第二十九話「ブラックハンター」
ただならぬ気配を感じ取りコウは深い眠りから覚めた。
静かではあるが鋭く、剥き身の殺意にも似た気配…。
ゆっくりと瞼を開けてみると辺りはまだ暗い。
正確な時刻までは解らないが、今の季節が春と夏の間辺りである事を考えると深夜なのは間違いないだろう。
部屋の割り当てはコウ、リゼルとシャインとシャッテ、エルとリド、ゴンザとモヨモトとで分けてあるので
仲間の物とは考えにくい。
となると考えうるのは敵対者だが、問題はどう対処するか。
首を真下に巡らせ、出入口のある方へ目を向ける。
扉は部屋に入った際に閉めたまま開けられていない。
気配の主はまだ室内に入っていないが、徐々に近づいている。
コウはひとまず眼を閉じて、眠っているフリをする事にした。
起きていると気づかれれば相手はまず逃げるだろうし、
そうなれば相手の素性も目的も、知りたい情報は何一つ得られないままとなるからだ。
来るなら来い。
そう心で呟きつつ待ち構えるコウ。
ドアノブがゆっくりと回され、キィィ…と言う蝶番の擦れる音と共に部屋の扉が開かれ、何者かが部屋の中に入ってくる。
バカめ。気づかれず侵入したつもりだろうが既にバレバレだ!
コウはそう言葉にしたくなるのをグッと我慢。
一方侵入してきた人影は気づかれてるとも知らずゆっくり、一歩ずつコウとの距離を詰めていく。
そしてコウの目と鼻の先と言える距離にまで近づくと、右腕を頭上高く振り上げ、僅かに溜めると右腕を勢いよく振り下ろした。
今だ!
コウはとっさに身を翻し人影の攻撃を回避。
右手に握られていたナイフがベッドに深々と突き刺さる。
コウは素早く身を捻り、左足で人影の頭を蹴り飛ばす。
「ウグワッ!!」
嗚咽し、ナイフを手放しながら床に転げ落ちる人影。
身悶えするその姿を無視し、コウは部屋の灯りをともす。
見ず知らずの男がそこにいた。
身長は180cm前後、髪はやや黒寄りの茶髪、痩せすぎても太りすぎてもいないごくごく普通の体格、年齢は30代半ばくらいだろうか。
大きな特徴のない普通の青年だ。
「お前は誰だ?何故俺の命を狙う?」
コウは頭に浮かんだ疑問を率直に尋ねる。
「応える必要は…ない…」
返ってきたのは絵に描いたような黙秘を主張する台詞。
「お前には無くてもこっちは大アリなんだよ。見た所暗殺の類に慣れてないのが丸解りだ。
そんな奴が理由もなく俺だけ狙うのは何処をどう考えたっておかしいだろ。悪いようにはしないから、言ってみろ」
「…アンタにその気がなくともあの男は俺を赦しはしないだろう。そしてアンタも…」
「何となく察しが付くな。その男、赤い髪をしてなかったか?」
「し、していた…」
「やっぱりか。この世界で俺目の敵にしてる奴と言ったら、アルバスとその仲間くらいなモンだからまさかとは思ってたが」
「その、アルバス?って男、新しい世界の為にはどうしても邪魔になる、とか言っていた…」
「新しい世界…だと?」
謎多き男アルバス・ロア。
その謎の1つである目的が、朧気ながらも見えてきた。
新しい世界。それが何を意味するのかは、何となくではあるが想像できる。
きっとロクな世界じゃない。クドーなんかを仲間に引き入れてる時点で、良い世界には決してならない。
いや、アルバス本人にとっては楽園かもしれないが、それ以外の人間にとっては…。
「コウ、大丈夫!?」
「今すごい音がしたー!」
騒音を聞きつけてかリゼル達が部屋に入ってきた。
みんなにも、今起きた事を話しておかなければなるまい。
リゼルは見知らぬ男を見るなり、
「その人は?」
「俺を暗殺しようとした男だ。名前は明かしちゃいないが、誰の差し金かは察しがついてる。」
「アルバスね…。アルバスがコウを疎ましく思ってこの人に暗殺を頼んだ、と言うところまでは解ったけれど、
貴方、なんでこんな事をしたの?」
リゼルが男の肩に手を当て訪ねる。
「私は…数か月前に傭兵稼業を辞めたのですが、傭兵と言う職業柄、刺激とは無縁な職場にイマイチ馴染めず
一向に再就職先が決まらなくて、路頭に迷っていました。
そんなある日、私の前に赤い髪の男が現れ…私にこう言ったんです。
『最低でも五年は食べていけるだけの金を用意してやる。ある男を始末してほしい』と…」
コウは顎に指を添え、リゼルの方を見ると、
「…騙されてるなこの人」
「ええ。騙されてるわねこの人」
「おっさん。今から凄い辛辣な事言うかもしれないが聞いてくれ。
アンタはバカだ。他人を五年も食わせられるだけの大金、おいそれと用意できる筈が無いだろ。
仮に俺の命を奪う事が出来たとしても、「はいご苦労さん」とアルバスに言われてアンタも殺されるのがオチだ」
「そんな……」
「リスクの大きいチャンスにかけるより、真面目に、堅実に稼げる道を選びなさい。就職先探しなら、私達も手伝うから」
「あ、ああ…私は…何と愚かな事を……」
男はその場に泣き崩れる。
年甲斐もなく、むせび泣く姿は見てるこっちまで悲しくなってくる。
コウは男を何とかなだめた後、家へ向かわせると再びベッドに横になり眠りについた。
色々考え事をしていたせいかグッスリとは眠れなかった。
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大武闘会二日目。
国立大競技場は一日目と変わらぬ盛り上がりを見せていた。
受付では試合を見に来た客たちでごった返し、全部で8つあるゲートをフル稼働させて対応に当たる。
そんな中、三番受付ゲートを担当するトムは一人の客の異様さに戦慄した。
顔を、いや顔だけでなく腕や胸までを包帯で覆い隠し肌を微塵も露出しない男。
彼は文句を言う訳でもなく、ただ無言でトムを見つめるばかり。
「あ…あの…お客様‥‥その恰好での入場はちょっと…」
「帰れって言いたいの?」
眼前の包帯男から感じる恐怖を押し殺し口を開くトムだが、
男の連れと思しき女に遮られる。
赤みがかった金髪に吊り上がった目元が強気な性格である事を想像させる。
「彼は2年前全身に大火傷を負って包帯が外せない状態なのよ。
なのに貴方達は彼に見るなとでも言いたいの!?入場チケットはちゃんと2人分あるのに!!」
「い、いいえそんな事は…ありません。どうぞ、お入りください。」
トムにチケットを手渡すと包帯男と連れの女は悠然と競技場の中へと入っていった。
「随分、あっさりと抜けられたわねぇ。」
「………」
「手筈は既に整ってるわ。後はタイミングを見計らって……ね」
女はフッと不敵な笑みを浮かべる。
彼女の、彼女と行動を共にする包帯男が何を企んでいるか、何をやろうとしているのか、
それを知る物は誰もいなかった。
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大歓声を浴びながら再び舞台へと上がったコウ。
その対面には不敵な笑みを浮かべるツンツン頭の対戦相手シロウの姿。
「話は聞いたぜ。アンタ殺されかけたんだってな?」
「とぼけるんじゃない。仕向けたのはお前の仲間だろうが」
「いや俺は何も…何も知らされちゃいないよ。だいたいあいつは何でもかんでも一人で決めて一人で実行しちまうからな…」
「なら何であいつに手を貸す…!」
「そんなの決まってるだろ」
ゴングが鳴り、試合開始が告げられるやシロウが一気に間合いを詰め、右腕を瞬時に突き出してきた。
コウは両腕を交差させてシロウの右ストレートをガード。
「あいつが俺に勝ったからだ……!!」
「勝ったから?」
シロウは交差したコウの腕を掴み、
「当然だろ!世の中は常に勝った者を中心に回っている!!それ即ち!勝者こそ正義!!!
敗者と!勝者に異を唱える者は悪と言う事だ!!」
「それだったら…お前は悪じゃねぇか……よ!!」
言いながらコウはガラ空きになったシロウの腹を蹴り飛ばす。
3メートルほど吹き飛ぶもシロウは両脚で踏ん張り転倒を防ぐと、
「やるなコウ。聖剣に選ばれるだけの事はある。だがそれでも、勝つのは俺だと言う事に変わりはない」
「何?」
「何故なら今から俺が見せるのは覚醒してから一度たりとも破られた事のない、いや破りようのない絶対無敵の力だからだ!!」
シロウの両腕が光を放ち、その光はシロウの両腕を包み込んだ。
「おぉっとシロウ選手の両腕が光り出した!これはコウ選手が第一試合で見せたのと同じ技かー!!?」
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「バッ、バカな!!?あり得ん!!」
シロウの両腕が発光するのを見たリドは取り乱し、狼狽した。
「あり得んって…どういう意味?」
リドの様子を不思議がったエルが問うとリドは、
「前にも言ったように光の魔法は修練者が殆どいない幻の魔法。それ故コウは独力で光の魔法を編み出し、己の力とする必要があった。」
「だから第一試合でジン相手に使った『レイバーム』を使えるのはコウだけの筈なのよ」
リドの説明にリゼルが補足。
「で、でも現にシロウはその『レイバーム』ってのを今まさに使っているんですよ!?
説明と状況矛盾し過ぎじゃないですか!!」
「考えられるのは一つ…。シロウの持つ技でも魔法でもない第三の力……」
リゼルも、リドも、エルも見る事は出来なかったが"体感"した事があった。
それは別世界から来た者のみが持つとされる力。
このアーサレナの地で生まれた者は決して眼で見る事叶わぬ力。
その力の名は「異能」。
そしてシロウの持つ異能は…。
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「お前…異能を使ったな。それも予選が始まるより前に」
コウは、シロウと初めて会った時に感じた違和感を思い出していた。
シロウの手に触れた瞬間のあの眩暈と倦怠感。
あれは異能による物だったのか。
「ああ。俺の異能は触れた相手の技をコピーし自分の物とする『ブラックハンター』だ!」
新年明けましておめでとうございます。
2018年もどうぞよろしくお願いいたします。




