第十二話「ブルームーン」
夜が明けた。
自室の窓の外は霧雨がさあさあと降り注いでいる。
こちらの世界に来てからと言う物、曇り空になる日はあっても雨が降った事は一度もなかった為
コウは異世界にも雨は降るのだなと改めて実感させられた。
額に手を当て傷の具合を確かめる。
昨日受けた傷はもう塞がっている。
もう覆い隠す必要もないと考えコウは頭に巻かれていた包帯を外してみる。
部屋着から青いジャケットに着替え、鞘に納められた剣を背負い旅立ちの準備を整えると、
コウは部屋の扉を開け廊下に出た。
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一階の応接室ではリゼルと大臣が大テーブルを囲う様に立っている。
コウが来たのを確認するやリゼルやテーブルに大きめの紙を広げた。
紙に描かれているのは複雑な形状の図形とコンパス。
この紙は世界地図だ。
リゼルは右側の陸地の一点を指さし、
「良いコウ?今私たちのいるルトヴァーニャが、ここ。で…」
そのままさした指を左側へ滑らせると、今度は左側の陸地の一点をトントンとつつき、
「ここが、デストラ共和国。」
「随分と遠いって言うか…これ海を隔ててるじゃないか」
「そう。だから今回は船を使わなくてはならない。けどルトヴァーニャ領内の港には、
デストラへ直接向かう便は一つとして存在しないの。そこで」
リゼルは再びルトヴァーニャのある陸地をさし、
「ここから馬車でフラムベリーへ向かい、そこからデストラの隣国シャオハーン行きの船に乗って、
そこから再び陸路を使ってデストラに行く事にしたわ」
「この世界の地理全然詳しくない俺でも相当な長旅になる事だけは解った」
「そうだな。早く着いたとしても片道だけで3日はかかる」
「3日…それまでエルが無事でいられるかどうか…」
コウの脳裏に一抹の不安がよぎる。
その不安に答えたのはリゼルだった。
「心配ないわ。雇用する時彼女の能力を見せてもらったけど、彼女シーフでね。隠密行動が得意なのよ」
納得のいかない話ではなかった。
隠密行動のスキルを用いれば王宮の警備網を掻い潜って忍び込む事も、
聖剣を盗み出す事も可能だろう。
かつて聖剣を盗み出したのは他でもない彼女なのだから。
一度国を混乱に陥れた能力が今度は国を救うために役立てられる事になろうとは…。
思いがけない運命の巡り合わせにコウは思わずほくそ笑んだ。
「隠密行動が出来るならまずは一安心だな」
「でも悠長にはしてられないわ。合流が遅れれば遅れるほどエルの身が危うくなる。
すぐに仕度して。出発よ」
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流石に二度目の馬車となると話す事もなく、
リゼルが髪を短く纏めた以外特に変わった事もないままフラムベリーに到着した。
ゴレゴンが漁業で栄える街ならフラムベリーは貿易で栄えた街であり、
ほぼ毎日の様に他国から来た船が往来している。
停泊している船も国際色豊かで、掲げる国旗にはグリフォンやライオン、ユニコーンなど動物が描かれている物や
曲線や直線が複雑に絡み合った奇妙な図形の物、シンプルに二色以上の縞模様の物など多岐にわたる。
「ホントにデカいなぁここの港…」
「漁港と違って大型客船が何隻も来る所だからね。ほら…」
リゼルは停泊している客船の内の一隻を指さし、
「あれが私達の乗る船よ」
指さす先にあったのは、全長300mはあろう大型客船。
遠目からでも解るそのスケールにコウは言葉を失った。
「あ・・・あれに乗るのか?」
「えぇそうよ。シャオハーンとフラムベリーを結ぶ数少ない客船『ブルームーン号』。
それと、私が『良い』と言うまでお互い本名では呼ばない事。
今から私の事は『ルーシー』って呼びなさい。私も貴方の事は『エディ』って呼ぶから」
ここで本名を明かさず偽名で呼び合う様にするのは、何処に潜んでいるとも知らない敵対者の存在を警戒しての事だろう。
コウは内心自分をそう納得させ、リゼルに従う事にした。
「解った。リ…じゃないルーシー」
「そうかしこまる必要は無いわよ。道のりはまだまだ長いんだから。はいパスポート」
リゼルから手渡されたパスポートを受け取ると表紙を開き中を確認してみる。
いつ撮ったかも解らぬ間抜け面の顔写真にもっと良いのは無かったのかとやや苦笑。
名前の欄に目を通すとそこには本名の小妻光ではなくエドワード・パラスーンの名が刻まれている。
「ホントはちゃんとした事書かないとなんだけど、仕事の都合上書く事が出来なくって…」
「謝んなくて良いよ。必要な事だったんだから」
「…それもそうか。じゃ早く乗り込みましょ」
そう言うとリゼルはコウ共々手早く乗船手続きを済ませブルームーン号に乗り込んだ。
このまま船が出航すれば36時間は港には泊まらない。
コウは自分たちの客室に荷物を下ろすと倒れるようにベッドに飛び込んだ。
やるべき事は少なくないだろう。気になる事も多々あろう。
だがコウは長旅で疲労困憊の身。
やるべきも気になるも、まずは体を休めてからにしよう。
心配そうな視線を向けるリゼルを尻目に、コウは深い眠りについた。
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