第十三話「異能と転生者」
目が覚めると同時に夕食の時間になったのはコウにとって幸いだった。
疲れの抜けた体と頭に栄養を与え体調と生活リズムを整える事が出来るのだから。
早く行こうとリゼルに急かされながらコウは食堂へ向かう。
ブルームーン号の食堂を初めてみたコウの感想は、デカい。であった。
何でも屋オズマの食堂の二倍じゃまだ足りないほどの面積と言うより何でも屋の物件丸々1つが入ってしまいそうなほどの広さがある。
この様な広々とした空間で食事をすると言う事自体コウは以前の世界でも経験した事がない。
どうにも落ち着かない気持ちを何とか抑えながらコウは窓際の席に座り、リゼルも向かい合う様に座りメニューを一瞥する。
「何にする?」
「あるならラーメン。味は味噌で」
「それ滅多に食べられない物なの?」
「こっちじゃそうかもしれないが、俺のいた国じゃそうでもない。
街に行けばラーメンを扱う店で溢れかえってると聞くし、お湯を入れれば3分で食べられるラーメンってのもある」
「お湯を入れて待つだけなんて随分簡単ね」
「だが味は格別だぜ」
「…私は食べた事がないから解らないけれど、コウの言う通りだったら一度食べてみたいものね。
そうそう、ラーメンがあったら注文するのよね」
リゼルはウェイターを呼ぶとまず、ラーメンはあるか聞いてみた。
するとウェイターは「やってみます」と答える。
どういう意味かと聞きたかったが、ウェイターはそそくさと厨房に駆け込んでいった。
そして10数分後、
「お待たせいたしました。味噌ラーメンのお客様」
トレイに載せられたラーメンがコウとリゼルの前に現れた。
黄金の輝きを放つ麺とその上に乗せられた色とりどりの野菜とひき肉。
光り輝くスープから漂う香りが見る者の食欲を一層かき立てる。
「おお!言ってみるもんだな!!」
「これが…これがラーメン…!凄い!まるで桃源郷が目の前にあるよう!!」
初めて見るラーメンに感激するリゼル。
だがたとえ見た目が合格点であってもこれは芸術作品ではなくあくまで料理。
味がダメでは元も子もない。
コウはまず箸を手にすると麺を一掴み。それを口に持っていき一口ほど啜り出す。
美味い。歯ごたえも舌触りも文句なしだ。
殆どノーヒントに近い状態の筈なのにここまでの物を作れるとは。
この船の料理人がよほどの天才か、それともこの世界にはすでにラーメンなるものが存在し、リゼルがそれを知らないだけか。
リゼルが注文したステーキを食すのを尻目にコウは味噌ラーメンを平らげていく。
コウが丼を持ち上げスープを飲み干すのを見たリゼルは思わずステーキを切る手を止め、
「器を持ち上げてスープを飲むなんて…」
「他の料理ならまだしも、ラーメン食う上じゃこんなの普通だよ。驚く事じゃない」
「そうだとしても、ここじゃマナー違反だな」
聞き慣れぬ声にコウが真後ろを振り向くと、ちょうどコウの後ろの席に赤ワインの注がれたグラスを手にこちらを見据える男が一人。
黒いロングコートを着込んだ赤髪の男に、コウもリゼルも見覚えがあった。
それはクドーにトドメを刺そうとしたあの時、突然目の前に現れクドーと共に何処かへと消えていったあの男…。
「…今度は何しに来た?いやそもそも、なぜお前がここにいる」
「オレにとって特定の場所に入る為の手順などあって無い様な物だ。行こうと思えば見知っている限り何処へでも行ける」
以前見せたあの空間に穴を開けそこから別の場所へ移動する魔法かとコウは考える。
「俺とリ…ルーシーを殺しに来たのか?」
コウは名前が他にも潜んでるやもしれない『敵』を警戒し偽名を使いながら問う。
「まさか。こんな大勢が見てる中で荒事を起こすのは本意ではないし、わざわざここで戦う理由もない。」
「なら何しに来た…」
「1つ良い事を教えてやろうと思ってな。お前はルトヴァーニャを善良な国家だと思い込んでいるようだが、
それはあくまでお前がルトヴァーニャ以外の国を良く知らないからに過ぎない」
リゼルは怯えと怪訝の入り混じった複雑な表情を赤髪の男に向ける。
赤髪の男はリゼルの視線を気にも留めず、
「ルトヴァーニャはこのアーサレナでも最大級の規模を持つ国家で友好関係を築いている国も多いが、
それと同じ数だけ敵対視している国も多い。
それに表面上友好的な国の中にはルトヴァーニャに侵略され自治権を奪われた国も少なくはない。」
「そんな出鱈目…!」
思わず立ち上がり反論しようとするコウだったが、リゼルに「事実よ」と告げられると
言葉を失い、椅子に力なく座り込んだ。
「事実って…!」
「200年以上前にブリュッヘ、240年前にオリオン、500年前にはトロッキと戦争して、いずれも勝利し自らの領土としている。
今では当事者も殆どが世を去り戦争の記憶も風化しつつあるけれど…」
赤髪の男は手にしたワインを一口煽り、
「だが中には親から子、子から孫、孫からその次の世代へと語り継がれたり、若い世代が当時の資料に触れる事で確実に継がれている…。
ルトヴァーニャへの、憎しみがな」
「そんなの…そんなの絶対間違ってる!悲しみを忘れないようにするのならともかく、
憎しみを直接体感していない世代にまで伝播するなんて!!」
「君は正論を言っているつもりだろうしオレもそう思ってはいる。
だが君一人の言葉で簡単に変わる程世界は優しく出来てはいない。」
「ならどうしろと!どうすれば良い!!」
「…オズマ・コウ。取るべき道は2つある。1つ、残酷な世界の真実を忘れ、安寧の中で無知無頓着な平民として緩やかに生きていくか。
2つ、オレと共に組織の一員となり世界を管理するかだ。お前の『能力』も、世界を管理する為に存在する」
「能力…?」
「クドーの腕から赤黒い糸が出るのを見ただろう?特定の人間にしか見えないあの糸は魔法によるものではない。
別世界からこちらに転生した者『転生者』に与えられた特別な能力…我々はその力を『異能』と呼んでいる」
「それって…」
狼狽するリゼル。
赤髪の男の言葉は、コウが今まで隠してきた秘密が思わぬ形でバレた事に他ならなかった。
「…隠すつもりは無かった。と言うより、信じてもらえないと思ってた。
だって現実味が無いだろ?こことは違う別の世界からやって来たなんて言われても」
「うん…。正直信じられない。けど、出自がどうあれオズマ・コウと言う人間は確かに今こうして、ここに存在している。
それだけは、紛れもない事実なんでしょ?だったら、私はコウを信じたい…」
信じられない、けど信じたい。
その言葉はコウにとって救いだった。
異世界人であるが故拒絶されるかも知れない、一緒にはいられないと思っていたから。
「ありがとう。して、俺にもその『異能』があるとしたら、それはどんな能力なんだ?どうやって発動させる?」
「オレに相手の能力がどんな物かを見抜く力は無い。が、オレの仲間の見立てだと君の能力は発動させる為の条件がいささか特殊な様だ。
瀕死の重傷から回復すると、体力・攻撃力・防御力・速度・魔力…全ての能力が向上する『異能』と言うべきか…」
瀕死の重傷から回復すると能力が向上。
なるほど、クドーの糸の異能をかわせたのもプラシャオ鉱山跡で一度死にかけ回復した時妙に力が湧いてくる感覚があったのもその異能が理由か。
コウは1人納得する。
「さて話を戻そうか。オズマ・コウ、君は残酷な真実を忘れ平民として生きるか、
それともオレと共に世界を管理するか。どちらの道を選ぶ?」
赤髪の男の仲間になるか、ただの街人Aとなるか。
二者択一が迫られるが、コウの答えは一つだった。
「…どちらも取るつもりはない。」
「何故だ?悪い話はしていない筈なのに…何故拒む」
「確かにお前の提示した選択肢は良いものかもしれない。だが良い物なのは『お前にとって』なだけだ。
一度真実を知ってしまえば普通の生活になんて戻れやしないし、何よりお前の言葉は信用できない。」
「ほぅ?」
「それに、俺の命は一度そこの彼女に救われている。彼女を裏切ってまで、お前の仲間になる事は出来ない。」
「…こちらが下手に打って出れないのを良い事に、言ってくれる」
表面上は笑顔を作ってはいるが赤髪の男の眼は怒気を孕んでいる。
自分と敵対する、と言う三番目の選択肢がよほど不服だったのか?
「人目につかない場所だったら、躊躇なく俺たちを殺せたか?」
「いいや。そんな感情任せな行動に出るほど俺は幼稚じゃない。」
赤髪の男はワインを飲み干すとすっくと立ちあがり、
「だが次会う時は、正真正銘の敵同士だ。遠慮なく叩き潰させてもらうぞ」
かつてクドーと共に消えた時の様に赤髪の男の頭上に空間の歪みが現れ、
その中に消え去ろうとする赤髪の男をコウが「待て」と引き留める。
「お前は一体誰だ?何の為にこんな事を…」
赤髪の男は一呼吸分の沈黙の後、
「…そう言えば一度も名乗っていなかったな。俺の名はアルバス。アルバス・ロア。
この世界に戦乱と、永遠の繁栄をもたらす者だ。
オズマ・コウ。お前はいつか必ず今日の選択を後悔する事になる」
赤髪の男─アルバスはその場で跳躍し、空間の歪みの中に消えていった。
「誰がするかよ。後悔なんて……」
コウは歪みの消えた食堂の天井を見やり、独り言ちる。
自分が、自分の意志で、自分が選ぶべき道を選んだ。
後悔なんて、あるわけない。
昔見たアニメの台詞を頭に浮かべながらコウは何処かへ消えたアルバスに対し静かに闘志を燃やすのだった。
総合PVが600、ユニークアクセスが300を越えました
10/16追記:次話の投稿遅れます。けれど必ず完成させて見せるのでご期待ください




