第七十一話「利害の一致と追跡と獣の脚」
アジトに戻ってからと言うもの、応接室の片隅で目を閉じ、向き合った状態で座禅を組んだまま
ジッと動かずにいるシャインとシャッテであったが、
2人は瞑想をしている訳ではない。
2人が行っているのは念話。
魔力を使用して遠くの相手と会話をする、我々の世界で言うところのテレパシーに近いものだ。
そして2人の念話の相手は、遥か遠方ルトヴァーニャににいる母モアザ。
『お母さん、面倒な事になった』
『面倒?苦戦しているの?』
『いえ。駐留している軍は問題なかったのだけれど、敵が切り札として投入した戦力が急に戦線を離れて…』
『それは確かに面倒ね。最悪被害が拡大する可能性だってあるわ…』
『現地のトカゲさん達も協力してくれるみたいだからこっちはこっちで何とかできるけど、
白龍を…城の庭に停めてある乗り物も用意して。万が一って事もあるから』
『その白龍を使って追いかけるのね。任せて。それと、万が一の為にコウくんとリゼル様にも用意させておくから』
『お願いします。デストラの尻拭いは御免被りたいけれど、それで不必要な犠牲が出るのはもっと御免だから…』
そう告げるとシャインとシャッテはモアザとの念話を終了。
座禅を解いて立ち上がった。
念話に集中し過ぎたのか立ち上がる際少しふらついたが。
「自分を捨てた連中が許せないって言うのは理解できるけど、信用できないわね。
利用するだけ利用して、用済みになったら全員始末して消える魂胆でしょ?」
ツバキはシロウに対し疑惑の眼を向けていた。
かつて共闘した事があるとはいえ元々敵味方に分かれ戦っていた身。
すぐに信用しろと言う方が難しいのかもしれない。
「随分と疑ってくれたものだな。俺がいなかったら、今頃小妻コウは砂漠のド真ん中で死んでいたかもしれないと言うのに」
シロウの口から告げられた驚きの新事実にエルもツバキもシドも目を丸くしシロウの方を一斉に見やった。
「貴方が…コウさんを助けた?」
「そんな馬鹿な事ある訳…!!」
「信じる信じないは勝手だ。エタニティが滅ぶまではあいつに死なれる訳にはいかないんだよ」
一秒が何十秒にも、何分にも感じられるほど長い静寂。
それを打ち破る様にジン・ハゥロンが口を開いた。
「…俺自身、その男を信用した訳じゃない。大武闘会の時も今でさえも疑わしいとは思っている。
だが今俺達が戦わなきゃならないのはシロウじゃなくてクドーの筈だ。
利害関係は一致しているんだ。協力しない訳にもいかんだろ」
「…解ったわ。シロウがもうエタニティでもデストラでもない以上私怨でもない限り協力しない理由は無いものね。」
「僕は元々怨みがどうこう以前にシロウさんの事は全く知らないんですがね」
「決まりだな。」
そう言うとジン・ハゥロンはすっくと立ちあがり、
「まずクドーの位置を把握する必要があるが…ジュリア、奴に何か付いていないか?
奴が何処に行ったかを第三者に開示する装置とか…」
ジュリアは毅然とした態度で「そんな事言うと思う?」と嘯こうとするが、
ジン・ハゥロンに胸倉を掴まれ遮られた。
「人命に関わる非常事態なんだ!ふざけるんじゃない!!
これは全てお前が引き起こした問題なんだぞ!!?」
「は…発信機なら………あのクドーの危険性はエタニティでも有名だから…
逃げ出した時の為に何か仕込まない方がおかしいし……」
その返答を聞くやジン・ハゥロンはジュリアを掴む手を放し彼女を解放する。
喉を抑えむせるジュリアを無視しジン・ハゥロンは、
「シャイン、シャッテ、何か感じないか?」
発信機の原理までは解らない。
だが魔力的な何かを発する物であるなら
名の知れた魔術師であるシャインとシャッテなら何か解るかもしれないとジン・ハゥロンは考える。
「シロウの言ってた方角…もの凄い殺気を感じる。多分、これはクドーの殺気…!」
「距離は…ここからそう離れてはいない。馬なら一時間かからず行ける距離」
「よし、総員馬に乗れ!現時刻を以てクドー討伐を開始する!!
作戦概要は移動しながら説明する!」
ジン・ハゥロンと抵抗勢力のリザードマン達は一斉に外に出て手近な馬に跨り始める。
シド達も目を見合わせ、そうした方が良いと互いに目配せすると外に出て適当な馬を探し跨っていく。
手綱が馬の首筋を叩き風切り音を鳴らすと馬たちは一斉に走り出す。
目指すは南西。クドーの元だ。
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クドーは智龍の谷の南西14マルール(1キロと400メートル)の位置にある森にいた。
茂る木々は高く、陽の光は遮られ森の中は昼間でありながら暗い。
飢えを凌ぐ為落ちている木の実や野ネズミを捕って喰らうクドー。
もう一か月以上も何も食べていない。
アルバスに戦力外通告を受けて以降ずっと何も飲まされず食べさせられず、
ずっと暗く狭い棺の中に押し込められた為体力的にも精神的にも限界を迎えようとしていた。
アルバスも、自分に対する仕打ちを当然と嗤った奴等も殺してやりたい。
それは理不尽な逆恨みであったが、クドーにとっては真っ当な理由である。
その怒りと憎しみは糧となりクドーの異能をより強くする。
近づいてくる蹄の音にクドーは身構えた。
リザードマン達を乗せた馬が瞬く間にクドーを取り囲み、逃げ場を奪う。
「そこまでだ!もう逃げる事は出来んぞ!!」
隊長格のリザードマンが怒鳴るが、クドーは怖気づく様子も見せず、
「ウルセェ」
右腕を突き出し赤黒い糸を出す。
この糸はクドー本人と転生者と呼ばれる異世界より来た者にしか視認できない。『異能』と呼ばれる力で出来た糸だ。
その上糸を束ね、刃状にする事で肉や木々、岩をも容易く切り裂けるし
傷を負っても傷口を縫い付ける事だって出来る。
最初は右腕からしか糸を出せなかったが、他者への憎しみを募らせた事で進化を遂げ、
今では全身の至る所から糸を出す事が出来る。
何処まで糸を伸ばせるかは試してはいないが、とりあえず敵を殺す上で届かないと言う不都合は起きていない。
赤黒い糸をリザードマンと馬目掛け糸を伸ばそうとするより先に、リザードマンの放った矢がクドーの右腕を貫いた。
クドーはすぐに矢を引き抜こうとするが、立て続けに二の矢、三の矢、四の矢が放たれクドーの胸、腹、左足を貫ぬく。
「ッ!!コンナ物デ俺ヲ仕留メラレルトデモ…」
だが!
「シャイン!シャッテ!!頼む!!」
隊長格のリザードマンの合図と共に飛来したつららがクドーの両ふくらはぎを抉る。
「こういう趣味は無いんだけど、仕方ない!!」
更に別方向から現れた女剣士がクドーの両腿から下を切断。
切り落とされた両脚はクドーが言葉を発するより早く炎に包まれた。
脚を失いのたうち回るクドーを取り囲む様に現れる女剣士と双子の魔術師。
クドーの真正面に立つ少年はクドーの鼻先にロッドを向け、
「降伏して下さい。これ以上の抵抗は無意味です」
「無意味…ィ……!!?」
その言葉はクドーにとってあまりに屈辱的であった。
自分の一挙手一投足、全てを不意にするかの様な一言。
クドーは名も知らぬ眼前の相手に対し怒りを募らせ、
そしてその怒りはクドーの『異能』を更に強くする。
クドーの両足の切断面から無数の赤黒い糸が伸びる。
その様子にリザードマン達も少年らも驚きを見せる。
『異能』の糸は普段は使用者であるクドーと転生者にしか見えないが、
クドーの感情が昂ると赤黒い炎状に変化し、可視化される。
認識されにくいと言う利点は無くなるがこの状態だと威力が強化され、
一度に放出できる糸の量も増える。
大武闘会に乱入した際に見せた炎の巨人もこの状態となって初めて使用できる荒業なのである。
切断面から伸びた糸は重なり、交わり、絡まって、失われた両脚の形を成す。
それもただ元の脚を模したのではない。
より細く、よりしなやかで、より力強い獣の脚…。
クドーは、自らの『異能』を用いて新たな脚を手に入れたのだった。




