第一夜ト第二夜ノ狭間 事務所の存在
我らのような不特定生物の多くは『事務所』と呼ばれる職場にいる。そうでなければ、国や自治体に消されるからだ。存在を守りたいがためにどこかの事務所に就く。これ当たり前。
その多くが、野生化から転職と言えるのかどうかは知らないが、職業として事務所に就くため、管理系の職業に就くことは少ない。
では、どういう職業に就くのか?
先に述べた通り、管理系の職業以外にも職業があるのだ。
その職業の多くは、依頼現場へ直接行き依頼内容を達成する、いわゆる外回り役。これを通称『彷徨い』と呼ぶ。簡単に言えば野蛮な職業だ。
具体的に言えば私のように、外に出て何かを狩るという職業。『彷徨い』は野生化から職業化した生物にとって、簡単であり危険な職業。一長一短な職業。
しかしながら、その職業が不得意な奴らがいるんですな。不特定生物にも様々な奴がいますからな。
「さて、チェシャ猫よ。お前これからどうするつもりだ」
白兎が、ぐったり疲れた『猫』に話しかけていた。猫は、赤く燃えるような瞳と青く冷徹さを持つ瞳で白兎をにらみつける。話をする気分じゃないようだ。というか、憎しみなのか俺に対してさきほどから『にらみつける』しかしてない。
「なんかしゃべってくれませんか?」
「別に・・・あんたのシリアスな顔を見てたら気分下がっただけよ。これからねぇ。国でも自治体でも連れて行けば? 住み着いて人を殺した事実が覆るはずないし。第一、もうここに要る理由もないし」
「なら連れていく」
「へ?」
猫の白兎に対する目がその言葉を聞いて変化する。赤い瞳は希望を宿し、青い瞳は透き通った瞳に。そのことに、気づいたのか気づかないのか白兎はそのまま言葉をつなげる。
「お前を連れていく。私の事務所、人少ないので来てもらえると、いえ、来てください」
白兎のしゃべり口調はいつもの他人との会話を進める感じに変化していった。
「とにかく連れていく。『彷徨い』の仕事には勧誘もあるのさ」
『彷徨い』の仕事は獲物を狩ることだけじゃありません。帽子を売るだとか、勧誘するとか、帽子を売るとか、または帽子を売るとか・・・資金を集めることも仕事ですが・・・。
『勧誘』というのはすばらしいことで。それ一つするだけで褒め称えられ、事務所内での地位が格段と上がることもあるものです。それを狙って世界に勧誘活動に励んで旅してる人もいますがな。それは、目的を見失っているともいえるのら。
・・・しまった。我慢してたのに癖が出てしまった。我慢してたのに・・・。
まぁ、それは置いといて。
『彷徨い』の仕事と対になる仕事が、その不得意な奴が勤める仕事。その仕事は、情報を管理することに秀でた能力が必要とされる。
その名を『留まり』と呼ばれる。
留まりの名を持つ者は、依頼により舞い込んできた情報をまとめ、整理する。その整理により、数百万の情報を瞬時に探し瞬時に相手に出すなど、機能面で効率が増す。
故に、絶対に必要とされる者だ。
留まりになるためには、事務所で正式な登録をするだけだ。何にも難しいことはない。故に、誰でもなれる。だがならない。
なぜかというと、本当になぜかというと、先ほども述べたが・・・。
「う!?」
「この情報の管理を頼めますかな?」
「無理です」
白兎は、右手でふわふわと白い柱を支えている。その白い柱は、実は依頼書の束。数百万に上る依頼書は、どこに収納するということができるはずもなく、そうすれば部屋の中にただ無造作におかれるということしかできなかった。
ふわふわと何かの力で依頼書の束と呼ばれる白い柱を浮かしている白兎を目の前に、猫はソファに座る。ふわっとした感触が良かったのか、ソファを何度も見つめなおしていたが・・・。
猫の口が開く。
「絶対に無理です。私ってさぁ、活発な女の子じゃん? 外で騒ぐ総長じゃん? 完全にバイク乗りこなすじゃん?」
「それは暴走族だ」
「とにかく家でうじうじは無理なのよ」
「・・・なぁ、猫」
「んにゃ?」
話が終わったと感じ、そのままソファに横になろうとしたところを、白兎の言葉が寸止めする。猫は、ほほを膨らまし精一杯『怒り』を表現していた。
「お前、アリスの体どうするつもりだ」
「にょ?」
「ずっと、とり憑いてるが何か? テヒヒ。何か問題でも? テヒヒ」
「お前は霊か。その特殊能力もいずれか消える。特殊能力最大限放出は己の存在意義を賭ける。簡単に言うと、お前死ぬぞ」
「へ?」
「とにかくさっさとアリスから離れろ」
白兎の手が猫の頭を鷲掴みにする。ぎりぎりとまるで本気で握りつぶすかのように猫の頭をつかんでいた。掴れる方にとっては、強烈な痛みを伴う。それ故に、それを外そうとする。猫は両手で白兎の手を握る。
「電撃放出」
「ギャァァァァァ!!!!」
猫の声と思われる叫び声が部屋に響き渡る。強烈な叫びは、家具のガラスを問答無用に振動させ、テーブルをも地震が来たかのように震えさせた。
またか。白兎の思いはただそれだけだった。
冷静になってから(近距離で大声を聞いて恐ろしいほど耳が痛かったので、冷静になれなかった)、目の前の猫だったものを確認する。
ちょっと身長が縮んだ? いやいや、これが本来の姿。
目の前のアリスは目が白目で、まぁ簡単に言えば放心状態だった。
ちなみに事務所の管理系職業は人間でもできるのだ。