《明石閑話》サンタクロス武闘伝――星十字神聖拳‼
お久しぶりです。皆さんいかがお過ごしでしょうか小元数乃です。
久々にサンタクロスの話を書きたくなり、一晩で書き上げてみました。
楽しんでいただけると幸いです!
え? クリスマス? 一人ですけどなにか⁉(血涙
舞台は現代――高草荘。
今年もやってきた、警察の稼ぎ時にして悪党たちの悪夢の日――クリスマス、のイブ。
クリスマスの定義が、なんかいろいろずれている日ノ本によってそのイベントは始まった。
…†…†…………†…†…
「く、クリスマスTRPGをやるよっ!」
「……突然どうしたんですか?」
クリスマスイブの夕方。今日も今日とて、異世界の極東――日ノ本でダラダラしていた私――高草荘大家代理・勇気明子は、突然やってきた高草荘の店子――ペインターΣさんの言葉に驚いた。
いつものこの時期は同人誌が上がらなくて死にかけているはずの∑さんだが、どうも今年はこっちの世界でもいろいろあったらしく、参加している即売会が中止されてしまったらしい。
というわけで、久々に暇になった年末をΣさんはダラダラと無為に過ごしていたはずだが……。
「い、いや、言っておくけど明子ちゃん。エアコミケがあるから、わ、私別に暇ではないんだけど」
「だったらどうしてきたんですか?」
「く、クリスマスに、おひとりさまのまま、え、エロイ同人誌なんか描けるわけないでしょうっ⁉ し、嫉妬で世界中の恋人呪い殺したくなるよっ! ――ん、も、もちろん冗談だけどねっ!」
――なぜだろう? 今一瞬周りの空気がざわついた気がしたんだけど。
まるで何かに警戒するかのように、∑さんが冗談というまでの一瞬、張り詰めた空気に首を傾げつつ、ひとまず私は∑さんが持ってきた紙やサイコロに目を向けた。
「それで、クリスマスTRPGって何ですか?」
「てぃ、TRPGは知っている?」
「テーブルロールプレイングゲームですよね? シナリオを用意して自分が作ったキャラクターを演じながら、そのシナリオで起こる事件を解決するっていう」
「そ、その通り。で、クリスマスTRPGというのはその名の通り、自分が作ったキャラクターでいかに有益なクリスマスを過ごせるか競うゲームなんだ」
「……言っていてむなしくなりません?」
「お、おひとりさまの、明子ちゃんには言われたくないんだけどっ!」
「わ、私はまだ女子高生ですもん! まだ未来がありますもんっ!」
諸事情あって、家族が死んでしまい、学校では《我が校の家なき子》なんて呼ばれたあげく、よくお菓子とかお弁当とか分けてもらうけど、こんな私だってワンチャン青春の機会が来る可能性だって!
「と、ともかくやろうよ、明子ちゃん! もう、私、一人のクリスマスに耐えられないっ! ひ、人肌が恋しくて仕方ないんだよぉおおおっ!」
「処女拗らせたOLじゃあるまいに……。わかりました、わかりましたから。でも私たち二人でやってもつまらなくありません?」
「そ、その点なら大丈夫! もうほかの店子には声かけているからっ!」
∑さんがそう言ってサムズアップをすると同時に、
「∑さぁん。来ましたよ」
コクゥン先生がケーキとノンアルコールシャンパンを片手に私の部屋に入ってきた。
どうやら今日のTRPGはこのメンツでやるらしい。
「って、あれ? イリスちゃんと真さんは?」
「あぁ、あの二人はちょっと……。こういうゲームには向かないから」
「?」
ともかくこうして、私の初TRPGは幕を開けることになった。
…†…†…………†…†…
聖夜。色鮮やかなイルミネーションが彩る、多くの恋人たちが行きかう都会の喧騒。
そんな下界の眼下にしながら、とあるビルの屋上で二人の男が対峙した。
『ほう。我が道を阻むか……オリジナル』
「仕方があるまい……。おぬしはワシからあまりに乖離しすぎた」
対峙するのは深紅の衣をまとった存在。
双方ともに真っ白な袋を担ぎ、白いひげを生やしていることは一緒だが、その体形があまりに違いすぎた。
片方は筋骨隆々とした逆三角形体型。その巨躯も相まって、異様な威圧感を周囲に振りまいていた。
もう一人は典型的な中年体型をした老人だった。豊かな髭に突き出た腹部。だがその顔や雰囲気はひどく穏やかなもので、丸っこい体型は肥満の象徴というよりかはおおらかさの表れのように見えた。
『愚かな。我が常に子供たちのことを考え活動しているというのに……乖離を理由にそれを阻むなどっ』
「なんとでもいうがいい。子供たちに渡すプレゼントは、常に清らかなものでなくてはならん。他者から奪った金で買ったものなどプレゼントとは呼べぬとなぜわからん!」
『笑止! 子供の夢をかなえるだけで、子供が幸せになれるのならば世界は常に幸福であろうよ。だが現実はそうではない! 世界は常に汚い大人たちが回し、金はそういった大人が独占している! これでは子供が大人になった時、世界に失望し、そして子供たちは汚い大人の仲間入りを果たしてしまうっ! 我等は常に子供に夢を与えるものでなくてはならん! そして夢とは、ただ単にプレゼントを指すモノではないっ! 子供がのびやかに育ち、誰に対しても胸を張って生きていける、そんな人間に成長できる社会こそがっ、子供に与える最大の夢なのだっ! ゆえに、私は悪党を許さん。悪党を少しでも窮地に追いやり、子供たちが健全に育つ社会を作り上げねばならんのだっ!』
「それが……お主自身を、罪に塗れさせる行為であってもかっ!」
『しかり。必要悪などというつもりはない。我はただそうあるべきと定められた存在であるがゆえに』
「平行線じゃな。よかろう……言語による説得は無意味と見える!」
そういうと、恰幅のいい老人は一変。祈るように両手を合わせると同時に、その体が膨れ上がり、3メートル近い、鋼の筋肉をまとったレスラーに変貌したっ!
深紅の服を引きちぎり表れたその鋼の肉体を見て、もともと筋骨隆々だった敵はにやりと笑う。
「星十字神聖拳第五代継承者――星・ニコラス。押してまいる」
『日ノ本議国支部・サンタクロス。深紅天狗・讃他。来るがいい、オリジナル。貴様のことごとくを、この我が凌駕して見せようっ!』
…†…†…………†…†…
『今日は楽しいクリスマス。あなたたちは……聖ニコラスの分身体です。今日は、日本のサンタクロスをとっちめるため、サンタクロスが来そうな悪徳企業のビル屋上に集まっていました』
「おのれ謀ったなっ!」
「えっ⁉ 突然どうしたんですかコクゥン先生⁉」
シナリオを読み始めた∑さんに対し、コクゥン先生は突然激昂し、立ち上がった!
「これクリスマスTRPGじゃなくて、KITRPGじゃないですかっ!」
「クリスマスのTRPGという文言は破ってないじゃない。たまたまそれがサンタクロスにかかわる卓だっただけで、嘘は言ってないですぅ」
「KITRPGって?」
「怪異TRPGの略称ですよっ!」
「うげっ」
怪異。この世界にきて散々聞かされた、悪い妖怪の成れの果て。
それが起こす現象は千差万別だけど、大概はえぐい被害を出して、最悪人が死にかねないというこの国特有の霊的現象。
私もオジサンからは口を酸っぱくして「夜に爪を切るな」とか、「お札の自販機を見かけたらその日は山に入るな」とかさんざん注意を受けた。
「なんとなく予想はつくけど先生……その怪異TRPGってひょっとして」
「そうです。結論から言えばKITRPGはシナリオに出てくる怪異の正体を言い当て、その対処法を行うことで怪異を撃退することを目的としたTRPGです。ですが、数百近い怪異の知識がないと難易度はルナティック。挙句、ちょっとしたミスで即キャラロスが起こってしまうということで、TRPG界隈ではかなり敬遠されているタイトルです。もともとは、怪異対策に出た時の榁待幕府が、怪異の知識を広めるために開発した、《怪異偽装遊戯板》というゲームがもとになったといわれていますが、そのゲームが、発表から数カ月でお蔵入りになったことからも、そのクソゲーっぷりは推して知るべきでしょうっ!」
「え、えぇ、言いすぎじゃない。私は結構面白いと思うよこのゲーム」
「ゲーマスする側はそりゃ面白いでしょうよっ! プレイヤーが勢いよく散っていくんですからっ!」
どうやら相当悪質なゲームにかかわってしまったらしい。と、私はようやく理解した。とはいえ、やらずに諦めるのも癪に障る。
「まぁまぁ先生。やらずに批判するなんてらしくないですよ。ディスるのはゲームが終わってからにしましょう」
「あ、あれ。もうディスるのは確定路線なの?」
まぁ、導入からしてサンタクロスがえらいことになるのはわかり切っているから……。
…†…†…………†…†…
聖夜。
夜を切り裂くイルミネーションの光をさらに切り裂きながら、深紅の影が交錯する。
「星十字神聖拳第三奥義‼ 星十字飛来手刀!」
音を引き裂く速度で飛来し、眼前に構えた十字チョップで、深紅天狗・讃他を強襲するニコラス。
だが、敵もさるもの。讃他はまるで空中に地面でもあるかのように腰を落とし、その強襲を迎撃する。
『ぬるいわぁッ! サンタ天狗道具! 忍転道――水地!』
掛け声とともに袋から取り出されたそれは、黄金の掛け軸。それはサンタの声とともに天空へと広がり、無数の黄金の濁流となって飛来するニコラスに襲い掛かるっ!
「くっ! 星十字橇」
灼熱の黄金の奔流を食らうわけにはさすがに行かなかったのか、ニコラスは虚空よりトナカイにひかれたソリを召喚。その上に着地しながら超音速で夜空をかけ、襲い来る黄金の奔流から逃れ切る。
だが、讃他はその機会を逃すほど甘くない!
『サンタ天狗道具! 訴仁意――避意得衆不嗚!』
次いで現れたのは籠手! 讃他の右腕にまとわれたそれは、悪鬼羅刹の顔をかたどっており、悪鬼羅刹の大きく開いた口が轟音とともに閉じる!
それによって発動した音波は、攻撃をことごとく回避しつくしたニコラスのソリを空中で釘付けにしたっ!
「なっ! 馬鹿なっ!」
『愚かなり、オリジナル。我が天狗道具は悪をとらえ、悪を殺すモノ。金におぼれし亡者を黄金によって焼き殺し、罪から逃れる愚か者を、逃げるという概念を封じ、立ち竦ませる! 子供の夢など絵に描いた餅ばかり追う夢見がちには、似合いの末路よっ!』
讃他の魔の手が、ニコラスに迫るっ!
…†…†…………†…†…
「勝てねぇよこんなんっ!」
「うわ、これはクソゲー」
「あ、あきらめるのが速いよっ!」
なんて言いつつ、にやにや笑っているところから、∑さんの性根が透けて見えた。
この人普段は大人しいけど、性質的にSっぽいのよね……。人の努力を踏みにじるのが好きというか、どちらかというと悪役的な勢力をめでたがるというか。
「というか、私と先生、このままだとキャラロスなんだけど……」
「じゃ、じゃぁ逃げるんだね? 回避ロール振ってね!」
「八回連続で失敗しているんだから無理に決まっているでしょうっ!」
「というかサンタクロスの速度おかしくない?」
「い、一応原型は天狗らしいから……」
「その時点ですでにおかしくない?」
イリス教の聖人さんがモデルだったはずよね? と私が首をかしげつつも、嫌々回避ロールを振ろうとした時だった。
「面白そうなことをやっているわね、∑さん? 私もまぜて」
「げぇっ⁉」
私たちの騒ぎを聞きつけたのか……それともほかに理由があるのか。
青筋を浮かべながら笑顔を維持したイリスちゃんが、私の部屋に乱入してきたっ!
…†…†…………†…†…
『そもそもっ! おぬしの理想は間違えているっ!』
「ぐっ!」
『いい子にしていたからプレゼントを与えるなどっ! もので釣って善行を強制しているだけだっ! そんなものは善行ではないっ! 報酬を得られるのであれば、善行をするのは当然っ! むしろ、報酬がなくとも、人は善行を詰むべきだっ!』
「があっ⁉」
『だというのに貴様は、子供の頃より悪癖を広める。善行を積めばプレゼントをもらえる。それは裏返せば、報酬がないのなら善行を積まずとも好いと、考えてしまう恐れがあるっ! そしてそういって育てられた子供が抱くのは、資本主義の奴隷たる報酬絶対主義だ!』
「ぐはっ⁉」
『それを夢無き者と呼ばずに……なんと呼ぶっ!』
「ぐあぁああああっ⁉」
鍛え上げられた筋肉から放たれる拳の連打。それを筋肉で受け止めながらも、確かに体内に走ってくる打撃に、ニコラスは苦痛の声を上げ続けた。
その意識はすでにもうろうとしており、ノックアウト寸前だ。
だが、
『貴様は理想を間違えたっ! だから私が貴様に成り代わり、子供たちを正しく導く……真なるサンタクロスになって見せようっ!』
努々忘れるな。
「ふ、ざ……けるなっ!」
『っ!』
ニコラスは……世界で慕われる、聖人の一人だということをっ!
…†…†…………†…†…
「さ、サンタクロスの攻撃!」
「回避ロールね。ごめんなさい、1クリティカルだわ」
「なぁっ⁉ くっ! 回避と同時に、1クリティカルの場合はカウンターが発生します」
「ならニコラス3の攻撃ね。スキル《星十字神聖拳》を使用します」
「……1D6を振ってその数値分ダメージをプラスしてください」
「6だわ」
「さ、最大値っ⁉ ま、まだだ! 私にはまだ回避ロールがっ!」
「100ファンブルね……」
「ど、どうして! 元邪神の私が支配するこのゲームでは、人の努力を無駄にすることに関して、最大値のバフがかかるはずなのに⁉」
「ねぇ先生。今∑さんとんでもないこと言いませんでした?」
「中二病まだ治ってないんですかね……」
「いや、あれひょっとしてガチなんじゃ……」
「さぁ、受けるのか受けないのか……はっきりしてもらいましょうかっ! ∑っ!」
「くっ! 攻撃を受けるっ!」
「攻撃ダメージロール」
「3D6を振ってください」
「カウンターだから二倍ダメージね」
「……はい」
「慈悲よ。星十字神聖拳分の追加ダメージは倍算後にしてあげる。そして当然のごとく最大値18」
「この悪魔めぇっ⁉」
「聖人よ!」
…†…†…………†…†…
「きれいごとだと? 絵空事だとっ? そんなことわかっておるさっ!」
『っ⁉ 馬鹿な! 《水地》の攻撃をもろに受けてなお健在だとっ⁉』
「だがそれでもワシは信じておる。人は必ず善をなすと。何もなくとも、人を助けられる……そんな精神性を誰もが得られる日が来るとっ!」
『くっ! 《避意得衆不嗚》!』
「無駄じゃ、ワシはもう逃げん! そしてワシは続けるぞ。善いことをすれば良いことがあると! 善いことを続ければ良いことが起こるとっ! その夢の果てに……すべての人間が、善行を積むことにためらいがなくなる世界が来ると。楽園に人はたどり着けると信じてっ!」
『絵空事をぉおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』
「受けるがいい偽物っ! これが、世界を信じ楽園を願う……聖人の拳の重さじゃぁッ!」
…†…†…………†…†…
「あなたの敗因はたった一つよ……Σ」
「っ!」
「あなたは……私の信徒をなめすぎた」
…†…†…………†…†…
瞬間、空が深紅に焼けた。
「星十字神聖拳――終局奥義! 極星・十文字星拳‼」
それはただの正拳突き。だが、その速度は音を引き裂き、光に追いつき――虚空を十字に穿つ。
そして、聖夜を赤く染めた灼熱の鉄拳は、本来撃退すること叶わぬ、怪異現象の肉体に大きな風穴を開けて見せた!
これこそが、世界三大宗教に数えられる宗派の聖人。
他主教の神々とすらやりあえる、人界の極限へと至った殉教者の拳!
世界中の子供に夢を届ける、赤き聖人の底力!
「ではな、偽物。メリークリスマス」
『ふっ……見事だ。オリジナル』
背を向けたニコラスの背後では、血反吐を吐いた讃他がいい笑顔を浮かべながら虚空へと消えていった。
この日、撃退不能といわれた日ノ本のサンタクロスが……確かに消滅したのだ。
…†…†…………†…†…
「まぁ、末端を倒しただけですので、ぶっちゃけ、あまり意味はありませんでしたがのう。被害自体も特にへっとらんし、ワシと奴の分身体が戦っておる間にほかの分身体がプレゼントを配り終えておったみたいですし……。あ、これ今年のプレゼントです。イリス様。今年は疫病の対策でほかの神々が集まれないとのことで、直接お届けに参りました。そのついでに、少々調子に乗っておった深紅天狗とやらにお灸をすえた次第でして」
「…………」
隣室から、イリスにボッコボコにされたシグマが泣きくれ、それを明子やコクゥンが慰めるのが聞こえる。
そんな隣人たちの声を背中に受けつつ、イリスは久々に見た赤い衣の聖人に対し、半眼を向けた。
「そもそも私はプレゼント貰うような年じゃないとか、担当地区ほっぽって何してんのとか、そもそもその星十字神聖拳って何とか聞きたいことは山ほどありますが……。今は目をつぶりましょう」
「はぁ……」
「それよりも言いたいことがあります。ニコラス」
「なんでしょうかっ!」
そしてイリスは瞑目して一言告げる。
「服は直してから来なさい」
筋骨隆々とした上半身を外気にさらした、寒々しい姿の自分の信徒に、大きなため息を漏らしながら……。