怪異其之五・■■■ 一
お久しぶりです。
もう片方が落ち着いてきたので、こちらも更新。
知っているか? これ十四怪談のくせに、二年とちょっとで、まだ5本しか話し進めてないんだぜ?(白目)
とある山のとある街道だった。
そこでは一人の女侍が、大いびきをかいて眠っており、道行く人々の訝し気な視線を浴びていた。
(おい、起こしてやれよ。こんな野外で昼寝なんてあぶねぇだろ)
(そういうお前が起こせよ)
(やだよ。あんな変人にかかわるの)
そんな旅人たちの声が透けて聞こえそうなほど、人々は露骨な視線を女侍に向けていく。
だが、ある時。
「ん?」
女侍がまるで何かに気づいたかのように飛び起きた。
つい先ほどまで大いびきで寝ていた女侍の突然の覚醒に、周囲の人々は慌てて飛びずさり、女侍から距離をとる。
だが、そんな周囲の反応など知ったことではないのか、女侍はじっと街道北側を見つめ、
「ちょっと!」
「はい?」
そちらのほうからやってきた、やけにやつれた男と、それを支える男の妻と思われる美女へと駆け寄った。
「大丈夫あなた? 体調が悪そうだけど?」
「ありがとうございます。御心配には及びません。最近は大体こんな感じなので」
「いや、それむしろ心配しかないでしょう? よかったら私が護衛しますけど?」
(なんだ……護衛の押し売りか)
と女の言動に厄介そうな気配を感じた旅人たちが、各々の目的地に向かって三々五々に散っていく。
話しかけられた男もそれを感じ取ったのか、不健康そうな呼吸をしながらもなんとか女の申し出を断ろうとした。
が、
「いいではないですか。旦那様」
「お縁!」
「旦那様がこんな状態ですし。わたくし一人では旦那様は守れないと思っておりました。あなた様のようなお強い女侍様に守っていただけるのなら、心強いです」
たおやかな笑みを浮かべ、女の申し出を快く受けてくれた男の妻に、女侍も花のような笑みを浮かべる。
「こんな美人さんにそんなこと言われちゃ頑張るしかないわね。安心して。病人から、そうたいそうな報酬は取らないから。あ、名乗りがまだだったわね。私は尼野弓剣。そっちは?」
「……薬売りの伝介です」
「妻のお縁と申します」
こうして、奇妙な三人組の旅が始まった。
…†…†…………†…†…
本当に助かった……と、私――お縁は、旅の同行を申し出てくださった女侍様を見ます。
今は深夜の街道脇。そこに作られた野営用の広場にて、私たちは焚火を囲み、夜を超すところでございました。
旦那様の体調は相変わらず思わしくなく、時折席も聞こえてきます。
風邪かとも思ったのですが、体温が高くなることもなく、ただただ気力がなくなっていき、体調が悪くなっていく。旦那様の病状はそのような奇妙なものでございました。
最近では歩くこともままならないことが多く、ほとほと困り果てていたのですが、弓剣様が同行してくださってからは、よく弓剣様が旦那様を背負ってくださりますし、野盗の類も一刀のもとに切り伏せてくださいます。
言ってしまうと悪いのですが、わたくしたちの旅は格段に楽になったのです。
「お縁さん。お疲れ様です」
「弓剣様。いいえ。こちらこそ旦那様の分ご負担をおかけして」
「いいんですよ。こちとら護衛なんですから。多少の無理は承知の上です」
そんなことを考えていると、弓剣様が目を覚ましこちらに近づいてきました。
どうやら火の番の交代時刻が来たようです。
本当なら旦那様にも見てもらわないといけないのですが、あの体調ですし、旦那様は寝ておくようにと弓剣様から提案していただきました。
本当に何から何まで助けてもらって。弓剣様には頭が上がりません。
「ところでお縁さん。まだ目がさえていますか?」
「えぇ。今朝あった野盗の襲撃がまだ忘れられなくて。あれほど恐ろしい思いをしたのは久方ぶりです」
「そうですよね。割とばっさりやっちゃいましたし、普通の人にはちょっと見せられないものでしたね……。そうだ! じゃあお縁さんが眠くなるまで、旦那さんとのなれそめを聞いちゃおっかな」
「えっ!」
軽い口調で放たれた弓剣様からの一言に、私の顔は火を入れたかのようにかっと赤くなりました。
そ、そのような恥ずかしいお話弓剣様に聞かせるのははばかられたのです。
でも、にやにや笑った弓剣様は追及の手を緩めてくれそうにありません。
仕方ないです。ええ。仕方ないですとも! これは不可抗力。不可抗力というモノですよ?
「そ、それはですね……」
「あ! あっさり話し出した。これはノロケがひどいタイプだっ⁉」
「な、何を言っているのですか! そんなことないですよ。ただ旦那様は強くて優しくて、こんな私をめとってくれた素晴らしい人で」
「あぁ⁉ 話題選び失敗した!」
「聞いているのですか弓剣様」
「聞いてます、聞いてます!」
「そうですね。あれはまだ桜の花が散っていない春のことでした」
「結構最近ですねっ!」
「私両親が死んで村で一人だったのですが、そこに旅人だった旦那様が訪ねてくださいましてね!」
そうして私は、夜が明けるまで弓剣様に旦那様とのなれそめを語り続けたのでした。
…†…†…………†…†…
「み、見ないでくださいねっ⁉ 耳も済まさないでくださいねっ!」
「はいはい、わかっているわよ。適当に話しているから」
翌日、お縁が花を摘みに行った際二人きりになった弓剣と伝介は、森の中に消えていったお縁を見送ったあとしばらくの間無言でその場にたたずんでいた。
そして、
「ねぇ、伝介さん」
「何も言わんでくれ」
「……耳を澄ませておけってこと?」
「いってねぇ⁉ 他人の嫁の排泄音に聞き耳立ててんじゃねぇぞっ⁉」
「じゃぁ言わせてもらっていいわね?」
「くそっ⁉」
「あのさぁ……気づいているんでしょう?」
「…………」
弓剣の問いかけに、返ってきたのは無言だった。
だが、その口元は震え、握りしめられた拳からは血が流れ出ている。
「しらねぇ……」
その後、伝介が絞り出せた答え。明らかに嘘だとわかるその答えに、弓剣は大きくため息を漏らす。
「嘘よ。昨日話を聞いていたけど、あなたの体調が悪くなったのは……お縁さんと結婚してからよね」
「っ!」
弓剣の指摘に、伝介はカッと顔を赤くし、勢いよく立ち上がって弓剣を殴ろうとした。
だが、もう伝介の体にそこまでの力は残されていない。
立ち上がった瞬間、眩暈を覚えた伝介は、そのまま地面に転がり、ぜぃぜぃと荒い息をつくことしかできなかった。
「さすがに情報が命の行商人のあんたなら、私の名前くらい聞いたことあるでしょう? 日ノ本最強にして、不死者の一角――《寄辺流》尼野弓剣の名前を。そして今私が何をやっているのかも。当然それはお縁さんだって知っているはず」
「くそっ! くそっ!」
「それを知ったうえで、あの奥さんは私を抱き込んだ。いったい何企んでいるのか教えなさい? どんな事情であの女をかばっているのか知らないけど、あなただって命は惜しいでしょう。このままだとホントに死ぬわよ」
「違う……違うんだっ!」
「何が?」
伝介の言葉に弓剣が首をかしげる中、涙を流しながら伝介は告げる。
「お縁は……何も知らねぇんだっ! 自分が……怪異になっちまったことも! このままだと俺を殺しちまうことも……何も知らねぇんだよっ!」
「っ!」
瞬間、弓剣の目が確かに見開かれた。
あまりにも残酷で、あまりにも救いがないその怪異の存在に、日ノ本最強と謳われた女武人すら息をのんだのだ。