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オズマ戦記  作者: 葱龍
一章「消えた聖剣と呪われし王女」
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第四話「悪鬼と殺意と血濡れの糸」

一時的にコウと別れる事になったリゼルは、

街の近くにある川原で一人座禅を組み瞑想にふけっていた。

何も考えず、微動だにもせず、ただ心を無にするその様は黒い鎧を纏った姿と相まって置物とほぼ変わりはない。

故に空を行く小鳥たちもリゼルを警戒する事無く、肩や頭に泊まり羽を休めている。


「精が出るのぅリゼル。もう禅を解いて良いぞ」


修行に励むリゼルを激励するリド。その手には肉や果物が詰め込まれた紙袋が抱えられている。

リドの声に気づきリゼルは禅を解き、ゆっくりと立ち上がると、


「おかえりなさい師匠。コウさんは?」

「調べものがあると言うて街に残った。何でも盗まれた聖剣の手掛かりがどうとか・・・」

「聖剣が・・・?」


聖剣、と言う言葉を聞くや顔をうつむけるリゼル。

鉄兜に隠れているがその眼は憂いを帯びていた。


「・・・そう気負わずとも良い。あの頃のお前はまだ幼かった。」

「いえ、違うんです。国内でもタブーとされる聖剣の盗難をやってのける輩がいると言うのが信じられなくて・・・」


ルトヴァーニャにおける国宝である聖剣を盗むと言う事は

それ自体が国に対する反逆に等しく、捕らえられれば重い刑罰、

そうでなくとも未来永劫国の手の者に追われる運命を辿る事となる。


「うむ。コウは心配いらん風を装ってはいたが、嫌な予感がするのぅ・・・」


奇しくも、リドの予感は的中する事となる。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




武器屋を後にし、スラム街を訪れたコウの心中は複雑であった。

武器屋を出た直後に感じたあの殺気は何だったのか。

聖剣の盗難事件と何か関係があるのか・・・。


スラムの人々に聞いても皆「知らない」の一点張りでまともな回答は得られない。

下位層特有の仲間意識なのだろうが、今のコウにとっては余計でしかない。


「クソッあいつ等みんなグルになってんじゃないのか!?

貧しい者同士助け合いが大事とは言うが犯罪者匿うのだって立派な犯罪なんだぞ!!?」


焦りからか思わず辛辣な言葉が飛び出る。

スラムの人々が聞いていたら即リンチにあっていただろうが、

幸いコウの言葉を聞いていた者は一人としていなかった。

一人を除いては。


「良くないなぁ、そうやって人のせいにするのは」


藪から棒に響く声にコウは右へ左へ首を巡らせ、声の主を捜す。

そして左上の、不揃いな木材を積み重ねただけの粗末な家屋の屋根にそれは腰を下ろしコウの方を見据えていた。

肩には届かないがやや長めの白髪、腰に履いているデニムパンツ以外は何も纏わない上半身裸に裸足と言う出で立ち、

背丈はコウと同じくらいだろうか。

左腕に刻まれた黒い炎の様な入れ墨、何よりコウ自身を見据える瞳は生気を宿してはおらず、まるで幽霊か生ける屍の様。

異世界でも元いた世界でも浮くであろう異容にコウは警戒せざるを得なかった。


「誰だお前は?」

「俺にとって名前なんてのはどうでも良い要素だが無きゃ無いで色々不便でな。人に名前を聞かれた時はこう答えるようにしてる。

 クドー、と」


クドー。日本の苗字の工藤にも似た発音。

外見の割に普通の名前だと一瞬思ったが、ある仮説が脳裏をよぎると共に名前への感想はコウの思考の外に追いやられた。

この男が、クドーが自分と同じ様に異世界から転生してきたと言う可能性である。

コウはこの世界に転生したが特別な存在と言う訳ではない。

となればコウのと同じ様に別の世界から転生してきた者が二人以上いても何らおかしくはない。

問題は、他の転生者がコウに味方してくれるかどうかだが・・・・・・。


「コウ・・・俺は小妻コウだ。クドー、二つ。二つ質問させてくれ」

「質問?」

「まず一つ目。お前この世界の人間じゃないな?」

「・・・察しが良いな。その通りだ。俺はバイクでサツから逃げてる最中に事故ってこの世界にやって来た。

 そういやお前の顔、何処かで見覚えがあるな」

「お前みたいな奴、一目見たら即思い出す筈だが……まぁ良いや。二つ目の質問だ。

 聖剣が盗まれたって話、聞いた事はないか?」


聖剣と言う言葉を聞いた瞬間クドーの眉がぴくりと反芻するのをコウは見た。

この男、何か知っている・・・・・・。


「知ってるも何も・・・それ盗むよう仕向けたの、俺なんだよ」


予想の斜め上を行く答えが返ってきた。

スラムに来たのは聖剣を盗んだ犯人の手掛かりを探すためだったのに、まさか主犯格に出くわすとは。

千載一遇とはまさにこの事か。


「盗むよう仕向けたって・・・なんでだよ!なんでそんな事させたんだ!」

「なんでって、そんなの決まってるじゃんか。楽しそうだからだよ」


クドーは笑みを浮かべながらそう言った。

人を安堵させるような微笑みではない。逆に人を戦慄させる、邪悪極まりない笑顔だ。

コイツはヤバイ。コウの本能がそう告げている。


「こっちに来る前言われたんだよ。この世界でどうしようが自由だって!!だったらお国の大事な物盗むのだって俺の自由だろ!!」

「自由と勝手を履き違えるな!だいたい聖剣を盗んでお前は何をしようとしてるんだ!!世界征服か!?」

「世界征服ぅ?ハッ、今時そんなダサい理由で動くかよ。皆殺しさ。この世界から大人と言う存在を消してやるのさ。

 何でもかんでも上から物を言い、世界の支配者になった気でいるクソな連中!

この世から消し去れば世の子供全てが俺の事を称えるだろうよ!!この誰も成し得なかった偉業をなぁ!!」


誰も成しえなかったんじゃなく皆やるべきではないと知っていたとか、称えられるどころか恐れられるだけだとか、

そもそも皆殺しになんてしたら称える奴がいなくなるだろとか言いたい事はたくさんあるがあえて一言に集約させると、

世界征服の方がまだマシだった。

なんなんだこのサイコ野郎は。

この世界の人間皆殺しとか本気で言ってるのか?

前の世界でも何かヤバい犯罪やらかしまくった挙句バイク事故を起こしたんじゃないのか?

そんな憶測がコウの脳内を駆け巡る。

こんな奴に聖剣は渡せない。こいつは聖剣に相応しくない。

そう返そうとするコウを歯牙にもかけずクドーは更にまくし立てた。


「だが全員殺したんじゃ面白くねぇ。おい小妻。俺の仲間になるって言うなら命は助けてやる。

 もし仲間になると言うなら、聖剣もお前にやる。どうだ?悪い条件ではないだろう」

「何勘違いしてる。俺が聖剣を探してるのは元の持ち主に返す為だ。

 礼金が貰えればこの世界での生活には困らないだろうし、何よりあの剣は元の持ち主に返してやるべきだ。」


説得の通じる相手だとは思わない。

だがかと言ってクドーの言いなりになるつもりもない。

ともなれば自分の主張を伝え誘いを断るしかない。


「あーあーあーあー・・・・・・お前との話し合いは無理だと言う事がよぉーく解った。俺の仲間になりたくないって言うなら・・・」


クドーがゆっくりと立ち上がり右腕を上げると、そこから赤黒い炎が燃え上がった。

炎は細く長い糸の形を成し、糸の先は更に変貌を遂げ長く歪曲した剣の形となる。


「もう死ぬしかないなぁ!!!」


むき出しになったクドーの殺意を乗せ赤黒い刃はコウの胸目掛け一直線に飛翔。

自身へ向かってくる刃の危険性を感じ取ったコウはこれを上体をひねって回避した。


コウを串刺しにしようとして果たせず、代わりに地面に深々と突き刺さった赤黒い刃が再び引き抜かれ、

クドーの元へと舞い戻っていく。


「避けやがった!?」

「避けられた!?」


同時に驚愕の声を上げる二人。

クドーは攻撃を避けられた事に、コウは攻撃を避ける事が出来た自分に驚いている様子だ。


「何でだよ・・・!他の連中は避けるどころか存在に気付く事すら出来なかったのに。つかお前、見えるのかよ・・・俺の無敵の剣が!」

「無敵の剣って、その腕から生えてきてる奴の事か?あぁ見えてるぜ。見えないから無敵だって言うのなら訂正した方が良いな」

「見えないから無敵?だぁけぇじゃぁないんだよぉぉぉ!!」


クドーは再び赤黒い刃を飛翔させる。

今度は広範囲を攻撃対象に据えた横薙ぎだ。


コウはそれをしゃがんで回避。

するとコウの後ろの建物に亀裂、と言うにはあまりに鋭角すぎる"切れ目"が走り、建物をバラバラに分解していく。

崩れる建物と舞い上がる土埃。街のあちこちからは怒号と悲鳴が混ぜこぜになって木霊する。


「ゲホッゲホッ!クソッ見境なしかよ!!」


咳き込み、誇りにまみれながら苦言するコウ。

屋内にいたから無傷で済んだが、建物の中にいた人たちはおそらく見るも無残な姿になり果てただろう。


「避ければ苦しみが増すだけだと言うのになぜ避ける?」

「そんなの死ぬのが嫌だからに決まってるだろ!お前だって、自分が死ぬのはごめんだろ!?」

「確かに嫌だな。そしてお前は自分が嫌だと思った事を他人にやるなと言いたいだろうが、俺は全くそうは思わない。

 自分がやりたいと思った事をやるだけだ。」


駄目だ。住む世界が違い過ぎる。

クドーと話す度コウは価値観の違いを思い知らされた。

もはや倒すしかないだろうが、徒手空拳のみで超能力持ちに挑むのは絶望的。

となれば逃げるのが最善策になるのだろうが、果たしてクドーが逃がしてくれるのか・・・。


そんな折だ。コウの後ろの方から、


「貴様たち何をやっている!!」


コウが振り返るとそこには白銀に輝く鎧を纏う青い髪の青年の姿があった。

背丈はコウよりやや高く、髪と同様の青く鋭い目からは強い意志が感じられる。

年齢は見た所20代後半から30代前半くらいだろうか。

類似した鎧を着た者達を数人引き連れている事からこの国の騎士、それも隊長格である事はコウにも即座に理解できた。

渡りに船か地獄に仏か、コウにとっては思いがけない援軍である。


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