第九十一話「闇の胎動」
「随分と外が騒がしいようだが…」
国王が外の方を見やり呟いた。
アルバスと交戦し始めて既に一時間。
カイルは既に王妃を逃がす為玉座の間を後にし、いるのは既に国王とアルバスの二人のみ。
息が荒くなり始めた国王に対しアルバスは未だ余裕のある表情を見せている。
リゼル達は果たして戻ってこれただろうか。
戻ってこれたとして敵にやられたりしていないだろうか。
不安ばかりが国王の脳裏をよぎっていた。
「それは先ほどからずっとでしょう。静かに繰り広げられる喧噪などありえません」
「より一層激しさを増したと言っているのだよ。
先ほどからずっと揺れが続いているのに気づかぬか?」
「気づいてはいますよ。だがそれもじき終わる…。あなた方の敗北によって」
「解った風な事を!」
嘲笑交じりに勝ち誇るアルバスに声を荒げる国王。
しかし外の状況が把握できない以上これ以上時間をかけていられないのもまた事実。
一気に勝負に出るしかない。
国王は両手で剣を構えなおし、剣先に意識を集中させた。
刃を覆う様に炎が燃え盛る。
「ほぅ…?」
「秘剣!業火絢ら」
国王が炎を纏った剣を振るい、必殺の一撃を放とうとする。
が、その一撃が振るわれる事はなかった。
何故なら………
「ぐっ…!?」
国王の背中に剣が突き立てられ、腹を貫通し血濡れの刃が顔を覗かせていた。
国王が振り向くと、そこにはかつてのルトヴァーニャの騎士であり、今やルトヴァーニャの敵となり果てた者の姿。
その者の名は…ジュリア・O・カーター。
「ハ…ハハハ……ハハハハハハハハハハハ!!やったぁ!やったぞ!!敵の大将を討ち取った!!ようやく戦果をあげる事が出来たんだ!!!!
これでアルバス様も私を認めになって」
国王の背中から剣を引き抜き笑うジュリアにアルバスが近寄ると、
アルバスはジュリアの顔を思い切り殴り飛ばした。
ジュリアはタイルの上をワンバウンドし、2マルト程転げまわって停止した。
ジュリアが何故?と言いたげな表情を浮かべながら状態を起こすと、アルバスはその胸ぐらを掴み、
「誰が助力を頼んだ?力を貸せと誰が言った?誰が助けてくれと言った?」
「あ…あ…?」
「俺は王の技に耐える自信があった。耐えた上で倒す気でいた。
それなのにお前は空気も読まず横槍を入れた。
何なんだお前は?なんで俺の邪魔をしようとする?
お前は敵のスパイか何かか?」
「そんな…私はただ、アルバス様のお力になりたいと…」
「本当に俺の力になりたいと思うなら、もうこれ以上何もするな」
そう言ってアルバスはジュリアを乱暴に突き飛ばす。
自分の事を「私」ではなく「俺」と称している事から相当頭にきているのだろう。
アルバスは立ち上がり踵を返すと、
「目的は果たした。正嗣の所へ向かうとしよう」
「わ、私は!?」
「お前はもう帰れ。お前がやる事はもう何も残っていない」
冷たく言い放ち玉座の間を後にする。
「う…うぅ……!」
突っ伏した国王は最後の力を振り絞ってなんとか顔を上げる。
腹部と背中からは既に夥しい量の血が流れ出している。
もはや国王に再び立ち上がる力は残されていなかった。
「リ…ゼル………!シド……!お前…たちが………」
その先が言葉になる事はなく、国王は、誰にも看取られる事なく息を引き取った。
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小妻コウは立ち尽くしていた。
泣きもせず叫びもせず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
かつての友が敵として自分の前に現れ、その共に敗け、
そして最も信頼する仲間をその友に奪われた…。
あまりにショッキングな事が立て続けに起きすぎた。
呆然自失も止む無しと言えよう。
それまで快晴だった空が分厚い暗雲に覆われ、大粒の雨が降り始める。
まるでコウの心情を表しているかのようだ。
「予想よりも呆気なかったが、これで目的はひとまず達せられた。
もうお前らに用事はないよ。」
コウは何も答えなかった。
ただ虚ろな目を空に向けるばかり。
コウの代わりにシドが前に出て、
「目的って一対なんなんですか!?姉さんを操る事と何か関係あるんですか!!?
それとも…それ自体が目的なんですか…?」
何も答えない正嗣。
「我々の目的は当面の障害であったルトヴァーニャの打倒よ。
特に、既存の指揮系統から逸脱し、神出鬼没にこちらの盤面を荒らしまわるお前たち…
リゼル騎士団の無力化は急務であった………。」
そう言いながらコウ達のもとに現れたのはアルバスだった。
依然立ち尽くすコウを庇う様にツバキ、エル、シドがコウとアルバスの間に割って入る。
「アルバス!!」
「やめておけ。もうお前たちに用はないし、だいたい今のお前たちでは絶対に私には勝てない」
「そっちに無くとも僕達にはある!!今すぐ姉さんを返せ!!」
「私に言ったところでどうにもならん。文句ならリゼル・ミァン・ルトヴァーニャの今の主となった正嗣に言え」
「言い逃れを!!!!」
ツバキが怒鳴り、抜刀しながらアルバスに飛び掛かる。
だがアルバスはそれを眉一つ顰める事無く左腕で受け流し、右手の手刀でツバキをはたき落した。
「グッ!!」
「これで、少しは思い知ってくれたか?身の程と言うものを」
ツバキをあっさりといなしあざ笑うような視線を向けるアルバスにシドとエルは何もできなかった。
予想を遥かに覆すアルバスの力とそれに対して何もできない己の無力さにシドは膝から崩れ落ち項垂れる。
「どうして…!なんで僕は転生者じゃないんだ……!なんでみんなが大変な時に何もできないんだ……!
なんで………!!」
「悔しいか?己の非力さが恨めしいかシド王子?ついでに一つ良い事を教えてやろう。
君の父上、ルトヴァーニャ国王は死んだよ」
「!?…う、嘘だ…。僕を動揺させるため嘘をついているに決まっている……!!」
「嘘だと思うなら城の方に行ってみればいい。王様の刺殺体が無造作に転がっているだろうから」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」
降りしきる雨の中、シドの叫び声のみが木霊していた。
だが現実は、シド達に絶望に打ちひしがれる暇を与えてはくれなかった。
「おぅおぅおぅ、誰かと思いきや噂の勇者様じゃねぇか?」
「ぼんやり立ち尽くしてどうかしたかぁ?彼女に逃げられたかぁ~?」
「お~かわいそ。そんなに寂しいなら俺たちが遊んでやろうかぁ?うひっひっひっひ」
依然立ち尽くすコウをデストラ兵が取り囲んでいた。
コウが無抵抗なのを良い事に歯茎をむき出しにして煽り、嗤う。
「あいつ等…!」
コウを挑発するデストラ兵を追い払おうとエルは一歩前に出るが、すぐに踏みとどまった。
一瞬コウの身体がビクリと反芻したように見えたからだ。
本来ならコウの再起を喜ぶべきところだろうが、エルはむしろ不安を感じていた。
とてつもなく恐ろしい事が起きるのでは無いかと言う不安を……。
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コウの意識は闇の中にあった。
友人と最愛の人、その両方に裏切られたショックは計り知れないものがあった。
なぜこんな事に?なぜこんな事を?
考えても答えは出ず、ただ自己嫌悪に陥るばかり。
その時だった。
理由などどうでもいい。奴らはお前を裏切った。
突然何処かから声が聞こえた。
他の誰かではない。コウ自身の声だ。
「…お前はなんだ?」
コウは声の主が何処にいるのか確かめるべく周囲を見渡すが、何処にもそれらしき姿はない。
「俺はここだ。」
ここ。と言われコウは正面を見やる。
すると突如水しぶきが上がり、しぶきはやがて長方形の鏡の姿を成す。
そこに映し出されたのは…他でもないコウ自身。
コウは恐る恐る鏡に近づき、触れてみる。
鏡の中のコウも全く同じ動きで鏡の前のコウの右手に触れ、そしてニヤリと笑った。
「…どういう事か解ったかな?」
「俺の…別人格とでも言うのか」
「随分と察しが良いなぁ。お前、いや俺の力の無さ故にお前の大切なものはお前を見捨てたんだ。」
「違う!全ては奴の…アルバスの仕組んだこと。憎むべきは…」
「だがお前の力が足りていなかったのも事実だ。お前がもっと強ければ正嗣に負ける事もリゼルが裏切る事もなかった。」
「……お前ならこんな結果にはならなかったと?」
「そうだ。今までの貴様に出来なかった事が俺にはできる。
デストラの大地を焼き尽くしエタニティと言う悪鬼羅刹どもを根絶やしにする事も俺には容易い」
「根絶やしって…確かに連中のしてきた事は許せんさ。だがそこまでしたいとは…」
「甘いな。奴らには会心の余地があるから見逃せとでも?交渉の場を用意している間に奴らは人を殺す。
どちらが先に殺すかなんだよ結局は」
「どちらが…先に………?」
「もしお前が今まで以上の力を欲するのなら、憎め!怨め!怒れ!!
その怒りと憎しみと怨みこそが、お前を更なる高みへと誘うだろう!!」
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コウが無抵抗と知るやデストラ兵たちは嗤いながらコウを殴り、蹴る。
「ハハハハハ!これが噂の勇者様か!?まるで木偶人形だな!」
「お前が死んだら俺たちが代わりに勇者になってやるから安心しな!!」
デストラ兵の一人がトドメと言わんばかりに右ストレートを放つ。
だが、コウの左手が目にも止まらぬ速さで動きデストラ兵の右拳を受け止める。
「!なに!?」
コウは右拳を掴む力を強め、そして、握りつぶす!!
「!?うああああああああ!!いてぇ!いてぇよぉぉぉ!!!!」
「な、なんだこいつ…ふ、復活しやがった!!?」
血まみれになった左手を開きぐしゃぐしゃになったデストラ兵の右手を放すコウ。
その眼は深い闇の色に染まっていた。




