第二十四話「大武闘会開幕」
受付で参加手続きを済ませるとコウとマスター・リド、リゼルは係員に連れられ、選手控室へと案内された。
「予選はこの後30分後に向こうの副闘技場にて開始いたします。遅れないようにして下さいね」
控室の扉まで来るや係員はそう告げて何処かへと立ち去っていく。
国立大闘技場と言うのは単に一戸の建物のみを表すのではなく、
御前試合など大衆を行う主闘技場と主に練習を行う為の副闘技場、
ドリンクやポップコーンの販売を行う売店の三つからなっている。
係員曰く、主闘技場で試合が行われるのは決勝トーナメントからで、
それまでは客席がなく実況もない、選手と審判しかいない空間で戦わなければならないのだ。
何故この様な形式になったかを係員に聞くと「多すぎる参加者に対処するための致し方ない措置」と率直に返してくれた。
詰まる話この予選を勝ち抜けられない者は大衆の前で見せる程の実力はないと言う事になる。
名誉騎士になる以前、大金を手にする以前にまずはこの予選を抜けなくては。
コウの緊張はより一層強まる。
控室の扉を開けて中に入ると、そこには如何にも戦い慣れした雰囲気を醸し出す猛者たちの姿。
年齢も人種もバラバラ。それどころかマスター・リドの様なトカゲ人間や長耳の人、獣耳を生やした人までいる。
「この世界に存在してる種族全部ここに結集してるんじゃ?」
コウがそのような事を呟いてみせる。
するとリゼルが、
「一部例外はあるけど、ね」
参加者の1人であるリザードマンがコウの存在に気づいたのか一歩乗り出すと、
「あ、貴方はもしや、リド・アーレンバーグ殿では!?」
リド・アーレンバーグ、と言う聞き慣れない名に驚きコウはリドとリザードマンの顔を交互に見比べる。
控室に集った他の参加者たちもその名を聞くや一斉にどよめきだす。
「お主は…」
リザードマンは片膝を付き、右手を左胸にあて仰々しく頭を下げると、
「ジン・ハウロン。父のジン・ホォロンがお世話になりました」
「ほほぅ、ホォロンの。目の辺りがよぉ似とる」
同じリザードマン同士喜び合うリドにコウは耳打ちし、
「知り合いなの?」
「昔弟子だった奴のせがれじゃよ。で、そっちにいるのは…」
リドが浅黒い肌の男とその周りの参加者を指さすと、
「は、ウォルター・ハーラン。祖父が世話になりました」
「私はロバート・ロウ。貴方の様になりたくてこの世界に入りました」
もしかしたら俺はとんでもない人と共に生活をしているのかも知れない。
コウは改めて自らの境遇に驚愕させられた。
と、コウは控室の参加者一人一人にへこへこと頭を下げ、握手を求める男の姿に目が留まった。
黒のツンツンヘアーに藍色のジャケット、両手には穴開きグローブを嵌めデニムパンツと革のブーツで身を固めたその出で立ちは
何処かゲームか漫画の主人公然としているが、その態度は何処かよそよそしい。
そしてツンツンヘアーの男はコウに近づくと右手を差し出し、
「どうもどうも!俺シロウって言います!どうかよろしくお願いします!!」
「お、おう…」
コウが目の前のツンツンヘアーに釣られ右手を差し出そうとするとリゼルがコウの左肩を掴み、
「少し軽率過ぎない?この男、きっと何かある」
「そうピリピリしなくて良いだろ。握手するだけなんだし」
コウはリゼルの制止を聞く事なく差し出された右手を掴む。
すると、
「!?」
一瞬目眩に似た感覚がコウを襲い、少しバランスを崩す。
そして目眩と同時に感じた倦怠感。これは一体…!?
「何を…やったんだ?」
「別に何も?」
そう嘯くシロウの顔は笑っていた。
大武闘会の会場たるこの大闘技場に来てから忘れていた、いや極力考えないようにしていた可能性。
こいつは…シロウはまさか…!
「大丈夫コウ!?」
心配して身をかがめるリゼルに対し、コウはリゼルに耳打ちする。
これから口にする見解を周囲に悟らせないためだ。
「へ、平気だ…。平気だが……気を付けろリゼル…この大会……確実にアルバスの仲間が紛れている!!」
「そんな…すぐに伝えないと!!」
「いや駄目だ。アルバスとその仲間がどれだけ危険か俺達以外の殆どが知らない以上伝えても意味はない。
それに…大会に出てる以上は試合で叩きのめせば良いだけだ」
「それってまさか──!」
「ああ。あのシロウとか言う男…転生者だ!」
俺の事は大丈夫だから、とコウが目配せするとリゼルとマスター・リドは小さく頷き、
控室を後にする。
と、控室手前の壁にもたれかかった赤髪の男が、
「また会ったな」
とリゼルとマスター・リドに声をかけてきた。
マスター・リドは赤髪の奥の瞳を見据えると、
「お主、あの時の…!」
「アイツはアルバス・ロア。敵…と言うのは言わなくても解るわね」
「何用じゃ?」
マスター・リドが不意打ちに備え身構えるが、アルバスは半ばおどけた様子で一歩踏み出し、
「そう構えなくて良い。私はここで君たちとやり合うつもりはない。」
「なら何が目的?」
リゼルが問うと、アルバスは、
「君たちにサプライズを用意した、と言った所か」
「サプライズ?」
「この大武闘会の参加者の中に4人、小妻コウと同じ転生者を紛れ込ませておいた。
いずれも腕に相当の自信を持つ戦士達だ。さぞコウを楽しませてくれる事だろう」
「くっ!」
リゼルは告げられたこの事をコウに伝えようと一歩身を乗り出すが、マスター・リドに制される。
「何故止めるのです!?」
「行った所でどうこうできる問題ではあるまい。それにあやつの目は『信じろ』とワシ等に言っておった。
だから信じるのだ。彼の力を」
「間もなく、ルトヴァーニャ大武闘会予選を開始いたします。選手は速やかに副闘技場にお集まりください」
「時間だな。私も小妻コウの健闘を祈っているよ」
そう言ってアルバスは右手を振りその場を後にする。
その背中を見やったリゼルは、
「予選、抜けられるわよね?」
マスター・リドの顔を見ず胸中の僅かな不安を吐露した。
マスター・リドはリゼルの肩に手を置き、
「彼奴もアーレンバーグ流の極意を教え込まれた戦士。簡単にやられはせんよ」
リゼルの不安を解くとコウ以外の仲間たちの待つ主闘技場へ向かうのだった。
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副闘技場は縦横4500マルト(約45平方メートル)と言う決して広くはない空間に隙間なく石畳が並べられた
「フィールド」と呼ばれる小さな競技スペースが6つ並んだ空間であった。
階段状の観客席が無く、窓も小さい物がいくつかあるだけのそこは、殺風景と言う言葉が良く似合っていた。
こんな華やかさの欠片もない場所で敗退する参加者はさぞ悔しい思いをするだろうな。とコウは考える。
もっとも、自分もその悔しい思いをしないとは限らないのだが。
「予選第一試合、エントリーNo67小妻光!エントリーNo53モーガン・スミス!前へ!!」
アナウンスに促されるがまま競技スペースへと移動するコウ。
その前にはコウの倍の身の丈はあろう大男の姿が。
眼は大きく見開かれ、髭も生えっぱなしの半裸の大男。
「なんだぁ?俺の初戦はこぉんなチビ助が相手なのかぁ!?」
モーガンが口を開くや他の参加者もゲラゲラと笑い出し、
「あいつも災難だったな」「モーガン相手じゃ1勝ち目ねぇよ」「ママの所に帰んな」と言った陰口さえも聞こえてくる。
そしてダメ押しと言わんばかりにモーガンが右の人差し指をコウの胸に突きつけると、
「テメェなんざ、10秒であの世に送ってやるぜ」
その台詞もう飽きたよと言わんばかりのテンプレ台詞。
本当に強い奴はそう言う相手を下に見る台詞は言わないものだ、とコウは反論したくなったが、やめた。
どうせ聞き入れてはくれないだろうと言う事が解っていたからだ。
審判に指示されるまま、コウとモーガンが所定の位置に立たされて数秒後。審判が右腕を頭上高く掲げ、
「それでは、予選第一試合。……はじめ!!」
勢いよく振り下ろすと同時にモーガンが雄叫びと共に突進。
突進の勢いを乗せた右ストレートパンチを繰り出した。
場外から試合を観戦していた者の誰しもが、コウの顔面が潰れ無惨に吹き飛ばされる様を想像した。
だが、現実はそうはならなかった。
パン、と言う弾けるような音と共に吹き飛ばされるモーガン。
対するコウは左腕を顔に寄せ、右手を掌底の状態で突き出した姿勢のまま立ち尽くしている。
鈍い音と共にモーガンが背中から着地し、昔の冒険映画に出てくる岩石トラップが如く石畳の上を転がり、
ようやく静止したその場所は…場外。モーガンは白目を剥き四肢をピクピクと痙攣させている。
審判は数秒経ってようやく状況を理解すると、
「も、モーガン選手場外!勝者小妻光!!」
その場に居合わせた者達が一斉にどよめいた。
モーガンが負けた事に?いや、モーガンをたった一撃でリングアウト&ノックアウトにしたコウの実力に。
大武闘会において勝敗を分ける方法は三つある。
一つ目は競技スペースとなる石畳の外に相手を出す「リングアウト(場外とも言う)」、
二つ目は相手を気絶させる「ノックアウト」、
最後の三つ目は相手が戦意を失い降伏する事による「ギブアップ」。
昔は有効打を与えた後の時間切れに伴う「判定勝ち」もあったのだが、
時間が掛かりすぎる上観客からも「卑怯だ」「見てて面白くない」と不評だった為第30回目を最後にルールから取り除かれた。(ちなみに現在行われているのは第300回目である)
本来この複数の勝利条件を複数同時に満たす事は難しいどころかほぼ不可能と言われているが、
コウはリングアウトとノックアウト、二つの勝利条件をたった一撃で満たしたのだ。
その実力は他の選手が動揺するにも他の選手からの不満を買うにも充分だった。
モヒカン頭の選手が大股でコウに近づき、来ているジャケットの襟首を乱暴に掴むと、
「てンめぇ今のはなんだぁ!?どんな技使いやがったぁ!!チートかおいぃ!」
怒りに目を見開くモヒカンにコウは顔色一つ変える事なく、
「技なんて使ってないです。ただ相手の腕に片手を添え軌道をズラし、空いた方の手で押しただけ」
「押しただけ、だと?それこそチートじゃねぇか!!」
モヒカンは苛立たし気にコウの襟首を放すと、
「…余裕ぶっ込いてられるのも今の内だ。すぐにそのアホ面が恐怖に浮かんであっと言う間に予選落ちだ!」
コウを指さし捨て台詞とも取れる言葉を投げつけフィールドへと歩き出す。
だがコウが感じていたのは余裕などではなく、恐れだった。
強くなりすぎた。これから先、余程の相手でない限り思い切り手加減しないと勝つのを通り越して相手を殺してしまうかもしれないと言う恐れ。
そしてコウは自分に言い聞かせる様に呟いた。
余程の相手が出揃うであろう決勝トーナメントまで、絶対に本気は出すなと。




