第五十六話「戦闘開始」
ルトヴァーニャの隣国ミュランの沿岸部は今緊迫した空気に支配されていた。
沖の方には揚陸艦4隻が、浜辺には既に銃剣と黒いヘルメット、黒い戦闘用ジャケットで武装したデストラの兵士が臨戦態勢に入っていた。
その数、実に180人。
デストラの部隊と相対する様に横一列に並ぶルトヴァーニャの部隊の総数は約60と、
およそ3倍もの戦力差があった。
陣形の最前列で片膝をつくコウも圧倒的な物量に思わず苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
しかしそれを見たカイルは、
「…少ないな」
「少ないって!?こちらの3倍の数の敵がいるんですよ!!?」
コウは思わず身を乗り出してカイルに反論するが、
「デストラは国土も軍の規模もルトヴァーニャを上回る大国だ。
その気になれば沿岸一帯どころか、我々の周囲を取り囲むだけの戦力を投入する事だって可能だろう。」
「嘗められてるって事ですか………!!」
「解らん。1つ言える事は、我々は負けるためにここにいる訳ではないと言う事だ」
尚も不安な表情を浮かべるコウの肩を軽く叩きリゼルは、
「心配ないわ。この戦いきっと勝てる。向こうが3倍の数で攻めてくるのなら
こっちはその3倍分戦えば良いだけよ。」
「来るぞ!!」
誰かが叫んだ。
見やるとデストラの兵士たちが銃剣を構えていた。
赤いラインの入ったヘルメットを被った隊長格と思しき兵士が腰からサーベルを抜き、
前方に突き出しながら「突撃!」と叫ぶと兵士達が一斉に走り出す。
前列のルトヴァーニャの騎士とコウが盾を構えるとライフルの弾が殺到。
耳障りな音を立てながら盾に激突する。
ライフルの弾は金属製の盾を容易く貫く威力があり、
実際盾を構える騎士達も何人かが凶弾に倒れるが
コウの手にする盾は不思議と弾が貫通するどころか全て弾き返していた。
コウが防御を解いた瞬間、デストラの兵士の一人がコウ目掛け銃剣を突き出してきた。
「ッ!!?」
コウは反射的に突き出された銃剣を叩き落し、返す要領で放った盾の強度を借りた裏拳で兵士の顔を思い切りぶっ叩く。
兵士は文字通り弾き飛ばされるが、安心する事は出来ない。
敵はまだ160人以上も残っているし、援軍が来る可能性だってある。
一方のコウはと言うと、武器と呼べる物を持っていない。
聖剣は今王宮に預けられていて、何度来いと呼びかけても応じない。
理由を聞かれても「いちいち私を頼るな」だの「この程度の相手に勝てないでどうする」だの
「聖剣が無ければ何もできないと言う奴に聖剣を使う資格はない」だのと説教ばかり。
ならもう頼らん、とコウは憤慨し工房で支給された装備のみを持って今戦場に立っている訳である。
コウは盾を外すと、半ばやけ気味に盾をデストラ兵の方へと投げつける。
盾は一人に当たると反射して別の兵士に当たり、更に反射して別の兵士に…と
まるでピンボールの弾の様に複雑な軌道を描きながらデストラの兵士達を次々と薙ぎ倒していった。
コウは疾走しながら飛んで戻ってきた盾を掴み、腕に再度装備しながら、
「なんだ、意外といけるじゃないか!!」
歓喜もつかの間、今度は無数の爆風が襲い掛かってきた。
揚陸艦からの援護砲撃だ。
騎士の何人かが砲撃の餌食となり吹き飛ばされていく。
「くそっ、流石にこう離れてるんじゃ盾の投擲どころか魔法だって届くかどうか…」
コウが目の前に飛来してきた剣を拾い上げながら独り言ちると、
「任せて!」
「各員、魔法攻撃用意!!」
シャッテの合図を受け、後方で待機していた王宮魔術師達が一斉に攻撃魔法を放つ準備に入る。
揚陸艦の方もそれに気づいたのか、主砲が少しずつ旋回し、仰角が上げられて王宮魔術師達に狙いが定められる。
「てぇーっ!!!!」
揚陸艦の主砲と王宮魔術師達の火球が同時に放たれ、空中で激しく激突する。
砲撃が相殺される中、ツバキとシャインが飛ぶ。
放物線を描き、向かってくる砲弾をツバキが切り裂き、シャインが障壁で弾きながら揚陸艦の甲板に着地。
「取り付いたよ!!」
「私達はこのまま主砲を潰す、だから目の前の敵に集中して!!」
「頼んだぞツバキ、それにシャインも…。」
「勇者小妻コウとはお前だな」
コウが揚陸艦に憑りついた2人を見やり激励すると、後ろから女の声が。
振り返った先にいたのは黒い戦闘ジャケットと剣で武装し、顔をマスクで覆った女戦士の姿。
女戦士はマスクを外し素顔を露にする。
コウは、その顔を何処かで見た覚えはあったが、思い出せなかった。
「お前、名は何と申す?」
「私はジュリア・O・カーター。我が主アルバス様の理想を阻む者よ!
アルバス様より賜ったこの暗黒剣バハラグの贄となれ!!!!」
高らかに宣言するとジュリアは暗黒剣を振りかぶりながら突進してきた。
コウは剣を水平に構えジュリアの斬撃を受け止める。
「出来る!この暗黒剣の一撃に耐えるとは…!」
「そんなもの、自分が労して手に入れた力じゃないんだろ!!
人から貰っただけの力を、得意げに語るな!!!」
コウは剣を振るいジュリアを押しのける。
体重が軽く力もコウより劣るのかジュリアの身体は大きく吹き飛ばされた。
受け身も取れず、ゴロゴロと戦場を転げまわるジュリア。
なんとか立ち上がり、再び暗黒剣を振りかぶりながら突進していくが、
コウはジュリアの振るう暗黒剣を左手で受け止め、
空いた右腕を振りかぶる。
暗黒剣を持ってない方の腕で頭を覆い、閉じた目の端に涙を浮かべるジュリアを見たコウは、
ため息を1つつくとジュリアを突き飛ばし、剣の切っ先を向ける。
「くっ…!一思いにトドメを…」
「ささねぇよ。お前、ハッキリ言って弱すぎる」
「私を愚弄するか貴様!アルバス様の盾であり剣である私を!!」
「だとしたら随分な鈍らだな」
コウではない声。
コウとジュリアが右手の方を見ると長大なメイスを肩に担いだ男が歩み寄ってきていた。
「ミハイル………!!」
「ジュリア、戻ってこいなんて甘っちょろい事を言うつもりはない。
だが何故騎士団を裏切ったのか、その理由だけは聞かせろ」
「理由…?そんな物ミハだって知ってるでしょう?
騎士団がたった1人、丸腰の相手に敗北した事、大陸最強と言われた騎士団が負けたのよ!?
その時私は気づいたのよ。騎士団は最強でも無敵でもない、ただの脆弱な集団に成り下がった事にね!」
「…だから騎士団を裏切りエタニティについたのか」
「エタニティは、アルバス様は私に力を示してくれた。
騎士団が失ってしまった絶対の力を!!」
騎士団は弱く、エタニティは強いと言わんばかりに嘯くジュリアにコウは拳を強く握り、
「力を示した…?騎士団が失った力………!!?
いい加減にしろ!お前アルバスがその力で何やってるのか解って言ってるのか!!?
力さえ手に入れば、世界がどうなったって良いとでも思ってるのか!!!?」
「解っていないのはお前の方だ勇者!!
例えどれ程気高き理想を抱こうと、力が無ければ何の価値もありはしない!!
だがアルバス様は違う…。彼には力も理想もある!!!
そして私はその理想を助けると!!誓ったぁ!!!」
「力の無い雑魚が偉そうな事を言うなぁ!!!」
コウとジュリア、双方の振りかぶった剣が激しく交差した。
ジュリアの手元から離れ、放物線を描きながら何処かへと飛んでいく暗黒剣。
コウは再び剣の切っ先をジュリアに向け、
「これで少しは解ったろ?俺とお前との実力の差が」
「くっ‥‥‥もっと強力な武器があればお前などに…」
「無理だな。俺に普通の剣使わせて負けたんだ。
聖剣持って出てきた日には、お前は5分と持たん。
悪い事は言わん、もう帰れ。」
「ロクな戦果も挙げられず、敵に情けをかけられて帰れと!?」
「戦ってみてハッキリ解った。お前、戦いをすべき人間じゃあない」
沿岸の方を見やると、デストラの揚陸艦から次々と黒煙が上がるのが見えた。
ツバキとシャインがやってくれたのだろう。
揚陸艦4隻の内1隻は船体を2つに割りながら海の底へ沈んでいき、
残る3隻も遠目でハッキリ判別できるほど大きな損傷を負っていた。
照明弾の光が空高く昇っていく。
デストラも戦況を覆せないと悟ったのか、それとも別の意図があったのかは解らないが。
「…今撤退しなきゃ、お前は反逆者だぞ?」
「くっ…!覚えておけ勇者小妻コウ!!例え私に勝てたとしてもアルバス様には絶対に勝てん!!
貴様や愚かな群衆の思い上がりと傲慢をアルバス様は必ず焼き尽くし、この世界を新たに生まれ変わらせる!!
その瞬間を首を洗って待っているがいい!!」
ありきたりな捨て台詞を残すやジュリアは他の兵士達と共に空間の裂け目へと走り出し、消えていった。
「勝ったのか?」「まぁ…連中逃げてったし」
そんな兵士たちの会話を聞きながらコウは海の方を見つめていた。
回頭し、沿岸から離れていく揚陸艦を背にツバキとシャインがふわりと浜辺に着地するのが見える。
「やったね」
ツバキが穏やかな笑みを浮かべて言う。
「ああ、やったな」
コウもツバキとシャイン、それに共に戦った騎士達やリゼル、シャッテ、シド、王宮魔術師の人達に微笑み返す。
敵の目論見や、戦力の少なさと質の問題など引っかかる部分が無い訳ではないが、
今ハッキリしている事が一つある。
この戦い、コウ達が勝ったと言う事だ。




