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怪異其之一・夜詰め切り 三

皆さんお待たせいたしました!

夜詰め切り編、これにて終了! と言えればよかったのですが……。


ま、まぁ、ひとまず続きをどうぞ。

「おはつにお目にかかります。このたび亡くなった主人の妻の、お(ぎん)と申します」

「……与力だ。あいにくと語れるほどの名前はもっていなくてな」

「あら、ずいぶんと迷信深いお方ですのね? 名前を知られると呪われるなどと……恨みを買いやすい与力の間ではまことしやかにささやかれているそうですが、もしかしてそれを信じておられるので?」

「好きに考えろ。俺の名前に関してこれ以上言うつもりはない」


 確かな手ごたえがあった番頭への尋問。それを途中で区切られたのが不本意なのか……それとも単純に目の前の女が気に入らないのか、それともその両方か……。

 とにかく、不機嫌な態度を隠そうともしない与力の言葉に、女は口元に手を当ててクスクスと笑い、俺達――賢者の石御一行と取調べをする警吏二人にあでやかな笑みを浮かべた。

 意図してなのか、それとも前職からの癖なのか――膨れた腹の上に乗る豊満な胸を晒すように、着物の襟元を緩めながらだ。


「まぁ、それは何ともつれないこと。とはいえ、そういう職務に忠実な方は嫌いではありませんよ。旦那様もそれはもう、仕事熱心な方でして。あんな歳だというのに、現役で店を切り盛りしておられました」

「……悪いが俺に色仕掛けはつうじんぞ?」

「ふふ、はっきりと断られるのもまた……」

「得体のしれない女だな。お前も、こんな女に引っかかるんじゃない。ケツの毛までむしられるぞ!」

「あだっ!?」


 それを見て動じなかった与力はさすがと言ったところか。伊達に長年警吏を務めていたわけではないらしい。それとは対照的に、盛大に鼻を伸ばして圻の胸の谷間を見ていた、燐才に稲成の冷たい視線が突き刺さり、与力の踏み付けが燐才の意識を現実へと引き戻す。


 激痛にもだえ机に突っ伏す燐才に、お圻はさらに笑みを深くし、与力は眉間のしわをさらに深くした。


「さて、一応聞いておくが、昨夜のアンタが何をしていたのかだが……」

「あら、与力さん。もう気づいておられるでしょう? そのような回り道などする必要はないかと。仕事に真面目な方は嫌いではありませんが、無駄な仕事をされる方にはいささか好感をもてぬ性質でして」

「……てめぇ」


 明らかな挑発。だが同時に、この女は俺と与力が疑っていることに関してとっくの昔に気付いている。


「あなた方はこう言いたいのでしょう? 旦那様が夜詰め切りが来ているこの村にて、なんの警戒もせずに爪を切ったのはおかしいと。だれかが、夜詰め切りに関して、意図的に、旦那様への報告を怠ったのではないかと?」

「――っ!?」

「え? せ、先輩。それって要するに」


 これは怪異を使った殺人事件だと!?

 そう燐才が机から顔を上げ驚く中、稲成も俺に対して問い掛けるような視線を送っていた。

 だが、俺と与力もそれどころではない。ここまで見事に俺たちの考えを言い当てたということは、この女!


「あんた、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「さて、私はただ自分が思ったことを述べただけですが?」

「とぼけるなよ。ただの商家の女将風情が、そこまで知恵が回るかよ。俺のように幾つもの事件で場数を踏んできた与力でも、そこにいる無駄に長生きしているらしい付喪神でもないあんたが、まるで見てきたかのように、俺たちが考えている事件の真相について語り出している。つまりだ、与力でも不死の器物でもないあんたが、それをできるということはだ……事件の真相を知っている、唯一の人間――自分が犯人だと、語っているようなものなんだぞ?」

「っ!!」


 瞬間、稲成の手が錫杖を強く握りしめ、燐才の顔色が青く染まった。

 眼前の女が、怪異を使い自身の旦那を殺した殺人犯だと悟ったのだから、彼らの反応は至って普通のことだと言える。

 が、


「……一応一言だけ断わっておきましょう」

「なに?」


 女の顔から、余裕の笑みが剥がれ落ちることはなかった。


「私は、夜詰め切りなどという怪異の存在はこれっぽっも知りませんでしたし、今まで生きてきた中で、そんな怪しげな現象には一度だってあったことはありません」

「だが、あんたのところの番頭は、報告しようとしたらあんたが――」

「止めたと? 当然でしょう。話の内容を聞く前に止めてしまったので、このような事態になってしまいましたが、あの人は見ての通り生来のおしゃべり好き。病に伏せる旦那様に、あの方のおしゃべりに付き合うような気力はありませんでしたし、つき合せるのも危険だと判断しました。まさかそれがこんな悲劇を起こすなんて、私にとっても予想外でしたよ」


 わざとらしく、およよなどと言いながら目元を袖で隠す女の言に、与力の額に青筋が走る。


「てめぇ、いいかげんなこと!」

「それに、もし与力様の言うことが本当だったとして――私は、罪に問われるのですか?」

「っ!」


――そうだ。この事件の一番の問題はそこにある。


 先程までの泣き声はどこへ行ったのか、目元を隠していた袖を口元まで下げながら、目じりを下げた穏やかな――だがどこか物騒な色を放つ眼光を瞳に宿し、圻は与力を嘲笑う。


「近年に現れた怪異たちの被害は天井知らず。しかし今の幕府は経済の立て直しにかかりきり。とてもではないですが、怪異を使った犯罪に対する法整備を準備することはできていないはずですよね。それに与力様の言うことが正しかったとしても、私がやったことと言えばせいぜい、おしゃべりな番頭さんを旦那様に近づけないようにしたということくらい……。夜詰め切りが来ているこの時期に、旦那様が爪を切り、あまつさえその背後に、よく理解もされていない夜詰め切りが立つなどと……私が予想できるはずもなし。そのような確実性に欠ける計画を実行したからと、本当に私が旦那様を害する目的があったかなど、立証するのは不可能ではなくて?」

「で、ですがっ!」

「よせ燐才!」


 それが本当に殺人なら、見逃すことはできない。そんな青臭い正義感にでも駆られたのだろう。食い下がろうとする燐才に、今度は与力が待ったをかけた。


「賢明ですわね、与力様。冤罪は警吏としてあるまじきこと。確たる証拠もないまま、いわれのない誹謗中傷を被害者の家族……それもその妻に行ったとなれば、外聞はひどく悪くなるでしょう。何せこのご時世、悪い噂は油に付けられた火よりも早く回るものでございますし」


 そう言って笑う圻の胸の谷間には、わずかな輝きが見て取れた。

 おそらく神祇板。それも録音機能をオンにしているものだ。


「それでは私はこれで、こう見えてもあの人の妻であったのですし、葬儀の準備や何やらをしないとなりませんので」


 そう言って、歯ぎしりをしかねない与力を目の前に、悠々と圻は席を立ち、胸元から取り出した神祇板を操作。録音機能を切断した。

 おそらく、これ以上の言質は取れないと踏んでの行動だろう。実際、与力たちは圻相手に何も言うこともできず、ただそのあでやかな背中を見守ることしかできなかった。

 膨れた腹を抱えながら、それでもたしかな嫣然とした色香を放つ、不気味な、血濡れの、女の背中を……。



…†…†…………†…†…



「クソッタレが!」

「こらこら、公僕がそんな汚い言葉使わないの」


 夜。事件現場となった商家の一室にて、俺――賢者の石と稲成は貸し与えられた一室にて準備に入っていた。

 そんな俺達の背後では、与力が苦々しげなで窓の外からつばを吐き、落ち込んだ様子の燐才が膝を抱えている。


「先輩、確かに今回の事件の犯人は夜詰め切りです。でも、でも僕はやっぱり、あの奥さんが」

「言うんじゃねぇ。俺だってアイツの言で確信は抱いた。あの女は間違いなく黒だ。だが確証がない上に、証拠もねぇ。実行犯は怪異とあっちゃ、しょっ引くにしてもせいぜいが殺人教唆か、殺人幇助。だが、実行犯の怪異はお上が認めた超常現象だ。人の意志でどうこう動く奴らじゃない限り、教唆や幇助が適用されることはない。お手上げだよ、完全にな」


 忌々しげに懐から取り出した煙管に火をつける与力の瞳は、それでも冷静かつ沈着に見えた。

 まるで、まだ犯人の逮捕をあきらめていないような……そんな獲物を見つけた蛇のような色が、その瞳からは見て取れた。

 だが、


「やめておけ」

「あぁ?」

「父さん……」


 だから俺は忠告する。この優しい、仕事に忠実な男に、妙な挫折を味あわせない様に。

 どうせ……あの女はもうすでに、


「世の中には、どうやったって救いがたい奴ってのがいる。あの女はその見本と言っていいだろう。やらかした奴がいないかと心配になって探してみれば案の定だ。あの女は、運が良くても一週間以内に、運が悪ければ今夜にでも死ぬ」

「なんだと?」

「それっていったい!?」


――俺達にしてやれるのはせいぜい、あの女のための墓をあらかじめ作っておいてやることだけだ。


 俺が最後にその言葉を残した時だった。


「稲成ちゃん、他の部屋の子たちも準備終わったよ?」

「わかったわ時廻。それじゃ、与力さんたちは外に出ておいて」

「お、おい!」

「さっきの賢者さんの言葉、いったい、どういう!!」

「いいから、出て行って! これから行われるのは、どこぞの黄表紙(こみっくす)みたいな色気のある微淫娯楽(らぶこめでぃ)じゃなくて、残酷劇(すぷらった)なんだから! 勧んでみたいものじゃないでしょう!」


 そう言って、稲成は与力たちを部屋からたたきだし、ついでに時廻童も叩き出した。


「え、僕も!? ひどくない稲成ちゃん!? 僕だって不死者だよ!?」

「じゃぁ手伝ってくれるの?」

「嫌だよ! 首切られるなんて痛いじゃないか! 稲成ちゃんがもだえ苦しむさまを肴にお酒を飲みたいんだよ」

「死ね!」


 簡潔な罵倒を浴びせて最後まで抵抗した時廻をたたき出したのち、稲成は盛大なため息をついて、俺に向かって一言。


「父さん。本当に救いようがないの?」

「あの事件に立ち会ったお前なら知っているだろう、あいつらの執念を。例外はない。舐めた真似をした人間を、あいつらは絶対に許さない」

「……そう、ね」


 生まれて初めて味わった完全敗北。その事件において敵として立ちふさがったあの怪異になった妖怪たちの顔を思い出したのか、稲成はやや憂鬱そうな顔でため息をつく。だが、


「でも、黙ってやられてやれるほど、私たち人間も諦めがいいわけじゃないわ」

「だな。だからこそ、小さなことから、一つずつだ」

「えぇ、昔の陰陽師たちがそうしたように……今度は私達が、人に害成す輩への対抗策を、しらみつぶしに探していけばいい」


 そう言って、俺達二人は準備を始める。

 この惨劇を引き起こし、ひとりの女を魔に落とした、夜詰め切り迎撃の準備を。




…†…†…………†…†…




 夜中に確かに響き渡る、パチリ、パチリという軽快な音。

 それが人が爪を切る音だと気付ける人間は、恐らくいないだろう。

 だが、人でない物ならば――その音を聞きのがすはずもない。


 それが現れたのは、音が響き始めたのとほぼ同時と言ってよかった。

 薄暗い廊下に、瞬きする間に忽然と現れたかのように突如出現したそれは、ひどく不気味な姿をしていた。

 全身を覆い隠すように巻かれた包帯の上から、真っ黒な衣服をまとったそれは、だらりとぶら下げた右手には錆びついた日本刀を握り締め、その切先を床に付けている。

 左手には、どす黒く染まった木箱を抱えており、その箱は、箱を着色した色が一体何の色なのか――見たものが極力考えたくなくなるような怖気を感じる物であった。


 その不気味な存在は、膠のような脂ぎった長髪を振り乱しながら、顔を覆い隠す包帯の隙間から覗く眼を爛々と輝かせ、ゆっくりと――しかし確実に、音が聞こえる方へと歩みを進める。


 パチリ ―― 一歩。

 パチリ ―― 二歩。

 パチリ ―― 三歩。


 やがてそれはとうとう音の発生源へと到着し、包帯に隠れた口をにやりとゆがめた。

 そうして、明かりがついた部屋へ侵入するため、廊下と部屋を隔てる障子へと歩み寄ったそれは、まるで障子がないものかのようにすり抜け、忽然と部屋の中にその存在を出現させる。

 人間ではありえない、鮮やかな無音での侵入。それを特に誇るわけでもなく、それはそれの侵入に気付かない、部屋の主へと一歩、また一歩と近づき――そして、


『イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』

「っ――――!?」


 不気味な笑い声と共に、その頭部へと抱えていた箱を叩きつけた!

 いや、よく見るとはこの一面には穴が開いており、人の首がすっぽり収まるようになっていた。

 突然の襲撃に驚いた人物が、箱に納められた頭を引き抜こうと必死に抗うが、箱を上から踏みつけたそれによって身動きは取れず、ただジタバタと暴れるだけにとどまっている。

 そんな無様な部屋の主の姿をあざ笑いながら、それは手元に残っていたさび付いた刀を振り上げ、


『イヒヒヒヒヒ!!』

「っ――――――!!」


 悲鳴を上げる部屋の主めがけて、それを振り下ろした!

 何度も何度も、その主が動かなくなるまで――その首を斬り落とせるまで、切れ味の悪い刀をそれは叩きつけつづける。

 何度も、何度も――何度も、何度も――。




…†…†…………†…†…



「という経験をしたのよ」

「ひどい目にあったね!」

「それを肴にするつもりだったアンタはいったい何なのよ?」

「おいおい、稲成ちゃん! 僕は大妖怪だぜ! その程度の残酷劇はむしろ見飽きてるね!」


 翌朝。諸々あって夜詰め切りの被害にあった稲成は、いまだに幻痛を訴える首をさすりながら、夜があけて部屋に入ってきた時廻童に、昨日あった出来事を話していた。


「それで、他の私はどんな感じだったの? いくつかありえそうな対策を施しておいたはずだけど」

「稲成ちゃんの分身のこと? う~ん。成果としてはあまりよろしくはないかな。対抗策として試しておいた、約八割が失敗。直接反撃と、古式ゆかしい首に油を塗ってただでさえ悪い刀のキレ味を落とす方法が、一番成果を上げたかな。ただ、直接反撃方は、それ相応の被害が出たね。両手両足の腱が切られたうえに、首の動脈も切断。夜詰め切りに思い通りにならなかったというだけで、結局相手は殺傷されるみたい」

「お前の実力不足という訳じゃなく、単純にそういう怪異だということが決まりきっているということだろうな。妖怪時代のあいつじゃ、お前相手では逆立ちしたって勝てないし」

「でしょうね……。マイナー妖怪だったくせにずいぶんと大躍進しちゃってまぁ」


 そう。長き諸国行脚の果てに、稲成はとうとう己が身を分ける分身の術を体得していた。

 それはどこからどう見ても、神霊が使う分け御魂だとか、稲成による豊穣の加護の付与の話が広まり、稲成大明神という新しい神様が生まれつつあるだろとか、いろいろ突っ込みどころはあるのだが、本人にとっては分身ができるということ以外特に変わったところはないので、ありがたく使っているらしい。


 稲成はもとより俺が現人神として生まれ変わらせた存在。徳を積めば積むほど、神霊に近づいていくのは自明と言えた。稲成本人もそれは知っているため、特に慌てることはない。

 むしろ、他の不死者と違って自分には終わりがあることに安堵すらしているふしがあった。

 自分は今でも、少し長生きしすぎだと……そう思っている節が。


 それはともかくとして、対抗策は見つかった。やはり古式ゆかしい油による斬首対策こそが、夜詰め切りに対する最適解だった。

 そんなことは分かりきっていたことだった。最適解も答えを出していたし、あとは実証を行い証拠映像を作り、幕府に提出すればこの騒動も終了だ。

 そう、


「終わっちゃったね。父さん」

「あぁ、終わってしまったな……」


 至極あっさりと、いろいろな物を見捨てながら、俺達の夜詰め切り騒動は……これで終了してしまったのだ。


 腹を膨らませた女の未来を、切り捨てることによって……。

という訳でもうちょっとだけ続きます。


まぁ夜詰め切りは問う作者の作品の要所要所で出ていた妖怪なので、是非もなし。さほど掘り下げることのできない怪異でしたしね! 怪異自体はあっさり終わらせる予定でした。


ほ、ほんとだよ!? 別にストーリーが思いつかなかったからとか、そんなことはないんだからねッ!(胡散臭い!


本番はここから。なめた真似をされた怪異たちの逆襲が始まります。

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