怪異其之六・■■■■■ 一
おいてけぇ……おいてけぇ……
…†…†…………†…†…
京域。安条京内部。
そこに建てられた巨大木造建造物――榁待幕府本拠地・華之御所に、5人の人間が集いつつあった。
五人がいるのは《怪異対策室・怪師課》。
現在日ノ本を騒がせる怪異に対応するために幕府内部に設置された、特殊調査機関であった。
集っている面々は以下の通り。
「それで、緊急の呼び出しって何ですか、賢気様」
《日ノ本最強》《不死百足》
尼野弓剣。
「拙僧、こう見えて忙しいんだけど……」
《頓智の永休》《八百僧正》
永休宗純。
「師匠……そんなすぐばれる嘘つかなくとも」
《西欧妖精》《鉄の処女》
ルルエル・ラクローン。
「質問しつもーん。なんで僕この会議室に来てなお縛られてるの?」
《時空妖怪》《大体元凶》
時廻童。
「あんたは放したらすぐ逃げるでしょうが」
《歩き巫女》《稲荷姫》
豊穣院稲荷。
以上五名が、現在怪師として日ノ本で活動している、対怪異のスペシャリストたちだ。
そんな彼らに対し、稲荷が握った錫杖の先端から声が飛ぶ。
「悪いなお前ら。わざわざ集まってもらって。今回の議題はほかでもない……」
「「「「「………………」」」」」
そこにあったのは深紅の宝石。神話の時代よりこの世界にあり、多くの知恵をもたらしてきた転生者の魂が入った器物。
「本格稼働を開始し始めた、山本五郎左衛門と、神野悪五郎についてだ」
《賢気朱巌命》――またの名を《賢者の石》。
それが会議を始めるため、この会議の主題を告げた。
…†…†…………†…†…
俺――賢者の石は、目の前で眉を寄せ、うめき声をあげる不死者たちの姿にため息をついた。
言いたいことはよくわかるし、俺だって正直あれらの話はしたくないからだ。
だが、放置するわけにもいかない。
「怪異事変によって生まれた第一次怪異。それらが広く日ノ本に知れ渡ることによって、あいつらは本格稼働を開始すると、怪異事変の主犯格たちは言っていた。逆に言えば俺たちがあの二体の怪異魔王に対して知る情報はその程度だ。いずれ動き出す……怪異の恐怖を保証する者たち。で、実際会ってみてどんな雰囲気だ?」
「どんな雰囲気もクソもないわよ。本格稼働山本はどの程度か知らないけど、斎場を守っていたあの化け物規格の存在なら、私たちには手に負えないわ」
真っ先に口を開いたのは、俺の娘であるがゆえに遠慮がない稲荷だった。
稲荷はため息とともに、神祇版を取り出し、かつての戦いの光景を立体映像にして俺たちが座る円卓の上へと投影した。
「攻撃は一切無効化。逃走も出現と同時に発生する結界でほぼ不可能。山本の攻撃に対する防御行動はとれるけど、それだって恐怖を助長するためだけに、あえて攻撃を回避させたり受け止めさせたりしている可能性が高いわ。本気になればそれこそ、百足丸規格の不死性能じゃ両断されるってわかっているでしょう」
「ほんと、忌々しい。私以上に刀の扱いに長けるなんて」
稲荷の言葉に舌打ちを漏らしたのは弓剣だ。
彼女は円卓上に映し出された光景を苦々しげに見つめていた。
煌々と燃え上がる篝火を囲み、次々と命を燃やしながら世界に溶け込んでいく妖怪たち。
それを守る様に立ちふさがるのは一体の白い鎧武者だった。真っ白な札の集合体によって作り出されたいびつな鎧武者……。
それによって切り裂かれ地に伏した自分の姿を、いまだに彼女は悔いているらしい。
あそこで自分が敗北しなければ、今の怪異事件たちは起きなかったと言いたげに。
「いや、弓ちゃん。あれはしゃーないよ。あれはそういう存在として形作られた。いざアイツの能力圏内に入った時に、あらがえる人はこの時代にはいないって」
「そうですね。抵抗するなら神代規格の神秘や術式が必要です。百足丸の不死性能はあくまで古代規格。不死者としての性能は、お世辞にも高いとは言えませんから」
神代を知る時廻童とルルエルの言葉に、弓剣は不満げな顔をしながらも、ひとまずは愚痴のような益体もない発言はやめた。
かつて神々が振るった権能と、人間が信じることによって得られた古代の異能とでは、明確なまでの《異能強度》差が立ちふさがる。
怪異たちは、妖怪が自らの命を支払うことでその異能強度の格差を飛び越え、古代規格の異能であるならば、容易く打ち破れる権能を得た。
いかに日ノ本最強の弓剣とは言え、攻撃がそもそも通じないうえ、自身の不死をぶち抜いてくる相手では、不利になるのは仕方ないことだ。
問題なのは、その忌々しいまでの異能強度をどのようにして打ち破るか。
「ふむ。だがオジサンが思うに山本はしばらく放置でいいともうよ?」
「というと?」
「だってあれ、あくまで怪異が人の道具になり下がらないための救急処置でしょう? 怪異を悪用して自分の利益を得ようとする人間が出ない限り、あれの出現はない。そして出現したらしたで、ただの自業自得だ。注意喚起はもうしているし……オジサンたちが政府越しにできることなんて今のところはこの程度だとおもうよ」
「そうね……」
永休の、一見冷たい言葉だったが、この場にいる面々はその意見には同意のようだった。
まぁ、それも仕方ないことといえる。
山本の名前がついたあの事件。今思い出してもあの愛妾には、救いがたいものがあった。
正直に言うと、今の俺たちにああいった人間を救っている余裕はなかった。
現状たった五人で日ノ本中に出現する怪異の対応をしているのだ。
救える命にはどうしたって限りがある。
「それよりも問題なのは神野悪五郎の方だ」
「《怪異を生み出す者》《魔性の天を作る者》か」
怪異事変の折、山本と並ぶ存在として妖怪たちがあげたその名を、俺は内心で反芻する。
そして。
「舐めてんのかって名前だな……」
「真に悪い五郎さんだもんね……」
「あれ本気でつけたんでしょうかねぇ……」
「生まれたての存在に高尚な命名感性求めるのは間違っているんじゃない?」
俺の言葉に、稲荷の頬が引きつりルルエルがため息を漏らす。
唯一含み笑いを漏らしている時廻童は、むしろよくやったほうじゃない? と斜め上の評価をしていた。
「確かにふざけた名前だとは思うよ。でも、捨て置いていい存在でもないんだよねぇ……。条件はわからないけど、あれは人間すら怪異化してのけた。妖怪が怪異になるのはわかる。あれは種族上、どうあがいても人の強い感情を求めてしまうから。怪異になってでも、かつての生活を取り戻したいという気持ちはわかる。口車にも乗せやすいだろうし、怪異化の手順もほぼ解明できている。だけど、人間まで怪異化できるというのは……」
「確かに。洒落にはならんか」
妖怪たちはあくまで霊力に意思が与えられ受肉した、精霊種族。当然肉体をもとの霊力に戻すのに苦労はせず、怪異化も術式さえ知っていれば容易く行える。
だが、人間は霊力とは関係なしに生まれた受肉体を持つ種族だ。
生半な術式では霊力にして世界に溶かし込むなど、できるはずがない。
それはかつて神仙たちが目指した、最大神秘の一角である《世界との同化》に等しい所業だからだ。
「古代規格の神秘しか持てない一怪異では、ありえない事態だ」
「だからこそ魔天として位置づけして、術式の出力を上げているとみるべきだろうねぇ」
そして、そんな奴が日ノ本でのさばっているとしたらどうなるか。
「稲荷。どう見る?」
「答え持っているのに聞くのはやめてよ、父さん。このまま神野悪五郎をのさばらせておくと、怪異は延々と増え続ける。最悪の場合、呼吸するだけで怪異が発生し、人々が常に苦しめられる未来が出来上がりかねないわ」
「そういうことだ……」
俺と稲荷が想定している最悪の事態を聞き、ほかの不死者たちはため息とともに頭を抱えた。
「だが、幸いなことにあいつは山本とは違い、積極的に活動している。だからこそ情報も入ってきやすい。全国津々浦々しているうちに情報をいくつか手に入れた奴もいるだろう。その情報を今回の会議でまとめて、神野悪五郎への対抗策を考えたいというわけだ」
「そんなことしなくてもさぁ、稲荷ちゃんの刀に封じた御仁に、話をしてもらえばよくない」
俺の発言に茶々を入れるかのように、時廻童がニヤニヤ笑いながら稲荷が膝の上に置いている刀を指さした。
だが、その意見に対し俺が内心で眉をしかめるよりも早く、眦を吊り上げた弓剣が怒号を上げた。
「ふざけないでよ時廻。そいつが怪異事変の時に何をしたか忘れたのっ!」
「いやいや、それは道具の使い方を間違えただけであって、その子はいまだに回答機能は健在でしょう? うまく使えば怪異事変の時のような裏切りはないでしょう」
『裏切りとは失礼ですね。私はあくまで聞かれたことに対する返答を出したのみ。山本の護衛に関しては聞かれなかったので答えなかっただけです』
にやにや笑った時廻童に答えるように、稲荷の刀――新月刀・榊丸国綱が声を発する。
女のようなその声の主こそが、かつて俺の能力の根幹を担い、そして俺のことをさんざん苛め抜いて精神崩壊まで追い込んだ忌々しい奴――《最適解》だった。
…†…†…………†…†…
おいてけぇ……おいてけぇ……おいてけぇ……おいてけぇ……
…†…†…………†…†…
《怪異事変》
それはかつて妖怪たちが行った大量自殺事件であり……日ノ本が怪異という厄介事を抱え込むことになった、日ノ本最古のテロ事件である。
だが、当時俺――賢者の石は、この事件がこれほど大ごとになるなどとは思っていなかった。
何せ事件の発生予兆は幕府の方できちんと察知しており、その知らせを受けた俺たち不死者も、捜査協力という名目でその対応を手伝っていたからだ。
全国四十八箇所で行われた、妖怪を怪異に変えるための大儀式。
本来なら極秘であったその情報を、俺たちは最適解を用いてつかんでいたし、儀式開始前には儀式上すべてに同心たちの配備もすんでいた。
負けるはずのない戦いだった。
たとえ一つでも儀式が成功すればいいという数撃ちゃ当たる戦法を相手がとっていたとしても、先手は常にこちらがとっていた。
唯一、《最適解》が『なお、最重要である安条京地下の斎場においては、限定的に《魔王》の権能を発現した護衛式が存在している』という重要情報を伏せていたという事実を除いては。
「こいつが《魔王》がいると教えなかったから、あの時私たちは、斎場破壊に失敗した。この怪異事件の数々も、極論してしまえばそこの《最適解》が原因だといえるわ」
「俺も弓剣に賛成だ。この女は俺の嫌がらせのためになら労力を惜しまない。そんな奴に背中を預けることはできん。だからこそ、俺は《最適解》の人格のみを榊丸へと移植し、こいつの人格と演算機能を切り離し、一般人程度の思考力までコイツの機能を制限したんだ。最適解を使うってことは、それをつなぎなおしてコイツに好きに演算させるってことだぞっ! 許容しかねるっ! またどんな埋伏の毒を仕込むかわからん!」
額に青筋を浮かべる弓剣と、俺による怒りの発言に時廻童は肩をすくめて流すだけだ。
「でも実際どん詰まりであることは確かでしょう? 《魔王》と倒す方法も、《魔天》を倒す方法も、ボクらは知らない。そして自力で倒すなんて意地を張って、あいつらの討伐に時間がかかればかかるほど、その被害は拡大していく。山本はともかく神野は、なんとしてでも止めないといけない。手段を選んでいる場合じゃないっていう話だったと思うけど?」
「っ!」
そして、時廻童にしては珍しいほどの正論による反撃を受け、俺は思わず黙り込むしかなかった。
時廻童に言われた通り、神野に対する対応はできるだけ素早く済ませる必要がある。
最低でもあの魔天の撃退方法を知らなくては、日ノ本は怪異であふれかえってしまうのだから。
だが、
「だとしても、俺たちの中で最適解に《隠し事をさせない》よう立ち回れる奴がいるか?」
「永休和尚なんていいんじゃない?」
「ダメだねぇ」
「まさかの否定⁉」
時廻童の中では大本命だったであろう永休の推薦。だが、それはにべもなく永休本人によって否定された。
「確かにオジサンならいい感じの言葉で質問して、事実隠ぺいを許さないことはかなうと思うよ? 知恵が回ることをとったら、オジサンには何も残らないしねぇ」
「だ、だったら」
「でもオジサンの知恵はあくまで誰かの裏をかくことに特化している。オジサンと付き合っているうちにそれを学習されたら、いよいよオジサンにも手を付けられなくなるよ。そう遠くない未来に、オジサンでは怪異事変の二の舞を演じることになる」
「ほれ見ろ。こんな奴、頼らないほうがいいんだよ」
永休の言葉を聞き、時廻童の意見を却下しにかかる俺に対し、今度は永休から待ったがかかった。
「いや、それに関してはオジサンも時廻童に賛成かな」
「なん……だと⁉」
「怪異に対して有効なのは怪異に対する知恵だからねぇ。知恵に特化している彼女の力を借りられるのなら、それに越したことはない。だからこそ、いい加減、オジサンたちは彼女に向き合う必要性がある」
「無理だ! こいつが俺とどれだけ犬猿の仲か知っているだろうっ! 俺がこっち側にいる間、こいつは絶対に味方になったりしない!」
「無論、オジサンも数万年単位での不仲をどうこうできるとは思っていないさ。彼女と積極的に付き合っていくのなら、賢気様とは違った別の人間が折衝役に立つべきだ。それも、賢気様に対して敵愾心むき出しの彼女に、味方してもいいと思わせるほどの人たらしを……」
そういうと永休は、俺からわずかに上へと視線を移す。
そこにいるのは俺を首からぶら下げている……。
「え? 私?」
稲荷の顔があった。
もうご存じの方がおられるかもしれませんがご報告いたします。
この度、この物語が……
コミカライズされました。(寝ぼけ眼)
コミカライズされました?(二度見)
コミカライズされました!(まだ寝ているかと頬をつねる)
コミックポルカと、ニコニコ静画出現在公開中です。
良ければ見て行って! そしてお金を落としてっ!
それだけでモチベーションが上が(修正
冗談はさておき、これも長い間応援してくださった皆さんのおかげです。
いまだに終わりが見えてきませんが、ひとまず応援してくださった皆さんに、
大きな恩返しができたかと思い、一安心しているところです。
よろしければ皆さんも一緒に、絵となった賢者の石たちの活躍を、見ていただけると幸いです。
そして、最後に一言わせてください。
コミカライズされました‼(いまだに信じられない)
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