第三十七話「1つの勝利、一度の敗北」
アルバスが魔剣を横薙ぎに振るうと重く鋭い衝撃が走りコウを弾き飛ばす。
遅れて右手側の壁面が弾けて崩れ、二人の姿が衆目に晒される。
「うっ…く…」
コウは聖剣を杖替わりにしてゆっくりと膝立ちの体勢を取る。
顔は自らの血で真っ赤に染まり、纏っている服も至る所がほころび血も滲んでボロボロ。
もはや立っているのがやっとの状態だった。
アルバスが魔剣モルドレッドを手にしてから今に至るまでコウは一発もダメージを与えられていない。
攻撃を行ってもすぐに防がれ返す手で逆にダメージを与えられるばかり。
「これで少しは解っただろ?君は自分で思っているほど強くない。
どれだけ君が否定しようと君では私に勝つ事は出来ないと言う事が…。」
「…あんたの強さは痛い程解ったよ…。だが1つ解らない事がある」
「なんだ?」
「何故あんたは世界をぶっ壊そうとする。何故今の世界で妥協できない。
今あるこの世界を壊して何になる…」
「………」
「まさか、何となくでこんな事やってる訳じゃないだろうな」
「…この世界の大衆もまた守るに値しないからだ。
無責任で、無関心で、何もやろうとしない癖に己の非力を後ろ盾に他者を責め立てる。
私は一度ならず二度も、その大衆共に失望させられた……。」
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その男はアメリカののどかな村で生まれ、親は彼にリチャードと名付けられた。
当時はまだ上院議員だったアメリカの第37代大統領と同じ名であったが、
別にあやかった訳ではなく彼の国ではごく普通の名前であった。
リチャードが13歳になった時、戦争が起きた。
自分の国が巻き込まれた訳ではない。
別の国の独立戦争だが、リチャードの祖国アメリカも独立に協力する運びとなり、
更に敵対する大国も参加した事で代理戦争の体を成す形になった。
戦争は泥沼と化し、リチャード自身も17歳で軍に入隊しその二年後兵役となり戦闘に参加した。
昼も夜も絶える事の無い銃声と、いつ襲われるかも解らない恐怖が日に日にリチャードの精神を蝕んでいき、
リチャードはいつしか眠る事を忘れ、誰が敵で誰が味方かさえも解らなくなっていった。
そして彼が退役し祖国に帰還しても誰も彼を歓迎しなかった。
そればかりか人々はリチャード達を殺戮者と罵り、蔑み、迫害した。
リチャードは絶望した。自分達は国の為になるであろう事を何もせずただ無軌道的に他者を迫害する大衆に。
その大衆が群がり形勢される社会に…。
リチャードは帰国後逃げる様に放浪の旅を続けていたが、
警察から浮浪の罪で追われる事となり、その後籠城したガソリンスタンドで持っていた拳銃を使い、自殺した。
しかしリチャードの魂は死ななかった。
リチャードの魂と肉体は現世を離れ、異世界アーサレナへと転生した。
転生した先でリチャードを待っていたのは、またしても地獄だった。
日常の根底に根付いた欲望と堕落、欲望がもたらす破壊と暴力。
それらを抑止すべき秩序は既に機能を失い、残されたのは無法と悪徳に染められた、アーサレナのソドム、その名は「ナダ」。
リチャードはナダの街で出会った女性レオナと共に店を開くが、突然現れた強盗にレオナを殺され自身も瀕死の重傷を負う。
死の淵から舞い戻ったリチャードは悪徳に怒り、自分とレオナを助けようとしなかった大衆に怒り、
その怒りはナダを焼き尽くし、破壊しつくし、ナダと言う名の街を世界から消し去った。
どれだけ自分が守るべき者を得ようと、社会が、大衆がそれを奪い素知らぬふりをするのなら、
もはや世界に守る価値などない。
リチャードはそれまで信じていた正義と共に自らの名を捨て、新たにこう名乗った。
世界の破壊者、アルバス・ロアと…。
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「何も奪われた事の無いお前には解るまい…。多数の無責任が生む悲劇も、その責任も果たさない者達の理不尽さも。
私はそんな理不尽に満ち溢れた世界を変える為に戦っている!お前もこの世界の住人となっているなら、それくらい解るだろう!!」
アルバスの言葉にコウは歯を食いしばり、両手に力を込め、アルバスを睨みつけながらゆっくりと立ち上がり、
「解んねぇよ…!あんた、さも世の中が理不尽であるかの様に言ってるけど、お前がやってきた事の方がよっぽど理不尽じゃねぇか!!!」
「ではレオナは死んで当然だったとでも言うのか!?」
「そうじゃねぇ!!あんたはただ大切な人を失った悲しみを他人のせいにしたがってるだけだ!!
そんな器量の小さい奴に…負ける……わ…け……ッ!」
負ける訳にはいかない。
そう言いかけた所でコウはふらつき、膝をつく。
受けたダメージが予想以上に大きい。
「話にならん…。人を批判する前にまず自分の身を案じたらどうなんだ」
「俺は…どうなったって…良い……ッ!!お前を倒して…この…世界を守れるならッ……!!
この命…惜しくは……無い!」
コウは死力を振り絞り聖剣を振りかぶるとアルバス目掛け一直線に突き進む。
「…その自己犠牲の精神、流石勇者の生まれ変わりと言うべきか。素晴らしい。
ならその精神に敬意を評し1つ教えてやろう」
渾身の一撃を放たんとするコウ。
アルバスの魔剣とコウの聖剣が交錯し、2人は背中合わせになる様に静止する。
折れた刀身が回転し、瓦礫片に突き刺さる。
遅れてコウが胸から出血。
握られていた聖剣は、刃先が丸ごと無くなっていた。
「グッ……」
倒れ伏すコウ。
アルバスは振り返り、倒れたコウの姿を見下ろすと、
「私の異能は3分間だけあらゆる能力を強化する『限定増幅』。
君のと違い持続力は無いが、瞬発力と爆発力は君の異能をも凌駕する」
アルバスはコウの前に歩み寄り、
「君と私が組めばこの世に敵はいないのだがな。共感できないのならば仕方あるまい…」
コウにトドメを刺さんと魔剣を頭上高く振りかぶる。
魔剣の刀身が不気味に煌めく。
その時だった。
「アルバス!アルバァァァース!!」
自らの名を呼ばれ思わず剣を下ろし辺りを見回すアルバス。
そしてその双眸が声の主を捉える。
アルバスを呼んだのはエタニティの幹部、直江正嗣であった。
「なんだ!?」
「クドーがやられた!他の連中も戦える状態じゃない、撤退を!!」
アルバスは不満げな表情を浮かべるも、
「…俺1人が戦っても無駄と言う訳か。解った。撤退する。」
「コウッ!!」
身を翻すアルバス。
同時にリゼル達も傷つき倒れるコウの元へ駆け寄る。
そしてリゼル達が炎の巨人と戦っている間観客たちを非難させていた騎士団の面々も
避難を終えたのか駆けつけた。
「みんな無事か!?」
心配そうに問いかけるカイルにリゼルは半ば呆れた様子で、
「心配されるまでもなくね。アンタっていつも肝心な時にいなくなるわよね」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「アンタ達騎士団がちゃんと身辺警護をやっていれば、こんな大事にならずに済んだのに」
「す、すみません姫様…」
リゼル達と騎士団を一瞥するとアルバスは、
「…命拾いしたな小妻コウ。次に会う時こそ、貴様の最期と思え」
「待って下さい!!」
コウとリゼル達に背を向けるアルバスを呼び止める声。
それは騎士団の中から放たれていた。
「ジュリア・カーター…?」
カイルが思わずアルバスを呼び止めた騎士の名を呟く。
ジュリアは半身だけ振り返るアルバスを見据えると、
「私も…連れて行って下さい。私も…貴方方と共に戦わせてください!!」
「ジュリア…貴様、自分が何を言っているのか解っているのか!?」
カイルはジュリアを責め立てるが、当のジュリアは意に介さず、
「私は今日、思い知らされました。自分が正義と信じていた物がいかに脆く弱いかを。
そして真の正義を体現するのは誰なのかを!!それは貴方こそが相応しい!
どうか、どうか私をあなたの右腕として働かせてください!!」
「考え直せよジュリア。あいつは、この国をメチャクチャにしたテロリストなんだぞ」
ジュリアの左隣に立ったミハイルがジュリアの肩を掴み説得しようとするが、ジュリアはその手を振り払う。
アルバスは、
「ならついてこい。ただし、楽な道は進まんぞ」
「はい!」
向き直り歩き出すアルバスとその背中を追いかけるジュリア。
他のエタニティと共に空間の裂け目に消えゆく2人を、引き留める者は誰もいなかった。
引き留めても、聞いてはくれないと皆解っていたからだ。
「…終わったのか?」
エタニティがいなくなり、訪れた静寂を断つ様にジン・ハゥロンが問う。
「ええ。私達の勝利よ」とリゼルが応え、
一拍置いて「ただ…」と付け加えコウを見やる。
全身至る所から血を流し倒れるコウ。
生きているのが不思議なくらいの重傷だ。
「あいつに…アルバスにやられたの?」
リゼルが問いかけるとコウは苦悶の表情を浮かべながら顔を上げ、
「かすり傷1つ、負わせる事も出来なかった…」
コウの目頭に涙が浮かぶ。
「情けないよな…勇者の生まれ変わりだと言うのに……こんなになるまでボコボコにされて………!
勇者は…ヒーローは負けちゃいけないのに……これじゃ勇者失格だよ…」
歯を食いしばり悔し涙を流すコウ。
リゼルはうつ伏せになったコウを起こしながら、
「勇者失格だなんて、コウは一回負けただけじゃない!ほら、駄々っ子みたいに寝てないで!」
「けどよ…」
「今日負けたのなら次勝てば良いじゃない!その為のチャンスなら与えられている筈よ」
「元気だして!」
「貴方は弱くない筈よ」
「君がここで挫ける様な男だったら、それに負けた私の立場はどうなる!」
シャインも、ツバキも、ジン・ハゥロンも、各々にコウを激励する。
「ありがとう…。俺、絶対…あいつに勝って見せるから……!
今よりもっと…強くなるから………!!
だから…俺に力を貸してくれ……!」
不格好ではある。みんなの命を預かると言えるほどの器量も無い。
だがそれがコウの切実な決意であり、願いであった。
今回で第三章は終わりです。
この後に幕間を挟み第四章を始めます。
ご期待ください。




