第一話「望まぬファースト・コンタクト」
コウの意識が飛んでからどれ程の時間が経過しただろうか。
全身に感覚が戻っていくのを感じコウはゆっくりと瞼を開ける。
穏やかな陽光と白い雲。そして目が眩む程まばゆい青空。
元の世界に戻ってきたのかと一瞬思ったが、違った。
生い茂っている木々は全く見覚えが無いしその向こうに見えるのは城。
スカイツリーでも摩天楼でもなく、城だ。
青空の方もよく見てみると蝙蝠の様な羽根を腕から生やしたトカゲが群れを成して空を飛んでいる。
ヨーロッパに飛ばされていようがブラジルに飛ばされていようが羽根の生えた巨大トカゲはまずいない。
「どうやら、本当に異世界に来ちまったみたいだな…」
目の前に広がる非現実的な光景を見ながらコウは独りごちる。
あの大宇宙の意志の言う通り異世界にやってきたのは良い。
だがここは何と言う名の世界なのか。
通貨単位は?文字と言語は?文明はどれくらい発展しているのか?
これから先生きていく世界に関しての情報があまりに少なすぎる。
この世界での資金繰りにしても・・・
日本円はおそらく使えない。
元いた世界でも日本国外では使う事の出来ない硬貨と紙幣だ。
この世界における通貨単位を知ってしまった以上ここでも日本円が使えると言うラッキーは期待するだけ無駄と言うもの。
ここでコウは自らの所持品を確認。
胸ポケットのスマートフォン。圏外でネットには繋がらない。
腕に提げたコンビニ袋。中身は週刊漫画誌とスナック菓子となまこカレー味のカップラーメン。
腰ポケットの財布。所持金は約4800円。会員カードとかも多数入っているが全部異世界で役に立つとは思えない。
「そこら辺のモンスター倒してお金が手に入れられればなぁ~…」
実質一文無し同然な身のコウにはもはやRPGにおけるお約束に期待せざるを得なかった。
だがそんな願望はすぐに思考の奥底にしまわなくてはならない。
理由は、コウの真後ろに迫る殺気と足音。
振り返ってみると野盗と思しき男が3人。
吊り目の痩せた男と丸坊主の太った男、そしてモヒカン頭の小男。
うち吊り目はナイフを、丸坊主は棍棒で武装しているが臆した態度を見せるのはかえって自分を不利にするだろう。
「テメェ!ここじゃ見ねぇ顔だな!?どっから来た!」
吊り目がナイフを突きつけながらコウを怒鳴りつける。
見た目に違わぬ品性の無い声だが、そんな事を言えば逆上して他の二人とともに襲い掛かってくるだろう。
なるべくここは穏便に行きたい。
コウは深呼吸を一回して、
「あー・・・初めまして。ご用件は?」
「んなもん決まってんだろ!金目の物全ッ部置いてけ!!」
予想通りの返答が返ってきた。
コウはすぐさま「金なんて持ってません」と即答するが、
「その着てる服置いてきゃ良いだろがよぉぉぉ!!なんならテメェの首置いてったって良いんだぜぇぇ!!?」
ダメだ、話が通じない。
そもそもこんな街はずれで野盗なんてやってる様な奴に良識なんて求める方が間違いか。
しかしこんな奴らに服も首も渡す筋合いはない。
武器を持った奴が相手だが、戦わざるを得ない。
コウは右手を開いて突き出し、左手を腰のところで握りしめる独特なファイティングポーズを構える。
対して野盗三人組はコウを取り囲むように正面、右、左に陣取る。
三方を取り囲んで逃がさない算段か。
しかしコウとて逃げ出すつもりはない。深く深呼吸すると、
「来やがれ・・・チンピラども」
コウの挑発に乗ってか丸坊主が棍棒を振りかぶって襲い掛かる。
狙いは脳天への一撃か。狙いが的確な分対応もし易い。
コウは棍棒による一撃を右へかわし、返しの左アッパーを丸坊主の顎に叩きつけた。
坊主頭は「ゲッ」と嗚咽するような声を上げ倒れる。
すかさず力の抜けた坊主頭の手から棍棒を取り上げるコウ。
──これで丸腰と言うハンディは無くなった。
そう思った矢先、
「キェェェェェッ!!」
真後ろから奇声にも似たシャウト。
振り返ると右腕を振りかぶるモヒカン小男が。
良く見ると両腕にはカギ爪の付いた手甲が装備されている。
「あぶっ・・・ねぇ・・・」
コウはカギ爪によるひっかき攻撃を反時計回りに回転して回避すると
「なぁぁ!!!」
そのまま回転の勢いを利用し棍棒をモヒカン小男の後頭部に叩きつける。
モヒカン小男はそのまま地面に突っ伏し気絶。
──すごい。相手がほぼ雑魚キャラとはいえここまで動き回れるとは。
これが異世界に来た俺に与えられた力!俺の最強伝説がここから始まるんだ!!
一瞬の内に野盗二人をやっつけた。
6歳から空手を始め中学に上がる前にやめ
多少ブランクがあるとは言えなかなか幸先のいいスタートを切った。
これからこの力であらゆる敵を薙ぎ倒し、数多の美少女達といい感じに・・・。
まだ見ぬ未来の事を思い浮かべるとコウの心は昂った。
が、コウの意識を現実に引き戻すかのように右脇腹に激痛が走る。
傷んだ箇所を見ると着ていたジャージが下のシャツごと切り裂かれ、そこから横一文字を描くように血が噴き出していた。
傷は思っていたより深い。そして痛い。早く止血しないと、死ぬ。
顔を上げると逆手持ちにしたナイフを振り上げる吊り目が。
頭にナイフを突き刺しとどめを刺す気だ!
「死ねやぁぁぁっ!!」
怒気を含んだ叫びを上げながら襲い掛かる吊り目の男。
死ねない。まだ死ぬわけにはいかない。
そう胸中で叫ぶとコウは棍棒を吊り目の鼻先目掛け突き出した。
棍棒は吊り目の鼻柱をへし折り、後方へと吹き飛ばす。
仰向けに倒れ動かなくなった吊り目を見やると、コウは依然出血し続ける脇腹を抑え一歩ずつ、一歩ずつ歩き出す。
視線の先にはまだ見ぬ城。
「少し前・・・死んだばかりなん・・・だっ・・・!またすぐ死ぬ・・・なん・・・てっ!ごめんだ・・・よ・・・・!!
死んで・・・・たま・・・る・・・・・か・・・・・・」
まさに生死の境目にいる己を鼓舞するコウであったが、
すぐに視界が真っ暗になり、コウは前のめりに倒れ伏す。
「大変!この・・・・・!早く・・・しないと・・・・・」
「解っ・・・!今・・・・」
──誰かが近づいてきてる。誰だ?見ず知らずの俺に・・・。
ダメだ。意識が・・・遠のいて・・・・・
突っ伏した顔を上げその姿を見やる事も叶わず、コウは意識を失った。
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2、3階建ての民家がひしめき合う住宅街の片隅から甲高い悲鳴が木霊した。
悲鳴の主は20代から30代の女性。彼女の目の前には大柄な男がうつ伏せに倒れている。
男の胸から背中にかけては刃物の様な物が貫通した跡がある。即死だ。
そしてその男を見下ろしているもう一人の男。
やや長めの骨の様な白髪、左腕には黒い炎の様な入れ墨、
デニムパンツ以外は上着すら纏わない半裸の出で立ちはこの世界においても異様である。
そして何より、男の眼は生気を宿していない。
白髪の男は苛立たしげに髪を掻きむしると、
「なんだよ、人が助けてやったってのにありがとうの一言も無しか?」
「な、何をやったの?その人なんで死んでるの?貴方一体何やったの!!!?」
女性は反錯乱状態で白髪の男を責め立てる。
しかし白髪の男は、
「だぁかぁらぁ、テメェが襲われてたのを俺が助けてやったんだろうが。」
「だからって、なにも殺す事無いじゃない!!」
「チッ、うっせーなぁ……助けてやっといて礼の一つもできないならもういいや」
そう苦言しながら白髪の男が右腕を振るうと、突然女性の頭が宙を舞い、放物線を描きながら落ちると
地面をコロコロと転がり、遅れて頭を失った女性の首筋から鮮血が噴き出した。
「別の世界に来れば何やろうが人に慕われるんじゃなかったのかよ………」
白髪の男は独り言ちると住宅街の闇へと姿を消していった。