第五十話「さらば超大国ヤマト」
都内のホテルにある大ホールを借りて国防軍の祝勝会は執り行われた。
幾つものテーブルにはクリスマスくらいにしか見られないような豪華絢爛な食事や年代物のワインが並び、
出席者たちも昨日の緊迫した表情は何処へやら、皆笑顔に満ち溢れている。
戦いは終わった。
人類が勝利したのだとコウは改めて実感したのだが、
その表情は何処か沈んでいる。
左頬にヒヤリとした感触が走り、コウは後ろを振り返った。
リゼルだった。
いつもの外出用の服ではなく薄い青色のドレスを身に纏い、
長い銀髪もアップにし纏めておりいつもとは違う印象をコウに与えていた。
左手にはぶどうジュースの入った2リットルサイズのペットボトル。
軍の人が未成年者揃いのコウ達の為に用意してくれた物だ。
「めでたい席なのに、やめなさいよそんな顔するの」
「ごめん…。ただ、あのキングヒドラの断末魔が気になってさ」
「なんて言ってた?」
「魔王様……って」
「魔王…確かにそう言ってたのね」
「何か心当たりは?」
「いえ…昔、寝る前に聞いた御伽話に出てきたくらいだったけど、
もしかしたらキングヒドラは、魔物じゃなくて魔人族だったのかも」
魔人族。
かつて存在していたと聞かされた亜人族の一種。※番外編1を参照。
優れた知性と力を兼ね備えていたが精神が邪悪すぎて、
他種族に仇名した為にアーサレナの地より追放された種族と聞いた。
外見的特徴については何一つ聞かされてはいなかったが、
それは外見に特徴が無いのではなく外見が千差万別過ぎるからなのだろう。
なのでキングヒドラの様におおよそ人のそれから逸脱した外見でも何ら不思議はない。
ただ魔『人』と言う単語から人型であると思い込んでるだけの話であって。
「なるほどな。それなら魔物然とした見た目で言葉を話も頷ける。
そして、俺達人類も知らない所で何かが蠢いている。
アルバスですら知り得ないであろう何かが……」
「…そしてそれが何であるかは解らないし、知る術もない。
そう言いたいんでしょ?」
「お見通しか…」
「私がどれだけコウと一緒にいると思ってるの?」
「えぇ…と、俺がこっちに来てから、ほぼずっとだな。」
「解ればよろしい。じゃこの話はこれで終わり。」
そう話を切り上げるとリゼルはコウの手を取り、
「踊りましょ」
周りを見ると殆どの人が男女一組になり優雅な音楽をバックにダンスを踊っている。
「でも俺、社交ダンスなんて踊った事ないぞ?」
コウが踊ったダンスと言えば小学校の年間行事の時のフォークダンスが良い所で、
社交ダンスなんて物とはまるで無縁だった。
「私がリードするから。コウは合わせるだけでいい」
「なら良いが、今すぐじゃなくて良いか?」
「何?」
「すぐ済ますから」
コウはリゼルからぶどうジュースを取り近くのテーブルに置かれたグラスを手に取ると
向かって左側にあるバルコニーへと向かう。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
バルコニーに腰かけツバキは夜風を受けながら外の風景を眺めていた。
その表情は凛としているが何処か寂しげな印象も見る者に与える。
「パーティの空気は馴染めないかい?」
ツバキが声のした窓際の方を向くと、そこにはぶどうジュースとグラスを持つコウの姿が。
「未成年は酒飲めないからな。ジュースで我慢だ」
「…少し離れた所にいれば、心配した貴方か貴方の仲間が来てくれるかもと思ってた。
話がしたいから敢えてこんな所にいるとか、嫌な女よね私って」
「そんな事無いと思う。少なくとも本当に嫌な女だったらそうやって自嘲したりしない」
「…私の家…カタクラ家はね、女に生まれた者は代々強い男の妻になれって言い聞かされてたの…。
貴方に近づいたのも、それが理由」
「それだったら、俺じゃなくてアルバスの方が…。」
「違う。私が言いたい強さってのは」
ツバキはコウに近寄るとコウの胸を指さし、
「ここの強さを言ってるの。あいつはただ腕っぷしが強いだけで、中身の方は全然ダメダメじゃない。
でも貴方は違う。自分一人だけでなくみんなの事も考えて戦ってる。
だからあの時私の事も叱咤激励したんでしょ?わざわざ呼び捨てにして」
「あ、あの時は…無我夢中だったから」
「けどその無我夢中のおかげで吹っ切る事が出来た。ありがとう。
私、貴方の事好きになったみたい。親に言われたからとかじゃなく、心の底から……」
あまりに突然な言葉にコウも開いた口が塞がらなくなった。
「…俺に、他に好きな人がいたとしても…か?」
「ええ。コウの好きな物を私も好きになりたい。コウごと愛してみたい…!だから…!」
そう言い詰め寄るツバキ。
豊満な胸がコウに押し付けられる。
マズい。この状況は非常にマズい。
こんな所を誰かに見られたらきっと取り返しのつかない事になる。
「だから…なに?」
そしてその一抹の不安は現実の物となった。
よりにもよって、一番見られたくない相手に見られると言う最悪の形で。
「リ…リリ……リゼル?」
「へぇ~。アンタの言う用事ってつまり、カタクラさん家のお嬢さんとそういう関係になる事なの…?」
「ち、違う!!俺はただツバキさんがどこ行ったか探してただけで…!ツバキさんも何か言ってやってよ!!」
「…もしかして貴方、妬いてるの?フフッ、可愛いじゃない」
「からかうなよぉー!!」
誤解し憤慨するリゼルとそれを茶化すツバキ。
このままじゃ埒が明かない。
そう考えたコウはリゼルの手を掴み屋内へと入っていく。
「ちょっ…痛いから!離して!痛いから!!」
「こっちの用事は済んだ。後はお前の用事を済まさないと」
「用事って…」
「俺と踊る約束だったんだろ?だったら!」
「それは、そうだけど……」
コウはリゼルと向き合い、手を繋ぎ直すと右に左にとぎこちないステップを踏み始める。
動きが硬く、リズムにもロクに乗れていないコウのステップにリゼルは思わず、
「プッ…ホントに踊った事無いのね。いくらカッコよさげな事言ったってこれじゃ…」
「う、うるさい!」
「まず私の足元を見て、脚の動きを真似して…」
リゼルが右へ動けばコウも右へ。
左へ動けばコウも左へ。
不慣れながらも精一杯のダンスをコウは必至に踊り続けた。
一度築いた信頼関係が傷つかない様に、彼女に必要な存在であり続けられる様に。
勝利を祝う宴は夜が明けるまで続いた。
そしてそれは、大和を離れルトヴァーニャへ戻る時が迫っていた事も意味していた…。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
潰れ、ひしゃげたビル。
ひび割れその機能を失った道路。
あちらこちらに異形の怪物の骸が散乱しているここは、シンジュクの中心。
つい十数時間前巨大な怪物の群れと巨大な人型ロボットとの激闘が行われた場所である。
瓦礫の撤去作業と死傷者の捜索、救助作業がようやく始まったばかりの未だ死臭の漂うこの空間に
まるで死んでいった者達を迎えに来た死神の様に佇む人影が二つあった。
全身を黒いコートで包み頭から黒いフードを被っている為その顔つきと表情を伺い知る事はできない。
「君達、何やってる?ここは立ち入り禁止なんだぞ」
「………」
作業員の一人が注意すると人影の内の1人が作業員を睨む。
底の無い暗闇の様に暗いその瞳に作業員は射竦められ、それ以上何も言えなかった。
「…少し視線を合わせただけでこれとは、この国の人間も大した事は無いな」
「それは違います。マサツグ様の絶大な魔力を本能的に感じ取ったまでの事…」
「あまり大っぴらに俺の名を呼ぶんじゃない。俺がここに来てる事は極秘と言う事になってるのだからな」
「も、申し訳ありません…」
マサツグはビルの一角を、正確にはビルにのしかかった物体を見上げる。
それは巨大な龍の頭。
鋼鉄の巨人ガンダイオーに切り落とされた怪物キングヒドラの首であった。
「これか」
「こんな大きい物をどうやって…」
「それは転送魔法でどうにかする。問題は何に使うかだが…」
大和に向かう前、アルバスはマサツグにキングヒドラの鹵獲ないしは死骸の回収を命じられていた。
死んでいても良いのか、何に使うのかとマサツグは質問をぶつけてはみたが
答えは決まって「今は知らなくてよい」の一点張り。
流石に文句の1つも言いたくはなったが時間と労力を無駄に浪費するだけだと感じ、渋々言われた通りにせざるを得なかった。
マサツグが頭上で右手を振るうと巨大な魔法陣が現れ、キングヒドラの首を包み込んでいく。
キングヒドラの首はみるみる内に魔法陣の中に呑み込まれ、作業員らが異変に気付く頃には既にキングヒドラの首は跡形もなく消え去っていた。
「き、君!!?一体何をやった!!!」
「何って…仕事」
「そうじゃねぇよ!自分が何やってるのか自分で解らないのか!!?」
「解ってないのは、お前らなんだよな…」
マサツグが再び右手を振るうと今度は作業員たちが魔法陣に呑み込まれていく。
魔法陣が消えると作業員たちの姿もまた消えていた。
「彼等、どうしたのですか?」
「殺してないから安心しろ。ただ、すぐに迎えを寄越さないと死ぬかもね」
作業員たちは、大和とは似ても似つかぬ場所に飛ばされていた。
右も左も雪と氷ばかりで、おおよそ村や町と言える様な物は一つも見当たらない。
そして横殴りに襲い掛かる吹雪が作業員たちの体力と理性を奪っていく。
そこまでして手に入れたがるキングヒドラの首に如何ほどの価値があるのか、
エタニティは、アルバス・ロアはキングヒドラの首を手に入れて何をしようと企んでいるのか。
それらの疑問に対する答え知る者は、このアーサレナにおいてアルバスの他に存在しえない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
基地に着陸した時の膝立ちの姿勢のまま鎮座するガンダイオーの前にコウ達は集まっていた。
兵士達もコウ達の左右に挟む様に整列しノブシゲもコウ達と向かい合う様に立っている。
依頼を果たし、ルトヴァーニャに帰る時が来たのである。
「これが、約束の品…ヒヒイロハガネだ」
ノブシゲがそう言うと右隣に立っていた兵士が布の上に乗せられた巻物状のカプセルをコウの前に差し出した。
カプセルの中には燈色に輝く液体が詰め込まれている。
「ハガネと言うからには延べ棒でも出てくるかと思ったんですが…」
カプセルの1つを手に取るとコウはやや自嘲気味に笑って見せる。
「延べ棒にすると加工の手間がかかるがそのカプセルに入れておくと液状の状態が開封されるまで維持される。
心配ない。熱は外側に伝わらない設計になっている」
「へ…へぇ………」
大和の技術力の高さに改めて感銘を受けるコウ。
それを見ていたツバキは、
「あ、あの!お父様!!」
それは仕事とは無関係な時、プライベートにおけるツバキの父の呼び方であった。
長官、ではなく父と呼ぶ。
思わずノブシゲもコウも目を丸くしてツバキを凝視した。
「…まだ仕事は終わってはいないが」
「いえ、私個人の事でお話があります。
お父様、私も彼等と共にルトヴァーニャに渡りたいのです!!」
その場に居合わせた誰しもが驚愕する発言だった。
ノブシゲは一度咳払いをすると、
「…なんでまた?」
「私は今回の事件で、自分の力がまだまだ足りていない事を知りました。
私はもっともっと強くなりたいのです!」
「彼等と、小妻くん達と共に行けばそれが出来ると?」
「彼等は常に過酷な戦いの最中にあると聞きます。
私もその中で戦えば己を高められると私は思ったのです」
ホントはコウについていきたいだけの癖に、と言わんばかりに嗤うシャインとシャッテを尻目にノブシゲは、
「……ダメだ、行くな。…と言っても聞く気は無いのだろ?
解った。お前ももう大人と言って良い年頃だ。自分の事は自分で判断し、自分で決めると良い。
ただし、決して後悔の無い選択をするようにな」
「解りました。お父様、しばしのお別れです。今まで育てて下さり、ありがとうございました」
「うむ…。それと小妻くん」
「はい」
「君にツバキと…このガンダイオーを任せたい」
「お、俺に…ですか!?」
「知っての通りガンダイオーは君達を乗り手として選んでしまった以上
もう今の時代では君達以外に動かせる者はいない。
研究材料として学会に回す事も考えたがこれから先キングヒドラの様な脅威が現れないとも限らん。
その様な事態への抑止力として使っていった方がガンダイオーを作った者たちにとっても本望だろう」
「…解りました。ガンダイオーのその力、必ずや役立ててみせます」
「では、この大和の為に戦った異国の戦士達に、経緯の意を表し!敬礼!!」
一分の狂いもない見事な敬礼。
コウも感銘を受け敬礼を返す。
コウだけでなく、リゼルも、シャインも、シャッテも、ツバキも皆敬礼し、
「いつか必ず!また来ますから!!今よりもっと平和になったらまた来ますから!!
その時まで、この国を守っていてください!!」
「フ…貴様に言われるまでも無い!!」
兵士の一人がそう返したのを聞くとコウはガンダイオーに乗り込み、リゼル達も後に続く。
ハッチが閉まるとガンダイオーはゆっくりと立ち上がり、ふわりと宙に浮くとそのまま一気に空高く舞い上がる。
その上昇スピードたるや凄まじく、30メートルは優に超えるガンダイオーの巨体はあっと言う間に見えなくなっていた。
大和の大地が遠ざかり、既に空と雲しか映らなくなった風景をガンダイオーのメインカメラ越しに見据えながらツバキは、
「…銀髪の貴方、名前は?」
「……リゼル。リゼル・ミァン・ルトヴァーニャ」
「良い名前ね、リゼル。私、負けないから。貴方にも、私自身にも」
それはツバキにしてみれば恋のライバル宣言みたいな物なのだが、
如何せん言葉足らずであった為かリゼルは何言ってるんだと言わんばかりの表情で首を傾げるしかなかった。




