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怪異其之七・■■■■ 一

3年たっていたか……3年かぁ……まぁいいかぁ……

心の底より恨めしけれ

ただ春の夢がごとき


神の御子に願いけれ

ただ夏の夜の陽炎がごとき


かつての過去を想いけれ

ただ散りゆく秋の葉ごとく


我が縁故を断ちにけれ

ただ冬の氷の厳しさがごとし


死をもって、償いたまへ……



ある長屋で見つかった、焼身自殺した女の辞世の句。



───────────────────



 とある田舎のとある宿場町。

 都市と都市の間を結ぶ街道を多くの人々が行きかうなか、一組の男女がもめていた。

 もめている男はいかにもいけていいる男で、粋でイナセな着崩しをした服に、かっこよく決めたツンツン頭。

 よくかわいらしさの象徴とさえ言われる、チャームポイントの犬耳すらその凛々しさを引き立てる道具にしかなっていない、稀代のイケメン男子。

 そう……俺こと成彦(なりひこ)である。


「このクソ野郎! 女の敵!」

「……っ!」


 だがそんな俺は現在追い詰められていた。なぜか?

 涙ながらに女が振るった平手が、俺の頬をきれいに殴りやがったからだ!

 女とは思えない膂力だった……。首がもげたんじゃないかと思える衝撃と共に、俺の首は勢いよく横に振られ、体ごと地面にたたき倒される。


 まずい……これは非常にまずい!


「ま、待ってくれ! お鏡(おきょう)! ほんとにお直(おなお)とは何もなかったんだ! ただどうしても飯おごってくれるっていうから、好意をむげにするのも悪いかなと思って!」

「しらばくれてんじゃないわよ、成彦! そのお直から聞いたんだからね! 『愛しているのは君だけだよ』ずいぶん熱烈にささやいたそうじゃない!」

「げぇっ! もう手が回ってんのかよ。って、じゃなかった! もちろんそんなのウソに決まっているじゃないか! あのしつこい女を黙らせるための嘘だよ嘘!」

「へぇ~。ならいまあんたの後ろにいるお直はあんたにしつこく付きまとったってことね?」

「へ?」


 俺はようやく気付く。地面に倒れ伏した俺の背中から、じっとりとしたいや~な雰囲気が感じられることに。

 振り返るとそこには、憎悪の炎を瞳に宿した俺の恋人(かねづる)の一人――お直が、背中のモズの翼の羽を逆立たせ、俺を睨みつけていた。


「お、お直……。ち、違うんだこれには訳が!」

「えぇ……。何となく察していましたよ。あなたがそういう男だということを。今までは惚れた弱みと見ないふりをしてきましたが……こうまで言われてはもうどうしようもないですね」

「お、お直……聞いてくーーぶっ」


 必死に言い訳を紡ごうとする俺に、お直は額に青筋を浮かべた笑顔で俺の顔面に鉄の爪(あいあんくろう)を食らわせ、締め上げる!

 割と長い間付き合ってきたが、今まで見せたことがない力だった……。どうなってやがる? 女っていうのはみんな爪(物理)を隠して生きているもんなの⁉


「その臭い口を私の前で二度と開くな。ハヤニエにされたいのか?」

「ひゅ⁉」


 直接的すぎる殺人予告に俺の金玉が縮み上がる中、お直はにっこり笑って反対側位にいるお鏡に話しかけた。


「お鏡さん。今回の件提案してくれて本当にありがとう。おかげで目が覚めました」

「あら、いいってことよ。あんたもこの馬鹿の被害者だってわかったしね。で、どうする?」

「そうですね。こんな男のために犯罪者になるのもつまらないですし」

「そ、そうだぜ。俺のことなんか忘れてお前たちは新しい人生を歩み始めるべき ぶふぁっ!?」


 口を開いたのがまずかっただろうか……。

 殺意の波動がごときオーラをまとったお直の蹴りが俺のあごをぶち抜いた!


 脳が揺らされまともに立てなくなる。

 気持ち悪さが半端ねぇ!?


 びくびく震えながら街道で大の字になり、立ち上がることもできなくなった俺に周りの奴らが歓声を上げる。

 なんだ畜生⁉ 見世物じゃないぞ⁉


「ま、このくらいで勘弁してやります。二度と私の前に顔を出さないでください」

「そういうことよこの馬鹿。はー。いろいろやってせいせいしたわ! 天野屋で祝勝会やりましょうよ!」

「お、あんみつですか。いいですね」


 そうして……俺という共通の敵を倒したことで仲が深まったらしい二人が、きゃぴきゃぴ笑いながらその場を去っていく。

 当然立ち上がることもできない俺は、それを無様に見送ることしかできなかった……どうしてこうなったのか。


「な、なんでこんなことに……」

「こんな狭い宿場町で、美人と噂の豪商の娘と、町長の娘たぶらかして遊び歩いていたらそりゃバレるでしょう」


 どこを間違えた? と俺が倒れたまま自問自答を繰り返した時だった。

 倒れた俺の頭上から声がかかる。


 若干朦朧とした意識を振り絞り何とか顔を上げると、そこには黄金の髪と翡翠の瞳を持つ……笹の葉のような長い耳をした絶世の美女がしゃがみこみ、俺のことを見下ろしていた。


「ひぇっ、めっちゃ美人。どうです? この後お茶でも」

「……師匠、本当にコイツ助けないといけないんですか」

「ルルエル君。命に貴賎はないんだよ。それにおじさんガッツがある若者は嫌いじゃないかな」


 つい二人と付き合っていた時の癖で、美人相手に粉かけようとした俺に対し、その美女は氷のような冷たい声音でいつのまにかいた傍らの男に話しかけていた。

 傍らの男は古びた空色の袈裟に、無精ひげを生やした男で口元には戒律など知ったことかといわんばかりに煙管を咥えている……。


「えっと、お二人とも俺になんか御用で?」


 少なくとも、こんな田舎の宿場町にはいない何とも個性の強い二人だ。

 おそらく街道から来た旅人だろう。そんな二人が一体自分に何の用だというのだろうか?


――今の無様を近くで笑いに来たのか?


 先ほどのことが割とショックで、そんな卑屈なことを考える俺に対し、ため息をついた美女は告げた。


「はぁ……。矢郷宿場の成彦さんですね?」

「え? あぁ……はい」

「初めまして。特級怪師をしています。ルルエル・ラクローンです。そっちの生臭坊主が私の師匠で同じく特級怪師の」

「永休宗純です。よろしくね~」

「はぁ……はぁ⁉」


 ルルエル・ラクローン……という名前は聞いたことがないが、永休宗純は田舎者の成彦でも知っている。

 伝説と名高い破戒僧にして、人を不老不死とする人魚の肉を食べた坊主。


「ちょ、有名人じゃん!? なんでこんなところに⁉」

「いやぁ。実はね」

「あなたが特級怪異に狙われていると予言がありました。私たちはその怪異からあなたを守るためにここに派遣されました」

「ちょ、ルルエルちゃん?」

「今の生活態度を改めないと、あなたは早くて明日の夜には……死亡することになりますよ?」


 もうちょっといろいろ包もうか⁉ と背後の永休さんが慌てる中、俺はルルエルさんから冷徹に告げられた言葉にしばらく呆然とした後。


「ふぁぁ!?」


 そんな声を上げるしかなかった。

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