第十五話「オレ殺人未遂事件」
「誰か!誰か来てください!!」
部屋から飛び出すなり叫ぶリゼル。
彼女は攻撃魔法は幾つか会得しているがそれ以外の魔法はからっきしだ。
すると、
「どうしました?」
三つ分離れた部屋から出てきた初老の青年がリゼルを訪ねる。
「私と同じ部屋に泊まってた人が突然倒れて…」
「それは大変だ!」
初老の青年はコウの倒れる部屋に入り、血の気がどんどん失せていく彼を見るなり、
「これは…毒にやられているようだ。急いで解毒しないと」
初老の青年はコウに手をかざす。
するとかざした手が淡い光を放ち、コウの血色がどんどんと良くなっていく。
かざした手の光が消える頃になると、コウはすっかり元気を取り戻し、立って歩けるほどにまで回復した。
こうしてココアに盛られた毒に倒れたコウは、偶然船内に居合わせた魔術師が解毒魔法をかけてくれたおかげで
何とか一命をとりとめる事が出来たのだ。
それは良い。一命をとりとめた事は良いのだが、
豪華客船で起きた殺人未遂事件、その被害者となったばかりに余計な注目を集める事となってしまった。
客船の中に仮面の子供やアルバスの仲間がいないとも限らないのに、この状況はマズい。
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか!私は食器には一度も触ってません!!」
リゼルは何度も繰り返される質問に憤慨しながら答えていた。
相手は自ら騎士を名乗っている。どうやらこのアーサレナ、ルトヴァーニャ以外の国でも騎士が警察の役割を担っているらしい。
「そうは言ってもねぇ、君以外に彼と面識のある人は船内にはいないんだよ」
茶色がかった短髪を掻きながら騎士が応える。
騎士と言うのはもっと、凛とした佇まいの人だと思っていたが、この騎士(確かアーウィンと名乗ってた)はなんと言うか…だらしない。
無精ヒゲは生えてるし、茶色のロングコートはくたびれているし、猫背で目は半開き。
カイルが見たら憤慨するだろうか。
「面識があったとしても動機がありません!」
「そうだ、何故ルーシーが俺を殺さなくちゃならないんだ」
「ん~っと…」
アーウィンはやや考える素振りを見せると、
「痴情のもつれ?」
「な訳ないでしょ!!」
アーウィン目掛け怒りのビンタを叩きつけんと右腕を振りかぶるリゼルをコウが制す。
とは言えこいつの適当な推理にこちらが追い詰められているのも事実。
どうにかしないと、そう思った矢先、
「お待ちください。この事件、彼女は何も関係ありませんよ」
そう言って部屋の中に入ってきたのは、青いスーツに身を包んだメガネの青年、いや顔立ちがやや若いので少年か。
「君は?」
アーウィン、リゼル、コウ…その場にいた全員が問うと少年は答えた。
「エドガー・アラン・ドイル。探偵さ」と。
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朝食として運ばれたココアを入れたカップが割れにくい素材を使っていたのは幸いな事であった。
指紋を採取した結果コウとウェイター以外の指紋は確認されず、リゼルの無実が消滅されたからだ。
事件発生からおよそ二時間、リゼルはようやく疑惑の目から逃れる事が出来、コウも自らの証言を信じてもらえた事に安堵した。
それは良い。それは良い事なのだが…
「お前なんで踊ってるんだ?」
指紋の採取が終わって以後エドガーはずーっとコウの目の前で踊り続けている。
腰から下を殆ど動かさず、両腕を激しく動かす、所謂「パラパラ」と呼ばれるダンスだ。
スマホが普及しネットカフェが存在するアーサレナにおいてもパラパラダンスは珍しいのか
リゼルもアーウィンも物珍しそうな目でエドガーを見つめている。
「静かに。これは僕のインスピレーションを働かせる為の大事な儀式なのだから」
「儀式って…」
何処からツッコんで良いか解らず困惑するコウとは対照的にエドガーの表情は真剣そのものだ。
まぁふざけてやっているのではなさそうだが、どうにも緊張感がない。
コウにとってこの状況は不条理すぎる。コウ自身が殺人未遂事件の被害者になったのも、
それを解決する為尽力している少年探偵がパラパラを踊っているのも。
コウは犯人が解ったら一発殴ってやろうとさえ考える。
暴力は極力控えるべきとは言えこっちは危うく人生そのものを終らされる所だったんだ。
それくらい神様も大目に見てくれるだろう。
なんて事を考えてる内に、
「解りました」
パラパラダンスを終えエドガーが肩で息をしながら告げた。
コウはやっとか、と内心呆れながらも、
「解ってってのは、犯人が誰なのか、如何にして俺を殺害しようとしたのか、どっちなんだ?」
「両方です。犯人も、その殺害方法も、全てがね。みんなを集めてください。なるべく広い場所に」
二時間後、コウとリゼルを含めた乗客、乗員全てがブルームーン号の甲板の上に集められた。
甲板の中心にはエドガーとリゼル、そして今回の事件の被害者であるコウ。
「流石に乗客乗員全員を一か所に集めるのは無理があったんじゃないか?」
コウがエドガーに怪訝そうな目を向ける。
実際ブルームーン号に現在乗船している人数は乗客乗員全て合わせて1000人を越えており、
定員の半数にも満たない数値とは言えあまりにも多い。
しかしエドガーは、
「船員が慌ただしくなって他の乗客も何が起きたのか不安がっている。ここで何が起きたのか説明して安心させないと」
「なるほど。エドガーなりにみんなの事を考えてるんだな」
「当たり前だろ、事件を解決する探偵が悪党であってたまるか」
エドガーは皆の方へ向き直り、
「皆様には突然この様な場所に集められた事を心からお詫びいたします。
全てはそこにいる彼に起因しているのです」
エドガーはコウを左手で指し示し、
「彼は今朝、無情にも朝食に混入されていた毒により命の危機に晒されましたが、そこにいる旅の魔術師オルソンさんにより一命をとりとめる事が出来ました。
しかし事件はそれで解決したわけではありません。犯人が誰か、如何にして彼を殺害しようとしたか、それを明らかにしなければならないのだから…
まず先に言っておきましょう。犯人は、この中にいる!」
推理物お約束のセリフを向けられ皆が一様にどよめき始める。
コウは「よっ名探偵!」と称賛したいがそういう雰囲気ではない。
「この事件で犯人は彼、エディさんを殺害するのに毒物をココアの中に入れた。
ただそれだけの事。特別なトリックなんて何一つ使っていないです。」
「そこはサルでも解るレベルで良いからなんかトリック使えよと言うツッコミは野暮か?」
「野暮ね」
などと言うコウとリゼルの戯言を歯牙にもかけずエドガーは続ける。
「しかも調理を担当した人の話では調理場は多くの料理人がいた為ここでココアに毒物を入れる様な真似は不可能。
入れようとすればすぐにバレます。それに…」
エドガーは胸ポケットから透明な袋に入れられた白い物体を取り出した。
物体は半分ほど溶けだしているがかろうじて立方体の原型を保っている。
「これは被害者のエディさんが飲んだカップの中に残っていました。
毒薬を角砂糖の様に固めた物です。念の為他の客室に配給された朝食を調べさせてみたら、これと同じ物は一つとしてありませんでした。」
「じゃ、犯人はエディさんを狙って犯行を!?」
アーウィンがそんな事を言うがエドガーは「それはないでしょう」とキッパリ否定した上で、
「アーウィンさんが知っての通りエディさんやルーシーさんと面識のある人は乗客にも乗員にもいません。
貴方もその一人ですよね?レミー・ルーさん」
レミー・ルー。その名がエドガーの口から告げられた途端茶髪のウェイトレスがビクリと肩を痙攣させた。
コウとリゼルは、その顔に見覚えがあった。
「調理場で毒を入れる事は不可能となれば、入れられるタイミングは朝食を運んでいる最中だけ。
しかも周囲に悟られずにとなれば部屋の前で毒を入れた事になる。
それが可能なのは、エディさんルーシーさんが泊まっていた部屋への配給を担当していたレミーさん、貴方しかいないんですよ」
成程。あの半分溶けた毒物は入れられてからさほど時間が経っていなかったと言う証拠か。
コウは独り納得した。
するとレミーが、
「…えぇそうよ、全て私がやった事……」
「なんでこんな事を」とコウがやや憎々し気に問いかけると
「腹が立っててね。一か月以上もずっと働きづめ。一時間以上眠らせてもらえた事なんて一度もない。
だから一回騒ぎを起こせばその煽りで休みがもらえると」
レミーが日頃の鬱憤を打ち明けているとコウがレミーの元に近づいていき、平手打ち。
バチン、ではなくバキィッと言うとてつもなく重たい音が船上に鳴り響いた。
一部始終を見ていた乗客たちから凄い音鳴ったぞ、良く生きてるなとどよめき出す。
しかしコウはそれらの野次を意に介さず、
「いい加減にしろよ…。お前1人の苛立ちでどれだけの人に迷惑かけたと思ってる!
少しくらい周りの事を考えたらどうなんだ!!?だいたい、お前1人のワガママのせいで危うく死にかけたこっちの身にもなってみろぉ!!!」
怒るコウを前にようやく自分の行いの愚かさを悟ったのか、レミーはその場に泣き崩れ、
「ごめんなさい」と口々に繰り返すのだった。
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事件は解決した。
レミーの身柄はシャオハーンの港に到着次第地元の警察に引き渡された上で後日裁判にかけられるとの事だ。
港がもう目と鼻の先にまで近づいてきた頃、人気のなくなった甲板の上でコウとエドガーは海を見つめていた。
リゼルには自室で荷物をまとめる様言ってある。
コウが甲板から人がいなくなったのを見計らってエドガーを呼んだのだ。
エドガーはコウの方を見ず、
「話ってのは?見た感じお礼が言いたいって訳じゃなさそうだが」
「ああ。お前自身の事で話がある。まず、エドガー・アラン・ポーって知ってるか?」
エドガー・アラン・ポー。
19世紀にアメリカで活躍した小説家の名で、かの江戸川乱歩のペンネームの由来にもなっている。
「…なんでそれを?」
酷く動揺した様子を見せるエドガー。
更にコウは、
「エドガー・アラン・ドイル。明らかにアメリカ人かイギリス人の名前なのに、あんたの顔つきはどう見ても日本人だ。
それに今名乗ってる名前が偽名だとして、エドガー・アラン・ポーとコナン・ドイル、著名な小説家二名と被るってのはどうにも不自然だ。
あんた…別の世界からこっちに転生してきただろ?」
エドガーはフッと一息つくと肩をすくめて、
「……察しが良いな。名探偵顔負けの名推理だ。その通り。僕も転生してこの世界に辿り着いた身の上だ。しかし何故それを?」
「俺も別の世界から転生してきた者…転生者だからだ。そして俺達と同じ境遇の人間に、俺は一度会っている」
一度、と言うのはクドーの事。
アルバスも転生者の事を知ってはいたが、まだ彼が転生者であると言う確証は得られていない。
だから、コウはあえて一度と言った。
「あくまで俺の推測だが、俺達と同じ境遇の人間、転生者と呼ばれているらしいが…その転生者はまだこの世界に山ほどいる。
そして、他の転生者が俺の様に友好的であると言う保証は何処にもないし、何より…」
「あの、アルバスと言う男か」
エドガーが転生者である事は何となく察しがついたが、アルバスを知っていたのは意外。でもないか。
自分がアルバスと話をしている時同じ食堂にいて会話を聞いていたとしてもおかしくはない。
「…ああ。アルバスは転生者を集め何かを企んでいる。何かは解らないが、良からぬ事であるのは間違いない。
もし彼に勧誘されたとしても、絶対に断れ。」
「解った。気を付ける事にするよ。えーっと…エディさん」
「コウだ。オズマ・コウ。あんたは信用できるから、本当の名前を教えておく」
「また、何処かで会いたいですね、オズマさん」
「ああ」
程なくして、ブルームーン号はデストラの隣国シャオハーンの港に到着した。
あれだけ遠いと思っていたデストラはもう目と鼻の先。
コウはリゼル共々緊張した面持ちでシャオハーンの大地を見つめる。
心なしかフラムベリーの港よりも小さく見えた。




