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チョコよりも甘く溶ける【cacao21%】@しきみ彰

cacao21%。それは、チョコレートなどよりも病みつきになる恋の味。

『一年! 一年でいいんです! 俺と付き合ってくれませんか!?』


 そう言い、深々と頭を下げてきたのは、サークルの後輩・宮下悠人みやしたゆうとだった。


 それを見て、鹿嶋玲香かしまれいかは困った顔をする。

 そして、とある条件付きでオッケーを出したのだ。


 それはバレンタインの日のことで。

 それが、すべての始まりだった。



 ***



「ねえ、玲香」

「ん、何? みっちー」

「いや、あんたの彼氏さ……すっごいなーと思って」

「……ああ。悠人くんのこと? ほんと、すごいよね。あんな無茶振りな条件飲んでくれるなんて、思ってもみなかった」


 時は二月。

 この頃にはもう大学も春休みになり、自由な時間が増える。

 そんな中玲香は、小学校の頃からの親友で、大学の同級生でもあるみちると、自宅でダラダラしていた。

 話題は、玲香の彼氏のことである。


「でもさーそろそろ一年経つんでしょ? その間に一回たりとも約束破ったことないって、ほんとすごいと思うよ?」

「うん。すごいと思う」

「……宮下くんは、違うと思うよ、玲香」

「……うん」


 玲香は、みちるの言葉に曖昧な笑みを浮かべた。みちるは、玲香の身に起きたことを知っているのだ。ゆえに、彼女の身を案じてくれている。大学も一緒のところに入ってくれたのは、そんな玲香を心配してのことなのだから。


 玲香は軽い男性恐怖症だ。

 男性恐怖症に陥ったのは、中学時に起きたことがきっかけである。

 その頃から顔が良くモテた彼女はあるとき、とある男子生徒に告白された。その彼は学校でも人気の高い先輩だったが、玲香は部活動に専念したいと言う理由から断ったのである。そのとき先輩は逆上し、玲香は階段から転げ落ちた。踊り場という場所も悪かったのだろう。軽く肩をつかまれ逃れようとしたら、後ろが階段だったのである。


 幸い軽傷で済んだが、それ以来玲香は男性が苦手になってしまった。ゆえに中学の途中から女子校に転校し、高校時代もその付属高校に入学したのである。


 しかし玲香としても、いつまでも逃げているわけにはいかないということは重々分かっていた。

 ただ男性を見ると、どうにも首の辺りがきゅっと締め付けられ、息が苦しくなるのだ。あの日掴まれた肩が、じんわりと熱を帯びる。


 玲香はそんな自分を変えたいと思い、大学は共学のところを選んだ。

 なのだが。


 大学に行ったら行ったで告白され続け、正直うんざりしていた。


(この顔が悪いのかなほんと……)


 そうげんなりするくらいには、あっちこっちで告白される。

 それを見かねた友人が牽制してくれたこともあり、最近は落ち着いてきていたが、男性に対する恐怖心はむしろ増すばかりだった。


 そんなときに玲香に告白してきたのは、後輩である悠人だ。

 玲香はそんな彼に、条件つきでオッケーを出した。


 その条件というやつが「絶対に体には触れない」「夜遅くまでかかる外出はしない」「嫌なことをしたら別れる」という、なんとも言えず無茶振りな条件だった。

 高校生ならまだしも、大学生が飲む条件ではあるまい。

 そう思っていたのだが。悠人は満面の笑みで了承したのだ。


 なんとも言えない感情を抱えたまま、玲香は悠人と恋人になったのである。

 はじめのうちは「そんな約束守れるわけない」と思っていた玲香だったが、悠人は決して約束を破らなかった。

 かなりの頻度デートをしたはずなのに、一回たりとも破らなかったったのである。


 そんなことを考えていると、みちるが肘で小突いてきた。


「玲香。玲香的には、宮下くんのことどう思ってるわけ?」

「うーん……かっこいいし、優しいなって思ってる……かな」

「何その煮え切らない感じ」

「あはは……いや、なんかこう、申し訳なくて」


 なんせ、無茶振りな条件を提示したのは玲香だ。それを飲んだのは悠人だが、彼の優しさや明るさに触れていくうちに、だんだんと罪悪感が芽生えてきた。


(事情も話してないのに、こんな女の何が良かったんだろう……)


 やはり、他の面々同様顔だろうか。

 それで一年持つとは思えない。しかし玲香は、自身の良いところが分からないでいた。

 テーブルにだらーんと突っ伏しながら、玲香はぼやく。


「なんで付き合ってくれてるんだろ……」

「なんでって……好きだからじゃないの?」

「……そうなの?」

「そうなのってあんた……」


 みちるはため息を吐きつつ、答える。


「好きじゃなかったら、そんな風に気を使ったりしないでしょ? 宮下くんは玲香に何か事情があるんじゃないかって考えて、そうやって接してくれてるんじゃないの?」

「……多分」

「これからも付き合いたいなら、今度は玲香からアタックしなくちゃ」

「……わたしから?」


 そっか。わたしから行かなきゃ行けないのか。


 いつも受動的にしか行動したことがなかった玲香だが、自分から動かないと行けないとそう思った。なんせ期限はそろそろ。悠人のほうはそれっきりと考えていても、おかしくないのだから。

 玲香はそう考え、頷く。


「バレンタインのときにデートするから、そのときに告白する……」

「お、マジか! 朗報待ってるよ!」

「うん。ありがと、みっちー」


 そう笑い、玲香はどうしたものかと首をかしげた。



 ***



 バレンタイン。

 大学三年にもなると恋人でもいない限り参加しなくなる。なんせすでに春休みに入っているのだ。

 ゆえに玲香は、バレンタインに何を贈ろうか考えた。


 とは言ったものの、玲香は料理が得意ではない。なので別のものにしようと考えた。


(マフラーとかどうかしら……寒がりみたいだし)


 そう。寒がりなのだ。いつもマフラーと手袋をしている。

 そう考え、なかなかの良案なのではないかと思った。


 そうと決まれば、あったかいマフラーを選ばねばなるまい。


 玲香はドキドキしながらみちるに相談し、あったかそうなマフラーを購入する。男物のお店に入るのは初めてだったので、緊張した。


 そこで気づく。


(でも……前より全然、外に出るの平気になってきてる)


 付き合う前は、みちると一緒にいても男性の視線が気になり、固まってしまうことがあったのだ。

 しかし悠人はことあるごとにデートをしてくれた。そうしているうちに、周囲がさほど自分を気にしていないことに気づいたのである。


 時々絡まれたりもするが、そのときは必ず悠人が守ってくれた。その姿を見るたびに、胸がときめいたものである。


(もしかしてこれが、好きっていう感情なのかな?)


 自覚して、初めて気づいた。男性に対して恐怖心しか持っていなかったから、自分の感情を判断する指標が失われていたのである。

 一年経ってようやく自覚するなんて、中学生以下だ。いや、中学生だって、もっとマシな恋愛をしているはず。


(穴があったら埋まりたい……!)


 その前に、まず謝罪と説明だ。玲香はマフラーの包みを抱え、バレンタインを待った。



 ***



 デートの日は、なんだかんだ言ってやってきた。

 駅で待ち合わせをしていた玲香は、悠人の姿を見つけ頬を緩める。


(相変わらず、来るの早いな……)


 コートのポケットに手を入れて、首をすくめている姿が可愛かった。

 茶けた髪は、染めたわけではなく地毛らしい。水泳部だったので、塩素で色素が抜けたのだと言っていた。


 普段ならばすぐそばに行くのに、今回はちょっと見ていたくて立ち止まっていると、悠人のほうが玲香に気づいた。


「玲香さーん!」


 大きく手を振って近づいて来る姿は、まるでわんこ。しかも大型犬だ。ゴールデンレトリバーに見えてくる。

 そんな姿にくすりと笑いながら、玲香は手を振り返した。


「おはよう、悠人くん。待たせちゃってごめんね?」

「いやいや! 俺が早く来すぎただけなので!」


 いつもと同じやり取りを経て、玲香たちは駅のホームに入った。

 行くのは、美術館だ。最近話題の作品を観に行こうということになったのである。麗華が騒がしい場所が苦手だというのも考慮したのだろう。バレンタインはとにかく、カップルが多いのだから。


 チケットの予約は悠人が済ませておいてくれたので、玲香はチケット代を支払うのみ。


 そんなことを思いながら電車に乗ろうとしたら、かなり混み合った電車にぶつかってしまった。


「わー。さすがバレンタイン……玲香さん、満員電車は苦手ですよね?」

「う、うん……でも、これ乗らないとだいぶ遅くなっちゃうし。この駅急行停まらないから……」


 そう言い電車に乗ると、悠人は周囲から玲香を隠すような位置に立ってくれた。できる限りスペースを空けようとしてくれているのが分かり、頬が緩む。


(優しいなほんと……)


 この優しさに一年間も甘えていたのだから、笑えない話だ。一年あれば、他に彼女も作れたであろうに。


 苦笑しながら、玲香はカバンを抱きしめた。

 お別れの意味の贈り物でもいいかもしれない、と。そう思いながら。


 それからほどなくして電車が止まり、降りる駅になる。

 駅から美術館までは徒歩だ。


 徒歩の際、悠人は玲香から腕一本分の距離を置いてくれる。そう。約束通りに。

 それがなんだか悲しくて、自分が言ったことなのに困惑した。


 それから見た美術館も、たいして楽しくなく。

 食べたご飯も美味しかったはずなのに、味気なく感じた。


 それもすべて、これから起こるであろう別れのせいだ。

 自分が招いたことだというのに、情けない。


 気分がだんだんと落ち込んでいく玲香は、日が暮れる前にすべてを終わらせようと決意した。


 ゆえに、カラオケをやろうと言ったのだ。

 カラオケルームなら人もこないし、二人きりで会話ができると考えたのである。


 悠人は不思議そうに首を傾げながらも、麗華の言うことを聞いてくれた。


 カラオケルームに入って注文し、二人揃って座る。

 悠人が「何歌います?」と笑顔で語りかけてきたが、玲香はそれを制した。


「悠人くん、ごめん。少し、話ししていい?」


 定員がドリンクを置きに来た後、玲香はぽつりぽつりと語り始めた。


「まずはじめに……ごめんなさい。今まで。わたし、すごく不誠実な付き合い方して来たと思う」

「え、いや、そんな……言い出して、それを了承したのは俺ですし……」

「だとしても……理由を言わなかったのは、ほんとダメだったと思う」


 玲香はそこで一つ息を吐き、言葉を続ける。


「今さら言い訳なんて聞きたくないって思うかもしれないけど……わたしね、中学のとき、告白してきた先輩に階段から突き落とされたの。それから男性が苦手になっちゃって、転校してから高校までは、女子校だったんだ」


 玲香の言葉を、悠人はとても真剣に聞いてくれた。

 それに泣きたくなりながら、玲香はなおも言う。


「でも、このままじゃいけないってそう思ってて。だから、共学の大学に入学したの。でもそこでも、中学時代と何も変わらなくて。だから、断る口実にしようって思ったの。でもそんな口実を悠人くんは受けてくれた。一年間、守ってくれた。それを見て「ああ、こんな人もいるんだ」って思ったんだ。怖い人ばっかじゃ、なかったんだって」


 玲香はそこまで言ってから、カバンを手に取った。そして買っておいたマフラーを取り出し、差し出す。


「これは、それを思い出させてくれた悠人くんに、感謝と謝罪を込めた贈り物。ごめんね、今まで」


 そう言い笑みを浮かべたが、悠人はそれを受け取ろうとはしなかった。

 むしろ真剣な眼差しを玲香に向けてくる。


「……全部、知ってましたよ」

「……え?」

「だって俺、玲香さんと中学校同じでしたもん」


 玲香はそれを聞き、目を丸くした。

 悠人はなおも続ける。


「あの頃から玲香さんが好きで。でも告白できるほど、自分に自信なくて。でも諦められなくて。だから、玲香さんが共学の大学行ったって話を先輩から聞いて、はじめて勉強頑張ったんです」

「……ゆうと、くん……」

「玲香さんと恋人になりたくって。すこしでもいいから男って存在を見直して欲しくて、彼氏になろうと頑張ったんです。だから、玲香さんの嫌がることは絶対にしないって決めてました」


 悠人はそう言い、寂しそうな顔をした。


「俺とのデート、楽しくなかったですか?」

「……それ、は」

「俺の話聞いて、気持ち悪いって思いましたか?」

「…………」

「もしそう思ったなら、俺は潔く別れます。でも少しでも楽しいって思ってくれたなら、答えを聞かせて欲しいんです。俺、まだ玲香さんのこと好きなので」

「悠人くん……」


 ずっと好きだったと言う話を聞いても、気持ち悪いとは思わなかった。

 むしろそんなにも想っていてくれたのかと、驚いた。こんな、なんの取り柄もない自分を。


(しかも、まだ好きって……そんな風に想っていてくれるなんて……)


 玲香にはとてもではないが、真似できそうになかった。

 思わず笑ってしまう。

 そして贈り物の袋からマフラーを取り出し、そっと悠人の首に巻いた。


「これ、悠人くんへの贈り物。……本当は「一年じゃなくて、これからも付き合って欲しい」って言おうと思って、買ったの」

「……え?」

「でも、一年も悠人くんの時間使ってたことに気づいて、言えなくなっちゃった」


 へらりと笑うと、悠人は目を丸くする。

 そんな彼の手に、玲香ははじめて触れた。


(あったかい……)


 それと同時に、よく分からない感情が胸の内側から湧き上がる。

 玲香はその気持ちを抱えたまま、満面の笑みを浮かべた。


「今までずっと、わたしのこと見ていてくれてありがとう。わたしも、悠人くんのことが好きです」


 そう言うや否、悠人は玲香のことを抱き締めた。

 いきなりの出来事に、玲香はビクッと体を震わせる。嫌だったわけじゃない。ただ純粋に、びっくりしたのだ。


「やばい! すごく嬉しいです!!」

「ちょっ、悠人くん!?」

「ずっと片思いだと思ってたから、スゲー嬉しい!!」


 まるで子犬のように喜ぶ悠人を見て、玲香は笑う。そんなに喜んでもらえるとは。

 玲香はふふふ、と声を上げ、笑った。


「悠人くん本当、子犬みたい」

「えへへ。玲香さんに付き従う犬ですよ、俺は〜」

「それだと彼氏じゃなく、忠犬だよ?」

「うーん……それは少し嫌です」

「うん。わたしも嫌かなー。悠人くんは、わたしのはじめての彼氏だからね」


 カラオケルームで抱き締め合う男女とは、なかなかのバカップルだ。そう思う。しかし玲香にとってそれは、特別だった。

 すると悠人が、突然真面目な顔をする。


「その、じゃあ、玲香さん」

「なあに?」

「キスしても、いいですか?」


 それを聞いて、玲香はぽかーんとしてしまった。

 そして気づく。


(そっか……一年も我慢させてたのか、わたし)


 玲香も悠人も、高校生じゃないのだ。大学生だ。大学生とくれば、キスもするし手もつなぐし、それより先だってする。

 さすがにすぐにそこまではいけないが、キスくらいならば良いだろうと玲香は思った。


「いいよ。……わたしのファーストキス、もらってくれる?」


 そう言い、目をつむる。

 すると程なくして、唇が重なるのが分かった。


 同時に、キスの破壊力を悟る。


(背筋がびりびりってする……っ)


 合わさったところから、熱がうつって。それが、なんとも言えず甘く感じるのだ。

 一度離れるのを感じ目を開ければ、悠人の熱っぽい視線と交わる。


「……もう一回だけ、いいですか?」


 それを聞き、玲香は無言で目を閉じた。そして今度は、自分から近づく。


 合わさった唇はなんとも言えず芳しく。

 チョコレートなどよりもよっぽど甘く、玲香の体を満たしていった――

cacao21%にした理由は、苦味もないと甘さに病みつきになったりしないよなーと思ったのと、ヒロインの年齢とを掛け合わせた結果です。別の味を挟むからこそ、止まらなくなるのですよ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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