第三話「消えた聖剣と迫る悪意」
その昔、一人の剣士が巨龍を打ち取った。
すると龍の背骨は道となり、肉は土となり、頭骨は城となり、龍の亡骸から一つの国が生まれた。
それを見た剣士はその地に根を下ろす事を決め、龍の骨より生まれた国に「ルトヴァーニャ」と名付けた。
その剣士の名、後のルトヴァーニャ初代国王ルドルフ・クロム・ルトヴァーニャ也。
これはルトヴァーニャ王国に伝わる伝承の一節だが、
国の慣わしや紋章に龍の頭をあしらっている様にルトヴァーニャでは龍と騎士に対する信仰が深く
騎士となり国に仕える事は何よりの栄誉とされ、龍騎士は国王の次に高い身分とみなされている。
それ故ルトヴァーニャの若者の多くは騎士を志し、日夜鍛錬に励んでいるのだ。
そのルトヴァーニャ王国の中心街「ルプシカ」。
ルトヴァーニャ城の目と鼻の先に位置するこの街は政治経済の中核を担う重要な都市であり、
ルトヴァーニャ城を脳と例えるならルプシカは心臓と言える場所だ。
流石に中心街と言うだけはあり右を見ても左を見ても人でごった返し、その肌の色もまばらだ。
浅黒かったり白っぽかったりするだけならともかく犬や猫の様な顔も人もいる。獣人だろうか。
「うわぁ~人がいっぱい・・・リゼルはこういうごちゃごちゃした所が嫌なのか?」
「いや、そうではない。彼女が一目を避けたがるのはあの鎧のせいじゃ」
「あの鎧・・・外せないのか?」
「作用。あの鎧は『戒めの鎧』と呼ばれていてな。この国で大罪を犯した者は贖罪を果たす日まで常にあの鎧を着て過ごさねばならない。
そしてあの鎧を着ている者は『鎧憑き』と忌み嫌われ店の方も相手をしたがらない場合が殆どなんじゃ」
「あいつの過去に何かあったかは知らんが色々苦労してんだなぁ・・・ん?」
コウは人々の視線が一か所に集中している事に気が付いた。
人々の視線の先へ移動し、人混みを掻き分けてみると・・・
記号か象形文字と思しき文字の書かれた掲示板が立っていた。
「読めねぇ・・・」
コウが率直な反応を示しているとその背後からリドが顔を出し、
「ふむ・・・この国の財宝が盗まれたらしい。これは一大事じゃぞ。
『国の財宝聖剣ペンドラゴンを取り返した者に報奨金300万アルバと望みを一つ叶える』と書いておる」
「300万・・・1アルバが何円に相当するかは解らんがやってみる価値はありそうだ。」
これはコウにとって千載一遇のチャンスである。
300万もあればしばらくは着る物食べる物に困る事はないだろうし
この国の王様に恩が出来ればこの世界で生きていく上で大きなアドバンテージとなるだろう。
ともなれば、まずやるべきことは・・・。
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コウはリドの方の用事であった一週間分の食料の買い出しを終えるとリドに聖剣の事をリゼルに伝える様頼み込んだ後、
一人ルプシカで情報収集にあたっていた。
と言うのも、コウは聖剣がどんな形をしているのか何も知らず、どんな状況下で盗まれたのかすら知らないノーヒント状態のため
事件解決の難易度はミステリー小説や推理漫画をも凌駕しているが。
とにもかくにも調べる事柄は二つ。
聖剣とは如何なる物か、盗んだのは誰かの二つだ。
「聖剣って言うからには武器だろうから、武器屋なら何か知ってるんじゃないか・・・な?」
交差した剣をあしらった実に分かりやすい看板を掲げる武器屋の前でコウは独りごち、武器屋の扉を開け店内へ。
カランカランとやや乾いた感じの鐘の音に気が付いてか店主が「らっしゃい!」と客人を出迎える。
「何買ってくんだい?」
「悪いけど、今日は買い物をしに来たんじゃないんだ」
コウの一言を聞いた途端店主の表情が苦虫を噛み潰した様な渋い顔に豹変する。
「冷やかしかよ・・・」
「まぁそう言うなって。俺は聞きたい事があってここに来たんだ。」
「聞きたい事?」
「聖剣についてなんだが、知ってる事全部教えてくれ」
先ほどまで渋い顔を維持していた店主が今度は驚きの表情を見せ、
「あの盗まれたって奴か。聖剣ペンドラゴン・・・。ありゃルトヴァーニャの王族に伝わる由緒ある剣でな。
なんでも何代か前の国王が伝説の勇者から授かったとかなんとか。
昔騎士をやってた俺の親父が一度ヴランケって国との戦いで前代の国王が使われたのを見たと聞いたが
それはもう凄まじかったらしい。何せ一万はいた敵兵をたった一振りで薙ぎ払っちまったんだからな」
人薙ぎで敵を一掃。
まるでゲームや漫画の様な武勇伝にコウは感銘せざるを得なかった。
「それは剣が凄いのか国王が凄いのか良く解らんな・・・してその剣はどんな見た目してるんだ?」
「どんなって言われても口じゃ上手く説明出来んな・・・・・」
そう言うと店主は羽根ペンと白い紙を取り出し、紙にペン先を走らせ、コウに見せつけた。
そこに描かれているのは真っ直ぐな刀身を持つ剣。
その鍔は翼を持った龍をあしらっているのが見て取れる。
これが聖剣ペンドラゴンの姿と見て間違いはないだろう。
「これが・・・。して、こんな立派な武器を盗めるような奴なんているのか?」
「少なくともこの辺にはいないな。国宝とも言える剣を盗むって事は即ち国そのものを敵に回すって事だからな。
それこそよほどの命知らずか、国家転覆を目論む反逆者か・・・。スラムの連中なら何か解るかもしれねぇな」
「ありがとう。スラムの方をあたってみるよ」
店主に感謝の意を伝えるとコウは踵を返し店を後にしようと扉に触れる。
すると店主が「ちょいと待ちな」とコウを呼び止めた。
振り返るコウを見やり店主は更に
「気をつけな兄ちゃん。ここらじゃ最近殺人事件があったらしいからな」
「殺人事件?」
「もう四人もやられてる。手口も被害にあった奴もバラバラで共通点がまるでないが、
目撃者はみんな決まって『見えない物に斬られた様だった』と言っている。
ある者は独りでに首が飛び、またある者はいきなり胸から血が噴き出し・・・」
奇妙な話だった。
異世界とは言え魔法を使おうが武器を使おうがそれらは全て『眼で見る事が出来る』代物であり
独りでに死んでいくと言うのはあまりに不自然だ。
それこそ常人には見る事も知覚する事も出来ない『超能力』でもなければこの店主の話には合点がいかない。
「忠告ありがとう。見えない力で殺す殺人鬼・・・。出来れば会いたくはないな」
「良いって事よ。だが次来る時はちゃんとウチの武器買いに来いよ」
「生きてたらな」
聖剣に関する情報を一通り集め終え武器屋を後にするコウ。
その姿を遠方から睨む一人の男がいた。
やや長めの白髪に死んだ魚のような眼、黒い炎の様な入れ墨が刻まれた上半身は布切れ一枚纏わず、
デニムパンツを履いただけの姿は異世界においても異様だ。
「臭うぜ・・・俺と同じ、同じ世界から来た匂いだ」
白髪の男は嘯き、口の端を歪ませ邪悪な笑みを作り出す。
白髪の男の右隣にはやや恰幅の良い男が同じくコウの様子を伺いつつ、
「どうします?」
「仲間になるのなら良し。そうでなければ・・・殺すまでだ」
白髪の男の言葉を聞いてか聞かずか、コウは背筋の凍りつくような感覚に襲われた。
動物は強い敵意、殺意を感じ取った時肌が粟立ち身震いすると言う。
つまりこれはコウにとって、敵が近づいている事の証明である。