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怪異其之七・文車妖妃 二

『文車妖妃』


 かつて書庫の女神とされた原子女神の一柱。

 だがある伝説を皮切りに信仰を失い妖怪へと零落した。


 以降彼女は、女に非道を働く男を焼き殺す怪物へとなり多くの人々を焼き殺した。

 やがて旅に訪れた修行僧からの調伏を受け、長らくある地方の地下神殿へと封じられていたのだが……。



   ■   ■   ■



「それが怪異になって俺を襲うってことですか?」

「まぁ、予言ではそのようになっていますね」


 顔色の悪い成彦に、今彼を狙っている怪異の話しをしながらルルエルは術式を用い思念を永休へと飛ばす。


『師匠、本当に彼を救うつもりですか? こんなクズまで救っていては、本当に助けるべき人を救えなくなってしまいます』

『とはいっても、賢気様のお達しだからねぇ。何かしらの理由があるんだろう』

『そんな悠長な……』


 そうこう話しているうちに、成彦は自分の家にたどり着いたらしい。

 ずいぶんとオンボロな長屋だった。家屋のいくつかは倒壊し、それを補うためか、横に真新しいボロ屋が増築されている。

 そんな中、比較的崩壊が少ない建物の木戸をガタガタと鳴らしながら成彦が開けた。


「で、俺の部屋を見せれば原因を取り除けるってことですかね?」

「取り除けるとは言ってません。怪異顕現の起点を見つけ少しでもその攻撃を遅らせることができるというだけで」


 揉み手で腰を低くする成彦に対し、話を聞いていなかったのか? と言いたげにルルエルは荒い口調で怒鳴りつけかける。

 その時だった。


「どなたですか?」


 ぼろ屋の奥から声が聞こえた。


「え?」

「おや?」


 予想外にも幼い少女の声だ。

 まさか拉致監禁!? とルルエルの脳裏に嫌な予感がよぎる中、声の主が部屋の奥から顔を出す。


「お萌。起きていたのか! ダメじゃないか寝てないと……」

「兄さん、帰ってきていたのね。そんなに心配しなくても大丈夫。今日はいつもより体調がいいの」


 顔を見せた少女はお萌というらしい。

 目が見えないのか瞼は閉じたままで、手探りで周囲を探っていた。

 体には顔を含み無数の青い湿疹が出ており、四肢は小枝のように細く明らかに食が細いのが見て取れた。


 病……それも命に係わる病の末期症状に見えた。


「なるほど、賢気様が君を最初に見に行くように告げたわけだ」

「……え?」

「経絡症だね。彼女」

「――っ」


 聞き覚えのない病の名にルルエルが首をかしげる中、成彦は眼を見開いた。



   ■   ■   ■



『経絡症』


 近年になり発症が確認された奇病だ。

 発症者のほとんどが生まれつきにこの病を抱えるため、遺伝病の類といわれているが詳細な原因は現状不明。

 体の各所にある霊力を通すための器官――経絡に生まれつき腫瘍のようなものができ、体内霊力の循環を阻害する病で、循環を阻害された霊力はその主要箇所で溜まり、体内で破裂。体の各所で内出血を起こし、重篤になればそのまま死に至る。


 何より問題なのは、この遺伝病の治療方法はいまだ見つかっておらず、発症者は長くとも15になる前に死んでしまうことだ。



   ■   ■   ■



「兄さんがお客さんを連れてくるなんて、初めてです。兄さんは、外ではちゃんとしてますか?」

「え……えっと」


 『貴方のお兄さんはちょうど今しがた二股がばれて張り倒されたところです』とは、わりと物事をはっきり言うルルエルも言えなかったらしく、盛大に言いよどんでいた。

 対して、にっこり笑った永休はやはり年季が違ったらしい。


「申し訳ない。私たちは旅の物で、お兄さんには本日の宿としてここに案内してもらっただけなのです。ですが、お兄さんはなかなかの好青年ですよ。見ず知らずの私たちを家に招待するなど、なかなかできることじゃない」

「まぁ!」


 流れるように嘘をつき、純真な少女をだまくらかす坊主の姿にルルエルと成彦が『まじかよこいつ』といった視線を向けている。


「そう! そうなんですよ! 兄さんはとてもやさしい人で……病気でまともに動けない私をこうして育てて……げほっ」


 兄を褒められたことがなかったのか……いや、そもそも他人と話すこと自体久しぶりだったのか、興奮した様子でまくしたてようとしたお萌は、突如血を吐いた。


「お萌!」


 成彦が悲鳴を上げる中、永休は落ち着いた様子で崩れ落ちたお萌を抱きとめ、のどのあたりに手をかざす。


「喉奥の血管が破裂したようだ……。ルルエルちゃん、治療魔法を」

「は、はい!」


 ルルエルは慌てた様子でうつ伏せに寝かされたお萌に手をかざし患部に魔力を流し込む。

 数分もたたぬうちに、お萌の呼吸は安定しそのまま眠りについた。


「……寝床はどこかな」

「お、奥の部屋に……じゃない! 俺が寝かせてきます!」


 さすがに最愛の妹の寝床に男を入れることはできなかったのだろう。

 永休の手からひったくるようにお萌を奪った成彦は、慌てた様子で部屋の奥へと引っ込み――その後、落ち込んだ様子で居間へと戻ってきた。


「すんません、見苦しいところを見せました」

「……ねぇ、貴方。ひょっとして女の子たちと二又かけていたのは」

「いや、その」

「言い訳する必要はないよ。一応ここに来るまでに君の評判は聞いている」

「……そっすか」

「いわく、遊び人。女たらし。君にお金をだまし取られたなんて言う女の人もいたね」

「……結婚詐欺だって訴えられかけたこともあったみたいだけど、その時はうまくやったみたいね。相手の旦那に『浮気の証拠を出したら報酬をくれ』っていって浮気の証拠集めのために女に近づいたって話は聞いたわ」

「…………」

「その噂話を聞く限り『こいつひょっとしてお金が必要なんじゃないか。それもその日ぐらしに必要な額を行き当たりばったりにではなく、長期的に安定した莫大な金が』と、オジサンたちは考えたわけなんだけど……」

「その理由があの子ってことね」


 永休たちの推理を聞き、成彦は肩を落としたままだった。

 だが、その態度が何より雄弁に永休たちの推理が正しく、図星を突かれたことを物語っていた。


「どうしてこんなことを……。症名を当てられて驚いたってことは、不治の病だってあなたも知っているんでしょう? 治る見込みもないのにどうして」

「妹を助けるのに理由が必要なのかよ」


 早く楽にしてあげた方があのこのためだ。そう言いかけたルルエルの言葉を遮るように、成彦は歯を食いしばりながらルルエルをにらみつけた。


「あんたら伝説の人物にゃ大した問題じゃないのかもしれない。そういう運命だったと受け入れるのもたやすいんだろうさ! だが、俺にとっては、あいつはただ一人の妹で家族だ! 俺には、家長としてあいつを養い助ける義務がある!」

「その方法が結婚詐欺に、女の子を引っかけて金をせびるってこと? あなたねぇ、そんなことして救われてあのお萌って子が喜ぶと思ってんの?」

「まっとうな稼ぎじゃお萌は救えない! あの結婚詐欺騒動で相応の金が入って、しばらくは症状を緩和で来ていたけど、それも底をつきかけている! 新しい鴨が必要なんだよ!」

「うん。そこが一番の疑問なんだけどね……君、いったい誰にお金を払っているの?」

「え?」


 永休の言葉に成彦の怒号が止まる。

 そんな成彦に対し、永休はため息をついた後続けて告げた。


「経絡症は不治の病だ。発症者も少なく、検体の不足からいまだに治療法どころか原因すら特定されていない。原因がわからないということはどうすれば症状を緩和できるかもわからないということだ。そんな病に対して『金さえ払えば症状を緩和してやる』といった人物がいたということだろう?」

「……それ、は」

「君はいったい誰に、今までお金を払っていたんだい?」

「て、寺の……この村の奥にある明星寺の住職だ。御真の加護で経絡症は緩和できるって。でもそれにはそれなりのお布施がいるって」

「寺の坊主がお布施を求めるのは修行の最中に死なないため最低限身の回りを整える必要があるからだ。必要以上のお布施を求めるのは禁忌だし、ましてや誰かを救うにあたって対価を求めるようにお布施を求めるなどやってはいけない。真実御真が見ておられるなら金などなくとも救いの道は授けてくださる」

「……ということは」

「どうやらその明星寺住職、割とろくでもない男だったようだな」


 永休のその言葉に、成彦がガクリをひざを折る。

 懐から零れ落ちた『健康祈願』のお守りが、なんとも哀愁を漂わせながら床に落ちた。



…†…†…………†…†…



 お萌が生まれたのは、成彦が17になってからのことだった。

 ずいぶんと年が離れた妹ができたという父と母の報告に、心底おどろき呆れたのを今でも覚えている。


 だが、存外妹というのはかわいいもので、無邪気に笑う赤子のお萌を両親と見つめ絶対守ってやらねばと固く誓ったものだった。


 事情が変わったのは、お萌が3つのころだった。

 お萌が突如痛みを訴えた。

 痛いという個所を見ると、瞼が青くはれ上がっており、悲鳴を上げていたのだ。


 慌てて医者に見せたところ、内部血汗が破裂したのだろうとのことだ。

 その際お萌は視神経をやられてしまい、目の見えぬ体になった。


 それからだ。お萌の体に湿疹の様な内出血がいたるところに出始めたのは。

 さすがにこれは異常だと、医者に見せたところ医者はこう告げた。


『この病の名は経絡症。不治の病です』

『おそらくこの子は、十五になるまで生きられないでしょう……。治療法は、申し訳ないが今はまだ確立されては……』


 それからしばらく、両親はお萌を救うため狂ったように各地の医者を行脚した。

 俺もついていきたかったが、到底動ける状態でなかったお萌の面倒を見る必要があったため留守番を命じられた。


 両親が旅の途中、野盗に襲われ死んだと聞いたのはそれから数週間もたたないころだった。

 それから俺はずっと……お萌を助けるためだけに、この手を汚し続けている。


「ふざけるなよ……」


 足元に虚しく転がるお守りを見つめ、歯を食いしばる。


「俺たちが一体何したっていうんだよ」

「結婚詐欺したでしょ」

「ルルエルちゃん……ここでの正論正拳突きはこの子傷つけるだけで反省は促せないよ?」

「俺なんかどうだっていいんだ! 地獄に落ちても文句は言わねぇよ! でも、お萌は……お萌は何もしてねぇだろ」


 俺のその言葉に関しては、永休さんたちも否定はしないようだった。

 俺に対してはゴミを見るような目を向けてくるルルエルさんも、お萌が寝ている方を見る時には憐れむような色が見えた。


 でもお萌は不治の病だ。

 たとえこの伝説の人物たちとはいえ、何もすることは――。


「ふむ。では、成彦君。永休僧正として君に少し教えを授けよう」

「え?」


 だが、俺は永休さんから信じられないことを場を聞く。


「これから君にある苦行を行ってもらう。それをすれば君の妹を私の名に懸けて、五体満足な状態にしよう」

「なん……」

「ただし、生中な苦行ではない。この話を受ければおそらく君は怪異ではなく、その苦行で死ぬだろうが、どうする?」

「…………」


 俺の答えは、決まっていた。


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