第八話「決着」
戒めの鎧から解放されたリゼルはこめかみに手を添え髪飾りを2つ外すと、それを両手に構える。
するとどうだろう。
髪飾りは眩い光と共に2本の細身の剣へとその姿を変えた。
右手には青い鍔と柄の、左手には赤い鍔と柄の細剣を握り、
準備運動代わりにと演舞を舞い、細剣の切っ先をクドーに向ける。
「まずは鎧から自由にしてくれた事を感謝するべきかしら?」
「いや良い。別に礼を言われたくてやった事じゃあない。それに…その感謝の念はすぐに後悔へと変わる」
クドーは赤黒い刃を再びリゼル目掛け突進させる。
赤黒い刃はクドーと同じ世界から来たコウにしか見えない。
そしてそのコウは未だ意識を取り戻せていない。
その場に居合わせた者全てがリゼルが貫かれ絶命する光景を想像する。
だが!現実はその想像を凌駕した!!
リゼルが回転しながら剣を振り上げると、甲高い音が辺りに響き渡る。
リゼルは傷1つ負っていない。
「まさか…防いだと言うのか?俺の無敵の刃を…!!」
予想を裏切る展開にさしものクドーも余裕の表情を崩し眉をひそめる。
「あれだけ乱発されれば嫌でもクセとかパターンが解るわよ。
だいたいコウに既に見切られている時点で無敵の刃って呼ぶのはやめといた方が良いわね。
今度からは…そう、デスストリングと呼ぶべきだと思う」
「お前を殺してからそうさせてもらうよ」
そう言うとクドーは三度赤黒い刃をリゼルへ向ける。
今度は横薙ぎだがリゼルはそれをパルクールで回避、そのままクドーとの距離を詰めていき、
左手に握った剣で斬りつける。クドーはそれを赤黒い刃で防御。
リゼルは続けて右手に握った剣で斬りつける。クドーはそれも赤黒い刃で防御。
リゼルは更に回し蹴りで追撃。これはクドーも予測できなかったのか腹に思い切り蹴りを喰らい、体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。
クドーは60マルトム(約30メートル)ほど滑空し、かつて道具屋だった廃屋の壁に激突した。
「凄い…姫様の華奢な体躯からは想像もできない脚力だ」
外見とまるで釣り合わないリゼルの超人的身体能力にさしものカイルも舌を巻く。
「あんな重くて動きづらい鎧を5年以上も着てればこうもなるわよ。
それより気を付けて。あいつまだ生きてる」
自身に覆いかぶさる瓦礫を押しのけ1歩、2歩と前に出るクドー。
その表情は強い憎悪に歪んでいた。
「こんんんん…のクソッタレ共が!なんで大人しく俺に殺されようとしないんだ!!
俺は戦いじゃなくて勝つのと殺すのが好きなんだって言ってるだろうが!!!」
「せっかくあの重たい鎧から解放されたって言うのに早々死ねるもんですか」
「そうかい。ならせめて何があったかり解るようお前の国の武器で殺してやる!!」
そう言うとクドーは正面を見据えたまま聖剣へと手を伸ばす。
聖剣を手に取ろうと糸を伸ばすが、糸は聖剣の柄に触れる事なく空を切る。
何事かと思い聖剣の方を見やるクドーは驚くべき光景を目の当たりにしていた。
まるで意思を持ったかのように超スピードで地を這う聖剣。
聖剣は地を跳ね、弧を描きながら1人の男がその柄をガッチリと掴んだ。
その男は……再び立ち上がった小妻コウ!
ほんの数分か、数十秒前。
クドーの放った刃により重傷を負ったコウ。
リドが懸命に回復魔法を唱え続けるが、傷口が予想してたより深いのに加え盗賊のボルタの治療も同時に行わなければならない為
完治するにはあまりに時間がかかり過ぎていた。
「ええい、早く眼を開けんか。ワシより後に生まれた癖にワシより先に逝こうとするんじゃない!」
傷は確実に塞がっていってる。
目を覚まさない筈はないのだが。
「目覚めろコウ!まだお前の力を必要としている者がいるのだぞ!!コウ!!戦えぇぇぇ──────────!!!!」
リドの叫びに呼応するようにコウの眼がカッと見開かれる。
「あまり…大声出さないでくれよ爺さん。頭に響くしアンタの体にも良くないだろうから」
「コウ……心配かけおって!」
「すみません。けど、心なしか先ほどより力が湧いてきてるような気がするんです」
そう言うとコウは聖剣の方へ向け手をかざす。
聖剣は一直線にコウの手元へ飛翔し、その柄がコウの手元に収まる。
「なっ…ん…で…だ…よぉぉぉ!!!なんんんんでテメェがそれ持ってんだよおかしいだろうがァァ!!!!!!!」
予想だにしていなかった状況にクドーは憤慨し絶叫する。
まるで子供だ。父親に仕事の都合で遊ぶ約束をふいにされた子供の様だ。
「どうやらお前は、人どころか武器にすら嫌われてるみたいだな。当たり前か」
「黙れ!たかが武器1つが嫌うどころか自分の意思を持つだと!?ふざけた事を言うな!!そんな非常識的な事ありえる筈がないだろが!!!!」
「一番非常識なお前がそれを言うか…」
聖剣を奪われた事に未だ納得しきれていないクドーにカイルも呆れた様子だ。
「返せ…」
「元々お前の物じゃない」
コウは冷たく言い放つ。
「返せよ!!」
「そこまで言うなら取ってみろ」
糸と赤黒い刃を振り乱しながらコウ目掛け突進するクドー。
しかしコウは臆する事なく前進。赤黒い刃の斬撃を弾き飛ばしながらクドーとの距離を一気に詰める。
リゼルもコウに続き左側からクドー目掛け細剣を横薙ぎに振るう。
クドーはすかさず赤黒い刃で防御するがすぐにコウがリゼルとは反対方向から斬りつける。
背中から血を噴き出すクドーだが、浅い。
咄嗟に身をよじらせ致命傷を避けたのか。だが感心してる暇はない。
苦悶するクドーの腹目掛けにリゼルは膝蹴りを叩きつける。
「ガッ………ッッッッッ!!ブッこ…」
クドーが言い終えるよりも早くコウが聖剣を振り上げる。
刃こぼれ1つない美しい刀身がクドーの右腕を跳ね飛ばし、切り口からは鮮血が蛇口を捻ったかのように溢れ出す。
「ガアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
「さらばだ…クドー!!」
コウは返す刃でクドーの右肩から左脇腹にかけてを斬りつける。
右腕のあった箇所と胸から血を噴き出し、クドーは白目を剥き口から血泡を吐き出すと、その場に仰向けに倒れ…そのまま動かなくなった。
「し…死んだの?」
物言わなくなったクドーを見下ろしながら問うリゼルにコウは荒くなった息を整えながら、
「これだけの出血だ…。いくら奴が化け物じみた力を持っていようが助からないだろう」
呼吸が整い、落ち着きを取り戻すとコウはリゼルの変化に気が付いた。
漆黒の鎧姿ではない、銀髪の美しい少女がそこにいる。
「リゼル…リゼルだよな?鎧の下はそんなだったんだな。もっと恐ろしい姿かと思ってた」
「失礼な物言いね。でも、まぁ良いわ。こいつどうするの?」
リゼルはクドーを見下ろしながら言う。
「そうだな。王都に連れていって裁判にかけてもらう。いくら人でなしだったとしても真っ当な方で裁かないと…」
しかしコウの話は予想だにしない形で中断される事となる。
突然強い衝撃に気圧され後方へ吹き飛ばされるコウとリゼル。
クドーの方をもう一度見やると、そこには炎の様な赤い髪と黒い鎧の男がクドーの近くに立っていた。
こんな男、先程まではいなかった!いつの間に現れたのか!?そもそもこいつは誰なんだ?
コウの疑問は増える一方だ。
「殺すにしろ捕まえるにしろ、この男を渡す訳にはいかん。コイツは我々の目的には必要だからな」
そう言うと赤髪の男はクドーを肩に担ぎ、切り落とされた右腕を拾い上げ踵を返す。
その余裕さえ感じさせる男の背中にコウは、
「待て!お前は…お前は誰だ!?目的とは一体!?」
赤髪の男は振り返り、
「お前とはいずれ相まみえる事となるだろう。お前が勇者の生まれ変わりで、その使命を帯びているならな」
そう告げると赤髪の男の前に空間の歪みが現れ、赤髪の男とクドーを呑み込み、そして跡形もなく消えていった。
赤髪の男がいなくなるとコウ以外のその場に居合わせた全員が肩を大きく上下させ、荒く息を吸ったり吐いたりし始める。
まるで何かから解き放たれるかのように。
「な…何なんだあの威圧感!この私が身動き一つ取れなかった!!」とカイル。
「戦いもせずあの殺気…。あれは人のなせる業なのか!?」とリド。
「まさかコウ、あいつと戦うつもりなんじゃ…」
と恐る恐る問いかけるリゼルにコウは、
「戦うんだろうな。あいつの言う通り、俺が勇者だと言うのなら。あいつが、あいつの言う『我々』が何を企んでるかは解らん。
だがクドーの力添えを求めている以上あの男は敵なのだから……」
しばしの沈黙の後、コウが場の空気を換えようと、
「とにかく。本来の目的である聖剣は手に入ったんだ。街に戻ろう」
累計PVが200、ユニークアクセス数が100を越えました。
皆様のおかげです。