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怪異其之五・■縁■ 二 

 すべての始まりは、とある村を弓剣が訪れたことだった。

 弓剣が到着したその時、その村では村はずれにあった古ぼけた家屋に、村人全員火をつけようとしていたのだ。


「ちょっと、ちょっと、なにしてんのよっ⁉」


 さすがに家屋に放火を働こうとしているところを見逃すところはできなかった弓剣は、慌てて村人たちの前に飛び出し、事情を聴くために身分を明かした。


「幕府直轄の《怪師》。尼野弓剣よっ! 逮捕権はないけど、不審な放火なんて犯罪にはさすがに報告義務があるのっ! 私の目が黒いうちには、この家には指一本触れられないと思いなさいっ!」

「っ! あ、怪師のお方ですかっ⁉」


 だが、返ってきたのは予想外の反応だった。

 弓剣の身分……いいや、怪師という名を聞いた瞬間、村人たちの先頭に立っていた老人が膝をつき、涙ながらに弓剣に縋り付いたのだ。


「え⁉ ちょ、なによ⁉」

「どうか、お助けくださいっ! お助けくださいっ! 怪異が……怪異がこの家にっ!」

「なんですってっ⁉」



…†…†…………†…†…



 事情を聴くため、弓剣は老人――村長の家へと招待され、そこで囲炉裏を囲むことになった。


「で、どうしてあの家に怪異がいるなんて言い出したの? さっきざっと調べたけどそんな気配は……」

「それは……お恥ずかしい話になるのですが、あの家に住んでいた者たちの話をしなくてはなりません」


 そういうと村長は、一冊の本を書棚から取り出し、それを弓剣に手渡した。

 弓剣はそれをぱらぱらとめくり、首をかしげる。

 特に事件に関係がある用には見えなかった。なぜならその書籍は。


「ここいらの水利権関係の書類のまとめじゃない。これが一体何だというの? ん? 待ちなさい。何この不自然に消された箇所は?」


 だが、その書類を流し見する中で、弓剣は墨で真っ黒に塗りつぶされた箇所が、いくつかあることを見つけた。


「そこに記載されていたのが、あの家に住んでいた者たちです」

「……さかのぼって20年ほど前から消されているみたいだけど、理由は?」

「そのころに起きた水害の後のことです。……突然の洪水に畑をやられたこの村の雰囲気が悪くなり、ワシ等は互いにその責任を擦り付け合うに至りました。そんなことをしても仕方ないとはわかっていても、丹精込めて作った畑を一瞬でつぶされてしまい……ワシ等も気が動転していたのです。ですが、このまま無作為に誰もかれもが罵り合っていては、復興するものもしません。ワシ等には、それらすべての責任を押し付けるものが必要でした。だからワシは、あの家の者たちにそれを」

「あなた……自分が何言っているのかわかっているの? それって要するに、あなた達、村八分をしたって言っているのよ!」


 村八分。日ノ本に昔から伝わる悪習で、集落で問題が起こった場合、つまはじき物を作り、それらすべてに罪をかぶせて、起こった悪いことを押し付けるという風習だ。

 具体的には村落社会で起こりうる行事――成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行の八つの行事に、村八分にした家を参加させないようにする行為で、ひどいものだと水源の使用禁止や、付近の山への立ち入り禁止など、生活を脅かしかねない制限まで与える行為だ。

 だが、当然のごとくその行為は、幕府は承認していない。

 それはあくまで民間による、民間によって行われる私刑でしかないのだ。

 むしろ一戸世帯分の経済活動が止まり、無意味に人が死ぬことから、血反吐を吐きながら収入元を維持しようとしている幕府にとっては、邪魔以外の何物でもなかった。


 そのため、榁待幕府に行政・司法権が移行して以降、村八分の悪習は法度によって禁止。

 行った村落には厳罰が与えられることが広く知らされていた。


「ですが、ワシ等にはあの時ああするほかなかった。起こった水害に心が折れたワシらには、もはやだれかにその責を押し付けることしかできなかったのです!」

「言い訳なんかっ! っ!」


 身勝手なことを言う村長に、怒りをあらわにする弓剣だったが、それ以上の言葉は飲み込んだ。

 人として許しておけないという気持ちは当然あるが、今の弓剣が持つ公的権力は怪師のモノだけ。逮捕権も、裁判権も今の弓剣は持ち合わせておらず、ここで村長を糾弾したところでそれこそ私刑にしかならないのだ。

 何より、今の話の主題はそこではない。

 この村で生まれ落ちた怪異について、弓剣は問いたださなくてはならなかった。


「……ふーっ! いいわ。今そのことは。ひとまずその件に関しては後で幕府に報告します。今はあの家について話をしてください」

「はい……。すべての始まりはあの家の家族が死に……そしてその家に娘が生まれたことをワシらが知らなかったことから始まります」

「娘……ですって⁉」


 弓剣はその事実に心底驚いた。

 先ほども言ったように村八分においては、生命すら脅かす制限が課せられる。

 水源の使用を禁じられ、食料の宝庫である森にも入れず、家の周囲を見回したところ、ろくに水をもらえなかった畑も枯れ切っていた。

 あれではろくな食料は得られないだろうし、何より禁じられた行事の一つには出産さえある。

 まっとうな産婆や医療機関の補助が得られないこの集落での出産が、無事に行えたとは思えなかった。


「ですが、あの家族は確かに娘を生み、そして育てていたようなのです。そして、彼らはワシらに娘が脅かされることを嫌ったのでしょう。生きている間にはその存在を明かさず、ただやせ細りながら、枯れた畑で細々と何かを作っておりました」


 やがてその夫婦は畑にも顔を出さなくなり、家から出てこなくなった。

 それから半年ほどして、村人たちが夫婦は死んだのかと家に確認に行くと、家から一人の美女が顔を出したのだという。


「娘は……お縁と名乗っておりました。そして両親は半年前にしに、埋葬したと」

「お縁?」

「得体のしれない美しさを持つ、不気味な娘でした」


 だが、それ以外に関しては、お縁はひどく明るい女だったという。

 その快活な笑みと絶世の美貌は、人を引き付ける魅力があった。

実際村の未婚の男たちは何人かほだされ、村長たちの警告も聞かずお縁のもとに足しげく通ったらしい。

だが、それも長くは続かなかった。


「どうして?」

「あの娘は両親の跡を継ぎ村八分を受けておりました。水も飲めぬ、まともな食料も得られぬ。そんな状態で約二年、あの娘はあの家での日々を過ごしました」

「それは……明確な殺人行為だとわかっていてやっていたの?」

「はい。今では後悔しています。あんなことをしなければ……少なくとも何も知らずにいられたのに」

「ん? どういうこと?」

「痩せなかったのです……」

「……なんですって?」

「それほどの日々を過ごしてなお、あの娘は変わることなく、美しい見た目のまま笑顔であの家に住み続けたのです!」

「…………」


 その言葉に弓剣はぞっとした。

 自分は不死者だ。百足丸という刀の加護により、不変の肉体を得ることができ、食料などの栄養補給も必須ではなく、娯楽の位置まで落とし込めた存在だ。

 だから、その娘が自分と同じ存在である可能性は当然のごとくある。

 だが、不死者は国によって厳重に管理されている。何よりとある巫女が持つ、あの石と刀が、その発生に気づかないはずはない。

 では、つまり……その娘は。


「常時発現型の怪異。でも、一定行動に反応して発生するという、怪異の原則からは外れる……。そんな怪異、今までいなかったはずなのに⁉」

「ワシ等は恐れおののきました。ワシ等は何か、とんでもないものを生み出してしまったのではないかと? 何か恐ろしいものを作り出してしまったのではないかと。幸い娘はワシ等に友好的でした。村八分をやめた後は、話をすることもかないました。だから…・・・だからワシ等は、結婚の面倒を見てやると言い、たまたまこの村を訪れていた薬売りにあの娘を」

「押し付けたというのっ⁉ 何なのかもよくわからないその女をっ!」

「仕方がなかった! 仕方がなかったんですっ! もうこの村にあの娘は置いておけないっ! だったら……だったらせめて気分よく出て行ってもらうほかっ」

「ふざけんじゃないわよっ!」


 いよいよ頭に血が上った弓剣が胸倉をつかみ村長を吊り上げる。

 そのことに悲鳴を上げ、荒い呼吸をする村長に、弓剣はいよいよ尋問じみた詰問をぶつけた。


「自分たちが何をしたのかわかっているのっ! 無関係な旅人に得体のしれないものを押し付けて、そいつが死んだらどうするつもりっ! 何一つとして責任を取ろうとしなかったアンタたちが、いったいどうするつもりだというのっ!」

「ワシ等は悪くない! ワシ等はただ生きるのに必死だっただけだっ!」

「ふざけんじゃないわよっ! 一世帯の人間遠回しに殺しておいて、挙句無関係な人間も殺そうとしているアンタたちが、悪くないわけないでしょうがっ! 私は怪師だからアンタたちを裁く権利はない! だけど覚えておきなさい! あんたたちは必ず、正しい方法で裁きにかけるっ! 幕府の白砂の上で、私に向かって言った言葉と同じセリフがはけるか試してみるといいわっ!」

「ひぃっ!」


 ボロボロ泣き出す村長に激怒した弓剣は、そのまま村長を床にたたきつけるように投げ捨て、その家を後にしようとした。

 だがその前に、村長のつぶやきが弓剣の耳に届く。


「ワシ等は悪くない……。悪くないんだっ!」

「こんのっ!」


 そして振り返った弓剣の目に、村長がたたきつけられた振動で、書棚から落ちてきた一枚の札が目に入った。

 鳥居の記号が、横一線によって貫かれたその札が……。



…†…†…………†…†…



「で、その薬売りがあんたというわけなんだけど……。本当にあの子、何も知らないの?」

「間違いない。お縁は何も知らないはずだ……」


 私――尼野弓剣は、街道そばに会った切り株に腰掛けながら、ぐったりと街道脇の芝生に寝転がる伝介に質問した。

 伝介は、憔悴しきった顔をしながらそれでもお縁さんをかばおうと、必死に口を動かしている。


「俺だって、最初はいぶかしんださ……。突然、訪れた村で盛大な歓待を受けた挙句、ぜひとも妻にめとってくれと一人の女を押し付けられたんだ。疑わないほうがどうかしている。だが、お縁はあの器量だったし、旅暮らしに関しても文句ひとつ言わなかった。それなりに……そう。それなりに悪くない生活だったんだ」

「それなりに……ねぇ?」


 私から見ればお互いベタ惚れっぽいけど?

 と、昨日のノロケ話を思い出しながら、私は思わず虚ろな笑みを浮かべる。

 そんな私に不思議なものを見る目を向けつつも、伝介は続きを話してくれた。


「おかしいと思ったのはつい数週間前のことだ。突然、朝起きたら立ち上がれなくなっていた」

「……それは」

「それ以前にも気だるい気はしていたんだ。体に力が入らないような。足がふにゃふにゃになったような、そんな感覚を覚えることが多くなっていた。何かしらの病かとも思ったが、医者に尋ねてみても、大したことはわからなかった。いたって肉体は健康体だと、医者たちはそうとしか言わなかった」

「当たり前よ。あんたの症状は薬学や物理医学の範疇から超えたもの。頼るなら陰陽内科に頼るべきだったわね。その症例は精気吸収を受けているものよ」


 精気吸収。その名の通り、他人から精神力を奪い取り、無気力な状態にする呪詛の一つだ。

 極まったものになると魂そのものを吸収し、人を廃人にする恐ろしい呪詛で、安条の頃はよく妖怪などが使っていた。

 だが、陰陽術が発達してからはそれに対する対抗術式も増え、今ではよほど対策を怠らない限りは、その呪詛が致命的な事態を招くことはなくなっていた。

 だけど……お縁さんはおそらく怪異。現状の対抗策はまず通じないと思ったほうがいい。


「俺もそう思った。だから、知り合いの陰陽師に呪詛除けの札をもらい、お縁に尋ねたんだ。お前は……お前は、俺を殺したいのかと」

「……答えは?」


 私の問いかけに、伝介は小さく首を振った。


「お縁は『旦那様は死んでしまわれるのですか?』と泣き出しただけだった」

「……嘘をついている可能性は?」

「俺だって商人だ。人のウソを見抜く目くらい持っている。それにさっき言った陰陽師から、疑似的な白砂効果を持つ、嘘判定呪符ももらっていた。あの子は何一つ、嘘をつかなんだ」

「…………」


 こうなってくると、私の方も絶句するほかない。

 彼女が嘘を感知させない怪異だというのも考えられるが、多数の機能を保有する怪異はよほど強力な怪異か、かなり無理をしている弱点満載の怪異のどちらか。

 どちらにしても、お縁さんには似つかわしくないものだ。


「あの子は本当に何も知らねぇ。ただ純粋に、俺の妻として、俺の仲間として旅を楽しんでいただけだった……。そんなあの子をどうして責められる! どうして、別れようなんて残酷なことを言える! 俺は、俺は……」


 そして、とうとう泣き出してしまった伝介に、私が言葉をかけられずにいた時だった。

 ガサリと、背後の茂みが揺れたのは。


「っ⁉」


 誰だ? と私が振り向くと、そこには真っ青な顔で森の奥へと逃げていくお縁さんの姿があった。


「まずい! 聞かれたっ!」

「っ! お縁がか⁉」

「伝介! ここで待っていなさいっ! とにかく追って捕まえるわっ!」


 私はグッタリと倒れ伏す伝介にそう告げ、自慢の脚力で森の中を疾走するお縁さんを追いかける。

 それがどんな結果を生むかは、この時の私はまだ、知りもしなかった。


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