第四十話「家族の味」
タカクラ邸に踏み入れたコウ達をリビングに上げられた夕食達が迎え入れる。
大きめの土鍋の中に肉や野菜が詰め込まれ、それを取り囲むように人数分の茶碗と皿、箸がキレイに並べられている。
すき焼きか。
日本にいた頃の記憶からコウはそう直感した。
「いやぁすいません」
「なんで謝るのよ」
頭の後ろを掻きながら軽く頭を下げるコウをリゼルが咎める。
「なんでって…今日一日お世話になるんだから礼儀はちゃんとしないと」
「そういう物なの?少し仰々しすぎない?」
「図々しく我が物顔で世の中渡り歩くよりはまだマシさ。さぁ早く座って」
それぞれ席につくとコウは両手を合わせ「いただきます」と呟く。
シャインとシャッテもコウを真似して「いただきます」。
リゼルも少し戸惑いながらも三人を真似て「いただきます」と呟いた。
コウは卵を取り、テーブルの縁で軽く卵を叩くと皿の上に持っていき、殻を二つに割る。
中の黄身がとろみのある透明な白身と共に皿の中に落ち、コウは慣れた手つきで箸を使い黄身をかき混ぜていく。
「その卵そういう風に使うの!?」
リゼルがの驚嘆の声を上げる。
「そうだよ。卵をあえて食べるからこそすき焼きと言って良いくらい卵は重要な食材なんだ。」
「つまり卵を欠いたすき焼きはもうすき焼きではないって事?」
「そうなる…かな。シャイン、シャッテ、貸してみ。兄ちゃんがやってやる」
「ありがとー」
「とー」
シャインとシャッテの分の卵も割り、かき混ぜる。
リゼルも「リゼルは?」と聞くが「いいや。1人でできるから」と断られた。
一方のツバキはと言うと、驚くべき事に片手だけを使い卵を割って見せた。
「おおっ凄い!」
驚くコウをツバキは「良いから食べなさい」と諫める。
どうも食事の時となると厳しくなるきらいがあるらしい。
間違った事は言ってないしコウもそうしようと思っていたので、
取り箸を使い肉と野菜を更に取り、食べ始める。
ツバキの母が作ったすき焼きの味は…美味い。
上手く表現できないのが悔しく思うほど美味い。
いつだったか、家族で鍋を囲みすき焼きを食べた日を思い出す。
部屋に籠る様になってからもうずっと味わっていない『家族の味』…。
それを今こうして味わい、感じている。そう考えると胸の奥からこみ上げてくる物があり、
それらはコウの目頭からとめどなく溢れてきた。
「!いきなりどうしたの!?」
「にーちゃん大丈夫!?」
「どっか痛いの!?」
突然涙を流し出すコウにリゼル、シャイン、シャッテがどよめきだす。
「いや違うんだ…。もうしばらく、こうして鍋を囲って食べた事無かったなって…昔を思い出してさ」
結局コウの涙はすき焼きを食べ終えるまで続くのだった。
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夕食を終えるとしばらくツバキと他愛ない会話をした後コウは空いていた寝室へ向かい寝床に就いた。
時刻は既に22時すぎ。就寝するには丁度良い時間だ。
扉に背を向け眼を閉じていると扉が開け放たれる音。
振り返ってみるとそこにはローブ姿のリゼルが。
「ど…どうした?」
「一緒に寝る。できるでしょ?ツバキと寝られたんなら、私とくらい…」
「あれはあっちが一方的に…。いや良いか。…込み入った話があるんだろ?聞くくらいなら」
リゼルは毛布をめくりベッドの中に身を潜り込ませる。
コウとは背中合わせになる様な形で寝る事になるが、
密着していない為か2人ともあまり興奮はしていない。
「…家にツバキさんが来てからだな。リゼルがやけに機嫌悪くなってるの」
最初に話を切り出したのはコウだった。
「……」
「もしかしてとは思うが、嫉妬…してたのか?ツバキさんに」
「…コウがいて、私がいて、マスター・リドがいて、シャインにシャッテ、エルやみんながいて、
それで一つの『輪』になってる感覚が好きだった…。
けど彼女が、ツバキ・タカクラがその中に入ったらその『輪』が崩れるんじゃないかって思うと怖くて…。
コウは、ツバキの事好きなの?それとも嫌いなの?」
「解らない…好きになるにしても、嫌うにしても、俺は彼女を知らなすぎる…」
「じゃあ」
リゼルは一度口を紡ぐと、
「私の事は…好き?」
「や、藪からだな…。」
「どうなの?」
「リゼルは…好きさ」
「だったら」
リゼルは跳ね起き、コウの方を向くと、
「私とキスしてみせてよ」
「な…なんでだよ!なんでいきなりそんな事…」
「できないの?」
「…わ、解ったよ…」
コウは眼を閉じそっと顔をリゼルに近づける。
すると、
「あぁもうじれったい!」
リゼルは強引にコウの両頬を掴むとこれまた強引に自分の唇とコウの唇をくっつける。
瞬間、コウの全身に電流が走る。
今まで一度たりとも感じた事の無い衝撃。
一瞬が何分にも何十分にも感じられるような感覚。
これがキスと言う物なのか…。
リゼルの唇が離れ、
「はいおしまい」
リゼルは倒れるようにコウに背を向け横になる。
コウはその背中に何か言おうとしたが思い留まり、
「…おやすみ」
短く告げるとコウも横になり眠りにつく。
沈みゆく意識の中リゼルが「おやすみ」と言ったような気がした。




