老人が現れ嫁を忽然と攫うというモノ。もう一つは、ある旅人に惚れた女中が、旅人に結婚を迫り、後を追いかけた末、木の上に隠れた旅人が湖に映った姿を見て、旅人が湖に潜っていると勘違いし飛び込み、おぼれ――そして大蛇になるという伝説だ」 


 翌朝の、弟子は永休を伴い前日と同じ蕎麦屋にて、店の前を通る花嫁行列を眺めていた。

 永休が話すのは、昨日の怪異現象対策の答え合わせだ。


「どっちが大元かと言われると、無論実態がある大蛇の方が大元だ。女中が化けてしまった大蛇は、安条の頃にこの青海(おうみ)にやってきて、この嫁取り橋でやった悪事を働いたんだが……その時は陰陽師・綾部靖明(あべのせいめい)がここに派遣されあっさりと退治・封印されたらしい。だが、最近になって封印が解けたんだろうね。人にあだなすものとして生きるか、人と迎合するかの選択を迫られ……結果としてあの大蛇は怪異となった。自らができなかった幸せな結婚をねたみ、嫁を奪い取る怪異とね」

「《嫁取り橋》成りたちは分かりましたが、師匠……本当に大丈夫なんですか?」


 弟子が心配しているのは言うまでもなく、今橋に向かっている嫁入り行列だろう。

 みたところ、怪異対策が取られた様子は見えなかった。どこにでもあるありふれた嫁入り行列で、花嫁の駕籠もとうの昔に通り過ぎている。


「相手は怪異。昨日のあれで退治できたわけではありません。同じように通ってしまえば、また現れますよ」

「そこで重要になってくるのが昨日の金襴の帯だ。あれは多分、もともとは女中が着ていたもの。おそらく怪異になるに当たり、嫁を奪い取る最何らかの代償を支払うという取り決めを八百万の神としてしまったんだろ。だが、大蛇になり、着の身着のままになった彼女に支払える代償は少ない。あるとすれば、旅人を追いかけた時に着ていた服くらい。その時もっとも価値があり花嫁と釣り合いが取れる代償だったのが」

「あの金襴の帯ということですか? 人一人の命と帯じゃ、全然釣り合っていないような気がしますけど……」

「実際価値が釣り合うかどうかは問題じゃない。物々交換したという事実が重要なんだろう」


 なら話は簡単だ。と、永休は蕎麦を一足先に食べ終え、いつものように煙管に火を入れかけた。

 だが、取り出した煙管はさっと店主にとられ、


「え?」

「昨日は言い損ねたんですが、うちはそばの香りを楽しんでもらうために禁煙なんでさぁ」

「……お、オジサン昨日は大活躍だったんだから、ちょっとくらい」

「だめでさぁ」


 そう言って煙管を奪ったままさっさと厨房に帰る店主に、がっくりと肩を落としながら永休は言う。


「代償としてそれが与えられたのなら、その代償を返してやればいい。手元に品が帰ってきた以上、大蛇は花嫁をとらえておくことができない。それが昨日の大蛇退治の顛末」

「さすが師匠。屁理屈をこねさせれば天下一品ですね」

「頓智と言ってほしいんだけどねえ……」

「でも、対策の方は? まさか、嫁入り行列のたびに大蛇に捕まえられたあげく、金襴の帯でゲロさせるという訳にも」

「こら、お食事処だよ!? はぁ、それに関しても大丈夫。代償が帯しかないんだったら、初めからそれを持っていればいい。さすがに同じものを交換して、おまけで花嫁までもらおうなんて強欲な取引は成立しないだろうしね」

「あぁ、なるほど! つまり、婚礼が始まる前に師匠が言っていたのは!」


 弟子がそれに気付いたとき、町中から歓声が上がった。あわてて店を飛び出した弟子は、橋を無事にわたりきった駕籠から、花嫁が現れるのを見た。

 彼女を包む白無垢をとめる帯は、それはそれは見事な金襴な帯だったという。



怪異名称:嫁盗り橋


《怪異等級》

 中級


《怪異解説》

 橋の上を花嫁行列が通過すると出現する怪異。

 初めは老人の姿で現れ花嫁行列に襲い掛かる。

 それを撃退すると不気味な笑い声とともに老人は消え、花嫁も同時に消えてしまう。

 花嫁のいた場所には対価と称される金襴の帯が残される。

 本体は異空間に潜む大蛇。


《発生条件》

 橋の上を花嫁行列が通過すると出現する。


《討伐・予防方法》

 そもそも花嫁行列が橋を渡らなければ問題はない。

 だが風習的にその儀式がどうしても必要な場合は、花嫁にあらかじめ金襴の帯をつけて橋を渡ること。

 花嫁がさらわれた場合も、花嫁行列を偽装し、対価の金襴の帯を花嫁の代わりに置いた行列をすれば問題ない。

 花嫁をさらったときと同じ現象が起きるが、その後大家である金襴の帯を腹に巻き付けられた大蛇が橋の下から出現。

 さらった花嫁を腹から吐き出す。

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