第五十二話「宣戦布告」
リゼルに弟がいた。
その事実はコウを動揺させるには十分な効果があった。
眼をしばたたかせ、両の肩を震わすコウにシドは、
「その様子だと、姉さんは僕の事を話していないみたいだな。
やはりあの日の事、まだ引きずってるのか………」
「あの日の事……!?」
「姉さんが戒めの鎧を着せられていただろ?」
「戒めの鎧って…あの真っ黒で自分じゃ脱ぐ事も出来ないって言うあれか。
クドーと戦った時壊されたけど……」
「姉さんがあの鎧を着なきゃならなくなったのは………僕のせいなんだ」
「!?…どういう……事だ?」
「鎧の事は知ってるのに、鎧を着せられる事になった経緯は聞いてない、か。
ならお教えしましょう。姉さんが、リゼル・ミァン・ルトヴァーニャが
王女と言う身分でありながら何故罪人の汚名と共に戒めの鎧を着せられたのか……」
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14年前、ルトヴァーニャ城で1人の男の子が生まれた。
国王の第二子として生を受けた彼はシドと名付けられ、
三つ年上の姉リゼルは周囲の大人から「いずれ王となるシドを守るのが姉であり王女でもある貴方の役目」と言い聞かされて育ったが、
リゼルはそれを嫌がりはせず、姉として、騎士として当然と受け止め、強くなりたいと願う様になった。
成長するにつれ、強くなりたいと言う願いは欲望へと変わっていき、そして彼女は罪を犯した。
リゼル10歳、シド7歳の時、リゼルは無断で聖剣を持ち出した。
近場の森へ行き、試し斬りをしてみたところ、
剣から凄まじい衝撃が迸り森の2割ほどを跡形もなく消し飛ばした。
この事は当然王宮の耳にも届き、事態を重く見た国王はリゼルの処罰を決定。
かくしてリゼルは戒めの鎧やリドと共に各地を放浪する事となった。
「考え直してください父上!いくら悪い事をしたとは言え貴方の子でしょう!!?」
弟のシドは怒った。
自国の王女であり自身の娘であるリゼルを追放した父を、国の暴挙を。
「お前も解っておろう。我が国の宝である聖剣を断りも無く持ち出す事が如何に愚かしい事か……。
それに対する罰からは例え王族であれど逃れる事は出来ん。
これはルトヴァーニャに代々伝わる『しきたり』なのだよ」
「そのしきたりだって、何百年も前の王族が決めた事でしょうに…!
自分の子よりも過去の人間の遺志を大事にする様な父上など、信じる事は出来ません」
そう言うとシドは踵を返し、国王に背を向ける。
その背中に大臣は、
「何のつもりですか!?何故陛下に背を向けるのです!!」
「こんな国、出て行ってやります…!もう貴方の顔など見たくはない………!!」
「1人で生きていくつもりか!齢七つのお前に何ができる!!」と引き留めようとする国王の言葉を無視し、ルトヴァーニャを去った。
その日ルトヴァーニャは、王女に続き王子までもを失った。
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「…それから僕は自分を鍛えながら世界各地を転々としました。
姉や、周囲の人間を頼らずとも自分の身を自分で守れる様に…。」
シドと向かい合う様にして椅子に座ったコウは、
「お前やリゼルの過去に色々あったのは解った。
だが顔も見たくないと言って出ていったのに何故今になって故郷に戻ってきたんだ?そこが腑に落ちん」
「…噂を、聞いたんですよ。銀髪の美しい女性をシャオハーンで見たと。
鎧を着てたら髪の色も顔つきもまるで解らない筈なのに…。
その真相をこの目で確かめる為なんです。このルトヴァーニャに戻ってきたのは」
「それでこの何でも屋にたどり着いたと………」
「はい。姉さんは身分を捨てここで働いてると聞いたのですが、姿が見えず、
闇雲に探すのは無謀かと思い、仕方なくここで待たせてもらっているのです。」
「リゼルなら城から戻ってきてないけど」
「身分を捨てたのでは無いんですか!?」
「解んねぇよ。リゼル何も言ってくれねぇもの。聖剣が直ったら何か解るとは思うけど」
「聖剣が直ったら!!?聖剣に何かあったのですか!?」
「まぁ色々、な」
その後もシドの質問攻めは続き、意図的かはともかくコウの神経は徐々にすり減らされていった。
体力的にも精神的にも滅入ってしまったコウは、聖剣が直るまでの間何でも屋を臨時休業にする事を決めるのだった。
シドは…城に戻るのを躊躇っている様だったので仕方なく家に泊める事にした。
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3日が経過した。
三日間コウ達は何するでもなく食って寝てを繰り返すだけ。
リゼルからは、まだ連絡がない。
そんな折だった。
「大変!大変よコウ!起きて!!」
慌てた様子でツバキが部屋に入ってきたのにコウは目を覚ます。
「なんだよ朝っぱらから…」
「とにかくテレビ見て!!」
言われるがままコウは階段を降りリビングへ向かう。
リビングのテレビには見覚えのある赤髪が壇上に立っている様子が生中継されていた。
「アルバス!!?」
「マウザンディア前大統領の葬儀に現大統領として出席してるらしいんだけど…」
「あり得ない。選挙はどうした!?」
アルバスがテレビに出ている事に狼狽していると、テレビの向こう側のアルバスが、
「我等が親愛なるデストラ国民諸君!私は亡きマウザンディアの遺志を継ぎ大統領の座を継いだ新たな大統領、アルバス・ロアである!!
偉大なる我らが指導者マウザンディアが、卑劣な暗殺者によって命を奪われた事は諸君らも知っていよう。
確かにマウザンディアはその強引とも取れる政策を強行し多くの反発を招いた事は事実だ。
天罰と人が言うのならそうなのかもしれない。だがマウザンディアがそうせざるを得なくなった原因は何だ!?
マウザンディアは、生まれつき魔力が弱く魔術師原理主義であった二代前の政権下においては屈辱的ともとれる時代を過ごしていた。
つまりマウザンディアを恩讐に駆り立てたのは魔術師ではなく魔術師のみを優遇する社会であり、
それを良しとする大衆こそが忌むべき真の悪なのだ!!
私は傲慢にして無責任なる世の大衆共を正す為、この世界の国と言う国全てに宣戦を布告する!!」
「なッ!?」
「正気か!!?公に世界を滅ぼすと言ってる様な物だぞ!!」
狂気としか言いようのない宣戦布告に驚くツバキとコウ。
だがアルバスの演説は続く。
「国民よ!純然なる国民よ武器を取れ!!そして愚かな大衆共に正義の鉄槌を下すのだ!!
ヴエール・ド・デストラ(デストラに栄光を)!!!!」
ヴエール・ド・デストラ。ヴエール・ド・デストラ。ヴエール・ド・デストラ………。
葬儀に参列したデストラ国民達の声が木霊する。
コウにとってそれは不気味な、あまりに不気味な光景であった。
傲慢さを隠しもせず扇動するアルバス。
それを疑おうともせず、あらかじめプログラミングされた言葉のみを喋るトーキング人形の如く振舞うデストラ国民。
アルバスよ、デストラの人達に何をした!?
いつの間にかコウの傍に来ていたシャインがコウの服の裾を引っ張りながら、
「あの人達、変だよ…。
アルバスって人どう見てもデストラの人じゃないのになんであそこまで信用できるの?」
「解らない…。あいつの年齢で国のトップになれる筈は無いのに。
考え得るのは、国民全員を魔法で洗脳とかだな。モアザさんがお前達姉妹にやった様に」
母モアザの名を出した途端目を伏せ閉口するシャインを見て言いすぎたと自嘲し、コウは「すまない」と詫びる。
「随分と絶妙なタイミングで宣戦布告してくれたわね。」
聞こえてきた声にコウが入口の方を向くと、そこには見慣れた銀髪の少女の姿。
「リゼル!!」
「たった3日会ってないだけなのに随分な反応ね」
「3日も連絡しないで何してたんだよ!心配したんだぞ!!」
「色々準備する事が多くてね。話をしに行く暇も無かったの」
「準備って…。」
「小妻コウ。貴方をリゼル・ミァン・ルトヴァーニャの騎士とする為の準備をね」




