第四十二話「巨龍と巨人」
キングヒドラの巨躯を見上げるやコウは、
「デ…デケェなおい。何をどれだけ食ったらそんなデカくなるんだ?」
と軽口を叩いてみせるが、その表情は引きつっており恐怖しているのが相手にまるわかりだった。
「言ってる場合じゃないでしょ!にーちゃん下がって!!」
シャインがコウの前に躍り出ると両手から炎の弾丸を連射する。
爆風と黒煙がキングヒドラの巨体を覆い隠し、撃ち終える頃にはキングヒドラの姿は完全に見えなくなっていた。
手ごたえを感じたのかシャインは思わず、
「やったか!?」
「シャインそれ言っちゃいけない台詞!!」
案の定、コウが危惧した通りの結果になった。
黒煙をかき消しながら燃え上がる紫の炎。
その向こうには炎に照らされ不気味に輝くキングヒドラ。
あろう事か、傷1つ負ってはいなかった。
「そんな…効いてない!!?」
「あの鱗…いや瘴気で弾いたのか!」
瘴気は人体に有害であると同時に、攻撃魔法の効果を弱める特性も併せ持つ。
キングヒドラの様な瘴気を自在に操れる上位クラスの魔物となれば
瘴気を幾層にも重ね合わせバリアの様に扱う事も可能である。
紫の炎は容赦なくコウとシャインを取り囲みその行く手を阻む。
「くっ!早い所こんな辛気臭い場所とはおさらばしたいのに…!」
コウは後ろを振り返りリゼル達とどれだけ距離が離れてるかを確認する。
豆粒ほどの大きさに見えるくらいには離れていたがリゼルもツバキもシャッテもその場で立ち止まっている。
コウが反転したのに驚き咄嗟に走るのをやめたのだろうか。
「シャイン、俺の言う通りにしてくれよ」
「あ、うん…」
「じゃまずは、向こう向いて眼ェ閉じてろ!絶対俺の方向くんじゃないぞ!!」
シャインが言われた通りに向こうの方を向いたのを確認すると
コウは額に意識と魔力を集中させ、
「……ッ!陽・光・波!!」
額に集中させた魔力を光に変えて一気に解き放った。
レーザービームでも魔法攻撃でもない、ただ光っただけなのだが、
その眩さは凄まじく、陽の光が差さない森を昼間の様に照らし出した。
そして、目を瞑り悶えながら頭を左右に振るキングヒドラ。
「よし!読み通りだ!!」
コウはキングヒドラがもだえ苦しむのを見るやシャインを小脇に抱えリゼル達の元へと一直線に走り出す。
「シャッテ!シャイン!魔法使えるか!?」
「瘴気は確かに魔法を弱める効果があるけど、攻撃魔法以外は何とか」
「飛べるな?」
「やってみる」
シャインとシャッテがコウ、リゼル、ツバキの手を取ると眼を閉じ集中。
「急げ、陽光波で動きを止められる時間は僅かしか…」
「黙って!」
「はい」
よほど集中してないと使えない魔法なのか
急かすコウを窘めるシャインの声も自ずと怒気を孕む。
そして、
「「飛翔!!」」
コウ達の体は地を離れ、空高く舞い上がった。
樹海は既に視界の下。
見下ろせば海すら拝める程の高さにコウ達はいた。
「すごい…!俺達、空を飛んでる!」
見渡す限りに広がるパノラマにコウは感動する。
「飛んだ事自体は別にこれが初めてじゃないんだけど…」
リゼルは対照的に素っ気ない態度。
「飛翔は飛ぶ高さもそうだけど着地の際の速度調整にも気を使わなきゃならないから…」
「感動も感傷に浸ってる暇もない」
シャインとシャッテはいつも以上に真剣な表情を浮かべている。
コウ達は互いの手と手を取り合い輪になりながら降下する。
スカイダイビングの基本的なフォーメーションだが、パラシュートは無い為
着地は各々の魔法による管制コントロールに頼らざるを得ない。
コウはふとツバキに目を向けてみる。
口を堅く紡いだままじっと前を見据えて…いや良く見るとふるふると小刻みに震え、目の端に水の球を浮かべている。
「……!!あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!落ちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!
私落ちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!
死んじゃうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!」
と思いきや今度は爆ぜる様に泣き喚くツバキ。
それまで見せた事の無い一面を見せる彼女にさしものコウも狼狽えずにはいられない。
「もしかしてツバキさん…高い所ダメなのか?」
「あーもう騒がないで暴れないで大人しくしてて。」
「仕方ない…」
そう言うとリゼルは繋いでいた手を離し、ツバキの鳩尾目掛け鋭いボディブロー。
ツバキが嗚咽し失神したのを確認すると再び元の体勢に戻る。
「すっげぇあのお姫様…落ちながらどついてる」
さりげなく高い身体能力を見せつけるリゼルにシャッテは感銘を受ける。
そうしたやり取りの後、コウ達は風に揺られながら大和都市部にあるビル群の1つの屋上に着地した。
フジの樹海は既に地平線の彼方。
しかしそれがあのキングヒドラの脅威が過ぎ去ったと言う証明になった訳ではない。
ただ離れただけだ。
「ツバキさん、もう大丈夫だから。ビデオは撮ってある?」
ツバキは深呼吸を一つして平静を取り戻すと、
「…大丈夫。心配かけたわね。ビデオは…」
ツバキはビデオカメラを取り出し操作すると、ビデオカメラのディスプレイに映像が映し出される。
そこにはキングヒドラの巨体が映っている。その大きさは画面に入りきらないほどだ。
「こっちも大丈夫ね」
「すぐ防衛大臣にこの映像を見せないと…。急ごう」
一行は一路防衛省庁舎を目指す。
これで当初の依頼は果たされる運びとなるが、それは大和の存亡をかけた戦いの序章でしかない事は、
皆が薄々勘づいていた。
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防衛省の会議室は四方を上半分が白、下半分が木目調のブラウンの壁で囲われた長方形上の広大な部屋の殆どを
楕円形の長大な机が占領し、そこに10人以上が座れるだけの数の椅子が添えられ、
その中央には何処の椅子に座っていても視認できる様大型モニターが背中合わせに四台天井から伸びるパイプに備え付けられていた。
楕円形の机の一角にはノブシゲ防衛大臣が座り、真剣な面持ちでモニターを睨んでいる。
その後ろにはコウ達の姿。大型モニターにはキングヒドラの禍々しい巨体が映し出されていた。
「…これが、魔物が活発化した原因であると、君たちはそう推測するのだな?」
「憶測の域を出ませんが、他に考え得る証拠は見つけられませんでした…」
「一匹の魔物が他の魔物に影響を与えている可能性、否定できなくはない。
君たちがカメラに捉えたこの魔物が、伝承に伝えられる魔物『キングヒドラ』なら…」
「キング、ヒドラ……」
この魔物がキングヒドラだと言う根拠はシャッテの言葉のみ。
だがこの巨体と無数の首と光り輝く鱗はキングヒドラと呼ぶに相応しいと言える。
こいつが本当にキングヒドラで、大和の国に潜む魔物を活発化させているとしたら、
もしこいつが魔物を率いて人間に対して攻撃を加え始めたら…。
俺は人々を守れるのだろうか?とコウは一抹の不安を抱く。
アルバスとの対決に敗れ勇者としての自信を打ち砕かれた上聖剣も折られ、
今のコウは一時期より弱体化してると言って良い状態だった。
その聖剣の修復に必要なヒヒイロハガネと言う金属を手にする為
このノブシゲの依頼を引き受けたのだが、流石に予想の斜め上の展開だ。
ヒヒイロハガネだけ貰ってさっさとルトヴァーニャに帰ったとしても、
キングヒドラがルトヴァーニャに絶対現れないと言う保証は何処にも無いし
そもそも大和に生きる人々が危険に晒されるのを見て見ぬふりをするのは後ろめたい気分になる。
「ノブシゲ大臣、依頼の件ですが…」
「なんだ」
「報酬の引き渡し、今はまだ保留にしてもらえませんか?」
「?調査は既に終えた筈だが…まだ何か?」
「この魔物、たとえキングヒドラとは異なる個体だったとしてもこの大きさだ。
人里に入れば大パニックも被害も免れません。」
「…戦うつもりか?」
ノブシゲの問いに対しコウは一つ息を吐き、
「…戦うつもりです」
どよめく室内。
リゼルは眼を見開きながら、
「それ本気で言ってるの!?聖剣も無しにあんな怪物に勝てると思ってるの!!?」
「無理でも勝たなきゃならないんだ!コイツを放っておけば大勢の人が犠牲になる!!」
「けど魔法が殆ど効かないんじゃ勝ち目は…」
「無い訳ではない。」
そう呟く声が響くやコウ達の視線が一点に、ノブシゲに注がれる。
疑いの眼を向けるコウ達を一瞥するとノブシゲは、
「…確かにこの魔物の巨体と炎、それに瘴気の前では人間の力などは虫の一刺しほどでしか無いかもしれない。
だが人間は1万年にも及ぶ歴史の研鑽の末他の動物をも御しこうして幾つもの文明を築き上げてきた。何故か?」
「それは…」
コウはリゼル達を見やり、
「人間には他の動物とは比べ物にならないレベルの知恵があるからです。
人間は牙も爪もありませんが、自らの知恵を以てそれに代わる『武器』を作り出しました。
そして己の住む地に名を付け、やがて海を越え山を越え、空を飛ぶ為の翼を得るに至りました…。
人はその知恵の結晶を『科学』と名付けた。」
「そう。例え魔物の強靭な鱗を断つ剣が無くとも、魔法が魔物に効かなくとも我々には科学がある。
そしてその科学の力はこの大和も有している。いや…むしろ大和が最も優れていると言って良い」
「随分と自信があるようですね。ではその証拠は何処にあるのですか?
言っておきますが、そこにあるモニターや記録用ビデオ程度の物だったらルトヴァーニャにもありますよ」
大和が最も優れている、と言う一文が気に障ったのかリゼルはノブシゲに食いついた。
「ちょっとリゼル…」とコウが制しようとするがノブシゲはそれに怒る訳でも無く立ち上がり、
「良いだろう。これから我が大和が誇る軍の執る作戦を説明する為にも、君たちに是非見てもらいたい物がある」
「それが私の質問に対する答えになるのですか?」
「まぁ見れば解るさ」
そう言われコウ達はノブシゲに連れられるがままリムジンに乗り込み軍事基地へと赴いた。
高いフェンスに囲われた無機質な建造物が幾つも立ち並ぶそこは都市部の絢爛さとはあまりにかけ離れていた。
その無骨さはまさに要塞と呼ぶにふさわしい。
リムジンは建造物の1つに入り込む。
するとリムジンを載せた床がパネルラインに沿って一段下がり、そのまま下降していく。
「エレベーター…はルトヴァーニャにはあったかい?」とノブシゲがリゼルに問う。
「あります。一部の高層建造物に試験的に導入されてる程度で、一般的にはまだ普及していませんが」
「当たり前だとは思うが、このエレベーターを自慢する為に来た訳ではない。
これから眼にして頂くのは我が大和の誇る主力兵器。この兵器の前では長槍はもちろん、戦車ですら過去の遺物と化すだろう」
エレベーターは無機質なコンクリートの壁を抜け、視界の開けた空間に出た。
その先には巨大な兜。いや巨大な甲冑が屹立している。
その大きさは10マルト(10メートル)は下らない
それも1つだけではない。何十機も同じ様な姿勢で屹立しているのだ。
「!?これは…これが、貴方のお見せしたかった物なんですか!?」
「そうだ。大木を見下ろせる巨体、岩をも砕く剛力、戦艦にも匹敵する火力を有し走る速度は風の如し。
これこそが我が大和国の国防の要…『ロボ』だ」
ロボ。
その名は巨大な甲冑が巨人に着せる物ではなく、
中に人が乗り込み操縦する物である事を何より証明していた。
今の自分とそう変わりない年頃の少年が今自分が見上げているロボによく似た人型兵器に乗り込み戦う内容のアニメを
コウは何度か見た事があった。
空想の産物でしかなかった人型兵器を現実の物に、いやそれ以前に主力兵器を巨大な人型にする事にこだわる辺り
流石日本人と言った所か。
コウは感銘せざるを得なかった。




