第九十三話「それびれの迷い、それぞれの後悔」
ルトヴァーニャを離れたコウ達の姿は郊外の平原にあった。
女王と騎士団とここで合流する事になっている為だ。
「この場所…」
「コウさん、ここがどうかしたんですか?
何の変哲もない原っぱの筈ですけど…」
「あぁ、いや、何でもない………」
コウがこの世界に、アーサレナに転生して最初に降り立ったのが今立っているこの平原であった。
ここで野盗に絡まれ、刺されて昏倒していた所をリゼルとマスター・リドに介抱された。
つい数か月ほどしか経っていないのにもう何年も前の話のように感じられる。
あの時と比べ自分は見違えるほど強くなった。
あの時の野盗と遭ったとしても彼らを倒すどころかむしろ彼らが襲ってくる事は無いだろう。
だが今はいつも傍にいたリゼルがいない。
コウにとって、それが一番辛かった。
そんな折、蹄の音が幾つも折り重なって響き渡ってきた。
蹄の音は徐々に近づいてくる。
騎士団の騎馬だ。
「みんな無事か?」
馬に跨るカイルがコウ達の身を案じるが、
「無事…?この状況を見て本当にそんな事が言えるのか?」
「?コウ…」
「リゼルが裏切った時お前らは何処で何をしていたんだよ!!
人っ子一人守らないで何が騎士だ!何が騎士団だ!!」
コウの一言にさしものカイル達も表情を曇らせ、
「…本当なのか?」
「本当です。敵の転生者の異能によって姉さんは…リゼル王女は洗脳され、敵の側に…。
そしてその転生者の名は…正嗣。コウさんのかつての友だった男です」
「ッ!?なんと残酷な運命か………!!友人と敵対するばかりかリゼル様まで……」
「それだけじゃないです…」
コウ達の間を割って歩み出る小さな影。
意識を取り戻したシャインとシャッテだ。
「デストラ軍の襲撃により騎士団のみならず非戦闘員や民間人にも被害が及んでいます。」
「私達の母、モアザ・バルバも……」
「そうか…さぞ辛かったろう……」
感傷に浸るカイルを余所に同行していたミハイルが不愛想に前に歩み出る。
「辛い辛いって言ってるけど、そんなんであんた達戦えんの?」
「おいミハイル!」
諫めるスタンを物ともせずミハイルはコウに詰め寄ると、彼の襟首を乱暴に掴み、持ち上げる。
「グッ!!?」
「お前言ったよな?お前のダチとリゼル様が敵に回ったって。
2人ともいつか必ずお前の前にまた現れるぞ。敵として!
そうなった時お前は戦えるのか?」
闇の力が怒りや憎しみと言った「負」の感情から来る物だとしたら、何の躊躇もなくできると答えられただろう。
だが違った。
コウは迷っていた。
今ある負の感情をそのままリゼルや正嗣にぶつけるべきなのか、それとも憎しみを捨て去った上で挑むべきなのか。
感情のまま戦えば気分は晴れるかもしれない。
だがそうしたら自分は永遠に後悔し続ける様な、そんな気がしていた。
「解らない…。また二人に逢った時自分がどうなるかも、自分がどうしたくてどうすれば良いのかも…」
「…随分ふざけた回答だな。天下の勇者様が聞いて呆れるぜ」
「そう言うあんたは!俺と同じ状況になったら戦えんのかよ!!?」
「戦える。リゼル様は洗脳されただけかも知れないが、俺の場合友だった騎士は自分の意志で騎士団を裏切った。
だから戦う。憎いとか許せないとかじゃなく、ルトヴァーニャの敵になったから…。」
「…私情を仕事に持ち込まない自分カッコいいとでも言って欲しいのか?」
「少なくとも何をすべきか解らないとウジウジしてる馬鹿勇者よりはマシだろ」
「テメェ!!」
自身に向けられた嘲笑の言葉に思わずコウは声を荒げミハイルの襟首をつかみ返す。
そんな時、
「おやめなさい!!」
凛とした女性の声にミハイルは思わずコウを掴む手を離し声のした方へ向き直った。
ミハイルだけじゃない、カイルにスタン、その場に居合わせた騎士たちは皆声のした方を向き片膝をついている。
コウが声のした方へ眼を向けると、純白のドレスに身を包んだ見るからに高い位女性が近づいてきていた。
周囲をよく見たらシドもツバキもエルも、シャインにシャッテさえも片膝をつき頭を垂れていた。
自分だけ無礼を働くわけにはいかず、コウも皆と同じように片膝をつく。
「騎士同士の諍いは言語道断!増してやこの危機的状況下で行うなど!!」
「も、申し訳ありません女王陛下。この者があまりに不甲斐ない事を言い出す物で…」
「言い訳は無用。事を起こした方が問題なのですから」
「いえ良いんです女王様!元はと言えば、俺に問題があったんですから…」
「……あまり、自分を責めないようにして下さい。娘を…リゼルを失い悲しんでいられるのは貴方だけではありませんし、
この場にいる誰が悪い訳でもありません。全ての原因はあの男にある…。」
「アルバス・ロア………」
「して母上。これから如何なされるのですか?」
「そうですね…カイル、状況は?」
「現在兵力の5割ほどを損失し、連絡の取れない者も少なくありません。
だが何より問題なのが、家を離れ避難せざるを得なくなった者たちです。
その数は解っているだけでも25万世帯に及びます」
25万。
その驚異的な数値にコウもエルもツバキも驚愕せざるを得なかった。
しかも25万人ではなく25万世帯と言う事は、目視する分にはもっと頭数が多い。
「25万世帯…そんなに避難民が?」
「25万人犠牲になるのに比べればまだマシと言えます。ですが25万世帯と言う数を連れ流浪の旅に出るのは得策とは言えません。」
女王の言うとおりだった。
25万世帯と言うあまりに多い避難民はあまりに目立ちすぎる。
デストラが非戦闘員をその凶刃にかけないとも限らない以上あまり人目に付く様な真似は避けたい。
それに何処へ行くともしれない長旅は避難民に今以上のストレスを与えかねない。
どこかに預けられたりはしないものか…。
「…ここから南西に行きましょう」
「南西?南西って確か…」
「森だ。村一つが丸ごと入る大きさの森がある。だが…」
「我々はこれから森の奥地にあるエルマの里へ向かい、長に避難民を預かってくれるよう交渉に向かいます。」
「お言葉ですが女王陛下。今更エルマがルトヴァーニャに、いや人間に協力的になるとはとても思えません。
ハッキリ言って無駄骨かと…」
「ですがルトヴァーニャの民にいつ終わるとも解らない流浪の旅を強いるよりはマシでしょう。
たとえ僅かでも望みがあるならそれに賭けましょう。勇者様達も、ご同行願えますか?」
「…何かあってからじゃ遅いからな。行ってやるとしよう。
エルマの長の面も、拝んでおきたいし」
言いながら、コウは前にリゼルが話していたエルマの事を思い出していた。
人の首を刈って放り投げるような一族なら、最悪の事態に備えねば。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
デストラに戻るや正嗣は怒り肩、大股で大統領府の廊下を闊歩していた。
道行く者に何があったか尋ねられてもただ「うるさい」と返すばかり。
やがて執務室前にたどり着くと立ちはだかる扉を乱暴に開け放つ。
「随分荒っぽいじゃないか。マナーぐらい弁えたまえ」
執務椅子に悠然と座るアルバスの忠告を無視し、正嗣は大股でアルバスに近づくと執務机を荒々しく叩き、
「やれと言われた事はちゃんとやったぞ。約束だ、俺の記憶を戻してもらおうか」
「…何か勘違いをしている様だな」
「なに?」
「私は君の記憶を取り戻す手伝いをするとは言った…。だがそれだけだ。
私自身に記憶をどうこうする力は無い。
まさか君は、闇の魔法なら自分の記憶もどうこうできると淡い期待でもしていたのかい?」
じりと迫るアルバスの眼は嗤っていた。
そして正嗣は悟った。
この男は自分の記憶には一切興味がない。
正嗣が記憶喪失かどうかなどどうだっていい。
この男にとって重要なのは能力の優劣だけで人格や素性などは二の次三の次なのだ。
「騙していたのか…。最初にあった時からずっと……」
「昔からよく言うだろう。騙される方が悪いんだって」
「いかにも悪党が使いそうなセリフだな。」
「私を悪と思っているのならそれは違う。悪とは敗者の事。善とは勝者の事だ。
如何に正当な大義名分を掲げようとも、敗北した瞬間それらは全て俗悪となる。
かつての私の祖国も、ベトナムと言うちっぽけな国での戦いに加わり、負けて悪となった。」
「…そう言うお前は善だとでも言うのか?」
「それを決めるのは私でも君でもない。後世に語り継がれる『歴史』だ。
要件は済んだか?なら早々に立ち去れ。」
正嗣はアルバスを殴りたい衝動にかられたが、やめた。
返り討ちに遭うのが目に見えていたし、こんな奴は殴る価値すら無いだろうと考えたからだ。
正嗣は踵を返し、執務室を後にする。
廊下に出るとその中央に立ち尽くす少女の姿があった。
リゼルだ。しかしその眼に生気は無く、無表情のまま微動だにしない様はさながら人形の様だ。
「…何しに来た。まさか俺を慰めに来た、とか言うつもりじゃないよな?」
何も答えないリゼル。
「今はむしろ笑って欲しい気分だ。奴の闇の深さを見抜けなかった間抜けな奴と…」
何も答えないリゼル。
「…何とか言えよ!!」
リゼルの両肩を乱暴につかみ壁に押し付ける正嗣。
しかしリゼルは泣くどころか痛がる素振りすら見せない。依然無表情のままだ。
「何でだよ…何で泣きも笑いもしなくなってんだよ…!ルプスの時はこうはならなかったぞ!」
「マサツグ…様?」
正嗣が振り返るとそこには不安げな表情を浮かべるレミーの姿があった。
「どうかなされましたか?」
「…アルバスに騙されていた。あの男は、最初から俺の記憶になんて興味がなかったんだ…。
アルバスにとって重要なのは転生者の持つ『異能』の優劣であって素性や人格なんてのはどうだって良い。
そう思ってるからクドーみたいな人間のクズでも躊躇せずに仲間に引き入れるんだ…!」
「つまり、彼にとって仲間と言う概念はなく、ただ利用するだけの道具でしかないと。
そう言いたいんですね」
「それの何が悪い。まさかお前、アルバスの肩を持つ気じゃ無いだろうな」
「それは違います。むしろ、アルバス・ロアは危険だと判断しています」
「そうか…どちらにしろ、記憶を取り戻す手がかりが無いと解った以上もうエタニティにいる意味もない」
「と言うと?」
「俺は…エタニティをぶっ潰す」
正嗣は両手の拳を握りながらそう言った。
その双眸には、今まで自分を利用し続けていた男、アルバスへの激しい怒りの炎が燃え盛っていた。




