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佐藤くんの砂糖話【cacao50%】@零零機工斗

「背の高い方の佐藤と相談すれば上手く行く」


 いつからだろうか、そんな噂が流れ出したのは。

 高校に入って最初の冬を終えた辺りだろうか。


 僕としては話を聞いてるだけでも、他の人からすれば有益な何かを得られたのだろう、僕は一つの相談をきっかけにそれを広められ、ちょっとした噂になってしまった。


 目立つのは苦手なのに。



「佐藤くんって良い人だよね」

「えっ?あー、ありがとう」



 よく言われる。

 とは言わずに、僕は口を噤んだ。



 二月の12日、つまりバレンタインデーの二日前。

 放課後、僕はノロマなので帰り支度が遅く、教室から出るのは大抵最後だったりする。

 皆が下校する中それを待つ「依頼人」はよくいる。


 この時期の「依頼人」と言えば相談内容は大体同じだ。



「何の御用かな?」

「その、また佐藤君に相談が.....」

「オッケ、恋愛相談ね」



 僕は慣れた動きでせっせと椅子を動かし始めた。

 二つの椅子が向かい合う様に、前の椅子を180度回す。



「えっなんでわかっ、あっ.....」

「この時期にそんな顔してる人なんて大体それなんだよ、相田さん」



 相田真琴。

 同じクラスで、僕の相談業の常連というか、比較的頻繁に使っている人の一人だ。

 容姿のレベルは素人目の僕から見ても高く、男子の間ではそれなりに人気がある、らしい。

 クラスでは割と男女隔てずに仲良くするタイプだ。



「さ、座って。早速始めようか」

「う、うん....」



 雰囲気も大事なので、両手を組んで口元を隠してみた。

 これでサングラスがあったら完璧だったのに、という戯言は相田さんは恐らく知らないので言わなかった。



「話し始めて、どうぞ」

「佐藤君なんか怖いよ!?」

「冗談だって、好きな時に話していいからね」



 パッと両手を広げてみせて、僕は待った。


 自分の恋愛事情をまだ誰にも話せていない人は言い出すまでに時間がかかる。

 ソースは僕の相談業。


 逆に、一度言わせてしまえばあとは聞いてるだけでどんどん言ってくれるけど。



「え...っとね」

「うん」



 相田さんは恥ずかしそうに、こっちを見れないまま話し出した。



「幼馴染、なんだけどね」

「うん」

「う、うう………」



 相田は何故か顔を手で覆う。

 そんなに羞恥心を覚える様なことなのだろうか、と毎度ながら思った。


 話が進まないので、僕から切り出した。



「知ってますとも」

「えっ!?」

「相談屋を舐めてもらっちゃ困りますよ、人を見る目はあるんですからね」

「そ、そうなんだ...」



 そもそも、普段の相談でよく出てくる人物だ、わからないわけが無い。

 確か名前は――



「白井君だっけ」



 顔を伏せたので恐らく正解だろう。


 白井悠介。

 面識も無いからどういった人柄なのかはよく知らないけど、どういった関係なのは普段見れる光景からよく知っている。


 相手の人柄を知らないというのは相談を受けるにしても難しくなる。

 何せ相手のフィルターを通してでしか知ることができないからだ。

 だけど僕はこの件に関してはあまり心配してない。

 相手が白井なら、彼女が勇気さえ出せば勝ちと思っているのだから。



「さ、続きをどうぞ」

「えっ、あ、続きって言っても、その、バレンタインに本命チョコを上げるべきか否かを迷ってるってだけで......」



 僕は思わずむせ返りそうになった。


 どう見たって君達はもう――


 僕はその言葉を飲み込んだ。



「本命なんじゃないの?」

「そうだけど...私はどうせ親友であって、そういう対象じゃないだろうから、迷惑どころか、関係が壊れちゃうんじゃないかなって......」

「はあ......」



 溜息が出てしまう。

 普段の彼女らを見ているだけに、苛立ちすら覚える様な言葉だった。


「親友と呼べるほど近いのに、そんなことで関係が壊れてしまうのかい?」

「う......」

「そもそも、仲良くなってからお付き合いするのが恋愛の基本だ、既に仲が良いなら何の問題も無いのではないかな?勿論、その距離が定着してしまっていてそれ以降に進みにくい可能性はあるけどね」

「だ、だったらやっぱり」


 何故か、頑なに告白を決断するのが怖いらしい。

 特段珍しいケースではないけど、毎度の事ながらわからない。



「なーんにも変化が無いままよりはマシじゃない?何もしないならずっとこのままだよ」



 何かを言い返す彼女に沸いた苛立ちを胸の奥底に仕舞いこむ。

 変化を恐れる理由がきっと、僕にはわからないだけで、本人はきっとすごく怖いのだろう。



 彼女はその想いを吐き出した。

 好きになったきっかけを。

 言ってしまったらどうなってしまうか、自分の思う最悪のケースの数々を。



 相槌を打ちながら僕は思った。

 何かを失くすというのは、やはり苦しいのだろうか。

 例えそれが物理的なものではなかったとしても。


 相談相手の癖に、それがわからないことはいけないことだろうか。



「つまり君は、変化が怖いんだ」



 だから僕は、ごくごくつまらない結論を切り出した。


 もしも。

 仮にもしも。

 断られたりなんてしたら。

 「いいよ(、、、)なんて言われたら(、、、、、、、、)

 どう変わってしまうの。


 そう叫ぶ何かが見えた。



「それは……」

「そうだよねぇ、本命なんだから、断られるのだけは避けたいよねえ」

「そんなの当たり前じゃない」


 わかっているフリをするのも、いけないことだろうか。

いや、相談を続けるには、これしかないのではないだろうか、などと自答をした。


 3秒の間に、それらの考えを振り払った。



「何にせよ、君が動かない限りは変わらないよ。良い意味でも、悪い意味でも」

「それはわかってるんだけどね……」



 わかっているなら話は早い、なんて簡単な話でもない。

 恐怖を乗り越えて覚悟を決めるのは僕ではない。彼女なのだから。


 彼女の話を聞いて伝えたいと思ったことはそれの一点張りなので、ちょっと方向を変えてみる。



「でもね、断られても、告白したという事実によって意識させる、ってことはできるかもしれないね」



 僕は昔友人から聞いたうろ覚えの話を記憶の隅から引っ張り出した。

 僕が持っていても仕方のない、恋愛策略という奴だ。



「え、どういうこと……?」

「それまで友達としか見れなかった人に告白されることによって、一度断っても認識が変わるのさ。上手く行けば自分は恋愛対象にジョブチェンジだ」



 呆然とした表情の相田。



「そんなことが……」

「勿論、そうならない可能性だってある」


 ここで話を根っこの部分に引き戻す。

 すると再び彼女の目が泳ぎ始めた。


 でも当たり前だ。一度告白したくらいで確実性を上げられるなんて裏技の様なものじゃないか。

 残念ながら、恋愛というのはそんな簡単なものではないのだ。


 でも普通は言わなきゃ始まらないでしょう。


 なんて、僕に言えたことではないけど。



「変化を起こすには、何かしらリスクが必要だ」

「リスク……」

「君がこのままでいいなら、それでいいじゃないか」

「でもそれは――」

「それが嫌なら、変化を待つか、変化を起こすかの二択しかない」



 相田は黙りこんだ。

 目は左右に揺れて、何かを言いかけている口は半開きのまま音を発さない。


 僕はそれをただ見ている。

 何かを決意する様子も無く、迷いだけが映った顔を。


 こうなっては仕方がない。



「今日はもう帰って、じっくり考えて、明日答えを聞こうか」

「うん……ありがとう、ね」

「いえいえ」



 一人で考える時間と言うのはとても大切だ。

 今までの相談においても、回数を分けて間に時間を置くという手は何度か使っている。



「じゃ、また明日ね」

「うん、また明日……」

「あ、最後に一つ。白井君と付き合って、君はどうしたいの?それをちゃんと考えておいで」



 教室をフラフラと歩いて出て行く相田を見届けて、僕は椅子を直して帰り支度を再開した。

 バレンタインも近いことだし、帰りに寄り道してチョコでも買おうか、なんて考えながら。

 うんと甘いものが食べたい気分だった。




***





「あ」

「お?」


 コンビニに寄っていたら、話題の人物と出くわしてしまった。


 ――白井悠介と。


 顔はうろ覚えだったけど、見たらすぐにわかった。



「何だ、佐藤じゃん」

「やあ白井君」



 僕はひらひらと右手を振る。

 もう片方の手は購入予定のチョコレートを握っていた。


 白井君は週刊の漫画を手にしていた。



「なんだそれ、チョコか。誰かに渡すのか?」

「まさか。安売りだからあとでありがたく自分で頂戴するつもりだよ」

「ふーん。確か男から渡すチョコもあるって聞いたから、それかと思ったよ」



 けらけらと笑う白井君の顔は、無邪気に思えた。



「僕からしてみれば女性から渡すっていう決まりがよくわからないけどねえ。好きなら渡せばいいじゃないか、なんて思ったりするんだ」

「あ? あー、そうだなあ。なんだか男女差別っぽいよなあ」



 白井君は何やら考え込む様子を見せた。

 僕はそれを横目に、好きな板チョコレートの購入を済ませた。



「よし、作るか」

「はい?」



 かと思えば、唐突に後ろから僕の肩を掴んでそんなことを言うのだった。



「バレンタインの本命ってさ、手作りってよく聞くじゃん。作ろうぜ!」

「何故それを僕に言う……?」



 両手を合わせて、頭を下げられた。



「頼む!手伝ってほしい!材料は俺が買うから!」

「え、ええ……」



 まあ、甘いものをタダで自分で作って食べることができる、って意味で僕に得はあるけど。

 それより気になるのは、



「なんで僕なの?」

「それは………なんでだろうな?」



 気の抜けた台詞にコケそうになる。



「本当になんとなくだった、すまない。無理なら断ってもらっても構わないから」

「いや、別にいいよ……僕も暇だし」



 「いいよ」と言った瞬間、白井君は目を輝かせた。



「本当かっ!じゃあ、明日の午後5時に俺の家に来てくれ!これ携帯番号な、あとで住所送っから!」



 あれよあれよという間に携帯番号を携帯に入力させられ、彼は急ぎ足で去っていった。

 こうして、男二人によるチョコ作りが約束された。



「白井君は誰に渡すのかねえ……?」



 コンビニを出ながら、ふとその疑問を呟いた。

 ちょっぴり、彼らの行方が気になっている自分がいる。


 齧った板チョコはほどよく甘かった。




***




 バレンタイン前日。

 放課後、僕は帰り支度を半分まで済ませて手を止めた。

 クラスの皆が教室から出たタイミングで立ち上がって、せっせと前の席を180度回す。



「佐藤くん」

「はいはい、何でしょう」



 後ろから声がかかった。

 相手は振り向かずともわかっている。



「さ、座って。答えを聞こうか」



 僕は自分の席に腰を落とした。

 相田さんはおずおずと前の席に座る。


 空気が少し張り詰めた。



「私、最初、考えてもよくわからなかった」

「うん」

「付き合って何するとか、よくわからなかった」



 それはそうだろう。

 何せ、「ただ想いを伝えたい」以外に「自分がどうしたいか」を一切言わなかったのだから。

 付き合いたい、結婚したい、という様な欲望さえあれば違和感はなかったものの。



「私、あの人と一緒にいたいんだなって思った」

「それは友達としてかい?」

「ううん。もっと、一生を共にする感じの」

「わーお、一生とは、重いねえ」



 からかうつもりで、少し笑って言った。

 すると彼女は僕の目を見て言った。



「そう思ったんだもの」



 ああ、そうだ、それを待っていた――

 僕は泳がない目を待っていた。

 彼女には、自分を恐怖で塞ぐよりも、自分の我儘を通してほしかったのだ。



「それでいい。ただ、相手のこともちゃんと考えるんだよ。自分がそうしたいと思うのは良いけど、恋愛っていうのは二人でするものだ。二人の声をちゃんと聞かなくちゃならない」

「うん、自分の声がわかったから、あとはあっちの声を聞いてくるだけだね」

「そういうことだ」



 なんて、偉そうに言ってみる。

 経験は無くとも、幾つもの物語を聞いていればわかることだってある。


 この物語も、クライマックスを迎えようとしている。

 だから僕は、クライマックスまで進めた他ならぬ相田さん自身を、賞賛する。



「応援してるよ」

「ありがと」



 お礼を言った彼女は立ち上がった。

 僕は、昨日とは少し違う彼女を見上げる。



「それじゃあ私は早速本命チョコ作らなくっちゃいけないから」

「もう話はそれでいいのかい」

「うん、ありがとうね」



 彼女は小走りで去っていった。

 想定より早く相談が終わってしまった。


 僕は椅子を元に戻し、帰り支度を済ませる。



「やっぱり気が変わった、なーんてことには、ならないか」



 なんて、笑って呟いた。

 ただの佐藤くんに、クライマックスは来ない。




***




「手作りって言ってもどうすりゃいいんだ?」

「ネットで調べたけど、板チョコ刻んで溶かして自分の好きな形に固めるのを手作りって呼んでるらしい」

「え、カカオとかからじゃないのか」

「流石にそれは素人には無理なんじゃ……」



 男二人は、圧倒的に女子力の足りない会話をしていた。

 白井宅にて、材料も無いのにキッチンに集まって今更な会話をしていたのだ。

 花が無いどころじゃない。

 脳筋会話ですらある。



「とりあえず板チョコ買ってこようぜ」

「ああ、どこで買うの?」

「うーん……スーパーだな」

「事前情報は大事だからとりあえず先に作り方調べとくよ」

「助かる」



 スマホで一通り情報を集めてから、買うもののリストを書き殴って白井君に渡しておく。

 メモを仕舞いこんだ白井君と二人でバタバタと白井宅を出発する。


 外は随分と冷えていた。

 透明な空気が僕らの吐く息で白くなっては透けていく。



「佐藤は誰かに渡すのか?」

「うーん、渡す人いなくなっちゃった」

「そうか……なんか、ごめんな」

「いいのいいの。白井君は?」

「俺は幼馴染に、ちょっとな」



 お互いに前を向いて、歩きながら声を幾つか交わした。

 物語はこちらもクライマックスに差し掛かっている様だ。


 肌寒さから、マフラーに口元を埋める。



「そこは普通誰とか訊くとこじゃねえの?」

「まあだって見てればわからなくはないし」



 お互い頑なに前を向く。

 僕はマフラーで声が小さくならないよう、少し強めに声を出す。



「まじかよ……佐藤が知ってるってことは他の人も知ってるだろうな……」

「どんな認識なの僕、これでも相談屋なんだから情報は持ってる方だよ、安心して」

「そういやそんな噂あったな佐藤」

「そうだね、一応噂になってるね」



 不意に、道中で初めて顔を向けられる。



「何で相談屋なんてやってるんだ?別にそういう義理とか無いだろ?」



 久しく訊かれてなかった質問を投げかけられ、少し考える。

 そういえば、なんでだっけ。



「確か昔、すごく悩んでた誰かがストレスで体調崩して、その人を保健室に連れて行く時に話を聞いたのがきっかけだったかな」

「お人好しか」

「そんなんじゃないって。ただ――」



 その誰かっていうのは、相田さんだったってだけで。

 僕が「相談ならいつでも誰でも」って、言ってしまっただけのこと。



「ただ?」

「ただの、趣味だよ。誰かの物語を途中まで聞いて、相談を受けて、後でその続きを聞くことが」

「ふーん」



 スーパーでの買い物は手っ取り早く済んだ。

 各々が材料として使いたいチョコを選んで買っただけだから、そんなに時間もかからない。

 後は本番のチョコ作りだけだ。


とは言うものの。



「刻んで溶かすだけじゃあなんか物足りないね」

「あー、わかる。なんかこう、別に手を加えたいよな」



 調べてみると、生チョコというのがあった。

 何が違うのか男子的によくわからなかったが、生クリームとココアパウダーを加えればいいらしい。

 両方とも白井宅にはあったし、特段難しい過程は無いので実践してみた。



「はは、顔とか手とかチョコまみれだな」

「不器用だなあ白井君。僕はほら、この通り」

「おおー、手があんまり汚れてねえ……ってかドヤ顔なんか腹立つな……」



 溶けたチョコをトレイに流し込む。

 こんな溶かして固めるくらいならおいしい板チョコのままで食べたいというのが本音だけど、せっかくなのでたとえ形式美でも実践してみようじゃないか。



「あとは冷やすだけだけど……佐藤はどうする?家に持ち帰って冷やすか?」

「そうするよ。ごめん、トレイ借りるね。明後日洗って返すから」

「気にするな」



 トレイを両手に抱えて、その日は家に帰った。

 もう外はすっかり暗かった。

 自分の白い息を眺めながら帰路を歩く。


 チョコ、誰に渡そうかな。なんて。


 独り言に返答は無い。

 さっきまで話し相手になってくれていた白井君はここにはいない。


 玄関前まで来て、両手を塞ぐトレイを一旦置いて鍵を開ける。


 家には普通に家族がいる。

 でも、ここには相談屋をやっている僕はいない。


 母にチョコを作ったので冷蔵庫に入れて固めておくという事を伝えると、不思議そうな顔をしていた。



「アンタ、なんでチョコなんて作ったの?」

「バレンタインだからって、友達に誘われて作った」

「どうすんのよ……渡す人でもいるの?」

「いないなあ。母さん食べる?」

「アンタ甘いもの好きでしょ、好きにしなさいって。あ、アタシにあげたいって言うなら別だけど?」



 その後特に何かある訳でもなく、僕は寝る。

 夜通しヒーターを効かせるのは危ないので切って、僕は布団に深く潜り込んだ。


 好きにしろ、なんて。

 難しいことを言うものだな、と思った。





***




 翌朝も、やけに頬が冷たいくらい寒かった。

 僕は早起きをして、固まったチョコのトレイを冷蔵庫から取り出す。

 手ごろなサイズの正方形に切って、白井君に分けてもらったココアパウダーを振りかける。

 トレイは今日白井君に返すために綺麗に洗って鞄に入れておく。

 チョコは昨日買った包装用の袋に包んで、紙袋に入れて鞄に突っ込む。


 半ばヤケクソ気味に持っていこうと思った。

 相談屋のバレンタインスペシャル、ってことにして今日相談しに来た人にあげてしまおうか。


 マフラーを深く巻いて、僕は登校する。


 通学路でちらほらと、待ち切れずにチョコを渡す光景が見られた。

 その中に彼らはいない。


 僕は一つのバレンタインの物語を見届けたくて、彼らの姿を探した。


 通学路にはいなかった。


 校庭にもいなかった。


 学校の中は―――


 ロッカーの前まで来たところで、僕は足を止めた。

 本人達に見つからない様に、そそくさとロッカーの壁に隠れつつ、彼らを見る。



「真琴」

「ゆ、悠介!?」



 僕はどうやら神がかったタイミングで彼らを見つけることができたらしい。

 完璧だ。完璧すぎるタイミングだ。

 心の中で自分の運を賞賛した。


 相田さんが驚きの表情を浮かべつつ、泳がないあの目でキッと白井君を見た。

 きっとあの目は逸らされない。



「渡すものがあるの」



 白井君を見据えて、包装された箱を両手で力強く差し出していた。



「俺も、渡すものがある」



 白井君はそれを受け取ると同時に、相田さんの空いた両手に鞄から取り出した茶色の紙袋を置いた。

 お互いに直球ストレートを投げ合うガチンコ勝負、なんて心の中で冗談を言う。



「義理か本命か、なんて、見なくてもわかるか」



 お互い様でしょうが君ら。


 とは言わずに口を噤む。


 手作り感溢れる装飾の施された箱と紙袋を見て、2人は笑い合っていた。


 この先を盗み見るのは流石に過ぎた野次馬根性だろうか、なんて。

 僕はそっと壁の向こう側に背を向け、教室に向かった。


 ふと、鞄に入った袋を取り出し、中身を躊躇無く開ける。

 作ったチョコを人差し指と親指で摘んで持ち上げて、それを眺めた。

 割と下手くそに切られて、正方形と思っていたものは割と歪な形をしていた。


 それを、ぽいと口に放り込む。



「うん、甘い、甘ったるいね」



 満足した僕は、チョコをつまみ食いしながら再び教室を目指して歩いた。

 朝のうちに全部食べ終わってしまうペースで。




 人の人生を一つの物語とするとしよう。

 すると必然的に主人公は自分自身となる。


 これは彼らのような花のある物語ではなく、つまらない佐藤くんの物語だから。

 この章の終わりもほら、随分とつまらないだろう?


 なんて、意地っ張りに呟きながら、放課後に彼らの話の続きを聞くのを楽しみにするのだった。

マイページ

http://mypage.syosetu.com/289533/


どうも皆さん、零零機工斗です。生きておりますとも。

ここ2年くらいなろうでの活動はわずかなものですがまだまだ創作活動はやめませんとも。

今回は『主役じゃない主人公』をテーマとしてみましたが、どうだったでしょうか。

本人はこれを「甘ったるい話」と思っていますが、僕自身は苦い話のつもりで書いたので主人公と作者の意見半々でカカオ50%とさせていただきました。


僕らは皆自分の人生の主人公ではあれど、誰もが主役になれる訳ではないと思ったことから始まったこのお話。

皆が皆、舞台の主役になれる訳ではない。

それでも各々生きている。

皆が皆、恋愛小説の様な恋愛をしている訳じゃない。

それでもきっといつかって願いながら。


と、いう詩モドキで締めくくらせていただきます(最近作詞にハマっている顔)。

辞書での主人公と主役の意味は同じかもしれませんけどもそこは察してくだ(ry

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