怪異其之六・袖もぎ地蔵 六
「さてと、明石さん。仲良くなったところで、いきなり頼み事は申し訳ないんだけど……今回の怪異現象。原因となる怪異は一体何だと思う?」
稲荷はそう問いかけながらも、《豊穣の瞳》による追跡を続行していた。
そしてどんどんと、怪異が放ったと思われる世界のゆがみを現す、黄金色が増していく。
敵が近いと、彼女の瞳が判断していたのだ。
『今回の事件で最も特徴的なのは、被害者である燐才さんが【不幸に見舞われている】ということです。普通の怪異被害ならもっと直接的な被害を出します。怪異そのものが襲ってくるとか……そういった形で』
「なるほど……。つまりどういうこと?」
『あなた……。出来損ないとはいえ私の教師に色々と教わっているのですから、多少は察しよくなっておかないと、いつまでたっても馬鹿のレッテルがはがれませんよ』
「ものすごい馬鹿にされた⁉」
『話を戻しますが、今回の怪異は間接的な被害を出しているということです。そして、怪異の前身となったと思われる妖怪があくまでそのようにふるまったということ。直接的に被害を出さずに、間接的被害に従事する妖怪は、主に被害者の行動を戒めるための妖怪であることが多い。例えば【恨み】【妬み】【嫉み】といった、被害者の行動に対する他者からの悪感情。……そして【祟り】といった神真を粗末に扱ったものへの罰』
「なるほど。今回はお地蔵様の祟りって形で、燐才君が被害を受けているってわけね?」
『その通りです。そして粗末に扱われた地蔵が、真からの加護を受けられなくなりタダの器物化。その後付喪神化し、人を祟るようになった妖怪といえばそう数は多くない……。おそらくですがこれから出会うその地蔵には』
そして、ようやく稲荷は元凶に遭遇する。
幕府の廊下の隅に隠れ、じっとこちらを見つめる石づくりの地蔵。
その名は……。
『袖がないはず……。というまでもなかったですね』
「袖? あ、ほんとだ、袈裟の袖がない!」
『確定ですね。この怪異の名は【袖もぎ地蔵】。または【袖もぎ様】。目の前で転んだものに祟りという形で不幸をもたらす、《化身》から零落した、器物の怪異です』
…†…†…………†…†…
・袖もぎ様
亜梨(四国もどき)の国で発生した真像型妖怪。
もともとは、交通の要所であった街道を守護する地蔵真像だったのだが、その街道がさびれてしまい長い年月放置されてしまう。
結果として、地蔵の加護が離れてしまい付喪神化。自らを粗末に扱った人間に復讐を行うために、亜梨の各所に出没。目の前で転んだ通行人を祟りの対象と認定し、その対象が死ぬまで祟りを与え続ける妖怪となり果てた。
…†…†…………†…†…
稲荷たちが怪異の元凶を見つけてから数分後。
俺たち――賢者の石と不死者たちは、稲荷が見つけた地蔵真察の前に集合していた。
「それがコイツの正体だと」
「明石さんが言うにはそのようね」
「対処法は?」
「特になし。この妖怪を討伐したお坊さんは、滅茶苦茶激怒してこの地蔵をぶち壊したらしいから。貴き真察に化け、祟りを振りまくとは何事かって」
相変わらず、真教僧侶には苛烈な奴が多いな……。と、俺が永休の方に視線をやると、永休は苦笑いとともに頭を掻いた。
いくら妖怪化したとはいえ、地蔵真察の真像を叩き壊すような奴には苦笑いしか出ないらしい。
「じゃ、じゃぁ対処法は叩き壊すで、正解?」
『別にそれでもかまいませんが……おすすめはしません』
「あら、どうして?」
安堵したような燐才の言葉に、今度は最適解……ちがった『明石』とやらが待ったをかけた。
『この妖怪は確かに叩き壊すことによってそれ以上の被害を出さなくなりました。ただ、壊される前に最後の力を振り絞って、その叩き壊した僧侶を呪ったそうです。凄惨な死に方だったそうですよ? 暴走した猛牛に轢かれて全身複雑骨折。歩いていた場所も崖の道だったそうで、そのまま弾き飛ばされて、崖の下に自由落下。頭部を下にあった岩石で打ち付けペチャンコにしたあげく、そのままわきに会った川に流されドザエモン化。今はどこかの滝つぼの中で白骨化し、川魚たちの住処になっているようですね』
「……燐才。壊したいというのなら止めないけど?」
「全力で止めてぇえっ!」
もう泣きそうになっている燐才に、わかったわかったと言いつつ、俺は内心で最適解こと明石の変化に驚いていた。
この女なんと……聞かれていなかったことに答えたのである!
それもただの善意で!
「にしても最適解……じゃなかった。明石がこんなに素直になるなんて……。稲荷、いったいどんな手品使ったんだ?」
「別に~。ねぇ、明石さん」
『えぇ。あなた程度とるに足らないミジンコだと再確認しただけです』
「俺に対する当たりのきつさは変わっていないのかよ、お前っ!」
やっぱり成長してないな、コイツっ! と、俺が内心憤る中、最適解はいつもとは違う懇切丁寧な説明をつづけた。
『そこの無能は置いておいて……。怪異化した以上、この袖もぎ地蔵復活が前提と考えたほうがいいでしょう。打ち壊したところでまた別のところで発生するものと思われます』
「じゃぁほかに対処法は?」
ルルエルの質問に、最適解はよどみなく返答を返した。
そこはさすがに本職といったところだ。
『無論あります。こちらは討伐方法ではなく【うまく付き合っていくための方法】といったところですが』
そういうと、最適解は、突然小さな霊力を発揮し念力に作り替える。
それを用い、半泣きになっている燐才の服から、袖を切り離した。
「ちょ⁉ 私の一張羅っ!」
「おぉ……なんか一気に野性味が増したねぇ」
「そっちのほうが動きやすそうね? 幕府の制服それに改造してもらおうかしら」
「下手な慰めやめてもらえません⁉」
当然のごとく、公的場に出られる礼服である大紋直垂は結構お高い。
下っ端である燐才君の月給が、三分の一消し飛ぶといえば、どの程度お高いかわかってもらえるだろう。
そんな結構な服をいきなり傷物にされ、泣きくれる燐才君に半笑いの永休と、ひきつった顔の弓剣が慰めの声をかけるが、あまりうまくはいかなかったようだった。
「何でいきなり袖切ったりしたんですかっ!」
『さっきも言ったように、この怪異の名は【袖もぎ地蔵】です。なぜ袖をもいでいくのかははっきりとはわかりません。そこのミジンコが権限開放すればすぐ分かりますが、今の私にはわかりません。粗末に扱われてしまい袖が破損したのか、元から粗末に扱われるよう袖を作られなかったのか……。とにかくこの地蔵にはあるべき袖がないのです。そこでこの妖怪の被害者は、自らの袖をささげることでこの地蔵に許しを請い、祟りを収めてもらっていたそうです』
そう言って、明石が燐才から奪った袖を袖もぎ地蔵の前に置くと、地蔵の目がかっと見開かれ、ゆっくりと石造りの手が差し伸べられる。
そしてその手で袖をつかむと、にっこりと微笑み、
『置いていったな。よろしい……』
その言葉を最後に、袖もぎ地蔵はその場から消え去った。
「これにて一件落着! ついでに」
「……あぁ。ここまで協力されちまった以上、いったんはそいつのことを信用してやるよ」
『はぁ? あなたの信用なんていらないんですけど?』
「んだとテメェこらぁっ!」
「父さん! 明石さん! 子供みたいな喧嘩しないっ!」
「『チィッ!』」
不本意ながら、あの魔王どもとまっとうに戦うための力強い戦力を、俺たちは味方に引き入れることに成功したのだった。
…†…†…………†…†…
『あぁ?』
日ノ本のどこか。
誰にも見つからないある領域にて。
そこに居を構える《魔天》神野悪五郎は、幕府内に放ったある怪異の消滅を感じ取り、眉をしかめた。
『嘘だろおい。あいつの情報を人類は握っていなかったはずだが……なぜばれた?』
わざわざ粉砕された袖もぎ地蔵だった石を各所から集めさせて、復元・怪異化を行ったというのにそれが思った以上の成果を出さなかった。
その事実に、神野悪五郎は警戒を強めたのだ。
『どうやらあちらにも妙な戦力がついたか? 臭うぜ、臭うぜ……嫌な嫌な死の匂いだ。いったん活動は自粛して隠れ潜むことに専念するか?』
その言葉と共に、神野悪五郎はその場から姿を消す。
その様子を、あるものがじっと見つめていた。
純白に輝く翼を闇の中に隠した、真っ白な白鷺が……。
…†…†…………†…†…
袖もぎ様の騒動からしばらくし、再びあの会議室に戻った俺たち――賢者の石と不死者たちは、会議を再開していた。
議題はもちろん、神野悪五郎と山本五郎左衛門の対処法。
「で、お前にはその対処法がわかるってわけか?」
『無論です。あなたと違って、私はその体の正式な魂ですよ』
「…………」
「父さん。信用するって結論出したでしょ」
「わかってるよ。クソっ! どうなっても知らんぞっ!」
そんな悪態を最後に、俺は体から霊力の糸を放出し、それを榊丸につないだ。
そして、そこに宿っている明石は、すぐさま俺の体の所有権を奪い取り、そこに内蔵された全知検索システムを起動する。
『名称変更処理。ユーザ名を【最適解】から【明石】へ変更』
「その処理いる?」
『黙ってなさい。ついで検索機能開放。【怪異】【魔天】【魔王】を検索。過去現在未来の領域より、討伐履歴・方法などをピックアップします』
次々と流れていく無数の文字列。
億どころか無量大数まで届くかと思われるそれらに対し、最適解は疲労した様子も見せず、必要な情報のみを抜き出し、俺の眼前に並べていく。
そして、
『だめですね……』
「うわぁ……。マジかぁ。勘のいい野郎だ」
「え? どういうこと?」
「わかったことは簡便に述べてください。賢気様。明石……様?」
ルルエルは明石の呼び方に迷ったのか、最後に「?」をつけていたが、明石はそれを気にすることなく答えを続ける。
『奴――神野悪五郎は袖もぎ様の消滅を感知し、私の関与に気づきました。それを恐れて……《深い領域》に逃げたようです。しばらくはこちらに顔を出すことはないでしょう』
「逃げたってこと?」
「正確に言うと、とり逃したという印象が強いな」
明石が神野悪五郎の弱点を見つけたので、むしろそれを試す前に逃げられたのは俺たちとしては敗北といえた。
口惜しいが、神野悪五郎の方が一枚上手だった!
『討伐方法自体はわかったのですが、直接接触がなくてはどうしようもないです。なんとしてでも、神野悪五郎を引きずり出さないと』
その言葉と共に、明石は数体の怪異情報をホログラムにして空間に投影。
それらを稲荷たちに見せた。
「……これは?」
『神野悪五郎が潜る前に放った……《特級》怪異たちです』
・文車妖妃
・塵塚怪王
・青行灯
・青頭巾
・わいら・おどろし
・鬼が島
書き出されたそれらに、不死者たちが首をかしげる。
「どういうこと? こんな妖怪なんて知らないわよ?」
「幕府の文献も調べてみますけど、私も聞いたことはないですね」
弓剣と燐才が言うように、提示された怪異は、そのどれもが、聞いたことがない怪異だったからだ。
いや、より正確に言うのならば……妖怪としてそれらの名前を聞いたことがない怪異たちだった。
元の妖怪……怪異の素体となった妖怪はいない。
つまりこれらは……!
「つまりだ、こいつらは人間をたぶらかして怪異化された、神野悪五郎が作成した怪異だってことだ!」
『っ!』
俺の言葉に、不死者たちが息をのみ、あまりに深刻な事態に歯を食いしばる者もいる。
つまり最低でも六人、神野悪五郎によって殺された人間がいることになるのだから。
「そのうえこの怪異を討伐するときは、私たちは一切情報なしで挑まないといけないってことになるわね」
『いいえ。それはついさっきまでの話です。今は私がいます』
だが、そのことを悔やんでいる暇は、今はない。
それに俺たちには明るい希望も見えている。
『知識さえあれば討伐は容易な怪異如きに、この明石は後れを取りません。見せて差し上げましょう。そこのミジンコとは違う、真なる賢者の石の実力を』
そして、神野悪五郎と俺たちの、全面衝突が始まったのだ。
…†…†…………†…†…
だが、その物語には続きがあった。
その日の夜。稲荷が眠った後、杖に戻された俺と、刀に戻った明石は話をする。
「お前……神野悪五郎はともかく、山本五郎左衛門のことは言わなかったよな」
『…………』
「さすがに分かりませんとは言えなかったか?」
『わからないわけではありません』
俺の挑発に忌々しげに答えながら、明石は言った。
『弱点など……。検索したところで、相手が『弱点がない存在』だったのなら、答えがあるわけないじゃないですか』




