第八十三話「龍を見た」
眼下に広がる広大な砂漠を見やり、モアザの判断は正しかった事をコウは理解した。
捜索対象の大きさを180cm前後と仮定したとしてもこの砂漠の中を歩いて探し出すのは
言わば大海原に撒かれた小枝を見つけ出すようなものだ。
「この中から探すにしたって、どうやって…?」
コウの真後ろでシドがぼやく。
白龍は基本1人乗りだが、操縦席の後ろには人一人が座れるだけのスペースがある。
このスペースが本来何の為に存在するのかは謎のままだが、大きめの荷物を運べたり何かと便利なので
リゼル騎士団で特に気にしている者はいない。
「どうって…そりゃ探知系の魔法とかこいつの機能を使うしかないだろう」
シドにそう答えつつコウは眼を閉じ集中する。
探知魔法「生命探知」。
範囲内の生物の心臓の音を波紋状の光として可視化する魔法だ。
前後左右はともかく、上下もその範囲内に含まれるかは微妙なところだが、やるしかない。
僅かだが光の環が見えた。
光の見えた方へ操縦桿を傾け白龍を向かわせる。
向かった先にあったのは切り立った崖だった。
崖の高さは人一人どころかドラゴン一匹さえも隠してしまえそうな程の高さがあり、
時間帯によって日陰ができる為暑さを凌ぐには丁度良いと言える。
「あそこに身を隠してるな…。」
「降りてみます?」
「そうだな。リゼル達にも報告を。」
白龍を崖の手前に着陸させ、砂漠地帯に降り立つとコウとシドはリゼル達に
「反応見ツケタ 捜索ヲ始メル」と電文を送ると別動隊の捜索を開始する。
「すいませーん…!どなたかいませんかー…?」
崖に向かって叫ぶコウだが、返事どころか木霊すら聞こえない。
そんなコウに対しシドは慌てた様子で、
「ちょっと…!敵に見つかったらどうするんですか!?」
「けど別動隊の人に助けに来た事を伝えないとだな…」
「必要ねぇよ。あの変な乗り物に乗ってきた時点でお前等が来たと解ってた。」
コウとシドが声のした方を向くと、そこには若い男が一人立っていた。
衣服は所々が擦り切れ、唇の端には血を拭った痕がある。
観光目的の旅人では無い事は明白だ。
「貴方は…?」
「ミハイル・デルタクロス。デストラの補給妨害を任としていた部隊の隊長だ。
お前達の事は既に知っている。小妻コウと、ルトヴァーニャ第一王子のシド様だな?」
「あ、はい…」
「まさかミハイル、貴方だったとは…他のみんなは?無事なのですか?」
「全員無事…と言う訳ではない…です。既に何人かやられて…残ったのは僅かに四人…」
「貴方ほどの実力者がここまでやられるとは…」
「そんなに強いのかこの人?」
「僕も会った事は少ないので又聞きになるんですが、
4000回模擬戦をやって彼に勝利した人は一人としていないらしいです」
「それ程の手練れがここまでやられるなんて…敵は何人がかりで襲ってきたんだ…?」
「1人…いや一匹と言うべきか。」
「一匹って…!?デストラが魔獣を操っていたとでも言うのですか!?」
「それもただの魔獣じゃない。龍の首が三本、尾が二本で巨大な翼を使い自在に空を飛んでいた…。」
ミハイル達を襲った魔獣の話を聞きコウは大和で戦ったキングヒドラの事を思い出していた。
あちらは首が三本ではなく七本だったが、類似する点は幾つかある。
ガンダイオーに乗って倒した後、キングヒドラの死骸が何処へ行ったかは定かではない。
しかし…。
「キングヒドラの同種…ではないな。あいつは空を飛べない」
「!?待ってくださいよ…。ミハイルさん達が今こうして逃げ延びていると言う事は、
『そいつ』は今もミハイルさん達を捜していると言う事ですよね…?」
「だろうな。捕まえるのが目的なら最初っから死人なんて出ていない」
「となると、今もミハイルさん達を捜して……リゼル達が危ない!!」
奇しくも、コウが感じていた悪寒は既に現実のものとなりつつあった…。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
空をコンドルめいて旋回する4機の白龍。
白龍を操縦するリゼル達は次の指示があるまでこうして待機していなければならない。
「遅いわね…」
白龍の操縦席でリゼルが独り言ちる。
「きっと別動隊の人を捜すのに手間取ってるんだよ」
シャインがフォローを入れるが、リゼルは納得がいかないと言わんばかりの微妙な表情を浮かべるばかりだ。
「…お姉ちゃんどうしたの?兄ちゃんの事、信じられないの?」
「……むしろあんな事があったのに何で信じようと言う気になれるの?」
「あんな事って…友達と飲み比べした事?」
「それもあるけど、戻ってきたコウ腕輪してなくて…」
「腕輪?」
「智龍の谷を解放した後、リゼルがコウの復帰祝いにってプレゼントした腕輪があるのよ」
「コウは酔いつぶれてる間に無くしたのか、それとも酔った勢いで誰かにあげちゃったのかって思うと、
どうにも信じられなくなって…」
リゼルの胸の内を聞いたツバキは一呼吸置き、
「リゼル、確かにコウのやった事は良い事じゃないわ。
けど一回の過ちでコウが今まで積み重ねてきた物が全部崩れ去ると思う?
少しのミスでコウが会心の余地がない程の悪人になると思う?」
「人のあげた物を簡単に手放すのは少しのミスとは言わないでしょ…」
「けど腕輪の事についてはコウもきっと悪い事をしたと反省してるわ。
彼はプログラム以上の行動を全くとらないロボットじゃない、
血も涙も流れている私たちと同じ人間よ。
少しくらい間違える事もあるし、失敗したりもするわよ。
貴方だって、そう言う事なかった訳じゃあないでしょ?」
ツバキの言うとおりだった。
リゼルはかつて、弟を守れるだけの力を求めるあまり国宝である聖剣に手を出し、
それが元で黒く禍々しい戒めの鎧を着せられ国を追われた事があった。
今や鎧は失われ国への出入りも不自由なく行う事が出来るし、
国民も自分の事を王女と認めているものの戒めの鎧を着せられた日の事は今でも心の奥に刻まれた傷として残っている。
その事を引き合いに出されるのは、正直言って辛かった。
「それは…」
「コウの事、許してあげて。
でないと彼…」
「!?2人とも雑談中止!敵が来る!!」
リゼルとツバキの会話を遮る様にシャインが怒鳴る。
「数は?」とリゼルが問うと、
「全部で三つ。だけど…一体だけ物凄いスピードで…」
その瞬間だった。
リゼル達の頭上を巨大な影が覆い隠したのだった。
リゼルが見上げると、ほんの一瞬ではあるが彼女は確かに見た。
三つの首、巨大な翼、二つの尾を持つその影を。
それは紛れもなく龍。
鋼と生身の入り混じった半機械の龍だった。




