第十四話「夢想ポーカー」
リゼルがステーキを食べ終えるのを待ち、自室に戻ったコウは
部屋に隣接するシャワーを浴び数日分溜まった疲れを汗と共に洗い流す。
本当は温泉にでも入ってサッパリしたかったのだが、流石に客船に温泉を求めるのはわがままか。
濡れた髪をタオルでふき取りながら部屋に戻ると、カジュアルな部屋着に着替えたリゼルが椅子に座っていた。
いつもとは違うリゼルの服装に強調されたプロポーションにコウは思わず視線を逸らす。
「なんで目逸らすの?」
「いや…なんでもない」
「なんでもないなら」
リゼルは立ち上がり、コウの目の前まで近づくと彼の両頬を掴み、
「目逸らさないで、ちゃんと人を見て話しなさい」
「す、すいません…」
ジト目でこちらを睨みつけるリゼルの気迫に思わず物怖じするコウ。
「別に怒ってるわけじゃないんだけど…まぁ良いや」
リゼルはコウを掴む手を離すとテーブルの前に駆け寄ると、
「寝るまでの間退屈でしょ?これやってみない?」
テーブルから手のひらに収まる大きさの四角い箱を取り出す。
「それは?」
「コウの世界には、こう言うの無かったかしら?」
リゼルが箱の封を開けると中から50枚程のカードの束が現れた。
「トランプか」
「どうやらあるみたいね」
リゼルはトランプの束をヒンズーシャッフル、そしてショットガンシャッフルでかき混ぜていく。
まるでカジノのディーラーの様な鮮やかな手際だ。
「随分手馴れているな」
「修行の合間に少しずつ練習しててね。んじゃ」
リゼルは手荷物の中からある物を取り出した。
それは赤、黄、緑3色の鮮やかなプラスチック製の小さな円盤。
チップと呼ばれる物だった。
「ポーカーでもやる?」
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ポーカー。
ハンド(手札の事)を組み合わせた役の強さを競うこのゲームは
我々の住む世界ではギャンブルとして広く知られているが、
このアーサレナ、特にルトヴァーニャではなんと精神力を鍛える一環で騎士達の修行に使われる事がある。
無論ギャンブルとしてもポーカーは有名だが、修行や遊びとして行われる場合リアルマネーが使われる事はなく、
代わりに1人数十枚の「チップ」を持ちよりチップが無くなったプレイヤーにはゲーム前に定められたペナルティを課す。
と言うルールが一般的である。
そして今、リゼルとコウがポーカーをやる上で定めたペナルティは…
「あんまり過激なのは良くないから…『負けた方は勝った方の肩を揉む』ってのはどう?」
「秘密1つか…。良いよ。」
「じゃ1、2、3、4…5っと」
リゼルがお互いの手札を五枚配り、ゲームスタート。
コウの手札は、スペードの4、ダイヤの6、ダイヤの4、クラブのジャック、スペードの2。
出来た役はワンペア。最も弱い役だ。
「さすがにストレートフラッシュは来ないか…」
「出る訳ないでしょそんな難しい役。」
そう言いつつリゼルの顔を伺うコウ。彼女の初手がどんななのかは解らないが、自信のある表情から察するに良い役が来たらしい。
もしリゼルがツーペア以上の役を完成させていた場合を考えると、コウには1回の勝負につき一度だけ行える「チェンジ」に賭けるしかない。
捨てるカードをじっくりと吟味し、
「三枚チェンジ」
スペードの4とダイヤの4以外の全てのカードをテーブルに放り、中央の山札からカードを三枚引く。
引いたのは、ダイヤのクイーン、ハートの4、スペードの6。
これでスリーカードができた。あとは掛け金を決めるだけ。
コウはチップの山から緑のチップを三枚、黄色のチップを一枚取って移動させる。これを「ベット」と言う。
チップの色はそれぞれ赤が100点、黄色が10点、そして緑が1点分のポイントを意味する。
(我々の世界では緑は赤より点数が多いのだがアーサレナではどうも逆転してるらしい)
この場合コウは13点賭けた事となり、リゼルはフォール、つまり勝負を下りる場合を除き最低でも13点「ベット」しなければならない。
が、チップがまだ減っていない一戦目でフォールする訳もなく、リゼルも13点をベット。
数秒が何十分にも何時間にも感じられる長い静寂の後、
「コール」
「コール」
お互いの手札をさらけ出す。
コウは4のスリーカード。対してリゼルは…7のスリーカード。
同じ役の場合その役の数字を比べその数字が大きい者が勝者となる。
この勝負、リゼルの勝ちだ。
「ラッキーセブン。って訳か」
あまりに出来過ぎているリゼルの手札を見てコウは自嘲気味に笑う。
それに対しリゼルも「幸先が良さそう」と笑みを返し、カードを再び一つに纏める。
勝負はまだ一回目が終わったばかり。二人の勝負はまだまだ続く。
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一方魔術師達の後を追うエルはどうしているか。
いやそもそも如何にして魔術師達の追跡を可能としたのか?
それを説明するにはまず時間を遡らなければならない。
それはコウが、氷塊魔法の直撃を受けた頃───
頭から血を流し倒れるコウ。
「コウ!!」
叫ぶリゼルの前に仮面の子供二人が飛来。
ふわりと舞い落ちる羽根の如く華麗な着地を決めると黒いローブの子供が、
「愚かな奴だ、勇敢と無謀を履き違え出しゃばるからこうなる」
と動かなくなったコウを嘲笑い、白いローブの子供も、
「そこの女も、こうなりたくなければこの件から身を引くのだな」
リゼルは立ち上がり、仮面の子供二人に殴りかかろうとするが、エルがそれを左手で制す。
「何のつもりなのエル?」
エルはリゼルの問いには答えず、ただ片膝をついて、
「貴方方の実力は重々理解いたしました。」
何を血迷ったのかとリゼルは一瞬思ったが、
「私めも、是非貴方がたのお仲間に…」
後ろ手に二度ウィンクをするエルを見てその行動の真意を理解できた。
「良いだろう。我々についてくるがいい」
「あり難きお言葉。」
簡潔に告げ弾丸の如きスピードでその場を後にする仮面の子供二人とそれに追随してみせるエル。
二人とも化け物かあるいは超人かとリゼルは思った。
そして、今。
海を越え山を越えてエルと仮面の子供、そして操られた王宮魔術師達はデストラ共和国首都「ムルスク」郊外にある教会へと来ていた。
廃墟となって何年も経っているのだろう。教会の隅々にはクモの巣が張り巡らされ、木製の椅子も経年劣化でボロボロ。
タペストリーも所々に穴が空きステンドグラスもヒビとクモの巣でかつての美しさは完全に失われていた。
エルとゴンザ、モヨモト、王宮魔術師達は教会で最も広い礼拝堂に集められ、仮面の子二人は奥の方へと入っていった。
エルは首を巡らせ状況を確認する。
日は既に落ちており、
王宮魔導士たちもゴンザもモヨモトも虚ろな目を宙に向けたまま微動だにしない。
話しかけても目の前で手を振って見せても眉1つ動かそうとしない。
だがこれは逆にチャンスと言える。
誰も反応しないと言う事は即ち、エルが何をしようが気づかないと言う事。
名も知らぬ仮面の子よ、貴様らの失敗は全ての者が自分たちの意のままにできると思い込んでいる事だ。
そう独り言ちるとエルは礼拝堂を抜け音を立てぬ様摺り足で渡り廊下をゆっくりと移動する。
しばらく道なりに進んだ先、小部屋の方から声が聞こえてきた。
中を覗いてみるとそこには仮面の子供二人と、二人の倍近い背丈の女性がいた。
子供達と違い顔はさらけ出しており、暗がりでくっきりとは見えないが髪が濃いめの紫色のロングヘアーである事は確認できる。
胸元が大きく開けたドレスに強調された豊かな胸と、スリットで前後に分かれたスカートの隙間から除く太腿が彼女の妖艶な雰囲気を醸し出していたが、
エルが注目したのは外見ではなく、仮面の子供との会話内容だった。
「あぁ、今までにない数の魔術師達が一挙に…。お前達、良くぞやってくれました」
「お褒めの言葉、ありがとうございます母様」
「これで侵攻の準備が整いました」
侵攻?まさか王宮魔術師たちをさらいかき集めていたのは、別の国に戦争を仕掛けるため?
エルは訝しんだ。
「魔術師の軍勢を以てデストラを転覆させ魔術師蔑視の現体制に終止符を打つ…。
これらを成し遂げるにはデストラの魔術師である我々だけでは足りんし、罪を着せる為の人柱も必要になるからな」
生贄、あぁ今度はなんと恐ろしい言葉を口にするんだ。
ルトヴァーニャから王宮魔術師を連れ去ったのはテロの為の戦力にするためだったのか。
エルは腸が煮えくり返る様な怒りに駆られそうになるが、今は潜伏中の身。
怒りのこみ上げる薄い胸を必死で抑えつける。
(この事を、何とかしてお姉様達に伝えなくては!!)
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コウとリゼルのポーカー勝負はリゼルに軍配が上がった。
コウが勝利できたのは結局三戦目でリゼルが降りた時と七戦目でコウがフルハウスを揃えた時の二回だけ。
殆どコールド負けみたいなものだ。
「リゼルには叶わないなぁ。」
「じゃ、約束通り、ね」
そう言うとリゼルは後ろを向き、髪をかき上げる。
露になったうなじが艶めかしく、コウは息を再び息を呑むが、
まず一呼吸して気持ちを落ち着かせるとリゼルの肩を掴み、少し力を込めて揉み始める。
リゼルも疲れが溜まっているのか固い。
「もうちょっと力入れても大丈夫よ」
「はいよ」
リゼルの指示に従ってより力を込める。
コウのリゼルをマッサージする手を止めず、
「俺、時々思うんだ。もしリゼルが出会ったのが、俺じゃなくてクドーだったら…。もし俺が最初に出会ったのがエルだったら、
こうしてリゼルと旅してるのは、クドーの方かもしれないって…。悪党として追われるのは俺の方で、クドーが勇者の生まれ変わりと呼ばれて…」
「…そうはならないと思うなぁ」
「なんで?」
「コウが先にエルと出会ったとして、義賊にはなり得ても悪党と言えるほどの大事はやらないだろうし、
そもそも私がクドーと出会ってたら私もマスター・リドも殺されてたかも」
「そう言える根拠は?」
「そう言うキャラクターしてるから。貴方もクドーも」
そう言いながらコウの方を振り向き微笑むリゼル。
その笑顔を見たコウは一種の安心感を覚えるのだった。
「はい。もう罰ゲームはおしまい。肩もほぐれたし、今日はもう寝ましょ」
そうしてリゼルとコウは久方ぶりに味わった平和な時間を終え、眠りにつくのだった。
リゼルはベッドで、コウはこっちの方が慣れてると床で寝る事にした。
30分後、ゴワゴワした絨毯の質感にコウは自身の選択を後悔する事になった。
「…やっぱそっちで寝て良い?」
何も答えないリゼル。
完全に眠っているようだ。
「………」
コウはリゼルの寝ているベッドの毛布を少しめくるとその中に自身を潜り込ませる。
それでもリゼルは目を覚まさない。
起きる様子が無いのなら胸でも揉んでみようかとも考えたが、やめた。
自分がリゼルの身体を触った事が国王にバレでもしたら、自分は一瞬にして得られた信用を失い処刑されるだろう。
それだけは御免被りたい。
そもそもこれは国を守る為の仕事であって新婚夫婦の旅行とは訳が違う。
コウは自分にそう言い聞かせる。
「…でも一度くらいなら」
そう独り言ちるとコウは依然眠り続けるリゼルに擦り寄り、右手でリゼルの右胸を鷲掴みにしてみる。
張りと弾力のある柔らかい感触が右手に広がる。
コウは二度ほど揉んでリゼルのいない方へ向き直った。
「思っていた以上に、大きいんだ…」
コウは右手に感じた感触にやや興奮しながら眠りについた。
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夜が明け、目覚めると同時に我に返ったコウはリゼルに殺されるのではと戦々恐々としたが、
リゼルの反応は思ってたより穏やかで、昨晩の事を怒る素振りは一切見られなかった。
良かった。気づいてない。
コウがそう思っているとリゼルが耳打ちし、
「今回は大目に見てあげるけど、次は無いと思いなさい」
前言撤回。思い切り気づいてた。
気づいててあえて何も言わなかったんだ。
そんなやり取りの後、各々に着替え終えたコウとリゼルはドアをノックする音に気が付いた。
「どうぞ」と言いドアを開けると二人分のサンドイッチとココアを乗せたトレイを手にしたウェイトレスが入ってきた。
「うん、朝食はシンプルなのが一番だな」
そう言ってコウはサンドイッチを一口かじり、ココアを飲んで口の中のサンドイッチを流し込む。
「お味の方は?」とリゼルに問われるとコウは親指で口元をぬぐいながら、
「合格点だな。伊達に豪華客船を名乗っては」
と、コウは突然吐血。口と咄嗟に抑えた手元、そして床を血で汚しながら前のめりに倒れる!!
「!?コウ!コウ!しっかりして!!誰か!誰か────!!!!」
室内に木霊するリゼルの悲痛な叫び。
このままゴンザ達を救い出せずコウの戦いはこんな形で終わってしまうのか?
真の勇者となれないままコウは死んでしまうのか!?
物語はここで終わらない、もう少しだけ・・・続く!
しばらくの間不定期更新になります。
どうか長い目で見守ってください。




