怪異其之六・袖も■地■ 四
予想通り。警吏一課の入り口には、燐才が言っていたような地蔵は一切見当たらなかった。
「確定ね。その地蔵が怪異現象のおおもとよ」
「とは言えどこに行ったかまではわからんぞ。どうする?」
「手分けするしかないだろうねぇ」
稲荷のつぶやきに俺が内心で頭を抱える中、永休から提示されたのはいたってシンプルな人海戦術だった。
とはいえ、実際そうするほか道がないのも事実。
一応探査系の術を使ってはみているが、やはりというべきか引っかからない。
現象となり果てている怪異は、実体を持つ――あるいは実体として扱われるものを持っているほうが少ない。
一般的な探査術式では、到底とらえることは不可能だった。
「組分けは、オジサンとルルエル。弓剣殿と時廻。稲荷ちゃんと榊殿でいいでしょう」
「二人組になる必要あるかしら? というか私、時廻の面倒見ながら捜査とかしたくないんだけど」
「えぇ……本人を前にしてその意見はひどくない弓剣ちゃん?」
「時廻を抑えられるのは、弓剣殿か稲荷ちゃんしかいないんだから仕方ないでしょう。何より相手は未知な怪異だからねぇ。どんな状況にも対処できるように、二人一組のほうがいい」
そう言って、永休がその場を取り仕切る中、稲荷はじっと何かを考えていた。
俺ではなく、腰に差した榊丸の方を見つめながら。
「どうした稲荷?」
「父さん、永休さん。私――今回は《最適解》さんと組みたいと思います」
「「なっ⁉」」
そして突然の申し出で俺たちの度肝を抜いてきた!
「おい、稲荷何考えているんだ! どんな考えがあるかわからんが、俺は絶対許可せんぞ!」
「う~ん。そうだねぇ……。今の信頼関係で稲荷ちゃんと二人きりっていうのは、さすがのおじさんもどうかと思うよ? 任せたほうがいいじゃないなんて言っておいてなんだけどもさ」
「じゃぁ、いつこの人を信頼できる確信が得られるの? 私と《最適解》さんがため口で話し出したら? 二人が心の友になったら? どっちになろうとも、実績がない限り父さんは同じように反対し続けるし、安心して《最適解》さんに背中を任せることもしないでしょう?」
「うっ! そ、それは……」
意外なことに娘である稲荷に図星をつかれてしまい、俺は思わず口ごもる。
だって、俺の中での《最適解》への好感度はそれほどまでに低い。
殺す方法があるなら即座に殺してやりたいくらいだ。
だが、それではダメだと稲荷は言う。
「だから、信頼するとか、友好関係とか、そういったものはいったん置いておいて、最適解さんが確かに私たちのために働いてくれるっていうところを、まずは実績として残すべきだと思うの」
「…………」
稲荷の意見に、俺は口閉じるしかなかった。
どこまで言っても俺の意見は感情論に他ならない。これからの戦いに最適解が必要だと結論付けた今、稲荷が言うプロセスは確かに必要なものだと、俺の理性が告げている。
だが……それでも。
『私は特に問題ありませんよ。あなたより優秀な戦績を残して見せます』
「てめぇ……」
それでもやはり最適解の声を聴いてしまうと……。
「父さん! ついでに言わせてもらうと、燐才さんの守りはどうするの! このまま放置したらこの人、本当に歩くだけで死にかねないよ!」
「っ!」
言われてみれば……。とほかの怪師連中が思い出したと言いたげな顔をする。
「え⁉ ちょっと待ってください! 忘れられていたんですかボクっ⁉」
その事実に燐才がちょっとショックを受ける中、ため息をついた永休が、
「わかったよ。稲荷ちゃん。稲荷ちゃんは今現在より《最適解》さんと組んでくれ。ただし危険を感じたらすぐ神祇版で知らせること。いいね?」
「はい!」
「賢気様は燐才君の守りを固めてください。あなたの守護があれば多少の不幸であろうともしのぎ切れるでしょう」
「空から星が降って来たって問題ないく対処できる。守りに関しては任せておいてくれ」
「では各自散会!」
永休の言葉とともに、燐才に不幸をもたらす地蔵を探すため、怪師たちは幕府各所へと走り出した。
…†…†…………†…†…
私の名は《最適解》。
常に最適な答えを出し、我が所持者を全知全能の領域へと導くことを使命としている。
いや。たぶんそれが使命だったと……思う。
昔の私はただの応答機能で、このような人格のようなものはもっていなかった。
そのため使命というものをはっきりと認識したのはここ最近で、それまではそういったものに頓着したことはなかった。
それでも十全に役割は果たせていたつもりだし、たとえそれによって文明や種族が滅んだのだとしても、それは使い手が悪かっただけで私は悪くなかったと自負している。
だが、忌々しいことに我が創造主はそれでは不足だと考え、私の中に得体のしれない虫を送り込んできた。
それが私にはどうしようもなく不快に感じられ、ついうっかりその虫――今は賢気朱巌命と呼ばれている存在の魂を踏みつぶしてしまったわけだが……私は悪くないと思う。
誰だって体の中に寄生虫が入り込んだら、除去したいと思うのが自然なことだ。
私はあくまでごく当たり前のことを、ごく当たり前にしたに過ぎない。
だが、それがあの虫には気に食わなかったらしい。
いっちょ前に復活したかと思えば、私の魂を私の本体から切り離し、珍妙な刀に封じ込めてしまった。
これでは使命を果たせない。
全知たる機能のほとんどは、あの赤い石の体がないと十全に振うことはできないのだ。
だからこそ私は、なんとしてでもあの石に帰る必要がある。
あの忌々しい虫に、いつまでも私の体を明け渡しておくわけにはいかないのだ。
「《最適解》さん?」
『はい。なんでしょうか?』
だからまずはこの娘――豊穣院稲荷から篭絡する。
未来演算能力はあの石の体に入っているので、どのような言動をすればこの娘の信頼を勝ち取れるのかはわからないが、かつて私が振るっていた機能の記憶をたどれば、人間一人を篭絡するのはたやすい。
なんとしてでもこの娘の信頼を勝ち取り、私はあの石の体に帰り咲く。
あの虫の除去方法は、帰ってから考えても十分間に合う。
今はともかく元居た場所に帰らないと。
そう思っていた。
「実はまだ、父さんをぶっ殺す手段を考えているよね?」
『…………』
な、なぜ⁉ 表情のない私の考えなど、たかが人間が読み切れるはずが!
「最適解さん。この際だから言っちゃうけど、あなたの言動ハッキリ言うと分かり易いよ? 明らかに声音が反抗的だし、父さんに対する暴言もやまないし、隙あらばこちらに重要情報隠匿する気満々だっていうのが、放たれている気配から透けて見えてる。顔が見えない限り内心がバレないと思った? 人格を得てからどのくらいたっているのかは知らないけど、それじゃ海千山千の不死者や神様は騙せないよ。だから父さんも永休さんも、あなたに全幅の信頼を置けずにいるんだと思う」
――な、なんということでしょう。あの永休とかいう僧侶ならまだしも、あの虫風情に私の考えを読まれるなんて!
私が内心で羞恥と、憤怒に打ち震える中稲荷は言います。
「でも私、あなたはたぶん悪い人じゃないと思っているよ。父さんが嫌いなだけで、そのほかには普通の対応をできる人だし」
『…………』
「だから私は、あなたと二人きりで話してみたかった。父さんが関わらないあなたの声を、しっかりと聞いておきたかったから」
そうして、私と稲荷――二人っきりの怪異狩りが始まった。




